「御守り……」
奈江は息を飲む。彼がそれを知っているということは、遥希も気になっていたのだ。
遥希との思い出を共有する青年に出会えたのだと思ったら、なんだかうれしくなる。
「早坂さんは覚えてる?」
「はい、もちろん。散歩中に、失くした御守りを探してる人と出会って、遥希さんと一緒に探したんですけど、見つからなくて」
前のめりになって奈江が言うと、青年もうなずく。
「そうそう、そういう話だった。俺も探そうか? って言ったら、そこまでする必要ないって言われてさ。それでも遥希はずっと探してるみたいだったな」
「ずっと探してくれてたんですね。大野川に落ちたんじゃないかって、ふたりで川に降りて探したんですけど、結局、見つからなかったんです」
大野川は水深の浅い川だ。失くしたという場所から、ちょうど下に降りられる階段があって、散歩が終わるとふたたび戻って、日が沈むまで探したのは、懐かしい思い出だ。
「大野川のどの辺?」
「彼岸橋です」
「彼岸橋……か」
青年はあごをさする。何か思い当たることでもあるのだろうか。
「御守り探してた人、どうしてるんでしょうか。夏休みが終わる頃に、もう諦めようって話にはなったんですけど、遥希さん、何か言ってましたか?」
「いや、聞いてないな」
「そうですか……」
何か知ってるかもと思ったけれど、期待はずれだったようだ。
残念がる奈江を励ますように、「見つかってるといいな」と青年は言い、手もとのランプに視線を落とす。
「もう直るから」
その言葉通り、彼は部品ごとに分けられていたパーツを慎重に組み立てると、作業台に取り付けられたコンセントにランプのプラグをさし、スイッチを入れる。
「あ、ついた」
心なしか、声が弾む。優しい黄昏色を見つめていると、伯母の喜ぶ顔が浮かぶ。
「もう大丈夫だよ。定期的にメンテナンスするといいって、伯母さんに伝えてもらえるかな。来るのが大変なら、出張修理もしてるから」
青年は作業台の後ろにある棚から名刺を取り出すと、奈江に差し出す。
「俺、こういうものだから」
受け取った名刺に視線を落とすなり、奈江は弾けるように彼を見上げた。
「代表取締役?」
もう一度確認するが、確かに、そう書いてある。
「猪川秋也って言います」
驚く奈江を面白がるように、秋也と名乗る青年はうっすらと笑む。らんぷやの客が、名刺を渡されるたびに取るリアクションで、慣れているのかもしれない。
ふたたび、名刺をじっくりと眺める。
吉沢らんぷの店長という肩書きの下に、もう一つ肩書きがある。株式会社ジェンデの代表取締役兼企画エンジニア。小さならんぷやでランプの修理を黙々とこなす彼からは想像もしなかった肩書きだ。
「ジェンデって、どこかで見たような……」
名刺を裏返すと、株式会社ジェンデのロゴとホームページのアドレスが載っている。そのロゴをどこかで見たことがあるような気がするのだ。
「へえ、知ってるの?」
秋也は意外そうにつぶやく。
奈江が知ってるのはおかしいと感じるような企業なのだろうか。もう少しで何か思い出せそうな気がするのに、一向に浮かんでこない。
「何をしてる会社ですか?」
思い切って、尋ねてみた。
「アプリ開発だよ。俺が起業したんだけどさ、少し前に社長業は譲って、今はフルリモートのエンジニアのかたわら、ここで修理屋やってる」
それだけを聞くと、20代にして気ままな生活をしているように思えてしまうが、彼の逞しい体格は、二足のわらじでバリバリ働くためのものかとも思えてくる。
「起業って……、すごいですね」
「吉沢さんのおかげかな」
「そうなんですか?」
「すごく面倒見てもらったんだよ。まあ、話せば長くなるから」
これ以上、詳しく話す気はないのだろう。突き放すように秋也はそう言ったあと、帰るように促すためか、奈江の気に入ったランプを棚に戻しながら言う。
「よかったら、ランプまた見に来てよ。遥希の知り合いには特に安くするからさ」
奈江は息を飲む。彼がそれを知っているということは、遥希も気になっていたのだ。
遥希との思い出を共有する青年に出会えたのだと思ったら、なんだかうれしくなる。
「早坂さんは覚えてる?」
「はい、もちろん。散歩中に、失くした御守りを探してる人と出会って、遥希さんと一緒に探したんですけど、見つからなくて」
前のめりになって奈江が言うと、青年もうなずく。
「そうそう、そういう話だった。俺も探そうか? って言ったら、そこまでする必要ないって言われてさ。それでも遥希はずっと探してるみたいだったな」
「ずっと探してくれてたんですね。大野川に落ちたんじゃないかって、ふたりで川に降りて探したんですけど、結局、見つからなかったんです」
大野川は水深の浅い川だ。失くしたという場所から、ちょうど下に降りられる階段があって、散歩が終わるとふたたび戻って、日が沈むまで探したのは、懐かしい思い出だ。
「大野川のどの辺?」
「彼岸橋です」
「彼岸橋……か」
青年はあごをさする。何か思い当たることでもあるのだろうか。
「御守り探してた人、どうしてるんでしょうか。夏休みが終わる頃に、もう諦めようって話にはなったんですけど、遥希さん、何か言ってましたか?」
「いや、聞いてないな」
「そうですか……」
何か知ってるかもと思ったけれど、期待はずれだったようだ。
残念がる奈江を励ますように、「見つかってるといいな」と青年は言い、手もとのランプに視線を落とす。
「もう直るから」
その言葉通り、彼は部品ごとに分けられていたパーツを慎重に組み立てると、作業台に取り付けられたコンセントにランプのプラグをさし、スイッチを入れる。
「あ、ついた」
心なしか、声が弾む。優しい黄昏色を見つめていると、伯母の喜ぶ顔が浮かぶ。
「もう大丈夫だよ。定期的にメンテナンスするといいって、伯母さんに伝えてもらえるかな。来るのが大変なら、出張修理もしてるから」
青年は作業台の後ろにある棚から名刺を取り出すと、奈江に差し出す。
「俺、こういうものだから」
受け取った名刺に視線を落とすなり、奈江は弾けるように彼を見上げた。
「代表取締役?」
もう一度確認するが、確かに、そう書いてある。
「猪川秋也って言います」
驚く奈江を面白がるように、秋也と名乗る青年はうっすらと笑む。らんぷやの客が、名刺を渡されるたびに取るリアクションで、慣れているのかもしれない。
ふたたび、名刺をじっくりと眺める。
吉沢らんぷの店長という肩書きの下に、もう一つ肩書きがある。株式会社ジェンデの代表取締役兼企画エンジニア。小さならんぷやでランプの修理を黙々とこなす彼からは想像もしなかった肩書きだ。
「ジェンデって、どこかで見たような……」
名刺を裏返すと、株式会社ジェンデのロゴとホームページのアドレスが載っている。そのロゴをどこかで見たことがあるような気がするのだ。
「へえ、知ってるの?」
秋也は意外そうにつぶやく。
奈江が知ってるのはおかしいと感じるような企業なのだろうか。もう少しで何か思い出せそうな気がするのに、一向に浮かんでこない。
「何をしてる会社ですか?」
思い切って、尋ねてみた。
「アプリ開発だよ。俺が起業したんだけどさ、少し前に社長業は譲って、今はフルリモートのエンジニアのかたわら、ここで修理屋やってる」
それだけを聞くと、20代にして気ままな生活をしているように思えてしまうが、彼の逞しい体格は、二足のわらじでバリバリ働くためのものかとも思えてくる。
「起業って……、すごいですね」
「吉沢さんのおかげかな」
「そうなんですか?」
「すごく面倒見てもらったんだよ。まあ、話せば長くなるから」
これ以上、詳しく話す気はないのだろう。突き放すように秋也はそう言ったあと、帰るように促すためか、奈江の気に入ったランプを棚に戻しながら言う。
「よかったら、ランプまた見に来てよ。遥希の知り合いには特に安くするからさ」