「お仕事のときは後ろで一つに結んでるんですねー。じゃあ、長さはミディアムのままで、お顔周りはナチュラルなカールにします? 毛先は少しだけ外ハネで」

 ストレートの黒髪に触れながら、温美が丁寧に説明してくれる。見本として見せてくれるヘアカタログのモデルはとても可愛らしくて、奈江はさっきから気後れしていた。

「似合う……かな?」
「いいと思います。あんまり印象を変えずに可愛らしくなると思います」

 印象が変わらないのは、奈江にとって重要なポイントだ。あまりにも変化があると、周囲の目を集めてしまうだろう。何かあったのかとうわさされたくない気持ちもある。

「温美さんにおまかせします」

 奈江が頭を下げると、温美が鏡越しににこりとする。

「ネイルもメイクも秋らしく、落ち着いた感じにしますね」

 そういうのが安心できていい。奈江の性格を見抜いているのだろう。

 髪にあてられるハサミ、器用に動く指先を、奈江はじっと見つめる。何かを作業する手を見るのが、奈江は好きだ。不器用な自分にはできない創作を、純粋に尊敬できるからだ。

「お祭り、秋也くんと行くんですよね。いいなぁ。私も男の人と行きたいですよ」

 横髪の毛先をそろえるようにはさみを動かしながら、温美がうらやましげに言う。

「いいのかな」
「いいですよー。地元じゃ、宮原神社は恋愛の聖地ですからね。って、私は好きな人と行けたから、本当はもうどんな男の人ともご縁がなくてもいいかなって思ってるんですけど」
「好きな人、いるの?」
「死んじゃったんですけどね」

 それって、平宮だろうか。あっけらかんと言うが、瞳の奥がさみしそうだ。

「やだな。心配そうな顔しないでくださいよー。好きな人って言っても、尊敬できるって感じなだけですから」
「宮原神社の神様って、ご縁をくださるんだよね?」

 そんなこと、本当に信じてるわけじゃないけど、温美にいいご縁を神様が用意してくれるんじゃないかと信じたくなって、そう言う。

「うん、そう。生まれ変わったら、兄妹はやめてくださいってお願いしたの」

 にへら、と笑う彼女はやはり、平宮を兄以上の想いで見ていたのかもしれない。どうあっても現世では叶わない恋に、彼女もきちんと折り合いをつけているから、それが口に出せるのだろう。

「そっか。また出会えるといいですね」
「宮原の神様は絶対叶えてくれるって信じてるんです。こんなこと言うと、子どもだなって笑われちゃいますよね」
「私は笑わないです」

 真顔で言ったら、「うん、そう思う」と、温美は照れ臭そうにした。

 カットを終えると、次はメイクに取り掛かる。ラメの入ったブラウンのアイシャドウに、ひかえめなピンクのルージュ。それに合わせて、ピンクベージュのネイルをして、いつもよりほんの少しだけ、おしゃれをした自分が鏡に映る。

 温美は惚れ惚れとした目をして、ワックスを伸ばした指で奈江の髪がカールするように優しく梳く。

「うん、完璧。環生くんが完成させてあげてよって言うから、何かと思ってたけど、奈江さんって本当に潜在能力高いですね」

 完成?

 そういえば、環生に完成されてない作品を見るのは落ち着かないって言われたんだった。あれは、全然おしゃれじゃないですねって意味だったのだろう。

「猪川さんと並んでも恥ずかしくない気がしてきました」

 そう言うと、温美は大きな目をぱちくりさせる。

「もとから恥ずかしくないですよー。秋也くんに聞いてみてください。いつもと今日の私、どっちが好き? って」

 そんなことを聞く勇気はないと思いながら、奈江は財布を取り出す。すかさず、「環生くんからのプレゼントですから」と言われ、奈江はお礼を言うと店を出た。外はすでに日が沈み、商店街の明かりがまばゆく感じられる。

「じゃあ、楽しんできてくださいねー」

 手を振る温美に見送られ、奈江は吉沢らんぷへ向かう。

 みやはら縁結び祭りは週末の三日間開催され、連日賑わっているそうだが、最終日の夜はいっそう人出が増えるらしい。

 大野駅から絶える気配もなく流れてくる人々にまぎれて、商店街を抜けた先にあるらんぷやへとたどり着くころには、ちょうど約束の時間になっていた。