「少女漫画とかの当て馬くんてさ」
「え?」
「主人公がハッピーエンドになった後どうなるんだ?」
軽音部メンバーの秋鹿鈴子がスティックを持つ手を止め目を瞬いた。
男顔負けの美形でいつも女の子にきゃあきゃあ言われている。正直超羨ましい。
そんな鈴子はうちのドラム担当だ。
今朝のことがあって、笙真とは気まずいまんま放課後になってしまった。
案の定というか、笙真は部室に来ない。おそらくもう帰ってしまったのだろう。
小テストの結果も散々で、気分が乗らずギターを肩に掛けたまま先ほどからただ椅子に座っているだけの俺を見て鈴子は眉を寄せた。
「さぁ、私あんまり少女漫画って読まないから。新しい恋を見つけるとか?」
「まぁ、そうだよな」
俺が以前読んだ漫画も、最後にほんのちょろっとだけそんな描写があったように思う。
ヒーローにはなれなかった当て馬くんの扱いなんてそんなものだろう。
「あとは、その後もずっと主人公を陰ながら見守り続けるとか」
「それはちょっとなぁ」
ストーカーっぽくてちょっと怖い。
なら新しい恋を早く見つける方が断然いい。
「なに、引きずってるの? 珍しく」
半眼で訊かれて俺は慌てて首を振る。
「違う違う」
鈴子も俺が彼女に入れ込んでいたことは知っている。
結果フラれたことも多分知っているはずだ。
「純粋に、幸せならそれでいいと思ってんし」
「なら何? 当て馬くんてあんたのことでしょ?」
……さすが鈴子。手厳しい。
俺は苦笑して曖昧に頷く。
「まあ……うん、そうなんだけどさ」
「ああ、もう次の子見つけたってこと?」
「次の子って、言い方~」
確かに切り替えは早い方ではありますけれど。
俺は小さくぼそぼそと続ける。
「なんつーか……思ってもいなかった相手から告られて、パニクってるっつーか」
「ふーん。やっぱ珍しいね、それで悩んでるなんて。来るもの拒まずなあんたが」
「だから言い方~」
まぁ確かにその通りなんですけれど。
今回は相手が相手なわけで。
「苦手なタイプなわけ?」
「や、苦手っつーか……うーーん」
苦手ならガキの頃から友達やってたりしない。
気が合うからずっと一緒にいるのだ。
「違うんなら付き合ってみたらいーじゃない。いつもみたいに」
「うーーーん」
「めんどくさ」
呆れたように言い捨て、鈴子は部室の壁に掛けられた時計を見上げた。
「笙真の奴来ないね」
ギクリとする。
「なんか聞いてる?」
「いや、なんにも」
「そう」
しらばっくれると、鈴子は溜息を吐いた。
「部内で恋愛ゴタゴタは勘弁してよね」
「えっ」
ギクゥっと完全に顔が引きつってしまった。
でも鈴子はそれだけ言うと再び目の前のドラムを軽快に叩き始めた。
女の感は鋭いとよく聞くけれど。
でもまさか鈴子も、その告ってきた相手が笙真本人だとは思っていないだろう。……多分。
(付き合ってみたらいーじゃない、か)
それも一理あるのか? と思い始める。
確かにいつもの俺なら「じゃあ、とりあえずお試しで!」とか軽いノリでOKしているだろう。
でもそれは女の子ならの話で、男なんて普通の奴なら即お断りだ。
でも相手はガキの頃からいつもつるんでる笙真で。
……笙真と付き合う。
考えたこともなかったけれど、だったら考えてみるのもアリなのかもしれない。
笙真のこと嫌ではないし。
(むしろ、今の気まずい状態の方が嫌だ)
そうと決めたら漸く少し気分が浮上して、俺は鈴子の演奏に合わせてギターを鳴らし始めた。
***
「遊びいこーぜ」
「は?」
土曜の朝。と言っても、もう昼に近い時間。
俺は久しぶりに笙真ん家に押しかけ、自室のベッドで毛布に包まって寝ていた笙真を叩き起こした。
寝ぼけ眼で俺を見上げる笙真はガキの頃と何も変わってなくて思わず吹き出しそうになる。
良くこうして朝に弱い笙真を起こし、そのまま遊びに出かけたものだ。
お蔭で笙真ん家には今でも顔パスで入れる。
「デートだ、デート」
俺がそう言うと、その寝ぼけ眼が大きくなった。
「冬服も買いてーし、付き合えや」
「わかった。支度するからちょっと待ってろ」
笙真はベッドから下りるとバタバタと部屋を出て行った。
残された俺はとりあえず閉まっていたカーテンを開ける。
部屋の中が一気に明るくなって、ふと勉強机に飾られた写真が目に入った。
小学生の俺と笙真が並んでピースして笑っている。
「こんな写真あったっけか」
懐かしくてその写真立てを手に取ってよく見ると、俺の頬に大きな絆創膏が貼られていることに気付く。
(なんで俺、怪我してんだっけ?)
全然記憶になくて頬に手を触れながら首を傾げる。
「お待たせ」
「!? お、おう」
振り返ると出かける格好になった笙真がいて、俺は慌てて写真立てを元あった場所に戻した。
「よしゃ、まずは何か食おーぜ。俺もう腹減った」
「朝マッ〇でもするか」
「もう朝じゃねーし」
そんなバカな会話をしながら、いつもと変わらない様子の笙真にほっとしている自分がいた。