線を引き終わると、下書きに沿って、カッターで切り抜いていく。いつも使ってるカッターよりやりやすいと、有村くんは感動しながら、丁寧に丁寧に刃を滑らせていく。

 こんなにも真剣に取り組んでもらえると、体験コーナーを企画した甲斐もある。これを機に、切り絵を好きな子が増えたらいいなんて欲深なことまでは考えていなかったけれど、楽しんでくれているようでホッとする。

「できたっ」

 鈴の形の中に描いた、円を組み合わせた簡単な幾何学模様が綺麗に切り取られている。

「すごく上手」
「自分でもそう思う」

 自信に満ちた表情で、有村くんは胸を張る。

「あとは糸をつけたら出来上がりです」
「やってみる」

 細い糸をもどかしそうに小さな穴へ通し、鈴と短冊をつなぎ合わせる。

「これで完成?」
「はい。好きなところへ飾ってくださいね」

 有村くんは腕を高くあげる。風鈴がくるくると涼しげに回る。熱心に眺める彼を、朝晴も興味津々に見つめる。

「いいのができたな、有村くん」
「こんなに本格的とは思わなかった」
「わかるよ。難しいデザインじゃないのに、すごくおしゃれだよなぁ」

 有村くんも同意するようにうなずいて、椅子からするりと降りる。

「先生行くよ。切り雨さん、ありがとう。友だちが待ってるから」
「お祭り、楽しんでくださいね」

 走り出す有村くんに手を振って見送ると、朝晴が言う。

「生徒たち、迷惑かけてませんか?」
「いいえ、全然。いい子たちばかりで」
「ですよね。正直言うと昔はね、子どもなんて生意気なだけだと思ってたんですよ。当然、家族に憧れなんてありませんでね。仕事だけ頑張って稼いでいれば幸せだと思ってました」

 何を思ったのか、朝晴は唐突にそう言う。

「そうなんですか?」
「好きなときに出かけて、欲しいものが買えて、おいしいものが食べられる。お金さえあれば人脈だっていくらでもできる。そう思ってたんですよ」

 告白しなくていいことを言ってしまったような後悔、気恥ずかしさ、そんな苦々しい表情を見せて、朝晴はうっすら笑う。

「清倉の子たちはみんな素直なんですよ。接してるうちに、あたたかい家族に囲まれて過ごすのもいいなと思うようになりました」
「恋人はいらっしゃらないんでしたっけ」
「次に付き合う人とは結婚を意識したいなと考えてます」
「良い方に出会えるといいですね。井沢さんなら難しくない気がします」

 にっこりほほえむと、朝晴はなぜだか、ホッとしたように息をつき、たこ焼きをビニール袋から取り出す。

「たこ焼きを一緒に気軽に食べてくれる女性とは付き合って来なかったので、昔の自分と今の自分にギャップを感じてるんですけどね」
「東京にいらした頃の井沢さんはきっと、ブランドのスーツが似合う敏腕なイベントコーディネーターさんだったんですね」
「想像できますか?」
「イメージだけ。どちらも素敵な気はしますけれど」
「どちらもですか」

 朝晴はうれしげに背筋を伸ばす。そのしぐさをなんともおかしく思いながら、たこ焼きを口に運ぶ。

「たこ焼き、美味しいですね。私も、男の人とこうやって、たこ焼きを気さくに食べたのは初めてな気がします」
「どうですか? 男とたこ焼きを食べるのは」
「楽しいですよ。井沢さんとだからかもしれないですけれど」
「俺も、そうかもしれない」

 朝晴はしみじみとつぶやくと、照れくさそうにたこ焼きを一つ、口に放り込んだ。