***
「奈江ちゃん、いらっしゃい。ここにあるこれ、帰る時に持っていって。煮びたしも作ったから一緒に」
足の具合が良くない伯母を心配して、奈江が大野の家を訪ねると、玄関先に現れた伯母が、顔を合わせるなり、そう言う。
彼女が指をさす足もとには、デパートのロゴが入った紙袋がある。紙袋から顔を出すのは、つやつやのナスだ。小さな畑で家庭菜園を楽しむ康代の手作り野菜だろう。
「立派なナスだね。いいの? こんなにたくさん」
「ししとうも食べる? 朝、採ったのがあるから」
「うん、もらう」
うなずくと、嬉々として康代は台所へ向かう。あいかわらず、足を引きずっている。まだ完治していないようだが、おかまいなしに歩く姿にはあきれてしまう。
「こっちのは?」
ダイニングテーブルの上にある紙袋を、奈江はのぞき込む。こちらも中身はナスのようだ。
「それは、与野さんちの」
すぐに台所から出てきた康代は、ビニール袋に詰めたししとうの一つを紙袋に入れる。
「与野さんって?」
「近所のおばあさん。この間、きゅうりとトマトを持ってきてくれたから、お返し」
「これから持っていくの?」
すぐに玄関へ向かおうとする康代を引き止めるように尋ねる。
「彼岸橋の先だから、すぐに戻るわね。奈江ちゃんはお茶でも飲んで待ってて」
「彼岸橋って、ちょっと距離あるね。私が持っていこうか? 朝からずっと動いてるんでしょ? 無理すると、治るものも治らないよ」
「悪いわよ」
「大丈夫。与野さんちだね」
奈江は早速、紙袋を持ち上げる。
「そう、与野みね子さん。娘の美乃さんとふたりで暮らしてるから、美乃さんが出てこられるかもしれないけど」
「わかった。すぐに行ってくるね」
「和菓子、用意しておくね」
「ほら、そうやって動く。座ってて」
「奈江ちゃんがよく来てくれるからうれしいのよ」
「ほんとう?」
奈江は誰かに必要とされる人生経験が少ない。母は不器用な奈江をうとましく思っていたし、引っ込み思案の性格では、学校の先生からも、職場の上司からの評価も低かった。そんな奈江を父や兄は静観しているだけで、何を言うわけでもない。こんなふうに存在を認めてくれるのは、昔から康代ぐらいだった。
「本当よ。奈江ちゃんが楽しそうにしてると、おばさんもうれしいの」
「楽しそう?」
ほんの少し、面食らう。楽しいなんて感情、奈江はどこかに忘れてきたと思っていた。
「そうよ。ほら、この間、吉沢らんぷさんから帰ってきたあなた、すっきりした顔してた」
「そうかな」
「いつもそうよね。高校生のときだって。大野に来ると、いい顔するの」
思ってもない言葉にますます戸惑うが、康代の言葉は素直に受け止められる。
「大野が好きなのかもね」
「いつでもいらっしゃいね。迷惑じゃないからね」
迷惑だと思って消極的になる奈江の性格を見抜いているから、康代はそう言うのだろう。母親よりも、自分を見ていてくれるのだと思う。
「じゃあ、夜ごはん、食べていっていい?」
そう言ってみて、自分が驚いた。奈江は誰かに甘えるのが苦手だ。それに康代も気づいていて、優しい笑顔を見せる。
「煮びたし、一緒に食べようね。奈江ちゃんが与野さんちに行ってる間に、もう一品作っておくから」
「だから、座っててって」
あきれて、笑ってしまう。こんなふうに屈託なく笑えるのも、康代の前だけだ。
「奈江ちゃん、いらっしゃい。ここにあるこれ、帰る時に持っていって。煮びたしも作ったから一緒に」
足の具合が良くない伯母を心配して、奈江が大野の家を訪ねると、玄関先に現れた伯母が、顔を合わせるなり、そう言う。
彼女が指をさす足もとには、デパートのロゴが入った紙袋がある。紙袋から顔を出すのは、つやつやのナスだ。小さな畑で家庭菜園を楽しむ康代の手作り野菜だろう。
「立派なナスだね。いいの? こんなにたくさん」
「ししとうも食べる? 朝、採ったのがあるから」
「うん、もらう」
うなずくと、嬉々として康代は台所へ向かう。あいかわらず、足を引きずっている。まだ完治していないようだが、おかまいなしに歩く姿にはあきれてしまう。
「こっちのは?」
ダイニングテーブルの上にある紙袋を、奈江はのぞき込む。こちらも中身はナスのようだ。
「それは、与野さんちの」
すぐに台所から出てきた康代は、ビニール袋に詰めたししとうの一つを紙袋に入れる。
「与野さんって?」
「近所のおばあさん。この間、きゅうりとトマトを持ってきてくれたから、お返し」
「これから持っていくの?」
すぐに玄関へ向かおうとする康代を引き止めるように尋ねる。
「彼岸橋の先だから、すぐに戻るわね。奈江ちゃんはお茶でも飲んで待ってて」
「彼岸橋って、ちょっと距離あるね。私が持っていこうか? 朝からずっと動いてるんでしょ? 無理すると、治るものも治らないよ」
「悪いわよ」
「大丈夫。与野さんちだね」
奈江は早速、紙袋を持ち上げる。
「そう、与野みね子さん。娘の美乃さんとふたりで暮らしてるから、美乃さんが出てこられるかもしれないけど」
「わかった。すぐに行ってくるね」
「和菓子、用意しておくね」
「ほら、そうやって動く。座ってて」
「奈江ちゃんがよく来てくれるからうれしいのよ」
「ほんとう?」
奈江は誰かに必要とされる人生経験が少ない。母は不器用な奈江をうとましく思っていたし、引っ込み思案の性格では、学校の先生からも、職場の上司からの評価も低かった。そんな奈江を父や兄は静観しているだけで、何を言うわけでもない。こんなふうに存在を認めてくれるのは、昔から康代ぐらいだった。
「本当よ。奈江ちゃんが楽しそうにしてると、おばさんもうれしいの」
「楽しそう?」
ほんの少し、面食らう。楽しいなんて感情、奈江はどこかに忘れてきたと思っていた。
「そうよ。ほら、この間、吉沢らんぷさんから帰ってきたあなた、すっきりした顔してた」
「そうかな」
「いつもそうよね。高校生のときだって。大野に来ると、いい顔するの」
思ってもない言葉にますます戸惑うが、康代の言葉は素直に受け止められる。
「大野が好きなのかもね」
「いつでもいらっしゃいね。迷惑じゃないからね」
迷惑だと思って消極的になる奈江の性格を見抜いているから、康代はそう言うのだろう。母親よりも、自分を見ていてくれるのだと思う。
「じゃあ、夜ごはん、食べていっていい?」
そう言ってみて、自分が驚いた。奈江は誰かに甘えるのが苦手だ。それに康代も気づいていて、優しい笑顔を見せる。
「煮びたし、一緒に食べようね。奈江ちゃんが与野さんちに行ってる間に、もう一品作っておくから」
「だから、座っててって」
あきれて、笑ってしまう。こんなふうに屈託なく笑えるのも、康代の前だけだ。