期末テストの返却が終わった後、気持ちだけが夏休みに走り出そうとしていた。
どこか浮足だった空気の教室。
頭の中で、
海、花火、夏祭り、浴衣とか関連ワードばかり浮かんでいく。
毎年女の子たちと出かけているそれらは、もうタスクとして組み込まれている。そのはずなのに飽きている自分がいた。
違う女の子と言っても変わらない景色を見て、「綺麗だね」と毎年のように繰り返す。

アップデートがなされない安定感と、
このままでいいのかという不安定感が交互に押し寄せてくてきた。

この感覚を思春期から青年期にかけての成長過程によるものなのだと言われても尚、足掻こうとする自分が消えない。

このまま、『言われたもの、与えられたものに忠実に生きる』か否か、自分が毎日割合を変えながら自分の中でせめぎ合う。

サッカーを辞めたあの日、『こんなもん』を受け入れて、
女の子と付き合いを受け入れて、振られるだけ振られてを繰り返しながらここまで来た。
振られるたびに一瞬悲しいけど、すぐに次がある。悲しい時間もだんだん短くなる。

ちゃんと『かっこいいだけじゃない、みんなに優しいたまきくん』でいるはずなのに『みんなに優しい』を理由で振られる。
その理由をフィードバック追求するのは辞めた。
みんなが『優しい』俺を求めてくるから与えているだけなのに。なぜそれに飽きや不安定感を感じるのか、
深層心理はわからなかった。


バン、と黒板を叩く音でそんな意味のない空想に浸っていた俺は我に返る。

「文化祭実行委員 自推他推可です」

決めろ、と言わんばかりにクラス担任から圧をかけられたHRは
誰も名乗り出るものはなかったし、浮足立つ教室を静まり返した。

クラス担任も毎年の仕事だから雑に話を進めようとしている。
クラス一致団結だ!とか言わないだけマシなのかもしれない。
というか、テスト返却が終わった今日決めるだなんて予想してなくて、俺はうんざりした。
中三から文化祭から逃げ続けている俺は、こういう係を決める日や文化祭当日は謎の病になったことにして休んでいた。
係にもし選ばれたら、きっと断れないだろうから、スタート時点で休むと計画していたのに、まさかのタイミングで委員を決めると言い出した担任。ばれないようににらむしかなかった。

無難に済ますように。祈りつつ嫌な予感がしながら、窓から廊下を眺めた。
ワックスがけが明日から校舎全体で行われるらしい。
だからか余計にこの廊下が汚いもののように見えた。みんなが土足で踏んでいくこの通路が。


「誰かが決めないと先生が独断と偏見で勝手に決めるぞ」

しびれを切らした担任が、暴君になりかける。
「先生、若王子くんがいいと思います」
予感的中。
女子が反応すると、周りの女子も頷いた。
その頷きには、信頼とか、かっこいいとか、絶対楽しそうとかポジティブなオーラしかなかった。

他の男子も頷いてはいるものの、
自分が推薦されなくて良かった、席を横領されてる日頃の恨みつらみのようなネガティブなオーラが隠しきれていなかった。

今、お前らがやったのは、自分の身を隠して、生贄を差し出すのと同じだ。

「若王子、いいのか?」

俺は、一度鼻から息を吸う。

『こんなもん』を受け入れてから、
俺は周りから言われたものはNOが言えなくなってきている。
自分が決めたものより、周りに任されたもののほうが、
俺には合っている、


「はい、皆さんが僕を推薦してくださるので。頑張ります」

「はい、はい!先生!先生!俺もやる!」