澄み切った十月の青空の下、わたしたちはサウスフィラデルフィアにあるとある教会の墓地に立っている。

 墓石に彫られた名前はジェシカ・クーパー。
 大好きなお母さんの名前だ。

 教会の鐘の音が晴れやかに響くと、それに驚いた鳥たちが一斉に青空の中へと飛び立っていく。
「ワン! ワン!」
 威嚇めいた鳴き声を上げて一匹の小さな犬が飛び出すと、わたしの隣で車椅子に座るマギーおばさんが笑いながら彼に言った。
「チク・タク。どう足掻いてもあなたでは、空を飛ぶ鳥など捕まえられっこないわよ?」
 そんな彼女の言葉を理解したように、早々に諦めてトボトボと戻ってくるチク・タクは、残念そうに鼻を鳴らしている。
「なぁ、ケイト、そろそろ引き上げて食事にしないか?」
 そう言いながら、トレードマークの黒いレインコートを来た中年の男が近づいて来ると、マギーおばさんが今度はその男に向かって話す。
「ジム。あなたって私と同じ、よほど食いしん坊なのね? まるで今まで、何も食べて来なかったみたいに」
 マギーおばさんにそう言われたジムは、恥ずかしそうに首を傾げると照れ笑いをしてみせた。
「でもそうね、ジムの言う通り、もう何時間もここにいたから、わたしもお腹が空いちゃったもの」
 そう言って笑うわたしに、ジムが体を乗り出して言った。
「では、ジェノに行こう! あそこのチーズステーキは、マギーが言う通り絶品だと私は思うんだ」
 ジムはマギーおばさんの乗る車椅子を押しながら進み出す。
 すれ違い様、マギーおばさんはわたしに、笑いながら大きく目を見開いて、手で口を覆って見せた。その瞳の中に、素晴らしく愉し気な微笑みが見て取れる。
 きっと彼女はこう言いたいんだ。――そんなに毎日チーズステーキを食べて、良く飽きないわねって。
「先に行ってて! もう一度お母さんに挨拶をするわ!」
 彼等に声を掛け、わたしはチク・タクを呼び寄せると、もう一度お母さんの墓前に立った。

 お母さん、本当にありがとう。
 わたしは大切にするよ。
 この命を、この家族を。
 愛してるよ、お母さん、誰よりも、他の誰よりも……。

 そして、わたしはお母さんの名前の彫られた墓石にキスをして、彼等のあとを追いかけた。
「チク・タク! 行くよ? あんたには特別にビーフジャーキーを買ってあげるわ!」
 彼はわたしの言葉を理解し、尻尾を激しく振りながらわたしのあとを追いかけた。

 これは、わたしが十二歳から二十八歳になるまでのお話。
 そして、かけがえのない家族のお話だ。