〜不思議な出会い〜

 不思議な出来事を体験した翌日。

 今日は昨日と違い、早起きができた。

 いつもの習慣で、私は勉強を始める。

 一時間ほど時間が経ち、私はリビングへと降りた。

 「おはよう」

 昨日の今日だ、きっと今日も何か言われるのだろうと思っていた。

 「おはよう。勉強してたんでしょ? 座って待ってていいわよ」

 あれ?

 今日のお母さんは、なんだか機嫌が良さそうだ。

 「分かった」

 そう言って私はリビングへと向かう。 

 げ、お父さんが居るじゃん。

 厳格な性格だから少し怖くて苦手なんだよなぁ。

 そんなお父さんは、お兄ちゃんと楽しそうにお喋りをしている。

 きっと昨日テレビで話していた研究の話でもしているんだろうな。

 そんなことを思い、リビングの扉を開く。

 「陽菜、おはよう」

 「うん。おはよう」
 
 どうやらお兄ちゃんはいつも通りみたいだ。

 そして、恐る恐るお父さんの方を見る。

 「おはよう」

 その声は、思ったよりも明るい声だった。

 お父さんも機嫌がいい感じ?

 それはそれでなんか怖いけどね。

 「じゃあ陽菜も来たことだし、俺は莉子を起こしてくるな」

 え、待って待って。

 行かないで。

 お父さんと二人っきりにしないでよ。

 本当に気まずいから。

 そんな私の気持ちをお兄ちゃんが知る由もなく、リビングには私とお父さんの二人っきりになってしまった。

 しばらく沈黙の時間が続いた。
 
 「陽菜、昨日のテレビは観たか?」

 その沈黙を破ったのはお父さんだった。 

 「テレビって、お父さんの研究の話だよね」

 「あぁ、陽菜はどう思う?」 

 さっきまで、お兄ちゃんと話していたんでしょ。
 
 何言っても比較されちゃうじゃん。

 正直、何とも思っていなかったので、呆れられるのを覚悟で正直に伝える。

 「……私はお父さんやお兄ちゃんと違って、専門的なことは分からないけど、きっと、これから沢山の人を救う研究になるんじゃないかな、とは思う」

 もっとちゃんと説明しろとか怒られるだろうな。 

 「そうか。陽菜にそう言ってもらえると嬉しいな」

 ……え?

 本当に、今日のお父さんどうしたのだろう。

 「うちの大学にさ、人間の細胞を研究している人が居るんだよ。御影ってやつなんだけど」

 「……うん」

 「本当に、才能があるから一緒に研究してみたいって思ってるんだ。ただ、あいつは……。いや、気にするな」

 なんで言いかけてやめるのよ。

 気になっちゃうじゃん。

 そんなことを言って、医学に興味があると思われたら困る。

 私は確かに桜庭大学を目指しているけれど、医学部に入りたいわけではない。

 だから今まで、当たり障りのない返答を続けてきた。

 お母さんやお父さんの機嫌を損ねたくなかったから。

 しかし、今日はいつもと違い優しさを感じた。

 受験を控えている私を気にかけてくれてるのかな?

 そうに違いない。

 いや、そうであってほしい。
 
 理由は分からないけれど、優しくされて嫌な気はしなかった。



***



 夏休みも終わりに近付いてきた頃。

 あれからずっと家で勉強しかしていなかった。

 私は、気分転換に近所の公園に行くことにした。

 家から歩いて数分ほどで着く場所にあり、小さい頃はよくそこで遊んでいた。

 あの頃は広いと感じていた公園も、いつの間にか狭いと感じるようになっていた。

 時が経ったのだと実感する。

 私は、入口近くのベンチに座った。

 何をするわけでもなく、ただボーッとするだけ。

 たまには勉強だけでなく、こんな風に何も考えないで過ごす日も良いかもしれないと思った。

 その時、誰かの足音が聞こえた。

 「近所の子供が遊びに来たのかな」と思ったけれど、それよりは歳上の足音に聞こえた。

 そして、その足音は私の目の前で止まった。

 「……?」

 私はゆっくりと顔を上げる。

 「えっと……どうかしましたか?」

 「……いや、人が居たから驚いちゃって。いつもはこの時間、誰も居なかったから」

 そう言いながら、彼は私の顔をまじまじと見てきた。

 えっ……何?
 
 もしかして、避けてほしいのかな?

 そう思い、私は慌てて立ち上がる。

 「すみません。今、帰りますね」

 「いや! 大丈夫だよ。みんなの公園なんだし、君もゆっくりしたいでしょ? 僕も隣に座って良いかな?」

 「ど、どうぞ」

 そうして、私たちは並んでベンチに腰を下ろす。

 ……えっと、これはどういう状況?

 どうして知らない男の子と並んで座っているのだろう。

 「……あの」

 「……はい!」

 急に声をかけられたので、声に力が入ってしまった。

 そんな私を見て、彼はクスクスと笑う。

 「そんなに身構えないで。ただ声かけただけじゃん」

 その言葉で、少し緊張が和らいだ。

 改めて見ると、彼は整った顔立ちをしている。

 それに、何となく親近感が湧いてきた。

 「……そんなにじっと見られると恥ずかしいんだけど」

 「……あ! ごめんなさい」

 「君、面白いね。名前は? ……って、僕が最初に名乗らないとだよね。僕は八神幻(やがみげん)って言うんだ」

 そう言いながら、彼は地面に漢字を書いて見せた。

 まぼろしと書いて、「(げん)

 珍しい苗字も相まって、なんだか儚げな名前だった。

 「私の名前は黒崎陽菜」

 私も地面に名前を書いた。

 「陽菜……ちゃんか。良い名前だね!」

 そう……かな?

 自分の名前だから、よく分からない。

 「陽菜ちゃんは今夏休み?」

 「うん。明後日からまた学校が始まるけどね。八神くんは?」

 彼がフレンドリーだからか、つられて私もタメ口で話してしまう。

 「僕もそんな感じかなぁ。てか、幻って呼んでよ! 下の名前で呼び合った方が友達らしいでしょ?」

 「友達らしいって……。私たち、さっき会ったばかりなんだけど」

 「細かいことは気にしない。僕、あんまり友達居ないから、友達になってくれると嬉しいんだけどな」

 こんなにフレンドリーなのに友達が居ないの?

 まぁ、人は見かけによらないって言うもんね。

 それに、わたしだって友達があまり居ないので、人のことを言えない。

 「……まぁ、良いよ」

 「やったー! あ、ちなみに陽菜ちゃんはどうして公園に来たの?」

 「なんでって……。公園に来るのに理由なんてある?」

 「そうだよねー。でもね、僕は理由があるんだよ。あんまり、家に居るのが好きじゃないんだよね」

 家に居るのが好きじゃない?

 何か、理由があるのだろうか。

 「僕、家族と仲が悪いんだ。最近は、勉強ちゃんとしてるのか。そんなんで大学行けるのかって、毎日言われてるの」

 「えっ……! 私も一緒。正直、息抜きにって思って公園に来たけど、家に居たくなかったってのも理由の一つなの」

 こんな共通点があったなんて……。

 「実はそれだけじゃなくてね、ほら……」

 そう言って、彼は服の袖をめくった。

 「え……」

 そこには痛々しい痣が隠れていた。

 「もしかして……虐待?」

 「……うん。たまに殴られる程度なんだけどね」

 「たまにって言っても、痛いものは痛いでしょ」

 実は私の体にも、覚えのない痣が残っている。

 でも、幻ほどではなかった。

 「うーん、でももう慣れたかな。それにほら! 陽菜ちゃんとこうして出会えたんだから、結果オーライ?」

 この人はポジティブなのか、能天気なのか。

 どっちにしても、私の身近には居ない珍しいタイプだった。

 「あ……そろそろ帰らないと」

 「もう帰るの?」

 もう少し話したかったのに。

 初めて会った人なのに、時間を忘れるほど話をしていたことに驚いた。

 「うん。帰らないと怒られちゃうからね」

 「……大丈夫なの?」

 「大丈夫だよ! じゃあまたね!」

 「……うん。またね」

 幻は手を振りながら帰っていった。

 本当に大丈夫なのかな……。

 それに、思わず「またね」と言ってしまったけれど、正直また会える保証はなかった。

 今日だってたまたま会えたのだし、連絡先だって交換していない。

 二度と会えないのなら、それは仕方のないことだろう。

 でも、もしまた会うことができたのなら……。

 その時は、私から話しかけてみようかな。