「いえ、そんな……全然」

 恐縮していると、秋也が助け舟を出してくれる。

「彼岸橋の近くにさ、叔父さんの生家があったんだ。叔母さんの実家はその二軒隣のご近所で、あのあたりのことはよく知ってるんだよ」
「ご生家って、猪川さんのお父さんのご生家でもあるんですよね」
「そうだよ。ああ、叔父さん、叔母さん。俺、まだ早坂さんにあのこと話してなくてさ。ごめん。でも、あのことを知ってもらいたい人ではあるんだ」

 あのことってなんだろう。それに、知ってもらいたいって……。

「私たちに気をつかう必要はないよ。秋也くんのタイミングで、話して差し上げなさい。結婚が決まるようなら知らせてもらいたいがね」

 結婚っ? と、奈江が目を丸くしてびっくりすると、叔父さんと叔母さんがおかしそうにそっと目を合わせる。

「全然そんなんじゃないからさ、ほんとにごめん」

 焦る様子はないが、秋也は苦笑している。困ってはいるようだ。

「話は変わるが、らんぷやの方はどうだい? 仕事は掛け持ちのままかい?」

 気まずい話題をさらりと流して、叔父さんが尋ねる。

「社長業は環生くんに譲ったよ。もともとそのつもりで起業したしさ」
「じゃあ、今後はらんぷや一本かい?」
「どうかな。修理だけじゃ食っていけないから」
「そうか。困ったことがあれば、相談に来なさい。できる援助はするから」
「ありがとう。落ち着いたら、連絡するよ」
「あまり、ひとりで無理しないようにな。正月、時間があるようなら来なさい。うまい酒、用意しておくから」
「わかった。じゃあ、俺たち、行くから」

 秋也が話を切り上げる。親切はうれしいが、素直に甘えることに抵抗があるのかもしれない。それは、秋也を子ども扱いする叔父だからということではなく、彼らの子どもになりきれない彼だから。

 叔父さんたちは名残惜しそうな顔をしていたが、笑顔で別れを告げると境内の奥へ向かう。その先では御神酒の振る舞いがあるのだと、秋也が教えてくれた。

 ふたりの後ろ姿を見届けると、奈江は尋ねる。

「猪川さんはらんぷやを継がないんですか?」
「継いでるよ」

 秋也がふしぎそうに即答する。

「でも、修理だけですよね? 買い付けはやらないんですか?」

 彼はセンスがいいから、こなせるような気がするのだけど。

「買い付けは環生くんがやればいいと思ってる」
「環生さんはランプに全然興味がないみたいでしたけど」

 らんぷやなんて潰せばいいとも言っていたぐらいだ。あまり未練を持たないタイプにも思うし、継ぐ気はないだろう。

「今は興味がないだけかもしれない。環生くんは海外に興味があるだろうし、やる気になったときに店がないと困るだろうから、それまでは俺がなんとかするよ」
「そうなんですか……。猪川さんは本当にランプがお好きだから、なんだかもったいないです」
「俺は今のままでいいんだ」

 秋也は少し遠い目をして、神社に背を向けて歩き出す。帰るのだろうか。背中がさみしそうだ。

「猪川さん、ごめんなさい。私、嫌なこと聞きましたよね?」
「どうして? 全然」

 ふしぎそうに彼は振り返り、首を振る。

「でも……」
「昔はさ、吉沢店長も俺にらんぷやを継がせようとしてたんだよ」

 心配する奈江を申し訳なく思ったのか、彼は決意したように話し出す。

「遥希がらんぷやに見向きもせずにサラリーマンになって、友梨との結婚を決めたとき、店長は俺に継ぐ気があるか聞いてきたんだ。もちろん、継ぐ気はあったよ。だけど、やるとは即答できなかった。不安だったんだ。遥希が会社を辞めて、らんぷやをやるって言い出したら、店長は遥希を選ぶだろうって思ってたからさ」
「遥希さんは継ぐ気があったんでしょうか?」
「さあ。でも、ランプは好きだったよ」
「それでも、サラリーマンになる道を選んだのは、遥希さんです」

 奈江の言葉にうなずきつつ、秋也は夜空へと目を移す。昔の出来事を思い出しているのだろう。

「あれは、反発だったんだろう。吉沢家はごくごく普通の家だったと思う。多少のいざこざはあっても、それは普通の家ならあたりまえのようにあるものだよな。遥希は母親を嫌っていたけど、それも反抗期によくある言動だと思う」
「嫌ってたんですか?」

 意外だ。高校生の遥希は穏やかすぎるぐらい穏やかで、家族への不満なんて何もないように見えていた。

「いつだったかな。母親が儲からないらんぷやの悪口を言ったって、遥希、怒ってたな。たぶん、それが発端だろう。あのころ、環生くんは学校になじめなくて不登校でさ、母親は環生くんにつきっきり。遥希は反抗期でギスギスしてた。俺にとっては、反抗できる母親がいて羨ましいぐらいにしか思えてなかったけどさ、家庭内は大変だったんだろう」

 秋也は息をつく。