〜彼の本性〜
あれから、捜査はなかなか進展しなかった。
そんな中、どうしても気になったことがあった私は、御影教授に直接話を聞くことにした。
コンコンッ
「失礼します」
「どうぞ」
研究室から聞こえた教授の声を合図に、私はゆっくりと扉を開いた。
「黒崎陽菜です。お時間よろしいですか」
「なんだ君かね。用件はなんだ」
突然押しかけた私も悪いけど、何なのよその態度は。
「教授が言ってたことは本当なんですか? 学生の話を聞くと、黒崎教授がそんな人とは到底思えません」
「はっ! 何事かと思えばその話か。それはお前の父親だからそう見えるだけじゃないか?」
「いいえ。私はあまり父とは仲が良くなかったので、これはあくまで客観的な意見です」
「あっはっはっはっ!」
なっ……何?
どうして急に笑うの?
「黒崎の野郎、娘にも嫌われてんじゃないか」
御影教授の態度が一気に変わる。
「それでも、学生には慕われていました。本当にパワハラをしたり、盗用をしたりしたんですか?」
「私が嘘を付いているとでも言いたいのか」
「そこまでは言ってません。ただ、本当のことが知りたいだけなんです」
「探偵ごっこもいい加減にしろよ! これ以上戯言を言うようなら警備員を呼ぶからな!」
そう言って、御影教授は拳を振り上げた。
まさか、私を殴る気なの?
思わずぎゅっと目をつぶってしまった。
カシャッ
その時、どこからかシャッターを切る音が聞こえた。
「はい。パワハラの証拠ゲット」
「幻!?」
幻がどうしてここに……。
「おいっ……お前。今何を撮ったんだ」
「何って、教授が陽菜を殴ろうとしたところだけど?」
「今すぐ消せ! 盗撮は立派な犯罪だぞ!」
「罪を犯してるのはどっちだよ」
「なっ……何を言う」
そうだよ幻。
いつもと雰囲気が違う。
今日の幻は、何故か苛立っているように見える。
「名誉毀損罪、侮辱罪、あぁ……著作権侵害罪も含まれるかもね」
それって……。
「御影教授、どうして嘘なんかついたんですか?」
「私は嘘なんか……!」
「へぇ……。これを見てもそんなことが言えるのかな」
そう言いながら、幻は御影教授に何やら難しい資料を見せる。
「……こ、これは!」
そこには、お父さんの研究資料と、御影教授の研究資料がまとめられていた。
「……同じ内容?」
パッと見ただけでは違いが分からないほど、二つの資料は似ていた。
日付を確認すると、
「ほら。発表日は黒崎教授の方が前だろ」
それってつまり、御影教授が不正をしたってこと?
「そ、それは……! 私が発表する前に黒崎が!」
「あぁ、そう言えば。最近発表した移植に関する論文。それも元々は御影教授の研究って言ってたっけ? じゃあその内容を詳しく言ってみろよ」
「……うっ」
何も答えられない。
ということは、やはり御影教授は嘘を付いていたのだ。
「そう言うお前だって、そのコピーは違法じゃないのか!」
「あぁ、これ? ちゃんと文献複写申込書出してるし、勉強するためにとったコピーだから全く問題ないよ」
心理学部の学生が医学部の勉強を……?
いや、それはどうでも良くて。
教授がそのことに気付けないということは、よっぽど焦っているに違いない。
「パワハラをしていたのも御影教授だろ?」
御影教授は肩を震わせている。
マズイ。
これ以上怒らせたらどうなるか分からない。
「幻……もう良いよ」
「は? 良いわけないだろ」
「もう良いから!!」
幻は、私の声にかなり驚いているようだった。
「御影教授、すみません。私たちは失礼します」
あまりにも怖くて、後ろを振り返ることさえできなかった。
恐らく、教授がこのことを口外することはないだろう。
そうすれば、自分の不正がバレてしまうから。
しかし、どんな腹いせが待っているか分からない。
「……な。おい、陽菜……。陽菜!」
「えっ……何?」
「腕、痛い」
「あっ、ごめん……」
どうやら、幻の腕を強く握っていたようだ。
「一人であんな無謀なことをして、何かあったらどうするつもりだったんだ」
「それはこっちのセリフだよ! どうして教授を刺激するようなことを言ったの? さっきの幻、幻らしくなかったよ!」
思わず大声で叫んでしまう。
「それは……! ごめん。一度話し出したら止まらなくなったんだ。今思うと確かに俺、冷静じゃなかったよな。止めてくれてありがと。あのままじゃ俺、ガチでヤバかったかも」
本当だよ。
さっきの幻は、私以上に危険な状態だった。
「……幻はそんなこと言われたくないと思うけど、幻って私のお兄ちゃんに似てる」
「どんなところが似てるんだ?」
「私のお兄ちゃんもね、一度話し出すと止まらなくなるの。医学に関しては特に。お兄ちゃん、最初は興味なさそうだったんだけど、段々と興味を示し始めて……」
私は、幻の顔を伺いながら話す。
「……続けて」
「だから、さっきの幻の姿が、お兄ちゃんに重なったの。お兄ちゃんもお父さんとよく研究の話をしてたんだよ。それこそ何時間もずっと。私は医学には全く興味はないけど、好きなことを話しているお兄ちゃんはかっこよかったな」
「黒崎のこと大好きなんだな」
「好き……なのかは、正直分からない。でも、人としては尊敬している。きっと、お兄ちゃんなら良いお医者さんになれるよ」
「……そっか。そうなんだな」
お兄ちゃんのことが嫌いと言った割には、何故か嬉しそうな顔をしていた。
その笑顔まで、お兄ちゃんにそっくりだった。
「でも、なんで不正のこと知ってたの? あの論文は私たちが入学する前のものだよね?」
一瞬、幻の表情が固まる。
「俺も黒崎教授のファンだからな。推しの作品は全部見たくなる」
「だからなんで医学部行かなかったのよ」と突っ込みたくなる。
でも、それはできなかった。
幻の表情は、大切な人を思う、あまりにも切ないものだったから。
そんなことを聞いたところで、今更何になると言うのだ。
「これから一人で帰るのか?」
「そのつもりだけど、どうかしたの?」
「なんかあったら怖いし、今日は俺が送るよ。黒崎は今学校に居ない時間だし」
「何で知ってるのよ……」
そんなことを言いながらも、確かに一人で帰るのは怖かった。
私は、幻の言葉に甘えて送ってもらうことにした。
他愛もない会話をしながら家へと向かう。
いつもの道が、あっという間のように感じられた。
「ただいま」
「おかえり……って、え?」
「どうも」
「あー……初めまして」
「二人って初めて会うの?」
「初めて、だな。一応」
じゃあなんでお兄ちゃんのこと嫌ってるのよ。
「陽菜にこんなイケメンな友人が居たとはな。送ってくれてありがとね」
「いえ。できれば毎日送ってやりたいところですが、すみません」
「良いのいいの。普段は俺が送るから」
何故か二人の間に火花が見える。
「あの……二人とも?」
「……あ、わりぃ。じゃあ俺はそろそろ戻るな。また明日な」
「うん。またね」
そう言って私たちは別れた。
「……あいつ」
もしかして、お兄ちゃんも幻のことを嫌ってる感じ?
全く……。
何なのよ二人は。
幻が帰った後、私は少し気になることがあり、医学書を手に取った。
「珍しいね。陽菜が医学書を読むのは」
「ちょっと気になったことがあるからね」
「医学のことなら、俺に聞いた方が早いのに」
それもそうだけど……。
「なんか聞きづらいじゃん」
「気軽に聞いてくれて良いんだけどな」
それでもやっぱり、医学のことはお兄ちゃんに聞くのは何か気まずさを感じた。
翌日、私はいつも通り大学に向かう。
昨日のこともあって、私は少し憂鬱な気持ちだった。
できれば今日は、御影教授に会いたくなかった。
「あれ、幻? どこに向かってるんだろう」
その時、幻の姿を見つけた。
話しかけようにも、到底そんなことができる雰囲気じゃなかった。
昨日のこと、まだ引きずってるのかな。
とにかく、今日はできるだけ医学部エリアに近付かないようにしよう。
講義が終わり、帰ろうとした矢先だった。
「……あれ、なんで私ここにいるんだっけ」
気が付くと、いつの間にか医学部エリアに来ていた。
ダメだな。
ボーッとしてると、つい道を間違えてしまう。
今日は早く帰って休もう。
そう思い、医学部エリアを後にした。
ガサッ
「ん? 誰かいるの……?」
今何か音が聞こえたような……。
まぁ、気のせいだよね。
もしくは風の音だったのかも。
そんなことがあった次の日。
悪夢が再び繰り返されることとなる。
御影教授が、研究室で亡くなっているのが発見された。
あれから、捜査はなかなか進展しなかった。
そんな中、どうしても気になったことがあった私は、御影教授に直接話を聞くことにした。
コンコンッ
「失礼します」
「どうぞ」
研究室から聞こえた教授の声を合図に、私はゆっくりと扉を開いた。
「黒崎陽菜です。お時間よろしいですか」
「なんだ君かね。用件はなんだ」
突然押しかけた私も悪いけど、何なのよその態度は。
「教授が言ってたことは本当なんですか? 学生の話を聞くと、黒崎教授がそんな人とは到底思えません」
「はっ! 何事かと思えばその話か。それはお前の父親だからそう見えるだけじゃないか?」
「いいえ。私はあまり父とは仲が良くなかったので、これはあくまで客観的な意見です」
「あっはっはっはっ!」
なっ……何?
どうして急に笑うの?
「黒崎の野郎、娘にも嫌われてんじゃないか」
御影教授の態度が一気に変わる。
「それでも、学生には慕われていました。本当にパワハラをしたり、盗用をしたりしたんですか?」
「私が嘘を付いているとでも言いたいのか」
「そこまでは言ってません。ただ、本当のことが知りたいだけなんです」
「探偵ごっこもいい加減にしろよ! これ以上戯言を言うようなら警備員を呼ぶからな!」
そう言って、御影教授は拳を振り上げた。
まさか、私を殴る気なの?
思わずぎゅっと目をつぶってしまった。
カシャッ
その時、どこからかシャッターを切る音が聞こえた。
「はい。パワハラの証拠ゲット」
「幻!?」
幻がどうしてここに……。
「おいっ……お前。今何を撮ったんだ」
「何って、教授が陽菜を殴ろうとしたところだけど?」
「今すぐ消せ! 盗撮は立派な犯罪だぞ!」
「罪を犯してるのはどっちだよ」
「なっ……何を言う」
そうだよ幻。
いつもと雰囲気が違う。
今日の幻は、何故か苛立っているように見える。
「名誉毀損罪、侮辱罪、あぁ……著作権侵害罪も含まれるかもね」
それって……。
「御影教授、どうして嘘なんかついたんですか?」
「私は嘘なんか……!」
「へぇ……。これを見てもそんなことが言えるのかな」
そう言いながら、幻は御影教授に何やら難しい資料を見せる。
「……こ、これは!」
そこには、お父さんの研究資料と、御影教授の研究資料がまとめられていた。
「……同じ内容?」
パッと見ただけでは違いが分からないほど、二つの資料は似ていた。
日付を確認すると、
「ほら。発表日は黒崎教授の方が前だろ」
それってつまり、御影教授が不正をしたってこと?
「そ、それは……! 私が発表する前に黒崎が!」
「あぁ、そう言えば。最近発表した移植に関する論文。それも元々は御影教授の研究って言ってたっけ? じゃあその内容を詳しく言ってみろよ」
「……うっ」
何も答えられない。
ということは、やはり御影教授は嘘を付いていたのだ。
「そう言うお前だって、そのコピーは違法じゃないのか!」
「あぁ、これ? ちゃんと文献複写申込書出してるし、勉強するためにとったコピーだから全く問題ないよ」
心理学部の学生が医学部の勉強を……?
いや、それはどうでも良くて。
教授がそのことに気付けないということは、よっぽど焦っているに違いない。
「パワハラをしていたのも御影教授だろ?」
御影教授は肩を震わせている。
マズイ。
これ以上怒らせたらどうなるか分からない。
「幻……もう良いよ」
「は? 良いわけないだろ」
「もう良いから!!」
幻は、私の声にかなり驚いているようだった。
「御影教授、すみません。私たちは失礼します」
あまりにも怖くて、後ろを振り返ることさえできなかった。
恐らく、教授がこのことを口外することはないだろう。
そうすれば、自分の不正がバレてしまうから。
しかし、どんな腹いせが待っているか分からない。
「……な。おい、陽菜……。陽菜!」
「えっ……何?」
「腕、痛い」
「あっ、ごめん……」
どうやら、幻の腕を強く握っていたようだ。
「一人であんな無謀なことをして、何かあったらどうするつもりだったんだ」
「それはこっちのセリフだよ! どうして教授を刺激するようなことを言ったの? さっきの幻、幻らしくなかったよ!」
思わず大声で叫んでしまう。
「それは……! ごめん。一度話し出したら止まらなくなったんだ。今思うと確かに俺、冷静じゃなかったよな。止めてくれてありがと。あのままじゃ俺、ガチでヤバかったかも」
本当だよ。
さっきの幻は、私以上に危険な状態だった。
「……幻はそんなこと言われたくないと思うけど、幻って私のお兄ちゃんに似てる」
「どんなところが似てるんだ?」
「私のお兄ちゃんもね、一度話し出すと止まらなくなるの。医学に関しては特に。お兄ちゃん、最初は興味なさそうだったんだけど、段々と興味を示し始めて……」
私は、幻の顔を伺いながら話す。
「……続けて」
「だから、さっきの幻の姿が、お兄ちゃんに重なったの。お兄ちゃんもお父さんとよく研究の話をしてたんだよ。それこそ何時間もずっと。私は医学には全く興味はないけど、好きなことを話しているお兄ちゃんはかっこよかったな」
「黒崎のこと大好きなんだな」
「好き……なのかは、正直分からない。でも、人としては尊敬している。きっと、お兄ちゃんなら良いお医者さんになれるよ」
「……そっか。そうなんだな」
お兄ちゃんのことが嫌いと言った割には、何故か嬉しそうな顔をしていた。
その笑顔まで、お兄ちゃんにそっくりだった。
「でも、なんで不正のこと知ってたの? あの論文は私たちが入学する前のものだよね?」
一瞬、幻の表情が固まる。
「俺も黒崎教授のファンだからな。推しの作品は全部見たくなる」
「だからなんで医学部行かなかったのよ」と突っ込みたくなる。
でも、それはできなかった。
幻の表情は、大切な人を思う、あまりにも切ないものだったから。
そんなことを聞いたところで、今更何になると言うのだ。
「これから一人で帰るのか?」
「そのつもりだけど、どうかしたの?」
「なんかあったら怖いし、今日は俺が送るよ。黒崎は今学校に居ない時間だし」
「何で知ってるのよ……」
そんなことを言いながらも、確かに一人で帰るのは怖かった。
私は、幻の言葉に甘えて送ってもらうことにした。
他愛もない会話をしながら家へと向かう。
いつもの道が、あっという間のように感じられた。
「ただいま」
「おかえり……って、え?」
「どうも」
「あー……初めまして」
「二人って初めて会うの?」
「初めて、だな。一応」
じゃあなんでお兄ちゃんのこと嫌ってるのよ。
「陽菜にこんなイケメンな友人が居たとはな。送ってくれてありがとね」
「いえ。できれば毎日送ってやりたいところですが、すみません」
「良いのいいの。普段は俺が送るから」
何故か二人の間に火花が見える。
「あの……二人とも?」
「……あ、わりぃ。じゃあ俺はそろそろ戻るな。また明日な」
「うん。またね」
そう言って私たちは別れた。
「……あいつ」
もしかして、お兄ちゃんも幻のことを嫌ってる感じ?
全く……。
何なのよ二人は。
幻が帰った後、私は少し気になることがあり、医学書を手に取った。
「珍しいね。陽菜が医学書を読むのは」
「ちょっと気になったことがあるからね」
「医学のことなら、俺に聞いた方が早いのに」
それもそうだけど……。
「なんか聞きづらいじゃん」
「気軽に聞いてくれて良いんだけどな」
それでもやっぱり、医学のことはお兄ちゃんに聞くのは何か気まずさを感じた。
翌日、私はいつも通り大学に向かう。
昨日のこともあって、私は少し憂鬱な気持ちだった。
できれば今日は、御影教授に会いたくなかった。
「あれ、幻? どこに向かってるんだろう」
その時、幻の姿を見つけた。
話しかけようにも、到底そんなことができる雰囲気じゃなかった。
昨日のこと、まだ引きずってるのかな。
とにかく、今日はできるだけ医学部エリアに近付かないようにしよう。
講義が終わり、帰ろうとした矢先だった。
「……あれ、なんで私ここにいるんだっけ」
気が付くと、いつの間にか医学部エリアに来ていた。
ダメだな。
ボーッとしてると、つい道を間違えてしまう。
今日は早く帰って休もう。
そう思い、医学部エリアを後にした。
ガサッ
「ん? 誰かいるの……?」
今何か音が聞こえたような……。
まぁ、気のせいだよね。
もしくは風の音だったのかも。
そんなことがあった次の日。
悪夢が再び繰り返されることとなる。
御影教授が、研究室で亡くなっているのが発見された。