魔の森での薬草採取の依頼をまとめて終え、栗色の髪の青年はぎっしり詰まった麻袋を3つ抱えてギルドの入口扉を潜り抜けた。
 夕刻ということもあり、受付カウンターでは彼と同じように依頼の報告に訪れた冒険者が職員と報酬の交渉する姿がいくつも見られる。ジークも空いている窓口へ向かい、持ち込んだ麻袋をカウンターの上へと乗せた。

「薬草採取の依頼分と、こちらは――」
「ついでに討伐した魔獣の爪と角なので、こっちは素材の買取りで」
「かしこまりました。査定いたします」

 今日はのんびりと薬草を摘んで過ごすつもりだったが、かなり奥深いところまで行ってしまった為に中型の魔獣と鉢合わせてしまった。その素材も一緒に提出すると、周りからどよめきに似た声が漏れ聞こえてくる。袋から出された角の大きさから、中型と言ってもかなり大きめの個体だと分かる。しかも、その数から5体はいたと推測され、通常ならソロ討伐は不可とされる規模の群れに値する。

 実はもう2体いたのだが、ティグに容赦なく消し炭にされてしまい素材の回収ができなかった。ジークに注意された後はちゃんと加減して倒してくれたのだが、最初に出てきた個体分は完全に無かったことなった。

 数の多さから査定に時間がかかっているらしく、ジークは近くの長椅子に腰掛けて待つことにする。ぼーっと他の窓口の様子を眺めていると、カウンターの一番奥の列だけが異常に長いことに気付いた。

「他のギルドに出向してた職員が戻って来たらしいぜ」

 他のメンバーに報酬交渉を丸投げして長椅子で休んでいた弓使いが、ジークの視線の先に気付いて教えてくれた。少しニヤついている様子から、若い女性職員なのだろう。窓口の列に並んでいる冒険者達の顔ももれなくニヤついている。男ばかりの冒険者達はこういう時の反応がとてつもなく早い。

 ふうん、と興味なさげに相槌を打つと、ジークは査定が終わったらしい窓口へと戻った。依頼の報酬と素材の買い取り分の金額を受け取り、受領のサインをする。

「あと、ジークさん宛に指名依頼が入ってますが、どうされます?」
「え、指名?」

 弟のゾースの時にも見た覚えのある、一回り大きな依頼用紙を差し出され、ジークはちらりと流し見た。王都までの往復の護衛で、最低でも4日はかかる案件だった。

「これは無理かな」
「では、受諾拒否ということで処理させていただきます」

 例え猫がいなくても、その距離の護衛はいくら金貨を積まれてもお断りだ。旅好きで長距離依頼ばかりを選り好む冒険者もいるのだから、護衛が必要ならジークを指名しなくてもいいのにと首を傾げた。不思議に思い、依頼主の名を見れば個人名ではなく商会の屋号になっている。ルイの知り合いの可能性が高そうだ。

 指名依頼は断って、代わりの新たな依頼を探しにボードを見上げていると、横から脇腹を小突かれた。びっくりして振り向くと、古参の大剣持ちが黙って入口扉の方を小さく指差している。

「今一番の有名人が来やがったぜ」
「?」
「あれ、知らない?」

 示された方を見ると、黒色のローブを羽織った小柄な男が入ってきた。初めて見た顔なので、登録したての魔法使いだろうか。

「ロクな魔法も使えないくせに、ジークの真似してる偽魔導師」
「俺の真似?」

 言われてよく見てみると、ローブやブーツなどの装備は確かにジークが身に着けている物に似ている。今では杖を持たない魔法使いは少なくなっているが、偽魔導師と呼ばれた男も杖無しだった。
 だが、それだけでジークの真似と言われてしまうのはどうだろうか。ジークの装備は街の防具屋で買った既製品だし、珍しい物ではないのだから。

「誘われても、ソロの依頼しか受けないって断るらしいぜ。で、実際に受けてるのは街から出ない依頼ばっか」

 ギルドに入ってくる依頼には討伐や採集だけでなく、街での雑用も含まれる。力仕事だったり、畑の収穫作業だったりと必要時だけの手伝いもそれなりにある。需要はあるのだから、そういった依頼ばかり受ける者がいても良いとジーク自身は思ったが、他の冒険者達からは疎まれてしまうようだ。

「たまに薬草も摘んでるらしいけど、入口でチマチマやってるらしいわ」

 魔獣の出て来ないような森の浅いところなら、採取できる種類も限られてくるだろうと、ジークは少しばかり同情した。兎にも角にも冒険者らしくないと評判の男は、依頼ボードの前に立って人差し指で鼻の頭を掻いている。

 それまでジークの横でコソコソと話していた大剣持ちは、男が選ぶ案件が余程気になるのか、それとなく近付いて彼が選ぶ依頼書を覗きに行っていた。その様子に、ジークは呆れたように溜息を吐くと、目ぼしい依頼を剥がして受付に並び直した。