冒険者として名を馳せることを夢見て集まる者の多い、ここシュコール領の中心街。狩人や冒険者の為の宿屋や武具屋が立ち並び、国内で最大規模のギルドも保有している。
冒険者になりたいと言えば、「じゃあ、シュコールに行くの?」と聞かれるくらいには有名だ。
ジークのように力試しがしたいと集まってくる者が大半だが、他の選択肢が無くて何とはなしに冒険者稼業を続けている者も少なくなかった。
この街に住み着いて4年になるアデルはその少数派に該当した。幼い頃から剣術を習ってはいたが、何の伝手もない彼には剣を活かせる仕事と縁が無かった。かと言って、剣から離れた仕事に従事する気にもならなかった。
アデルにとって冒険者は、彼が剣を手放さずに済む唯一の職業だった。
白銀の短く整えられた頭を搔きながら、ギルドの依頼ボードを見渡す。昨日は見かけなかった案件を見つけると、引っ張り剥がして受付へ持って行く。ほぼ毎日のように繰り返している動作で、4年近く変わり映えはしない。
彼が受けたのは魔の森での討伐依頼。魔獣の素材回収が目的の、よくある依頼だ。対象が大型だからパーティ推奨とはあったが、ソロでも受諾はできた。群れになればソロでは無理だが、単体なら受けることが可能だ。
冒険者になったばかりの頃は、誰かと組んで依頼を受けることもあったが、いつの間にかそうしなくなった。冒険者に夢を持っている者と一緒に行動するのは、息が詰まりそうだった。自分はなりたくてなった訳じゃない。剣を持ち続けるにはこれしか残されてなかっただけだから。
熊型の魔獣を求めて森の中を歩きながら、腰に下げた剣を確認するように触れる。この剣は魔獣を倒して金に換える為だけに存在するのだろうか? ――何かが違う気がしてならない。
魔獣の出没ポイント近くまで来ると、すでに獣の呻き声が聞こえた。餌を求めてうろついているのだろうか、警戒しながらも声のする方へ歩み寄る。風に乗って周辺に漂う獣臭に眉をひそめる。
木々の密集した場所を避けつつ、対象の姿を探す。この場所では剣を振り辛いな、そう思った時、アデルの真後ろで何かが動く音がした。
「――?!」
振り返ると、背丈2メートルはあろうかという熊型の魔獣が二本の太い脚で立っていた。黒く硬い毛に覆われ、鋭い爪を携えた大きな手を彼の頭上に掲げて、今まさに振り下ろそうとしていた。
瞬時に剣を抜き、アデルは魔獣の腹部を左から右へと切り裂く。真っ赤な血が吹き出てはいるが、距離間を誤ったのか、やや浅い。
激昂して再び襲い掛かろうと向かってくる獣に、2度目の刃を見舞おうと大きく剣を振りかざすが、なぜかバリンという音を立てて剣が折れてしまった。力任せに振り切った剣の先は彼のすぐ横に生えていた木に突き刺さっている。
手に伝わってきた衝撃と、剣の刃が半分になったショックで、アデルはその場で動けなくなった。咄嗟のことで予備で持つ短剣の存在すら忘れてしまっていた。
未熟だった。それ以外にない。
呆然と立ち尽くした彼に、熊型の魔獣は片手を勢いよく振り下ろそうとした、まさにその時だった。
手を上げた体勢のまま、魔獣の頭部だけが勢いよく吹き飛び、首から下の身体もドスンと音を立てて後ろへと倒れたのだ。
我に返ったアデルの目の前には、首を切断された魔獣の屍体が横たわり、切り離された頭部は少し先に転がっていた。
「何が起こったんだ?」
死ぬかと思った瞬間、魔獣の首が吹っ飛んだ。命拾いしたのは分かるが、何が起こったのかは分からない。
「無事?」
背の高い草を掻き分けて現れ、とてつもなく短い単語で安否確認をしてきた青年のことはよく知っていた。ギルドでも有名な魔導師だ。
「ジークが助けてくれたのか」
「派手に折れたみたいだね」
木に刺さった剣を物珍しそうに見ている栗色の髪の魔導師の傍らには、彼の契約獣だという虎が寄り沿っていた。噂でも子供だとは聞いてはいたが、思ってた以上に小さい。
「ティグが急に走り出すから、何かと思ったよ。怪我は無い?」
「ああ。剣が折れただけだ」
ジーク達は依頼が終わった帰り道に、アデルが魔獣に襲われているのを見つけた。咄嗟に風魔法で魔獣の首を切断してみたのだが、何も声掛けずだったから驚かせてしまったみたいだ。
剣無しなら危ないからと共に戻ることにした。つい最近も武器無しの冒険者と一緒に帰った気がするなと思い出して苦笑する。
歩きながら話している内、ジークが最近は模擬剣で素振りを始めたと言うと、アデルから鍛錬へのアドバイスをいくつか貰えた。さすがに剣士だ。
彼の剣への想いの熱さに、ジークはどうしても聞かずにはいられなかった。
「剣の道に進むことは考え無かったのか?」
「いくら努力しても、伝手無しじゃ試験も受けさせて貰えないんだよ」
諦め切った乾いた声でアデルは笑っていた。冒険者になるくらいしか無かった、と。
翌日、ジークはギルドの受付にアデル宛てに一通の封書を預けた。住所を持たない冒険者同士が連絡を取り合うならギルドを介するのが確実だ。
封書の中に入っているのは、護衛騎士の推薦状。宛先は父であるグラン領主だった。
しばらく後、風の噂でアデルが冒険者を辞めてグランへ向かったという話を耳にした。ジークの里帰りの楽しみが一つ増えた。
冒険者になりたいと言えば、「じゃあ、シュコールに行くの?」と聞かれるくらいには有名だ。
ジークのように力試しがしたいと集まってくる者が大半だが、他の選択肢が無くて何とはなしに冒険者稼業を続けている者も少なくなかった。
この街に住み着いて4年になるアデルはその少数派に該当した。幼い頃から剣術を習ってはいたが、何の伝手もない彼には剣を活かせる仕事と縁が無かった。かと言って、剣から離れた仕事に従事する気にもならなかった。
アデルにとって冒険者は、彼が剣を手放さずに済む唯一の職業だった。
白銀の短く整えられた頭を搔きながら、ギルドの依頼ボードを見渡す。昨日は見かけなかった案件を見つけると、引っ張り剥がして受付へ持って行く。ほぼ毎日のように繰り返している動作で、4年近く変わり映えはしない。
彼が受けたのは魔の森での討伐依頼。魔獣の素材回収が目的の、よくある依頼だ。対象が大型だからパーティ推奨とはあったが、ソロでも受諾はできた。群れになればソロでは無理だが、単体なら受けることが可能だ。
冒険者になったばかりの頃は、誰かと組んで依頼を受けることもあったが、いつの間にかそうしなくなった。冒険者に夢を持っている者と一緒に行動するのは、息が詰まりそうだった。自分はなりたくてなった訳じゃない。剣を持ち続けるにはこれしか残されてなかっただけだから。
熊型の魔獣を求めて森の中を歩きながら、腰に下げた剣を確認するように触れる。この剣は魔獣を倒して金に換える為だけに存在するのだろうか? ――何かが違う気がしてならない。
魔獣の出没ポイント近くまで来ると、すでに獣の呻き声が聞こえた。餌を求めてうろついているのだろうか、警戒しながらも声のする方へ歩み寄る。風に乗って周辺に漂う獣臭に眉をひそめる。
木々の密集した場所を避けつつ、対象の姿を探す。この場所では剣を振り辛いな、そう思った時、アデルの真後ろで何かが動く音がした。
「――?!」
振り返ると、背丈2メートルはあろうかという熊型の魔獣が二本の太い脚で立っていた。黒く硬い毛に覆われ、鋭い爪を携えた大きな手を彼の頭上に掲げて、今まさに振り下ろそうとしていた。
瞬時に剣を抜き、アデルは魔獣の腹部を左から右へと切り裂く。真っ赤な血が吹き出てはいるが、距離間を誤ったのか、やや浅い。
激昂して再び襲い掛かろうと向かってくる獣に、2度目の刃を見舞おうと大きく剣を振りかざすが、なぜかバリンという音を立てて剣が折れてしまった。力任せに振り切った剣の先は彼のすぐ横に生えていた木に突き刺さっている。
手に伝わってきた衝撃と、剣の刃が半分になったショックで、アデルはその場で動けなくなった。咄嗟のことで予備で持つ短剣の存在すら忘れてしまっていた。
未熟だった。それ以外にない。
呆然と立ち尽くした彼に、熊型の魔獣は片手を勢いよく振り下ろそうとした、まさにその時だった。
手を上げた体勢のまま、魔獣の頭部だけが勢いよく吹き飛び、首から下の身体もドスンと音を立てて後ろへと倒れたのだ。
我に返ったアデルの目の前には、首を切断された魔獣の屍体が横たわり、切り離された頭部は少し先に転がっていた。
「何が起こったんだ?」
死ぬかと思った瞬間、魔獣の首が吹っ飛んだ。命拾いしたのは分かるが、何が起こったのかは分からない。
「無事?」
背の高い草を掻き分けて現れ、とてつもなく短い単語で安否確認をしてきた青年のことはよく知っていた。ギルドでも有名な魔導師だ。
「ジークが助けてくれたのか」
「派手に折れたみたいだね」
木に刺さった剣を物珍しそうに見ている栗色の髪の魔導師の傍らには、彼の契約獣だという虎が寄り沿っていた。噂でも子供だとは聞いてはいたが、思ってた以上に小さい。
「ティグが急に走り出すから、何かと思ったよ。怪我は無い?」
「ああ。剣が折れただけだ」
ジーク達は依頼が終わった帰り道に、アデルが魔獣に襲われているのを見つけた。咄嗟に風魔法で魔獣の首を切断してみたのだが、何も声掛けずだったから驚かせてしまったみたいだ。
剣無しなら危ないからと共に戻ることにした。つい最近も武器無しの冒険者と一緒に帰った気がするなと思い出して苦笑する。
歩きながら話している内、ジークが最近は模擬剣で素振りを始めたと言うと、アデルから鍛錬へのアドバイスをいくつか貰えた。さすがに剣士だ。
彼の剣への想いの熱さに、ジークはどうしても聞かずにはいられなかった。
「剣の道に進むことは考え無かったのか?」
「いくら努力しても、伝手無しじゃ試験も受けさせて貰えないんだよ」
諦め切った乾いた声でアデルは笑っていた。冒険者になるくらいしか無かった、と。
翌日、ジークはギルドの受付にアデル宛てに一通の封書を預けた。住所を持たない冒険者同士が連絡を取り合うならギルドを介するのが確実だ。
封書の中に入っているのは、護衛騎士の推薦状。宛先は父であるグラン領主だった。
しばらく後、風の噂でアデルが冒険者を辞めてグランへ向かったという話を耳にした。ジークの里帰りの楽しみが一つ増えた。