シュコールの北に位置するアヴェン領は、広大な領地の半分を高い山脈が占め、魔石の掘削と輸出が主な産業となっていた。そう言われてみると、中心街を行き交う人の中には屈強な鉱夫らしき姿がちらほら。

 平坦な土地があまり無い為に鉱業以外の主だった特産は無かったが、魔石の買い付けに訪れる商人が持ち込む物品で街は十分に賑わっていた。新しく商会を立ち上げたばかりのルイも例に漏れず、近隣の領から運んで来た品をこちらの商会へと卸しに来たようだった。

 依頼主のルイが商談している合間、ジークは街の中を特に目的無く歩いていた。生家のあるグラン領とも隣接はしているが、アヴェン領に入ったのは子供の頃に一度きり。山ばかりだなという印象しか無かった。

 さすがに唯一で最大の特産品なので、通りにはたくさんの魔石屋が立ち並んでいる。魔石を売る店の近くには必ずと言っていいくらいに魔力屋が店を構えていたので、それぞれは提携しているのだろう。魔力が入った物が売っていれば一度の買い物で済むのにと、アヴェンの商魂を垣間見た。

「ねえ、どうにかならないの?」
「また明日来て貰えれば……」
「明日では間に合わないの、今日使いたいの!」

 ジークが店の前を通った時、石屋の主人と客が揉めているのが目に入った。欲しい石が品切れでもしてたんだろうかと、気にせず前を通り過ぎようとした際、ふとその客と目が合ってしまった。

「あ、ちょっと、そこのお兄さんっ」

 明らかにジークの方を向いて呼んでいる。それまで、すごい剣幕で店主に食ってかかっていた女だ、関わるまいと足早にその場を立ち去ろうとしたが、すぐにローブの背中を引っ張られる。

「待って。助けてくれない?」

 石屋で見せていた勢いは無く、懇願の目をジークへと向けている。近くで見ると意外と若い、同じ歳くらいだろうか。何か本当に困っている様子だったので、面倒だなとは思ったけれど、つい立ち止まってしまった。

「お兄さん、魔法使いだよね?」
「一応は」
「魔力補充って出来る?」

 魔石を買ったのに空だったと愚痴っているところを見ると、領外から来たのだろう。石屋からは隣の魔力屋を勧められて尋ねてみたが、今日の営業は終わったと言われ、他の店を探したが提携している石屋の物しか受け付けないと断られてしまったらしい。

「あたし、今日中に発たなきゃだから、明日まで待ってられないのよ」

 別のところで買い直そうと思っても、石屋からは返品を受付けて貰えず、それで揉めていたという訳だった。店の中を覗いてみると、面倒な客がやっと出て行ったと店主が胸を撫でおろしているところだった。

 女が手に持っているのは黄色の石。魔獣除け用の魔石だ。他の魔石よりも少しばかり魔力消費量が多い為に、魔力屋からは倦厭され易い。
 その石を受け取って軽く握り締めると、ジークは魔力を注ぎ込む。

「え、もう出来たの?」

 数分も待たずに返された石を、女は信じられないと言いたげに、何度も日にかざして確認していた。けれど魔力を持たない者には見ただけでは分からない。なら、魔力屋で測定器を借りてきたらと勧めてみたが、女は首を横に振った。

「いい。きっと大丈夫」

 自ら測定を言い出すくらいだ、間違いないだろうと彼を信用して石を鞄にしまう。アヴェンに着いた途端に馬車に積んでいた石が割れてしまい、急いで代わりを探して回ったら、まさかの空売りだった。地元では魔力が入った状態で販売されているから信じられなかった。

「助かったわ。何かお礼させて貰えるかな」

 昼食がまだだったら、と誘われたがティグを連れて飲食店には入れない。少し考え周りを見回してみる。

「あ、じゃあ、あそこの屋台で」
「うん、いいよ。行こう」

 広場らしき場所に、肉串などを売る店が数軒並んでいた。露店なら契約獣同伴でも怒られないはずだ。燻製肉を挟んだパンなど、目に付く物を買って貰い、空いているベンチに並んで腰かけた。

 好物の肉串の匂いに釣られたのか、ローブの中から猫が顔をひょこりと出すと、女は目を丸くして驚いた様子だった。

「あ、えっと、俺の契約獣」
「へー、これ何ていう獣なの?」
「虎。まだ子供だけど……」

 不思議そうに見ながら、そっと自分の肉串から一欠けらを外して、ティグの顔の前に差し出した。猫はそれを一口で頬張ると、ゴロゴロと喉を鳴らした。

「へー、虎かぁ……」

 関心したような、そして何かを思い出そうとするように首を傾げている。ティグはローブの隙間から縞々の前足を伸ばして、ジークの分の肉串を狙っていた。

「もしかして、魔導師ジーク?」
「君、シュコールの人?」
「そう。中央街じゃないけどね」

 思い出したと手を叩く。虎を連れた魔導師の噂は、小さな街に住む彼女でも聞いたことがあった。噂の魔導師なら、魔石の件も納得だ。あんなに短時間で魔力補充をやってのける人は見たことがない。

「アヴェンに拠点を移したの?」
「いや、護衛依頼で来ただけ」

 鍛冶屋を営む祖父の代わりに武具を卸しに来たという女は、リンと名乗った。