“好きな人がいる。それでも、皐月(さつき)がいちばん”
 陽太(ようた)が言ったその言葉を、二週間ほどが経った今もオレはずっと考えている。
 信じるとは言った、陽太自身のことは本当に誰より信じている。だけど――恋をしたことがないオレに、その感覚は正直分からなかった。
 だって同じ年頃のヤツらはみんな、その恋とやらになにより夢中なように見えるから。陽太が誰かと付き合ってもいちばんの仲でいられる未来が、具体的に描けない。
 
「なあ沢田(さわだ)、お前彼女いたよな」
 昼休み、近くにいた沢田に声をかけた。陽太の前でこの話をするわけにもいかないから、陽太がトイレに行った隙にだ。なんだかんだ中学の頃から話す間柄で陽太と同じ野球部に所属している沢田は、オレの隣の席に腰を下ろし、椅子を引きずって身を乗り出す。
「え、いるけど……なになに、皐月がそんな話振ってくるなんて珍しいじゃん!」
「別にいいだろ」
「いやもちろんいいけど、何事かって思うじゃん! なに、皐月も好きな子できた?」
「そんなんじゃない」
「ほんとかー?」
「ほんとだって。たださ、聞いてみたいことがあって」
「ふーん、まあいいや。で、なになに? なんでもこい!」
 オレが恋バナをするとでも思っているのか、沢田は浮ついた様子を隠しもしない。
 沢田に限らず本当にみんな好きだよな。誰が誰を好きかとか、誰が誰と付き合うだとか。
 オレはそんなこと、陽太が関係しなければ微塵も興味はないのに。
「彼女ってさ、やっぱ大事?」
「えー? へへ、そりゃあな。一緒にいられる時間は最高だし、予定が決まってるとソワソワする。俺のこと見てくれてるって思うと、野球もすげー頑張れる! あと単純にめっちゃかわいい。はは、なんかこれ照れるな」
 少し赤くなった頬を支えるように、沢田は机に頬杖をついた。大事か、と聞いただけなのに、どれだけの存在なのか次から次へと溢れてくるらしい。
「へえ。そんなにってことは、友だちと彼女だとやっぱ彼女が大事ってことだよな?」
「え? まあ……もし予定が同時に被ったら彼女優先するかなあ」
「お、なんだお前ら恋バナ? 俺も混ぜろ~!」
「俺も俺も!」
 沢田がそう言ったところで、他のクラスメイトたちも話に入ってきた。オレがした質問を沢田がそいつらにも尋ね、それぞれから答えが飛んでくる。
「俺は先約が優先だな。でも、本当に同時だったら彼女取る」
「俺もー。あと、ダチが予定被ったって言ったら、じゃあ彼女のほう行けって言う」
「あ、俺もそうするかも」
 三人の話を聞いていて、やっぱりそうだよな、と思った。一緒にいる時間も、誰より近くにいるのも、全ての“いちばん”が付き合っているヤツのものになるのだろう。陽太は「それでも皐月が」と言ってくれたけど、沢田たちの答えのほうがしっくりくる。
 そう納得しかけた時、沢田がやけに柔らかく笑って、再び口を開いた。
「でもさー、彼女のほうが大事、ってわけでもないよな」
「え?」
「分かる。彼女のことはもちろん大事だけど、友だちだって大事だし。さっき彼女優先って言ったのは、あくまで約束の話で。彼女いるからダチはどうでもいいわけじゃないしな」
「だな、どっちも大事だわ」
「比べらんないよな。大事さが違う感じ?」
「どっちも大事……」
 どっちも大事、という言葉は正直思いも寄らなかった。
 それなら、比べられないくらい大事なものなら、陽太に好きな人がいたって気にすることはないのか。いや、陽太は“好きな人がいても皐月がいちばん”と言ってくれたけれど。
 そうじゃなくたって、そもそも友だちの恋は応援すべきであって。そんなこと頭では分かっている。分かっているのに、それができそうにもない自分にオレは戸惑っているのだ。陽太が誰かを好きで、その相手と両想いになって――本音は想像すらしたくない。
 悶々としていると、背中に突然なにかがぶつかってきた。振り向かなくたって分かる、オレにこんなことをするのは陽太しかいない。
「なになにー! みんなでなんの話してんの?」
「いや皐月がさ、友だちと彼女……」
「あー! 沢田ストップ」
 慌てて沢田の口を塞ぐ。バラされてしまっては、陽太がいない隙を見計らった意味がない。だがそれが陽太には面白くなかったらしい。なにそれ、と普段より低い声が届き、振り返ると陽太がくちびるを尖らせていた。
「陽太?」
「皐月が俺に秘密作んのさみしい」
「あー……ごめん」
「ごめんって……マジで教えてくれないの?」
「それは……」
 沢田の口を塞いだままだったオレの手を取った陽太は、つむじに顎をぐりぐりと擦りつけてくる。
「まあまあ陽太、拗ねんなって! 皐月もついに、恋するお年頃になってきたってだけでさ」
「え……皐月が?」
「は、沢田お前言うなよ! てかそんなんじゃねーって!」
 オレと皐月の仲を心配したのだろうけど、沢田の助け舟は的外れだ。好きな子なんかできてないって、最初に言ったのに。誤解されるのは嫌でちゃんと説明しようと思った時、いつの間にか背中から陽太が離れていることに気づく。
「皐月」
「……うん」
 こんなに消え入りそうな声で呼ばれたのは初めてだ。制服の袖をきゅっと掴まれる。
「陽太?」
「……唐揚げ」
「へ……唐揚げ?」
「……お泊り会、今週にしない? 今週の日曜は部活休みだからさ。土曜の夜、空いてる?」
 縋るかのようなどこか切羽詰まった顔の陽太に、オレは思わず息を飲んだ。
「お……おう。空いてる、大丈夫」
「約束」
「ん、分かった」
「じゃあ俺、席に戻るわ」
 一体なにがどうなって、急にお泊り会の話になったんだろう。いや、オレだって楽しみにはしてたから嬉しいけど。
 つい首を傾げるオレと同じく、沢田たちも不思議そうに陽太を見つめていた。


「おじゃましまーす!」
 土曜の18時も過ぎた頃。リュックを背負い、買い物袋を両手に提げた陽太がわが家へやって来た。思いがけず陽太の家に泊まった朝、夕飯食べにおいでと陽太のお母さんに言われたこともあったけど。今日のお泊り会は陽太の希望で、オレの家での開催になった。母とふたり暮らしのちいさなアパートが、陽太の明るい声でいっぱいになる。
 この間の昼休み、普段とは違った様子を見せた陽太だったけど。次の休み時間にはもういつも通りだった。皆を照らすほど明るくて、元気で。改めて沢田が言ったことを説明しようとすれば、気にしてなどいなかったようですぐに別の話を振られた。
「あれ、皐月の母ちゃんは?」
「今日は夜勤」
「マジか。じゃあ今日は俺、皐月のことひとり占めじゃん」
「はは、なんだそれ」
 
 自宅でシャワーを浴びて汗を流してきたらしい陽太は、さっそくキッチンに立った。オレの好物の唐揚げを作ってくれるらしい。今日も部活だったのに悪いなと思いつつ、正直かなり楽しみだ。
「オレはなにしたらいい?」
「うーん……あ、ご飯炊いといてもらえる?」
「それならもうセットしてある」
「さっすが皐月! じゃあさ、レタス持ってきたからサラダにしてほしい」
「了解」
 自分ちのキッチンで陽太と並ぶのは、なんだか不思議な心地がする。ボウルを出して、水にさらしながらレタスをちぎって。ふと隣を見ると、陽太は鶏肉を切り分けている。そばにはレシピらしきものが書かれた紙が置いてあって、それを参考に味付けをするようだ。
「え、皐月もしかして今俺のことめっちゃ見てる?」
「うん、見てる。陽太が料理してんのとか、めっちゃレアだし」
「マジか~、なんか照れるじゃん」
「料理得意じゃないとか前言ってたけど、なんか上手くない? 特訓ってマジでやったんだ?」
「いや、それは結局全然できてなくて……って皐月めっちゃ褒めるじゃん!? マジで照れるんだけど!」
「あ、バッカ! 包丁あぶねぇ!」
 なにをそんなに照れることがあるのか、陽太はあろうことか包丁を持ったまま手で顔を覆った。慌てて手を離させて、肝を冷やしたまま顔を見合わせて。安堵すると今度は笑いがこみ上げてきた。
 気をつけろよな、うんそうする。
 そう言い合って肩をぶつけられる距離が、今日はなんだか胸にくすぐったい。

 全部揚げ終わる頃には、なかなかの時間が経っていた。オレの母もいると思っていた陽太が、多めに鶏肉を準備していてくれたからだ。今度ちゃんと礼をしようと心に決めつつ、ご飯をよそう。陽太の分は、マンガに出てきそうなくらい茶碗にこんもりと盛った。
 ダイニングテーブルにはサラダと簡単にオレが作った味噌汁、それから陽太特製の唐揚げ。いい匂いにつられて、腹がぐうと鳴ってしまった。気恥ずかしくて笑ったら向かいの陽太も同じような顔をしていたから、どうやらおそろいのようだ。
「な、熱いうちに食べてよ」
「だな。じゃあ、いただきます」
「いただきます!」
 元気に手を合わせた陽太は、けれど固唾を飲んだ様子でオレを見つめてくる。唐揚げへのジャッジが気になるんだろう。なんだか責任重大な気がして、オレも緊張を感じながら箸を伸ばす。
「あ、美味そう」
 箸から伝わる感覚だけでそう思ったのは、初めてだ。自分から出た言葉に自分で驚きつつ、そっと口に運ぶ。ひとくち齧るとカリッとした衣の中からジューシーな味わいがぶわりと広がって、オレはつい目を見張ってしまった。おおきな唐揚げに口をもごもごとさせながらも、一秒でも早くこの感動を伝えたくなる。陽太と目を合わせ、何度も頷いてみせる。
「……え、もしかして美味い?」
「ん……マジで美味い! 陽太すげーよこれ。オレ、今まで食った唐揚げでいちばん好き」
「それはさすがに褒めすぎじゃない!?」
「そんなことねぇって。お世辞なしで最高」
「うわー、嬉しすぎる」
「陽太も早く食えよ。いやオレが言うことじゃないけど、マジで美味いから」
「ん、分かった。あっつ……うん、うん美味いな! あーよかった、なんかホッとした」
 陽太はそう言って笑って、味噌汁を啜った。皐月の味噌汁飲めて幸せ、なんて大袈裟なことを言った後、少し目を伏せて微笑む。
「本当はさ、ちゃんと特訓したかったんだけど……全然時間とれなくて。せめてと思って、色んな唐揚げ食べて研究したりはしてて。でも……焦っちゃってさ。実は今日のこれ、一発本番だった」
「焦った? ってなにに?」
「それは……こないだの昼休みさ、皐月と沢田たちが話してたじゃん」
「うん」
「皐月、ってさ。誰か……やっぱなんでもない!」
「いや言えよ、気になるじゃん」
 なにかを言いかけたのに、陽太は口を閉ざしてしまった。あの時、沢田がオレのことを“恋するお年頃”だなんて言ったのはその場で否定したし、そもそも気にしていないように見えていたのに。陽太はなにに引っかかっているんだろう。
 でも陽太は、この場の空気を変えるかのように笑ってみせる。
「気にすんなって。なんつうかさ、皐月の胃袋掴んでみようかなー……とか? 思っちゃって」
「……なんだそれ」
 これ以上聞かれたくないんだろう。そう伝わってきたから、同調するように笑うしかオレはできなくて。
「な、もっと食べてよ。唐揚げいっぱいあるし!」
「ん、だな」
 陽太に促され、またひとつ唐揚げを頬張る。うん、本当に美味い。たくさん食べたいけど、食べ終わるのも嫌だという不思議な感情が生まれるくらいだ。宝ものにして、ずっと大事に持っていられたらいいのに。
「美味い?」
「うん、最高」
 陽太が明かしてくれない限り、どう寄り添えばいいのかオレには分からない。これが逆の立場だったら、陽太は上手に手を差し伸べてくれそうなのに。不甲斐ないけど、今伝えられる限りのものをめいっぱい届けようと、オレは更に唐揚げに箸を伸ばす。
「はは、めっちゃ食べてくれるじゃん!」
「だってすげー美味いもん。陽太、ありがとな。今日お泊まり会できて、すげー嬉しい」
「皐月……うん、俺も!」

 夕飯を食べ終えた後は一緒に片付けをした。ご馳走してもらったのだからと皿洗いはオレが担当、陽太にはテーブルを拭いたり用意しておいたお菓子を出したりしてもらった。あんなに食べたのに唐揚げは少し残っていて、明日の朝もまた食べられると思うと今から楽しみだったりする。
 それからサッと風呂を済ませ、テレビをつけてだらだらと過ごす。でもすぐにテレビなんてどうでもよくなって、陽太と話すのに夢中になった。きっと陽太もそうだったんだろう。最終的にはお菓子を食べるのも忘れ、用意していたポテトチップスは少し残ってしまった。
「ふあ~……」
「そろそろ寝るか」
「だなあ」
 23時を過ぎた頃、陽太が大きなあくびをした。今日も部活だったのに料理までしてくれたから、相当疲れているはずだ。リビング隣のオレの部屋へと移動する。
「俺の寝る布団どこ? 自分で敷くよ」
「え、一緒に寝るんじゃねぇの?」
「……え?」
 オレの言葉に面喰った顔をする陽太に、オレも驚いてしまった。以前陽太の家に泊まった時のように、同じ布団で寝るものだとばかり思っていた。なんだ、オレだけだったか。
「あー……はは、前一緒に寝たからさ、今日もそうすんのかと思って聞いただけ。えっと、準備してあるから今持ってくる」
「……ん、さんきゅ」
 気恥ずかしくて赤くなっているだろう顔も、正直なところ気落ちしてしまったことも悟られたくなくて、笑って誤魔化した。
 
 狭い部屋の中、ふた組の布団を並べる。陽太が寝転んだのを確認した後、電気を豆電球にしてオレも横になる。
 なんだかおやすみを言いだせない。まだ今日を終わらせたくないからかもしれない。オレたちには珍しい、無言の時間が流れる。陽太が今なにを考えているのかは分からないが、オレの頭をいっぱいに占めているのは他の誰でもない、陽太だ。
 沢田たちと話した昼休みの一件からこっち、普段通りの陽太に戻ったと思っていたがそれは間違いだった。そんな大事なことに今になって気づいた。なくなっていた、陽太との間にあった気安いスキンシップが。肩をぶつけ合ったり、時には手に触れたり。あの瞬間瞬間を、思っていた以上にオレは気に入っていたらしい。
 どうしよう、寂しい。同じ布団で寝ないのも、いくら親友だとは言えそれが当然だと分かるのに、オレは今、すげー寂しい。隣にいるのに、すごく遠くに陽太を感じる。
 陽太のほうにそっと顔を向ける。ぼんやりとした明かりの中、まだ起きている陽太が天井を眺めている。それを盗み見てふと頭に浮かんだのは、あの後輩の女子だ。陽太を好いて告白して、フラれてもなお諦めきれないのだと薄く涙を浮かべた健気な女の子。グラウンド前で鉢合わせしたオレに声をかけてきた彼女は言った、野球に真摯に打ちこんでいるのが格好よくて、それでいて明るいところに惚れたのだと。
 分かるなあ、と思った。陽太は太陽のようで、格好いい男で、いつだってキラキラとしている。オレの視線に気づいたらしく目が合えば、陽太は困ったように眉を下げて笑った。
「なんだよー、恥ずかしいじゃん」
「…………」
 オレは性格が悪いらしい。だって今、あの女の子に優越感を覚えている。
 陽太は格好いいばかりじゃない。ちょっと情けないところも、甘えてくる時があることも、眠りに落ちる前の表情も、オレは知っている。手料理だって食べたし、肌に触れた時のあたたかさも知ってる。まあ、それら全部がいつの日か、陽太が好きな子と両想いになれたらオレだけのものじゃなくなるんだろうけど。
 ああ、やっぱり面白くない。沢田たちは言っていた、友だちも彼女も比べられるもんじゃない、どちらも大事だと。オレをいちばんだと言ってくれる陽太の心を知りたくて、沢田たちに尋ねたのに。その答えはオレの心にだってどうにもしっくりきていない。
「なあ陽太、手」
「ん? 手?」
 陽太の布団の中に指先を潜らせる。陽太の手を探り当てると、陽太の体がぴくりと跳ねたのが分かった。でもやめてあげられない、寂しい想いで空いた穴は陽太にしか埋めてもらえないから。陽太の手のひらにそっと指を引っかける。
「嫌?」
「っ、嫌じゃない……」
 触れた手からぴりぴりと痺れるような、きゅうと胸を締めつけられて苦しいような、経験したことのない感覚が流れてくる。今まではこんな風に感じたことはなかった。なんだこれ、なんて考えていたら、指先を握り返された。今度はオレの体がぴくりと跳ねる。陽太を見上げると、視線が一心にオレに注がれていた。
 ああ、無性に泣きたい気分だ。だって気づいてしまった。
 なんだ、オレはずっと陽太のことが好きだったんだ。友だちとして親友としての想いに、強烈な恋心を伴って。
「うわー……」
「…………? どした?」
 ずっと皐月がいちばん――そう言ってくれるのが確かに嬉しかったけど。いちばんじゃなくて、オレだけじゃないと嫌なんだ。様々な陽太を知っているのはオレだけがいい、陽太にとっての唯一でありたい。オレにとっての陽太がそうであるように。陽太のことが好きだからだ。
 そう分かってしまうと、気安く手に触れているのがとんでもないことのように思えてくる。一緒に寝ない判断をしてくれた陽太に感謝すら覚えてくる。
 数分前の自身を恐ろしく感じつつ手を離そうとすれば、けれど陽太に引き止められてしまった。
「ちょ、陽太、離して」
「ええ、やだ……なんで?」
「だって……なんか、無理かも」
「なっ……皐月ぃ、そんなこと言うなよお」
 オレの言葉のせいで、陽太の表情が途端にくしゃりと歪む。ああ、そんな顔をさせたいんじゃない。離れるのを嫌だと言ってくれるのなら、恋に気づいたオレの戸惑いより陽太を優先したくなる。オレだって本当は、ずっと触れていたいのだから。
「ごめん、やっぱこのまま。いい?」
「ほんと? よかった」
「ん……なあ、陽太」
 布団の上の体を滑らせて、陽太のほうに少し近づく。すると陽太もそうしてくれて、額がコツンとぶつかった。うわー、近い、近すぎる。合わさった額を陽太がすりすりと揺らすから、前髪が混ざり合う。陽太の体温が沁みこんで、心の端からじわじわと恋心を濃くさせていく。
 伝えたいことが次々と溢れてくる。
「陽太」
「うん」
「こないだの、昼休みのことだけどさ」
「……っ、うん」
「オレに好きな人ができたとか、そういうんじゃないから」
 今は陽太への気持ちに気づいてしまったけれど、あの時のことに限れば決して嘘じゃない。
「ん、そっか」
「それから、今日の唐揚げ、本当にめっちゃ美味かった」
「ふは、うん、ありがとう」
「美味かったのも最高だし、その……特訓してからにしたかったって言ってたけど、陽太が初めて作ったのを食えたのも嬉しい」
 さっきはそれくらい考えてくれたんだと嬉しかったりもしたけど、やっぱり冗談じゃない。陽太の初めては絶対食べたかったに決まっている。もしも丸焦げだったとしても、だ。それが人生最高の唐揚げだったんだから、オレは世界一の幸せ者だ。
「マジ? やっぱ褒めすぎじゃない?」
「そんなことない、だって――」
 なあ陽太、お前のことが好きだなんて、今はおろか、もしかしたらこの先ずっと言えないのかもしれない。だけどちょっと遠回しに、オブラートに包んでだったら差し出してもいいかな。
「陽太の唐揚げ、一生食いたい。って、思ってる」
「……っ、一生?」
「ん、一生」
 気づいたばかりだけれど、この想いはきっとオレにとって一生ものだ。鼻の奥をツンと痛ませるなにかのせいで、分かってしまう。
「皐月……」
「じゃあほら、寝んぞ! おやすみ!」
「ええ!? 皐月~……マジで寝ちゃうの?」
「すげーマジ」
「そっか。ちなみに明日はどっか行く?」
「ん、陽太と出かけたい」
「へへ、やった。楽しみだな。じゃあ今日はおやすみ」
「おう」
 言ったはいいが、照れくさくなってしまった。ガバリと布団を頭の上まで被って、だけど手は繋いだままおやすみを交わす。渋っていた割に、すぐに陽太の寝息が聞こえてきた。そっと顔を出して、陽太の寝顔を眺める。
 まさかこんな日が来るとは思わなかったな。誰にというわけでもなく、口の中だけでささやく。
「陽太に……親友に恋してもいいですか」
 なんて。まるで許しを請うみたいだなと苦笑が漏れる。
 だって、誰に咎められてもこの想いをなしにする気はない。それが陽太への、オレなりの誠実だから。