ヴァレリー・クーパーの魂が肉体から離れたのは、その翌日の午前中のことだった。扉を殴りつけるような音が部屋の中に響くと、彼女は慌てて椅子から転げ落ちた。
「ジェシカ‼ いるんだろ⁉ 出て来いよ!」
扉の向こうでは、男が叫びながら扉を殴りつけている。
「ジェシカ! 昨日は悪かったよ! 仕事が上手く行かずにムシャクシャしてたんだ! なぁ⁉ 外に出て来て俺と話をしてくれ‼」
どうやら扉の向こうにいる男が、昨日彼女たちの話に出てきたドニーという人物だろうと、私はすぐに理解した。
「おい! ジェシー! いるのは解ってるんだ! 俺の車に勝手に乗って行きやがって! 早く出て来いよ‼」
扉を殴りつける音は、次第に蹴り飛ばす激しい音へと変化していく。
「いよいよ来やがったね!」
ヴァレリーは立てかけてあった杖を手に取ると、どこかに電話を掛けた。そのとき扉が蹴破られる音が響くと、男はドカドカと家の中に入り込み叫び散らした。
「ジェシカ! どこだ⁉ どこに隠れてやがる!」
男はそのままキッチンや二階を探し回り、ようやくリビングに降りてくるとヴァレリーを見つけだした。
「ヴァレリー! ジェシカはどこだ⁉ あの野郎、俺の車を盗んで行きやがった‼」
もの凄い形相で迫る男に、ヴァレリーは負けじと持っていた杖を振りかざした。
「どこに行ったかなんて知らないね! 知ってたとしても、お前みたいなゲス野郎にアタシが話すはずがないだろう?」
その言葉に激怒したのか、男はヴァレリーの杖を奪うと彼女を突き飛ばした。
「タイヤの跡でジェシカがここへ来たのは解ってるんだ! あいつを匿《かくま》うなら、あんただって容赦しないぜ!」
男は奪った杖をヴァレリーの顔に向けて言い放った。
「全く……ジェシーは馬鹿な子だよ……。こんなろくでなしの本性も見抜けないだなんて……」
悲しそうに呟く彼女に、苛立ちを隠さずに男は訊ねる。
「何をブツブツ言ってんだ⁉ 俺はジェシカがどこにいるかって聞いてるんだぞ⁉」
男は杖を彼女の足に目掛け振り下ろした。鈍い音と共に、「ギャッ!」と言う彼女の悲痛な叫び声が響く。
「どこだ⁉ ヴァレリー! ジェシカの奴はどこへ行った⁉」
折れ曲がった杖を彼女の顔に突き付ける。ヴァレリーは悲痛の表情で、足を庇いながら答えた。
「聞こえなかったかい? それともアタシの言ってることが理解できないくらい頭が悪いのかい? 死んでもお前なんかに、可愛い娘の居場所なんて言うもんか!」
男はそれを聞くと完全に我を忘れ、彼女の顔目掛けて、力いっぱい何度も杖を振り下ろした。鈍い音が部屋の中に響き渡り、ヴァレリーの体から吹き出した血と肉が、部屋の至る所へと飛び散った。
「全く……これが本当に同じ人間のすることなのかね?」
彼女の魂はすでに私の傍らに立ち、死んでも尚、義母を殴り続けるのを止めようとしない男の姿を見ながら寂しそうに呟いていた。
「人間も様々だ。彼のように暴力に走る者もいれば、心に訴えかける美しい絵を描く者だっている」
私がそう言うと、彼女は鼻で笑った。
「あんたに絵がわかるのかい? 死神のくせに、随分と人間染みたことを言うんだね」
私はただ事実を話したつもりだった。慰めのつもりはなかったが、ヴァレリーは私に、この先を委ねる意思を穏やかに見せた。
「アタシは、これから天国に行くのかい? それとも地獄かい?」
その質問に、私は首を振って答える。
「それは解らない。私が連れていくのは冥界までだ。そこから先の道は、冥界で下されるだろう」
ヴァレリーは私の言葉を聞くと、深い溜息をついた。
「そうかい」
「それじゃ、そろそろ行こうか?」
そういうと、「もう少しだけ待っておくれ」と、床で息絶えた自分の肉体と、彼女を死へと追いやった男の姿を見つめていた。
「此処に長く留まることは良くない。留まれば行き場を失って、どこにも行けなくなり、さ迷うことになる」
「そうかい」
ヴァレリーは肯定したが、その返事とは裏腹に、私の説明を聞いても一向に動こうとはせず、何かを待っているようだった。
やがて、この家を目指して騒々しいサイレンの音が迫ってくる。そして街の保安官たちが家へと立ち入ると、ヴァレリーを撲殺した男を取り押さえた。
その瞬間を目にするとヴァレリーの表情は緩み、連行されていく男を見ながら満足そうに私に呟いた。
「ドニーが来たときに保安官に電話をして、そのまま受話器を外したままにしたのさ。さぁ、これで娘たちは安心だ。世話をかけたね、もうどこへなりと連れて行っておくれ」
私は、ヴァレリーのとった行動が理解できずにいた。魂が冥界へとたどり着けば、肉体を持っていた時のしがらみなどまるで意味がない。自分に訪れた死の事実は変わらないにも関わらず、ドニーという男が捕えられることで、なぜ彼女がこんなにも安堵するのか、私には理解できなかった。
「ひとつ、聞いても良いか? なぜ、あの男が捕まっただけで君はそれほどまでに安堵に満ちた表情になるのか?」
するとヴァレリーは驚いたように目を丸くして、そして笑いながら言った。
「あんたも人の親になればわかる」と。
彼女を冥界へと送り届けた私は、再び街の夕日を浴びながら回る水車小屋の景色を眺めていた。
「ジム、お疲れ様」
そこへアニーが現れ、私に声を掛けた。 私は、夕日に染まるアーモットの水車小屋を見ながらアニーに言った。
「能力者に会ったよ。ヴァレリー・クーパーは私のことが見えていた」
「それは本当なの? ジム。あなた、彼女に関わってないわよね?」
いつも冷静なアニーが、少しだけ興奮したように私に詰め寄った。
「二、三会話はしたが大丈夫だ。それよりも、君に一つ聞きたいことがあるんだが」
――あんたも人の親になればわかる。
ヴァレリーの言葉の意味を、私はずっと考えていた。頭から離れない言葉。それらの疑問を投げ掛けると、アニーは呆れたように言い放った。
「そんなこと、私に理解できるはずもないわ。人間だったことも、人間に興味が湧いたこともないんだから」
確かに言う通りなのだろう。ある程度の返答は予測していただけに、私の頭の中には、解決の糸口さえ見付かりそうにない疑問だけが、小さなシコリとして残っただけだった。
「きっとこの街のせいね。最近のあなたは集中力を欠いてるように見えるから。もっと人口の多い大きな街で仕事ができるよう、上層部に話してあげましょうか?」
ここのところ様子のおかしい私のことを、彼女なりに気遣ってくれているんだろう。こんな小さな田舎町では、人が死ぬこと自体、頻度も少ない。もっと人口の密集する都会で仕事に追われる生活になれば、疑問を抱くことすらないまま平穏に過ごせるかもしれない。
「あぁ、頼むよ。私もそろそろ、この街を離れて良い時期なのかもしれない」
彼女は肯くと、その場を去った。
こうして私はアーモットの田舎町を離れ、新たな勤務地として、フィラデルフィアと呼ばれる大きな街へやってきた。ここでは毎日数多くの人間の命が失われ、それと同時に新たな命も生まれている。
暴力、病、不慮の死。――様々な理由で、人はその肉体を失い、その魂を我々は冥界へと導いた。
もちろん、フィラデルフィアを私一人で担当することは不可能なので、この大都会の街では同僚たちが数多く働いている。
激務の中で暮らすうち、案の定私はいつしかヴァレリー・クーパーの言葉を忘れていき、ただ自分に与えられた職務のみを全うする日々が続いていった。
そして今再び、私は能力者と思われる少女を見付けると、アーモットでのヴァレリーとのやり取りが鮮明に頭に蘇り、少女から身を隠すように慌ててその場を立ち去っている。
仕事を済ませた私は、この街がすっかり見渡せるほどにそびえ立つ高層ビルの上から街を眺めていた。仕事に追われる日々の中でふと空く自分の時間が、今はアーモットの田舎町にいた頃よりも大切に感じられた。
この街を襲った雷雨は夜にはすっかり上がり、今は星までが空に顔を覗かせている。この短い空白の時間に、私はヴァレリーの言葉と、絵描きの男の言葉を考えていた。
自分の娘を追う男が拘束されたことを喜んだヴァレリー。自分が死んでしまったと気付いた瞬間に、車内に残る子供たちに涙ながらに謝罪を繰り返した絵描きの男。そのどちらも同じように子供を持つ身であることは変わらないのに、その最期の反応はまるで違って見えたからだ。
そのどちらも、子供を残し死んだことには変わりないのに。
いくら考えても答えは見つからないばかりか、ひっかかりの糸口にさえたどり着けなかった。だが、この短い空白の時間で答えが見付けられるほど簡単な問題ではないのだろうということだけはわかっていた。
「ジム。次の仕事が決まったわ」
そう言ってアニーが仕事を持ってくると、私の空白の時間は終わりを告げた。
「この街では、本当に毎日のように人が死んでいくんだな」
立ち上がって応えると、彼女はそれに反応するように肯き、私にリストを手渡した。
「アーモットとは違って、この街では大勢の人間が生活してるものね。必然的に生き死にの数も多くなるわ」
私の様子が少し違って見えたのか、アニーは立ち去らずに、私の次の言葉を待っていた。
「今日、また私を肉眼で捉える能力者に会ったよ」
そう告げると、アニーは暫く黙った後、答えた。
「こんなにも短い期間で二人も能力者に会うなんて……ジム? 少しの間、休養を取っても構わないわ。仕事なら他の仲間たちでカバーするから」
気持ちは素直に有り難いと思えたが、今休暇をもらったところで私の疑問は解決しないばかりか、さらにヴァレリーや絵描きの男のことで考え込んでしまうだけだ。それよりは仕事に没頭していた方が遥かに楽だろうと思い、私はその言葉には甘えないことにした。
「ありがとう、アニー。しかし、もう少し頑張ってみるよ。何か変化が起こるかもしれないしな」
私はその場を立ち去り、次のターゲットの元へと向かった。
「ジェシカ‼ いるんだろ⁉ 出て来いよ!」
扉の向こうでは、男が叫びながら扉を殴りつけている。
「ジェシカ! 昨日は悪かったよ! 仕事が上手く行かずにムシャクシャしてたんだ! なぁ⁉ 外に出て来て俺と話をしてくれ‼」
どうやら扉の向こうにいる男が、昨日彼女たちの話に出てきたドニーという人物だろうと、私はすぐに理解した。
「おい! ジェシー! いるのは解ってるんだ! 俺の車に勝手に乗って行きやがって! 早く出て来いよ‼」
扉を殴りつける音は、次第に蹴り飛ばす激しい音へと変化していく。
「いよいよ来やがったね!」
ヴァレリーは立てかけてあった杖を手に取ると、どこかに電話を掛けた。そのとき扉が蹴破られる音が響くと、男はドカドカと家の中に入り込み叫び散らした。
「ジェシカ! どこだ⁉ どこに隠れてやがる!」
男はそのままキッチンや二階を探し回り、ようやくリビングに降りてくるとヴァレリーを見つけだした。
「ヴァレリー! ジェシカはどこだ⁉ あの野郎、俺の車を盗んで行きやがった‼」
もの凄い形相で迫る男に、ヴァレリーは負けじと持っていた杖を振りかざした。
「どこに行ったかなんて知らないね! 知ってたとしても、お前みたいなゲス野郎にアタシが話すはずがないだろう?」
その言葉に激怒したのか、男はヴァレリーの杖を奪うと彼女を突き飛ばした。
「タイヤの跡でジェシカがここへ来たのは解ってるんだ! あいつを匿《かくま》うなら、あんただって容赦しないぜ!」
男は奪った杖をヴァレリーの顔に向けて言い放った。
「全く……ジェシーは馬鹿な子だよ……。こんなろくでなしの本性も見抜けないだなんて……」
悲しそうに呟く彼女に、苛立ちを隠さずに男は訊ねる。
「何をブツブツ言ってんだ⁉ 俺はジェシカがどこにいるかって聞いてるんだぞ⁉」
男は杖を彼女の足に目掛け振り下ろした。鈍い音と共に、「ギャッ!」と言う彼女の悲痛な叫び声が響く。
「どこだ⁉ ヴァレリー! ジェシカの奴はどこへ行った⁉」
折れ曲がった杖を彼女の顔に突き付ける。ヴァレリーは悲痛の表情で、足を庇いながら答えた。
「聞こえなかったかい? それともアタシの言ってることが理解できないくらい頭が悪いのかい? 死んでもお前なんかに、可愛い娘の居場所なんて言うもんか!」
男はそれを聞くと完全に我を忘れ、彼女の顔目掛けて、力いっぱい何度も杖を振り下ろした。鈍い音が部屋の中に響き渡り、ヴァレリーの体から吹き出した血と肉が、部屋の至る所へと飛び散った。
「全く……これが本当に同じ人間のすることなのかね?」
彼女の魂はすでに私の傍らに立ち、死んでも尚、義母を殴り続けるのを止めようとしない男の姿を見ながら寂しそうに呟いていた。
「人間も様々だ。彼のように暴力に走る者もいれば、心に訴えかける美しい絵を描く者だっている」
私がそう言うと、彼女は鼻で笑った。
「あんたに絵がわかるのかい? 死神のくせに、随分と人間染みたことを言うんだね」
私はただ事実を話したつもりだった。慰めのつもりはなかったが、ヴァレリーは私に、この先を委ねる意思を穏やかに見せた。
「アタシは、これから天国に行くのかい? それとも地獄かい?」
その質問に、私は首を振って答える。
「それは解らない。私が連れていくのは冥界までだ。そこから先の道は、冥界で下されるだろう」
ヴァレリーは私の言葉を聞くと、深い溜息をついた。
「そうかい」
「それじゃ、そろそろ行こうか?」
そういうと、「もう少しだけ待っておくれ」と、床で息絶えた自分の肉体と、彼女を死へと追いやった男の姿を見つめていた。
「此処に長く留まることは良くない。留まれば行き場を失って、どこにも行けなくなり、さ迷うことになる」
「そうかい」
ヴァレリーは肯定したが、その返事とは裏腹に、私の説明を聞いても一向に動こうとはせず、何かを待っているようだった。
やがて、この家を目指して騒々しいサイレンの音が迫ってくる。そして街の保安官たちが家へと立ち入ると、ヴァレリーを撲殺した男を取り押さえた。
その瞬間を目にするとヴァレリーの表情は緩み、連行されていく男を見ながら満足そうに私に呟いた。
「ドニーが来たときに保安官に電話をして、そのまま受話器を外したままにしたのさ。さぁ、これで娘たちは安心だ。世話をかけたね、もうどこへなりと連れて行っておくれ」
私は、ヴァレリーのとった行動が理解できずにいた。魂が冥界へとたどり着けば、肉体を持っていた時のしがらみなどまるで意味がない。自分に訪れた死の事実は変わらないにも関わらず、ドニーという男が捕えられることで、なぜ彼女がこんなにも安堵するのか、私には理解できなかった。
「ひとつ、聞いても良いか? なぜ、あの男が捕まっただけで君はそれほどまでに安堵に満ちた表情になるのか?」
するとヴァレリーは驚いたように目を丸くして、そして笑いながら言った。
「あんたも人の親になればわかる」と。
彼女を冥界へと送り届けた私は、再び街の夕日を浴びながら回る水車小屋の景色を眺めていた。
「ジム、お疲れ様」
そこへアニーが現れ、私に声を掛けた。 私は、夕日に染まるアーモットの水車小屋を見ながらアニーに言った。
「能力者に会ったよ。ヴァレリー・クーパーは私のことが見えていた」
「それは本当なの? ジム。あなた、彼女に関わってないわよね?」
いつも冷静なアニーが、少しだけ興奮したように私に詰め寄った。
「二、三会話はしたが大丈夫だ。それよりも、君に一つ聞きたいことがあるんだが」
――あんたも人の親になればわかる。
ヴァレリーの言葉の意味を、私はずっと考えていた。頭から離れない言葉。それらの疑問を投げ掛けると、アニーは呆れたように言い放った。
「そんなこと、私に理解できるはずもないわ。人間だったことも、人間に興味が湧いたこともないんだから」
確かに言う通りなのだろう。ある程度の返答は予測していただけに、私の頭の中には、解決の糸口さえ見付かりそうにない疑問だけが、小さなシコリとして残っただけだった。
「きっとこの街のせいね。最近のあなたは集中力を欠いてるように見えるから。もっと人口の多い大きな街で仕事ができるよう、上層部に話してあげましょうか?」
ここのところ様子のおかしい私のことを、彼女なりに気遣ってくれているんだろう。こんな小さな田舎町では、人が死ぬこと自体、頻度も少ない。もっと人口の密集する都会で仕事に追われる生活になれば、疑問を抱くことすらないまま平穏に過ごせるかもしれない。
「あぁ、頼むよ。私もそろそろ、この街を離れて良い時期なのかもしれない」
彼女は肯くと、その場を去った。
こうして私はアーモットの田舎町を離れ、新たな勤務地として、フィラデルフィアと呼ばれる大きな街へやってきた。ここでは毎日数多くの人間の命が失われ、それと同時に新たな命も生まれている。
暴力、病、不慮の死。――様々な理由で、人はその肉体を失い、その魂を我々は冥界へと導いた。
もちろん、フィラデルフィアを私一人で担当することは不可能なので、この大都会の街では同僚たちが数多く働いている。
激務の中で暮らすうち、案の定私はいつしかヴァレリー・クーパーの言葉を忘れていき、ただ自分に与えられた職務のみを全うする日々が続いていった。
そして今再び、私は能力者と思われる少女を見付けると、アーモットでのヴァレリーとのやり取りが鮮明に頭に蘇り、少女から身を隠すように慌ててその場を立ち去っている。
仕事を済ませた私は、この街がすっかり見渡せるほどにそびえ立つ高層ビルの上から街を眺めていた。仕事に追われる日々の中でふと空く自分の時間が、今はアーモットの田舎町にいた頃よりも大切に感じられた。
この街を襲った雷雨は夜にはすっかり上がり、今は星までが空に顔を覗かせている。この短い空白の時間に、私はヴァレリーの言葉と、絵描きの男の言葉を考えていた。
自分の娘を追う男が拘束されたことを喜んだヴァレリー。自分が死んでしまったと気付いた瞬間に、車内に残る子供たちに涙ながらに謝罪を繰り返した絵描きの男。そのどちらも同じように子供を持つ身であることは変わらないのに、その最期の反応はまるで違って見えたからだ。
そのどちらも、子供を残し死んだことには変わりないのに。
いくら考えても答えは見つからないばかりか、ひっかかりの糸口にさえたどり着けなかった。だが、この短い空白の時間で答えが見付けられるほど簡単な問題ではないのだろうということだけはわかっていた。
「ジム。次の仕事が決まったわ」
そう言ってアニーが仕事を持ってくると、私の空白の時間は終わりを告げた。
「この街では、本当に毎日のように人が死んでいくんだな」
立ち上がって応えると、彼女はそれに反応するように肯き、私にリストを手渡した。
「アーモットとは違って、この街では大勢の人間が生活してるものね。必然的に生き死にの数も多くなるわ」
私の様子が少し違って見えたのか、アニーは立ち去らずに、私の次の言葉を待っていた。
「今日、また私を肉眼で捉える能力者に会ったよ」
そう告げると、アニーは暫く黙った後、答えた。
「こんなにも短い期間で二人も能力者に会うなんて……ジム? 少しの間、休養を取っても構わないわ。仕事なら他の仲間たちでカバーするから」
気持ちは素直に有り難いと思えたが、今休暇をもらったところで私の疑問は解決しないばかりか、さらにヴァレリーや絵描きの男のことで考え込んでしまうだけだ。それよりは仕事に没頭していた方が遥かに楽だろうと思い、私はその言葉には甘えないことにした。
「ありがとう、アニー。しかし、もう少し頑張ってみるよ。何か変化が起こるかもしれないしな」
私はその場を立ち去り、次のターゲットの元へと向かった。