泣き終えてベッドに座り落ち着くと、隣にいた樹が提案を出した。
樹は自分の携帯を私に渡す。
私は携帯を両手でぎゅっと握りしめる。
「青山も小絵も、怒ってるよね」
「大丈夫。メール送ってみなよ。何でもいいから」
私は頷く。
まずは青山に。
言葉が何も思い付かない中で、文字を打って送信した。
『青山のはげ』by菜穂
携帯の画面を見ていた樹がくすっとすると、返事はすぐに来た。
『うるせぇ、おかえり』by青山
「青山って打たなくても分かるのに」
「大丈夫だったな、次は小絵ちゃん」
次は小絵。
小絵は怒るだろうか。
『ごめんね、小絵』
メッセージを送信すると、
小絵からも返事はすぐに来た。
『絶対に許さない。だから今度ケーキ奢ってね、5000円くらい! ……ねえ菜穂、早く会いたい』
風が吹く。
心が緩んであたたかくなる。
その時、樹が見つけた。
私が出しっぱなしにしていた手帳の一番後ろのみんなのアドレスがついているページを。
「アドレス残してたんだ」
「消せなかった。青山と小絵と……樹の、は」
途切れ途切れに話すと、樹は私の頭を撫でてくれた。
「今日からは連絡して。みんなとのも、菜穂自身のわだかまりも溶けただろ?」
「うん、本当にごめん」
私は頭を下げてから微笑む。
樹は側にいてくれる。
一度目を閉じて開けても消えたりしない、
夢じゃない世界。
よかった、また会えて。
恵太くんから『流れ星行進曲』を聞いて、恵太くんとフランくん、そして風見さんに支えてもらって、背中を押してもらって、樹が会いにきてくれた。
感謝でしかない、本当に。
そこへ、開いている扉をノックする音が聞こえた。
ひょこりと顔をだしたのはフランくんだった。
フランくんの視線は、樹にむいていた。
「えっと……」
樹が誰か分からずに戸惑うと、
「僕はフラン・ハーコナルソンです。菜穂さんのお友達です」
フランくんは軽くお辞儀した。
樹はちらりと私の顔を見た。
私が頷くと、樹はほっとして、フランくんに頭を下げた。
「初めまして、二村樹です」
「知ってます。樹さん、いきなりですみませんがお願いがあります」
樹はゆっくりと顔をあげた。
「何だろう?」
「僕は今度菜穂お姉さんとデートしたいです」
「デート?」
「一度でいいです。いいですか?」
フランくんはまっすぐと樹を見ている。
私はくすりとして、樹を見た。
樹は……笑っていなかった。
柔らかな雰囲気はあるけど、ベッドから腰をあげて、フランくんに目線を合わせた。
「だめだよ」
「え……」
「デートなんて、絶対だめ」
一見優しい口調に見えるが、厳しい感じに聞こえる。
その雰囲気が伝わり、フランくんは少し動揺したが、動揺を隠すようにいつもの真顔に戻る。
「そうですか。それなら仕方ないです」
フランくんはぺこりと頭を下げて、いそいそと病室を出ていった。
「ちょっと樹、フランくんはまだ小さい子で」
「小さいって思わなかったから」
「え?」
「大人びていて、簡単に奪われそうだったから」
「奪われ……」
「勝手でごめんね、菜穂」
樹は苦笑した。何かは分からない重い空気が流れた気がして、私は話を変えることにした。
「そういえば樹、今日学校はいいの?」
「今日は日曜日だろ?」
「そっか。曜日感覚がなくなる」
「でも俺は新曲の収録がある。もう行かなきゃならない」
樹は私の頭をなでてくれた。
「時間がない中で来てくれたんだね」
「うん。俺、夜帰ってくるね」
樹がにこりと微笑む。
「八時間かかったんだよね。帰ってくるの大変じゃない?」
「帰って来ないほうが大変だよ、俺は菜穂といたいから」
「樹……」
「入れ替わりで青山と小絵ちゃんきてくれるから寂しくないよ」
私はきょとんとする。
「そうなの?」
「うん。じゃあね菜穂。あ、じゃあねっていなくなるわけではないからな」
「うん」
樹がふわりと私を抱きしめる。
「菜穂が可愛い」
「……早く行きなよ」
私が目を伏せた時、樹がくすくす笑った。
「……あのね、樹」
「ん?」
私は顔を上げて樹を見た。
「待ってるね、夜」
「寝るなよ、一度寝ると起きないんだから」
「分かってるよ」
「じゃあな」
ベットからそっと立ち上がり、樹は行ってしまった。
離れるのが寂しい。
でも今の私にはおまじないがある。
鼻歌を口ずさむと霧が晴れたように心がすみきっていった。
また会える
会いたい。
感情を思いのままに受け入れよう。
私は素直になる。
ーー
しばらくすると
「菜穂!」
「菜穂ちゃん」
病室に私服姿の青山と小絵がやってきた。
「あ……」
何て言えばいいか考えていると、小絵がぎゅっと私を抱き締める。
「いたー、良かったぁ……」
「菜穂ちゃん久しぶり」
離れた時間を感じさせない安心しきったあたたかい声。
どうして?
急に連絡を切ったのに、優しい言葉をかけてくれるのか。
「……ごめんね」
「あ、金鯱あるー!」
青山が私の金鯱を指差した。
「大事にしてたんだな」
「うん」
「愛する彼との金鯱だもんな」
「……ちょっと黙ってくれる?」
大変だ。普通の会話をしているのに、涙が溢れてくる。
「菜穂ちゃん、俺会いたかったよ」
「私も」
私でさえ分からない堪えきれない涙の意味を、二人は分かっているようだった。
「もう私たちに秘密はなしね。今度やったら一生恨むよ」
「うん」
「まあまたあったとしても私は菜穂のこと好きだけどね」
ふふと笑う小絵に頭が上がらない。
「あ、あのね小絵。テレビ見たよ」
しどろもどろに話すと、菜穂はぱあと顔を明るくした。
「あー、届いた? 私のメッセージ」
「テレビに映るときは身勝手な行動は慎むようにと校長先生に言われたけどな」
青山が苦笑した。
「林原先生は水無月らしいと笑ってたけどね」
小絵は気にしていないようだった。
私は小絵に言わなくてはならないことがある。
「あ、あのね、小絵に伝えたいことがあって……」
「そりゃあるよね、半年も会ってないんだから。何?」
小絵は首を捻る。
「ええとね……」
「ん?」
「小絵。つ、ついてきて?」
小絵は目を見開いたが、すぐに頷いた。
「え、いいよ」
あっさりした答えが返ってきた。
「サプライズ的な? 俺には?」
「い、いいからいいから!」
私はエレベーターで四階に下りた。
プレイルームでは恵太くんとフランくんがプラレールで遊んでいた。
「あ、菜穂ー」
「誰、この人たち」
手を止めて、恵太君とフランくんが側に来た。
「えっと紹介するね。こちらは青山と小絵。こっちはね、恵太くんとフランくん」
青山と小絵が軽く会釈すると、
「やった、遊ぼー!」
と恵太くんはぱっと顔を明るくして、
「青山さん、小絵さんこんにちは」
とフランくんは真顔のまま会釈を返した。
「ねえねえ、風見さんの写真ある?」
私が尋ねると、恵太くんはおもちゃ箱のほうを指さした。
「風見の写真はあそこの壁に貼ってあるけど……あ……かざみ!」
気づくと帰ったはずの風見さんが立っていた。
「ごめん、忘れ物、して……」
風見さんは小絵を見た。
小絵がはっとする。
風見さんは小絵を見ると小絵の手をそっととって行ってしまった。
二人の姿を見つめる。
「……さらわれた」
私が呟くと
「え、何……?」
青山が首をかしげた。
「あの人ね小絵の好きな人なの。風見さんの好きな人は小絵で」
「え、小絵ちゃん好きな人いたの!?」
青山が口に手を当てる。
「え、風見って好きな人いたの!?」
恵太君が口に手を当てる。
「気が合う?」
「そうかもな」
青山と恵太くんは顔を見合わせた。
フランくんは驚く二人を冷静なまま見つめていた。