「おすすめはウチワサボテンだよ」
「ウチワ……何?」
「ウチワサボテンだよ!」
青山は勢いよく振り向いた。
「ほ、ほぅ……」
青山の雰囲気に飲み込まれ、私は思わず何度か頷く。
「樹、気に入った?」
青山は鉢に入ったウチワサボテンを手に取り、樹の目の前で見せている。
「うーん……」
樹は先ほどと違い、他のサボテンとも見比べ始めている。
私はこう思っていた。
まじかよ、樹。
「なぁ、青山」
樹はあるサボテンの前に立ち止まった。
「俺たちこれにする」
「なるほど」
青山は樹の言う『これ』が分かっているようだ。石井さんも微笑んでいる。
……私だけ取り残されたと思うと、少し寂しい。
「菜穂、はい」
樹はあるサボテンの鉢を両手ですくうような形で手に取り、私に渡してくれた。
これだったのかと私はようやく理解した。
丸くて小さいけど、金色のトゲがびっしりと立派に生えている。
「可愛い、かも」
鉢の中のサボテンを見つめながら言うと、青山は微笑みながら
「金鯱って言うんだよ、結構レアだよ」
と言った。
可愛い見た目からかけ離れた意外に格好いいサボテンの名前を聞き、私は少し驚く。
「レアなら育てるの難しいの?」
「育てるなら日当たりと風通しのよいところに置くんだよ。あと雨にぬれないところ」
青山の話を聞き、私はもう一度金鯱のサボテンを見る。
何故か、名前を聞いただけでなかった興味が沸き上がる。
「でも、石井さんの大切なサボテンだよね?」
石井さんを見ると、石井さんは穏やかに微笑み
「大切にしてくれるなら」
と言ってくれた。
石井さんに段ボール製の小さな白い箱にサボテンを入れてもらいお礼を言って家を出る。
樹は自転車のかごにサボテンの箱をそっと入れ自転車に乗った。
「一人一つじゃなくてよかったのか?」
青山に聞かれ
「いいよ。レアなもの貰ったし」
と樹が笑う。
「そう。俺まだ石井さんとサボテンについて談笑する。お前らは気を付けてな」
青山は軽く手をあげる。
私は樹の自転車の後ろに乗った。
私と樹は、青山に手を振る。
「青山じゃあな」
「青山またね」
「じゃあな!」
青山は笑って手を振り返してくれた。
自転車は住宅街を真っ直ぐ進む。
自転車の速度が石井さんの家に到着する前よりも遅くになったのは、サボテンを傷つけないようにするためなのだろうと思っていた。
「案外面白かったな」
『まじかよ、樹』と言いそうになったが、私はすぐに考えを訂正する。
楽しかった気がする。
ほんの少しではあるけど。
「サボテンは俺が持って帰るから心配するな」
前を見ながら樹が言ったので
「え……」
と思わず声が出た。
「ん?」
一瞬だけ樹が振り返り、私の顔を見る。
「いや、あの……そうだね」
少し俯きながら私が答えると
「あれ、まさか菜穂サボテン気に入った?」
と樹は笑った。
「気に入ったというか、何というか……」
「そうなんだ! じゃあ菜穂持って帰りなよ」
口ごもる私に対して、樹は明るく言う。
「でもさ、樹が選んだサボテンなのに……」
「俺はただ青山を切り抜けるために選んだだけだよ」
私はすぐに納得できた。
「それもそうか」
「うん。菜穂がサボテン持っていくなら、俺はそれでいいかな」
樹がそう言うので
「それなら、もらう」
と私は呟くように返事をした。
「俺ね、そのサボテン菜穂っぽいなぁと思って選んだよ」
「……私っぽいとは?」
「小さいけどトゲだらけ」
「悪口だ!」
「あぁ、そうかも」
「ちょっと!」
むっとして樹の服をちょこちょこ引っ張る。樹はくすくす笑ってこちらに振り向こうとしない。でも振り向かなくても、あまりにも樹がさらっと口にするので、私も少し笑ってしまっていた。
「でもさ、菜穂」
「ん?」
「可愛いと思うよ、そのサボテンは」
私は少し黙ってしまった。
「……せっかくだし育ててみるよ」
緩やかな風に揺られながら、私は言葉を返した。