*
「あの人、誰なんですか? 最初からなんだか攻撃的で、つい俺も大人気ない態度とっちゃったな」
朝晴の出ていった裏口を眺めながら、公平は反省するように後ろあたまをかく。
「井沢さんも普段はとても細やかな気づかいをされる穏やかな方なんです。女ひとりでやってる店ですから、清倉では見慣れない男の人が来たので、警戒されたのかもしれませんね」
「あの人だって、俺からしたら知らない男だよ。二人きりになるのは軽率じゃないかな? それとも、そんな心配が必要ないぐらい、下心のない男なのかな」
心配するあまり、不満をもらす公平に、未央は誤解をとくように言う。
「アルバイトの子のお兄さんなんです」
「アルバイトいるんですか? じゃあ、家族ぐるみのお付き合いみたいなもの?」
意外そうに、彼は言う。少し態度が和らいで、未央もホッと息をつく。
「そうなんです。井沢さんは中学で教師をされていて、清倉で顔が広いですから、何かと助けてもらうことも多いんですよ」
「教師? そうは見えなかったな。それで、今日は何しに?」
「展覧会に出品しないかって、西島先生からお誘いを受けていて、先生の代わりにご相談に来られたんだと思います」
「西島先生って、たしか、未央さんの師匠だよね。ちょっと意味がわからないな。あの人、西島さんとも知り合い?」
公平は首をひねる。どうにも、納得いかない様子だ。普段からお世話になっている知り合い以上の関係なんじゃないかと疑っているのだろう。
彼の心配はあながち、間違いじゃない。しかし、未央だってまだ、抱きしめたいと言ってきた朝晴の気持ちに戸惑っている。それを、公平が納得するように説明するのは難しい。
しかし、朝晴との関係を明らかにしないと引き下がってくれない気がして、未央はなるべく誤解を招かないよう、朝晴が教師になる前は東京でイベントコーディネーターをやっていて、その当時から西島誠道とは知り合いで、未央の作品に関心を持っていることを伝えた。
「へえ、そんなこともあるんだね。兄さんが未央さんの切り絵作家として生きる道を奪おうとしてたから、財前家をこころよく思ってないのかな」
「さあ、それはわかりませんけれど。井沢さんも非礼を詫びてましたし、今ごろ、反省されてると思いますよ」
未央はやんわりとなだめる。
「そうかな。俺が残るなら帰りたくないって感じだったし、やっぱり気になるよ」
朝晴はまだ話がしたそうだったが、未央が帰るようにうながすと、しぶしぶ帰っていった。その様子が、公平と未央を二人きりにさせたくないように、公平の目には映ったのだろう。
「それより公平さん、新作が出来上がったばかりなんです。ご覧になりませんか?」
未央は話をそらすと、店舗の明かりを一つだけつける。中央に浮かび上がる額縁へと向かうと、公平も仕方なさそうについてくる。しかし、一つの作品に目をとめると、感心するような息をつき、腰をかがめてまじまじとのぞき込む。
「やっぱり、未央さんの作品はすごいな。登場人物の躍動感が伝わってくるよ」
「この天泣は、文彦さんを偲んで作った作品なんです」
「兄さんを? じゃあ……」
公平は驚いたように振り返り、天泣に描かれた三人の子どもたちを指差す。
「はい。女の子は私、ふたりの男の子は、文彦さんと公平さん。私たち、小さなころから虫取りに出かけたり、こんなふうに仲良く育ったわけではないですけれど、あんな形でお別れしてしまったから、今は童心にかえったような穏やかな気持ちでいてほしいとの願いを込めました。それは、文彦さんだけじゃなくて、公平さんにも」
「だから、三人なんですね」
「文彦さんの死を悲しんでいるのは、私だけじゃないですから」
そう言って公平を見つめる。彼はゆっくりと身体を起こし、未央に向き直る。
「あの人、誰なんですか? 最初からなんだか攻撃的で、つい俺も大人気ない態度とっちゃったな」
朝晴の出ていった裏口を眺めながら、公平は反省するように後ろあたまをかく。
「井沢さんも普段はとても細やかな気づかいをされる穏やかな方なんです。女ひとりでやってる店ですから、清倉では見慣れない男の人が来たので、警戒されたのかもしれませんね」
「あの人だって、俺からしたら知らない男だよ。二人きりになるのは軽率じゃないかな? それとも、そんな心配が必要ないぐらい、下心のない男なのかな」
心配するあまり、不満をもらす公平に、未央は誤解をとくように言う。
「アルバイトの子のお兄さんなんです」
「アルバイトいるんですか? じゃあ、家族ぐるみのお付き合いみたいなもの?」
意外そうに、彼は言う。少し態度が和らいで、未央もホッと息をつく。
「そうなんです。井沢さんは中学で教師をされていて、清倉で顔が広いですから、何かと助けてもらうことも多いんですよ」
「教師? そうは見えなかったな。それで、今日は何しに?」
「展覧会に出品しないかって、西島先生からお誘いを受けていて、先生の代わりにご相談に来られたんだと思います」
「西島先生って、たしか、未央さんの師匠だよね。ちょっと意味がわからないな。あの人、西島さんとも知り合い?」
公平は首をひねる。どうにも、納得いかない様子だ。普段からお世話になっている知り合い以上の関係なんじゃないかと疑っているのだろう。
彼の心配はあながち、間違いじゃない。しかし、未央だってまだ、抱きしめたいと言ってきた朝晴の気持ちに戸惑っている。それを、公平が納得するように説明するのは難しい。
しかし、朝晴との関係を明らかにしないと引き下がってくれない気がして、未央はなるべく誤解を招かないよう、朝晴が教師になる前は東京でイベントコーディネーターをやっていて、その当時から西島誠道とは知り合いで、未央の作品に関心を持っていることを伝えた。
「へえ、そんなこともあるんだね。兄さんが未央さんの切り絵作家として生きる道を奪おうとしてたから、財前家をこころよく思ってないのかな」
「さあ、それはわかりませんけれど。井沢さんも非礼を詫びてましたし、今ごろ、反省されてると思いますよ」
未央はやんわりとなだめる。
「そうかな。俺が残るなら帰りたくないって感じだったし、やっぱり気になるよ」
朝晴はまだ話がしたそうだったが、未央が帰るようにうながすと、しぶしぶ帰っていった。その様子が、公平と未央を二人きりにさせたくないように、公平の目には映ったのだろう。
「それより公平さん、新作が出来上がったばかりなんです。ご覧になりませんか?」
未央は話をそらすと、店舗の明かりを一つだけつける。中央に浮かび上がる額縁へと向かうと、公平も仕方なさそうについてくる。しかし、一つの作品に目をとめると、感心するような息をつき、腰をかがめてまじまじとのぞき込む。
「やっぱり、未央さんの作品はすごいな。登場人物の躍動感が伝わってくるよ」
「この天泣は、文彦さんを偲んで作った作品なんです」
「兄さんを? じゃあ……」
公平は驚いたように振り返り、天泣に描かれた三人の子どもたちを指差す。
「はい。女の子は私、ふたりの男の子は、文彦さんと公平さん。私たち、小さなころから虫取りに出かけたり、こんなふうに仲良く育ったわけではないですけれど、あんな形でお別れしてしまったから、今は童心にかえったような穏やかな気持ちでいてほしいとの願いを込めました。それは、文彦さんだけじゃなくて、公平さんにも」
「だから、三人なんですね」
「文彦さんの死を悲しんでいるのは、私だけじゃないですから」
そう言って公平を見つめる。彼はゆっくりと身体を起こし、未央に向き直る。