慌てて振りかえると、樹は頬を私の背中にくっつけていた。
 私を包み込んで座り、足を伸ばしている。
 私はすぐに目をそらした。いつの間にか頭の中は真っ白になっていた。
 樹が抱きしめてきたのは初めてだった。
 何とかフル回転させて

「は、離れてください……」

と呟いた。

「嫌です」

 樹はそのままの姿勢で、すぐにはっきりと答えを返した。

「ゲ、ゲームやるん……だよね?」

 出なくなりそうな声を必死に出す。

「菜穂は馬鹿だな。高校生になったんだから少しは警戒しないと」

「警戒?」

「いくら俺が実家暮らしでもゲームやるよとか言っても、男の家に誘われたら何かされるかもしれないなぁ、って」

 何それ!? と叫び逃げ出そうと樹の腕に力が入り、私の体がまた元に戻った。頭の中がさらに真っ白になり、
 意を決して私はゆっくりと少しだけ振り返った。

「な……何かするの? 樹が? いつも何もしないのに?」

「分かんないよ? 俺も男だし」

 樹がそんなことを言うのが信じられなかった。抱きしめられている時点で、これはもう何かをしているんじゃないか……? と思い、もう一度そっと逃げようとした。けれど樹の腕に力が入り

「菜穂の力で俺には勝てないよ」

と諭すように答えた。それもそうだとそこだけは冷静に考え、抵抗するのをやめた。真っ白な頭で何を話したらいいかも分からず、無言のままで必死に考える。けれど考えれば考えるほど、無情にもこの背中が温かく感じる。その温かさにやられ、気を抜くと安心しきってしまいそうだった。

「樹……」

 すると突然ぱっと樹の手が私から離れた。

「なんてね。さ、ゲームやろう?」

 ベッドの上から降りて、樹はテレビのリモコンを手に取り電源を入れた。

「菜穂は、どのキャラクターにする?」

 話しかける樹はいつも通りで、ベッドには座らず、立ったままの姿勢で私を見ている。私も視線を合わせると、樹は驚いて固まった。

「菜穂」

「何?」

「……顔、赤い」

 私は樹からすぐさま目をそらし、慌てて立ち上がった。

「わ、たし今日用事あった、またね樹!」

 樹の返答を待つこともなく、急いで樹の家を出た。
 自分の家の扉を開けて、階段をかけ上がる。
 自分の部屋に入ると力が抜けてその場に座り込む。片方の手の甲で顔を隠した。

「どうしよう……鳴りやめ……」

 思い返そうとしているわけではないのに何度も思い返してしまい、鼓動の速度が増していく。あれは樹のいたずらだったのか?

「……樹のバカ」

 取り乱さない心がほしいと強く思った。