〜平凡な日常?〜
夏休みが終わり、学校が再開した。
周りでは挨拶が飛び交っている。
「陽菜ー! おっひさー」
「久しぶり」
この子は凛ちゃん。
私がいつも一緒に居る子。
この子と、あともう一人よく一緒に居る子がいる。
一年生の頃に話しかけられたから一緒に居るけれど、特に仲が良いかと言われれば、そうでもない。
「お! 美波、おはよー」
「おはよぉ! 陽菜ちゃんもおはよ!」
「おはよう」
相変わらず、美波ちゃんは元気だな。
二人は明るい性格でクラスの中心的な存在だ。
分かりやすく言えば一軍タイプといったところか。
私とはタイプが違うのに、何故か三年間一緒に居る。
「そういえばさぁ、今朝のニュース見た? 指名手配犯がようやく捕まったらしいね」
「見たみた! 理由が人生つまらなくて……とかだっけ? マジで、そんな理由で人殺すとか有り得ないっしょ」
二人は朝から何物騒なこと言ってるのよ。
「陽菜ちゃんもそう思うよね?」
「えぇ……私?」
急に話を振らないでもらえる?
私、この手の話苦手なんだけど。
「……どんな理由であれ、殺人はダメでしょ。罪人になるために生まれてきたわけじゃないんだし」
「深いねぇ。じゃあ陽菜ちゃんは何のために生まれてきたと思う?」
なんか規模広がってない?
生まれてきた理由ね……。
「何だろうね……。強いて言えば幸せになる為、とか?」
「幸せになる為? 陽菜ちゃんって案外ロマンチストなんだね」
冷静を装ってるけれど、必死で笑いを堪えてるのバレバレだよ。
そっちから聞いておいて、バカにするとか本当にやめてほしい。
でも、本人たちは自覚がないんだろうな。
それを指摘しない私も私だけど。
そんなことを考えていると、凛ちゃんが違う話題を持ち出した。
「テレビといえば、黒崎教授のニュースも見たよ! 陽菜のお父さんやっぱ凄いね!」
「あはは……。ありがとう」
「陽菜ちゃんも桜庭大学目指してるんでしょ? この前の模試の判定Aだって聞いたよ!」
「ヤバっ! 異次元じゃん。マジウチらとは住んでいる世界が違うって感じ」
それはあなたたちが勉強をしないからでは?
しかし、やっぱり二人は悪気がなさそうだった。
私は二人のグループに入れてもらっている立場だ。
変に言い返して、いざこざができるのだけは避けたい。
そんな私は、愛想笑いを返すことしかできなかった。
何やかんやで、夏休み明け初日が終わる。
夏休み中に人との関わりを避けていた私にとって、この空間は地獄でしかなかった。
それでも、家よりは勉強に集中できる。
そう自分に言い聞かせて、何とか乗り越えることができた。
そろそろいつものお迎えの時間だな。
そう思った私は、カバンを背負い、玄関へと向かう。
その時、廊下でよく知っている声が聞こえた。
「碧くん! 久しぶりだな。最近の調子はどうだ?」
「お陰様で。最近は父の研究に携わる機会もあって、毎日充実しています」
「黒崎教授と言えば、今テレビでも話題になってるもんね。碧くんにも期待してるよ!」
「ありがとうございます」
何でお兄ちゃんがここに居るの?
一年生がチラチラとお兄ちゃんの方を見ている。
あぁ……。
卒業生って知らないし、お兄ちゃん、かっこいいからね。
どうしよう。
完全に出るタイミングを失った。
その時、お兄ちゃんと目が合ってしまった。
「お、陽菜。待ってたぞ」
いやいや、待たなくていいから。
何で来たのか分からないけど、何なら先に帰っていいから。
しかし、見つかってしまったのならしょうがない。
私は、渋々お兄ちゃんの傍に寄る。
「陽菜さんも来たことだし、俺は仕事に戻るな。碧くん、ぜひまた顔を出してくれ。陽菜さん、さようなら」
「……さようなら」
なんか勝手に帰ることになってる?
いやまぁ、帰るつもりだったけど。
「お兄ちゃん、どうしてここに居るの?」
「今日、母さん用事があって迎えに来れないって聞いてなかったか? 朝伝えたはずだけど」
「……あぁ、確かに」
「あぁ、って。俺の迎えじゃ不服なようだな」
「いや、別に。じゃあ……今日はお願いします」
お兄ちゃんのお迎えが嫌なわけじゃない。
お兄ちゃんと学校で一緒に居るのが嫌なだけだ。
お兄ちゃんはかなり優秀な為、常に比較対象にされてきた。
それは、高校時代も例外ではなかった。
おまけに、お兄ちゃんは私と違って愛想も良い。
常に周りには誰かが居て、後輩たちからは憧れの的だった。
そんな人と一緒に居れば、目立ってしまうのは当然のことだった。
だから私は、お兄ちゃんから少し離れて歩く。
「何だ? そんなに離れて」
「……別に」
「相変わらず無愛想だなぁ」
そんなことを言いつつも、お兄ちゃんは私の歩幅に合わせて歩く。
傍から見れば胸きゅんポイントなのだろうけど、私にとってはただの察しの悪いお兄ちゃんでしかなかった。
たった一日の出来事だったのに、一気に疲れが溜まったような気がした。
***
翌朝。
時刻は朝の六時。
幻のことを思い出し、あの公園にもう一度行ってみることにした。
まぁ、居るわけないよね。
そんな軽い気持ちだった。
しかし、いざ公園に着くと、同い歳くらいの男の子がベンチに座っている姿が見えた。
幻だった。
私はゆっくりと幻に近付き、声をかけてみる。
「おはよう」
「おはよう。朝早いね」
それはこっちのセリフだ。
私も早い時間に公園に来たけれど、幻は私よりももっと早くに来ていたことになる。
「まだ誰も起きてない時に家を出てきたから。ゆっくり散歩でもしてきたいなって思って」
「え! 奇遇だね。僕もだよ。いつも、どこ行くのって聞かれるから、バレないように出てくるしかないんだよね」
私と一緒だ……。
「今日はいつもより早めに家を出ちゃったけど、陽菜ちゃんに会えたからそれも良かったのかも!」
「ごめんね。学校始まってバタバタしてて、あんまりここに来れなかったの。それに、正直居るとは思わなくて……」
「あはは! そうだよねぇ。僕も陽菜ちゃんとまた会えるとは思わなかったなぁ」
そう言う幻は、何やら嬉しそうに見えた。
それに、以前よりも顔色が良い気がする。
「何か良いことでもあった?」
「どうして?」
「前よりも顔色が良くなってる気がする。それに、痣も薄くなってきたよね?」
まだ少し跡は残っているが、この調子でいけば、完全にとは言わなくても、目立たない程度には薄くなるだろう。
「あぁ、そういえば前よりも殴られる数は減ってきたかも」
そう言う幻の声はあっけらかんとしていた。
「でもねぇ、辛い生活もあと少しだけ我慢すれば良いんだ!」
「どうして?」
「もう少しで家族と離れられるからね」
「卒業したら一人暮らしをするの?」
「まぁそんな感じかなぁ」
一人暮らしかぁ……。
私も家族の元を離れたいって思うけれど、それを家族に説明できる自信がない。
何より、お兄ちゃんだって実家暮らしだ。
相談しても、私も実家から通えば良いと言われるのが目に見えている。
「そういえば、幻ってどこの大学を受験するの?」
「桜庭大学だよ。心理学部を目指してるんだ」
「えっ……! 私も……。凄い偶然だね」
こんな偶然があるのだろうか。
私は幻に不思議なものを感じ始めた。
「じゃあどっちも受かれば同級生になるわけだ! 勉強頑張んないとなぁ」
「そうだね」
幻だって私のお父さんが医学部の教授をしていることは知っているだろう。
しかし、幻はそのことは一切触れてこなかった。
私の周りの人は、当たり前のように私が医学部に進学すると考えていた。
幻は、私を"黒崎教授の娘"ではなく、"黒崎陽菜"として見てくれている。
会って間もない人が、こうして接してくれるのは不思議な感覚だった。
しかし、それが堪らなく嬉しかった。
「勉強のやる気が出てきたな。二人で絶対に合格しようね! 大学で再会できたら僕から声をかけるから!」
「うん。私も頑張るね」
そろそろ家族が起きる時間だ。
幻の方もそうだったらしく、私たちはここで解散した。
このやり取りが、試験の五ヶ月ほど前のことだった。
いよいよ、試験本番まで残り一ヶ月を切った頃のことだった。
当たり前に続くと思っていた日常は、ただの幻想に過ぎないということを実感することとなる。
それが、私の運命だというように、一瞬にして世界は変わってしまった。
夏休みが終わり、学校が再開した。
周りでは挨拶が飛び交っている。
「陽菜ー! おっひさー」
「久しぶり」
この子は凛ちゃん。
私がいつも一緒に居る子。
この子と、あともう一人よく一緒に居る子がいる。
一年生の頃に話しかけられたから一緒に居るけれど、特に仲が良いかと言われれば、そうでもない。
「お! 美波、おはよー」
「おはよぉ! 陽菜ちゃんもおはよ!」
「おはよう」
相変わらず、美波ちゃんは元気だな。
二人は明るい性格でクラスの中心的な存在だ。
分かりやすく言えば一軍タイプといったところか。
私とはタイプが違うのに、何故か三年間一緒に居る。
「そういえばさぁ、今朝のニュース見た? 指名手配犯がようやく捕まったらしいね」
「見たみた! 理由が人生つまらなくて……とかだっけ? マジで、そんな理由で人殺すとか有り得ないっしょ」
二人は朝から何物騒なこと言ってるのよ。
「陽菜ちゃんもそう思うよね?」
「えぇ……私?」
急に話を振らないでもらえる?
私、この手の話苦手なんだけど。
「……どんな理由であれ、殺人はダメでしょ。罪人になるために生まれてきたわけじゃないんだし」
「深いねぇ。じゃあ陽菜ちゃんは何のために生まれてきたと思う?」
なんか規模広がってない?
生まれてきた理由ね……。
「何だろうね……。強いて言えば幸せになる為、とか?」
「幸せになる為? 陽菜ちゃんって案外ロマンチストなんだね」
冷静を装ってるけれど、必死で笑いを堪えてるのバレバレだよ。
そっちから聞いておいて、バカにするとか本当にやめてほしい。
でも、本人たちは自覚がないんだろうな。
それを指摘しない私も私だけど。
そんなことを考えていると、凛ちゃんが違う話題を持ち出した。
「テレビといえば、黒崎教授のニュースも見たよ! 陽菜のお父さんやっぱ凄いね!」
「あはは……。ありがとう」
「陽菜ちゃんも桜庭大学目指してるんでしょ? この前の模試の判定Aだって聞いたよ!」
「ヤバっ! 異次元じゃん。マジウチらとは住んでいる世界が違うって感じ」
それはあなたたちが勉強をしないからでは?
しかし、やっぱり二人は悪気がなさそうだった。
私は二人のグループに入れてもらっている立場だ。
変に言い返して、いざこざができるのだけは避けたい。
そんな私は、愛想笑いを返すことしかできなかった。
何やかんやで、夏休み明け初日が終わる。
夏休み中に人との関わりを避けていた私にとって、この空間は地獄でしかなかった。
それでも、家よりは勉強に集中できる。
そう自分に言い聞かせて、何とか乗り越えることができた。
そろそろいつものお迎えの時間だな。
そう思った私は、カバンを背負い、玄関へと向かう。
その時、廊下でよく知っている声が聞こえた。
「碧くん! 久しぶりだな。最近の調子はどうだ?」
「お陰様で。最近は父の研究に携わる機会もあって、毎日充実しています」
「黒崎教授と言えば、今テレビでも話題になってるもんね。碧くんにも期待してるよ!」
「ありがとうございます」
何でお兄ちゃんがここに居るの?
一年生がチラチラとお兄ちゃんの方を見ている。
あぁ……。
卒業生って知らないし、お兄ちゃん、かっこいいからね。
どうしよう。
完全に出るタイミングを失った。
その時、お兄ちゃんと目が合ってしまった。
「お、陽菜。待ってたぞ」
いやいや、待たなくていいから。
何で来たのか分からないけど、何なら先に帰っていいから。
しかし、見つかってしまったのならしょうがない。
私は、渋々お兄ちゃんの傍に寄る。
「陽菜さんも来たことだし、俺は仕事に戻るな。碧くん、ぜひまた顔を出してくれ。陽菜さん、さようなら」
「……さようなら」
なんか勝手に帰ることになってる?
いやまぁ、帰るつもりだったけど。
「お兄ちゃん、どうしてここに居るの?」
「今日、母さん用事があって迎えに来れないって聞いてなかったか? 朝伝えたはずだけど」
「……あぁ、確かに」
「あぁ、って。俺の迎えじゃ不服なようだな」
「いや、別に。じゃあ……今日はお願いします」
お兄ちゃんのお迎えが嫌なわけじゃない。
お兄ちゃんと学校で一緒に居るのが嫌なだけだ。
お兄ちゃんはかなり優秀な為、常に比較対象にされてきた。
それは、高校時代も例外ではなかった。
おまけに、お兄ちゃんは私と違って愛想も良い。
常に周りには誰かが居て、後輩たちからは憧れの的だった。
そんな人と一緒に居れば、目立ってしまうのは当然のことだった。
だから私は、お兄ちゃんから少し離れて歩く。
「何だ? そんなに離れて」
「……別に」
「相変わらず無愛想だなぁ」
そんなことを言いつつも、お兄ちゃんは私の歩幅に合わせて歩く。
傍から見れば胸きゅんポイントなのだろうけど、私にとってはただの察しの悪いお兄ちゃんでしかなかった。
たった一日の出来事だったのに、一気に疲れが溜まったような気がした。
***
翌朝。
時刻は朝の六時。
幻のことを思い出し、あの公園にもう一度行ってみることにした。
まぁ、居るわけないよね。
そんな軽い気持ちだった。
しかし、いざ公園に着くと、同い歳くらいの男の子がベンチに座っている姿が見えた。
幻だった。
私はゆっくりと幻に近付き、声をかけてみる。
「おはよう」
「おはよう。朝早いね」
それはこっちのセリフだ。
私も早い時間に公園に来たけれど、幻は私よりももっと早くに来ていたことになる。
「まだ誰も起きてない時に家を出てきたから。ゆっくり散歩でもしてきたいなって思って」
「え! 奇遇だね。僕もだよ。いつも、どこ行くのって聞かれるから、バレないように出てくるしかないんだよね」
私と一緒だ……。
「今日はいつもより早めに家を出ちゃったけど、陽菜ちゃんに会えたからそれも良かったのかも!」
「ごめんね。学校始まってバタバタしてて、あんまりここに来れなかったの。それに、正直居るとは思わなくて……」
「あはは! そうだよねぇ。僕も陽菜ちゃんとまた会えるとは思わなかったなぁ」
そう言う幻は、何やら嬉しそうに見えた。
それに、以前よりも顔色が良い気がする。
「何か良いことでもあった?」
「どうして?」
「前よりも顔色が良くなってる気がする。それに、痣も薄くなってきたよね?」
まだ少し跡は残っているが、この調子でいけば、完全にとは言わなくても、目立たない程度には薄くなるだろう。
「あぁ、そういえば前よりも殴られる数は減ってきたかも」
そう言う幻の声はあっけらかんとしていた。
「でもねぇ、辛い生活もあと少しだけ我慢すれば良いんだ!」
「どうして?」
「もう少しで家族と離れられるからね」
「卒業したら一人暮らしをするの?」
「まぁそんな感じかなぁ」
一人暮らしかぁ……。
私も家族の元を離れたいって思うけれど、それを家族に説明できる自信がない。
何より、お兄ちゃんだって実家暮らしだ。
相談しても、私も実家から通えば良いと言われるのが目に見えている。
「そういえば、幻ってどこの大学を受験するの?」
「桜庭大学だよ。心理学部を目指してるんだ」
「えっ……! 私も……。凄い偶然だね」
こんな偶然があるのだろうか。
私は幻に不思議なものを感じ始めた。
「じゃあどっちも受かれば同級生になるわけだ! 勉強頑張んないとなぁ」
「そうだね」
幻だって私のお父さんが医学部の教授をしていることは知っているだろう。
しかし、幻はそのことは一切触れてこなかった。
私の周りの人は、当たり前のように私が医学部に進学すると考えていた。
幻は、私を"黒崎教授の娘"ではなく、"黒崎陽菜"として見てくれている。
会って間もない人が、こうして接してくれるのは不思議な感覚だった。
しかし、それが堪らなく嬉しかった。
「勉強のやる気が出てきたな。二人で絶対に合格しようね! 大学で再会できたら僕から声をかけるから!」
「うん。私も頑張るね」
そろそろ家族が起きる時間だ。
幻の方もそうだったらしく、私たちはここで解散した。
このやり取りが、試験の五ヶ月ほど前のことだった。
いよいよ、試験本番まで残り一ヶ月を切った頃のことだった。
当たり前に続くと思っていた日常は、ただの幻想に過ぎないということを実感することとなる。
それが、私の運命だというように、一瞬にして世界は変わってしまった。