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迎えた新学期──僕は騒がしい教室に入るとクラスメイトたちに挨拶をしながら窓際の一番後ろの席に座る。
そしてすぐに鞄から夏希に結局返せなかった小説を取り出して開くと窓の外を眺めた。

(いい天気だな……)

遠くにみえる川辺に目を凝らせば、なんだかまた夏希の声が聞こえてきそうだ。

あの日、夏希が消えてからまだ僕の前には一度も現れていない。でもなぜだかわからなけれど僕にはまた夏希に会える気がして仕方なかった。なぜかと問われても答えられないけれど、そんな気がする。

そして僕はまた小説を書き始めた。夏希に途中まで読んでもらっていた幽霊のヒロインが主人公の期限付きの恋を題材にした青春恋愛小説だ。

(改稿した箇所……いつマスターにみてもらおうかな)

あれから僕はたびたびあの喫茶店に入り浸っては自作の小説をマスターに添削してもらっているのだ。

(年末のコンテストに出せたらいいな)

僕はそんなことを考えながら視線を小説に戻した。

その時──ガラリと教室の扉が開かれる音がして僕が顔を上げると担任教師が入って来る。
すぐに僕含めクラスメイトたちの視線は担任の後ろに向けられた。

(この時期に、転校生?)

肩までの黒髪に大きな瞳が印象的な凛とした雰囲気の女の子が立っている。

「みんなおはよう。早速だけど、今日からこのクラスに新しい仲間が増えることになりました。挨拶いいかな?」

女の子は担任に向かって軽く会釈をすると真っすぐに前を見つめた。

「家庭の事情で夏休みにこの街に越してきました、青山真由(あおやままゆ)です。どうぞ宜しくお願いします」

青山真由と名乗ったその子が丁寧にお辞儀をして、クラスからは歓迎の拍手が起こった。

「えーっと、青山さんの席は来瀬の隣で」

(えっ、僕の隣……ってそりゃそうか)

ちょうど僕の隣の席は夏休みに親の転勤で引っ越したクラスメイトの席でいまは空席になっていたのだ。

「そうだ、来瀬。ちょっと手違いでまだ教科書が届いてないんだ。数学の教科書、青山さんにも見せてあげてくれ」

「あ、はい。わかりました」

青山さんは僕の席に机をくっつけると小さな可愛らしい声で「お願いします」とふわりと笑った。

(あれ……?)

なんだろう。ほんの一瞬目と目が合った時、僕の心の端っこが何かにツンと引っ張られるようなそんな感覚がした。

僕はなんだか不思議な気持ちになる。悪いと思いながらも筆記用具を取りだしている青山さんをじっと見た。

(いや、やっぱ全然知らない子だよな……でも)

「なにか……?」

「えっ、あ、なんでもない。ごめん」

(幽霊ってわけでもなさそうだしな……って僕何考えてんだろ)

もしいまここに夏希がいたら肘で小突かれそうだ。

僕は黒板にかかれた数式をノートに移していく。その時、真横から視線を感じた僕はおずおずと青山さんの方を見た。

「……えっと、どうかした?」

「あ、ごめんなさい……その本が気になって」

「え?」

青山さんが見ているのは僕が机の端に置いていた夏希のお気に入りの小説だった。

「青山さん、本好きなの?」

僕は周りに気づかれない様に少し身を屈めるようにして小声でそう言った。

「あ……、えっと……」

青山さんが戸惑う様な表情をしていて僕は慌てて質問を撤回する。

「ごめん、別にそんな深い意味ないから答えなくていいよ」

「ううんあのね……私、二年前までほとんど視力がなくて」

「え……っ」

「かかりつけの大学病院がこの街にあるから思い切って引っ越してきたの」 

「そうだったんだ……」

(視力がなくて……っていまは見えてる、よな?)

僕がチラッと彼女を見れば彼女がふふっと笑った。

(──!)

なぜだかわからない。けれどその、はにかむような笑顔が一瞬だけ夏希と重なった。

(なんで……夏希……)

僕は少し混乱した。会ったこともない女の子が夏希に見えるなんて、なぜなのか検討もつかない。

「……ごめんなさい。視力がないとか言うと気を遣わせてちゃうよね。でもいまは全然平気なの」

「う、うん……」

「その……移植手術してから本当に色んなものが見えるようになって……世界が変わったの。何より本が沢山読めるのが嬉しくって。その本のことなんだけど、もう五年も前の作品なのに……何故だかいつも本屋さんで気になってて」

(あ……そっか)

(そういうことか……!)

答え合わせなんかできないし、きっと正解なんてものもない。 

でも僕にはわかる。
僕は誰よりも夏希のことをわかってるから。

(……これからは寄りそうって──あれはきっと)

僕は何度も読み返しているその小説を青山さんに差し出した。

「良かったら読んでみて。きっと好きになると思う」

「いいの、ありがとう」

青山さんが嬉しそうに笑って、僕の心の中が夏希と一緒に飲んだクリームソーダみたいに淡い期待でシュワシュワと弾けていく。


そう好きになる。
また恋が始まる。
キミを何度でも好きになる。

これからの未来を一緒にみつめていこう。

そしてこの小説の『タイトル』のように、

──『キミとまた恋をはじめよう』






2024.8.21 遊野煌