あっという間に時間が過ぎた。
夜になり、青山と小絵は私に手を振る。
「じゃあな」
「また来るね」
「……ありがとう」
八時間かかるのに、当たり前のようにまた会いに来てくれることが嬉しかった。
病室に戻ってから少しして、樹はカーキ色のコートを羽織りやってきた。
「菜穂」
「樹、お帰り」
「何してたの?」
樹はベッドに座り私のノートを覗く。
「勉強」
「あ、英語。まだ勉強してたんだな」
樹との距離が近くて、何でこんなに緊張するのだろうと思いながら小さく口を開く。
「樹の貸してくれたノート写したやつがある、から」
「……英語教えようか?」
「うん」
教え方が昔と変わっていない。
「懐かしい」
「もうちょっとやるの?」
「うん」
あったかくて優しい時間だ。
英語の勉強を三十分ほどやってふうと息をついた。
「ねえ菜穂。俺、話したいことがあるの」
「話したいこと」
「一回手を止めてくれない?」
私は首をかしげて、ペンをそっと置いた。
「あのね」
「ん?」
「菜穂にこれを」
樹はコートのポケットからラッピングされた小さな箱を私に差し出した。
「何これ?」
「何だと思う?」
私は考えてみる。
「高級なチョコレートとか?」
「開けてみて」
くすりと笑った樹を見て私はにこりした。
どんなチョコレートを買ってきたのだろう。
でも箱を開けて、私の時は止まる。
「……指、輪」
「菜穂、俺と結婚してください」
「……え?」
「夢を語っていたあの頃以前からずっと俺の側にいてくれて、笑顔やしぐさや言葉一つ一つが日を増すごとに愛しくなって、菜穂は俺の一番の人です。遠慮してた部分もあったけどもう手放したくないし、俺は菜穂を独り占めする。その証に送ります」
「え……」
「と言っても、俺はまだ結婚できる歳じゃないんだけど。でも今捕まえときたいの。じゃないと菜穂はまた俺を置いてどっかいっちゃうから。すぐ……迷子になるから」
「樹……」
「返事を聞かせて、菜穂」
「でも……私は」
言葉に詰まるが、樹は落ち着いた様子で私を見る。
「うん」
「私はその、病気で」
「関係ない」
「え……」
「関係ないよ。俺の好きな人は昔からたった一人で、菜穂以外いない」
「でも」
「菜穂のことずっと大切にしたいし側にいたい。それは俺の素直な気持ち。菜穂の気持ちも聞かせて」
これ以上にない、言葉をくれた。
無理なんだ。
時間を重ねた分、もう自分の気持ちに嘘がつけない。
「……樹が大好き。幼い頃から樹が好きだった。優しくて温かくて、いつも私を守ってくれた」
「うん」
「私は結婚するなら樹がいい」
「うん。また結婚式する時に改めて俺から告白させてね、菜穂」
「……うん」
「ずっと側にいるから、辛いことがあったら俺に弱音吐くんだよ」
今なら頷くことができる。それがきっと樹を信じるということだから。
「うん」
私の薬指に、樹のはめてくれた指輪がきらりと光る。
見た感じ決して安くはない、指輪だ。
樹が私でいいといってくれるなら、私も精一杯答えたい。
今度は隠さずに、まっすぐに。
『流れ星行進曲』という
君のおまじないにかかったまま。