「え……、亡くなった?」

 全身がぶるっと震え、奈江はぼう然とする。にわかには信じられなかった。

「もう、5年になるよ。朝起きてこなくてさ、店長が部屋を見に行ったら……。本当に突然のことで、俺もわけがわからなかったな。遥希がいなくなって、店長も体調を崩して、去年、亡くなられたんだ」
「……そう、だったんですか」

 奈江の記憶に生きる遥希の笑顔が浮かぶ。高校時代の彼だけでなく、彼自身がもうこの世にいないと思うと、その事実を受け入れがたいというより、現実味がないものなのだと思う。

「じゃあ、今はあなたがひとりでこのお店を?」

 店主を失ったらんぷやを彼が引き継いでいるのは、遥希もいないからだ。そう気づいて問うと、青年は憂いを帯びた目をする。

「吉沢らんぷでアルバイトしてた縁でね、店長の奥さんから頼まれて、修理だけやってる」
「遥希さんのお母さんはお元気なんですね」

 ほっと息をつく。伯母は何も言わないから、遥希の母親と今でも交流があるかわからないが、元気だとわかれば安心するだろう。

「近くのマンションに住んでるよ。一人で退屈だって言って、たまにここに顔出すよ」
「お一人って、奥さんとは離れて暮らしてるんですか?」
「奥さんって?」
「遥希さんのです。結婚されてましたよね?」
「遥希は結婚してないよ」

 あたりまえのように、彼はさらりと言う。

「本当ですか? 伯母の家で、遥希さんの結婚式の招待状を見たことがあるんです」
「ああ、招待状ね。俺ももらったよ。あ、俺、遥希とは中学の同級生で、ずっと仲良くしててさ」
「そうだったんですか」

 遥希とは長い付き合いなのだ。あまり遥希とは共通項のなさそうな風貌の彼だから、意外な気もするけれど、何か馬の合うところがあったのだろう。

「遥希さ、友梨(ゆり)とは別れたんだよ」

 友梨……ああ、そうだ。招待状に書かれた岩倉(いわくら)友梨という名前が鮮明に浮かぶ。間違いない。青年の話はうそでも勘違いでもないだろう。

「招待状出してからの破局だからさ、まあ、いろいろ大変……なんて話、余分だよな。早坂さんは遥希といつからの知り合い?」

 言い過ぎたと思ったのか、彼はそう尋ねてくる。

「私は高校一年の夏休みに初めてお会いしました」
「高校一年って、遥希も?」
「遥希さんは三年生でした。マメ……犬の散歩中に出会って」
「犬の散歩……? ああ、シェードか」

 少し考えるようなしぐさをした彼だが、すぐに思い出したようだ。

「そう。シェードです。シェードは元気ですか?」

 10年前、シェードはまだ子どもだった。元気にしているとうれしい。

「元気だと思うよ。シェードは友梨にもらわれて、どうしてるかは知らないんだ」
「そうなんですか。でも、知らせがないのは元気な証拠ですよね?」
「そうだな。そう思うよ」

 力強くうなずいてくれる彼を見ていると、元気に友梨と暮らしていると信じられる。

「遥希とは、それだけ?」
「そうなんです。一緒に犬の散歩をしたぐらいで、知り合いって言っていいのかどうか……」
「そうなのか」

 そう言ったきり、青年は何か考え込む。そうしてしばらくすると、急に口を開く。

「高三の夏休みって言えばさ、俺はもうここでアルバイトしてたわけなんだけど、ちらっと遥希から変な話聞いたことあるよ」
「変な話って?」
「御守りが見つからないとかなんとか」