〜初めて出会った場所〜

 マリスがどこに居るかなんて分からない。

 スマホは持っているだろうけど、恐らく繋がることはないだろう。

 しかし、何故かマリスと初めて会った場所に行けば会えるような気がした。

 もう随分前のことだ。

 あの日は、偶然あの場所を見つけた。

 僅かな記憶を頼りに、あの場所へと向かう。
 
 「……確かこの辺だよね?」
 
 あの日、突然現れた道。
 
 もしかしたら、この方法では会えないかもしれない。

 それでも、本能がそこに行けと言っていた。


 
 どのくらい歩いただろうか。
 
 「……ここだ」

 そこには、相変わらず真っ暗な道が続いていた。

 昼間なのに、裏路地へと続く道だけが暗い。
 
 恐怖心は拭いきれないが、覚悟を決めなければ。
 
 私は、ゆっくりと足を進めた。
 
 暗い道を進む度に、初めてここを歩いた時のことを思い出す。
 
 なぜ、あの日ここに来てしまったのか。

 なぜ、マリスと出会ってしまったのか。

 マリスとの出会いは偶然ではなく、必然だったのだろう。

 ️どんなに避けようとしても、いつかはきっと出会ってしまう運命だったんだ。
 
 だから今は、その運命としっかり向き合おう。
 
 人影が見えてその場で立ち止まる。
 
 「……誰だ」
 
 初めて会った時と同じ、冷たい声が聞こえる。
 
 「……私だよ。陽菜だよ」
 
 「陽菜ちゃん? どうしてここに……!」

 思っていた反応とは違った。

 本物に同一人物か疑ってしまうほど、今のマリスは弱々しく見える。
 
 「初めて会った時も言ってたよね。ここはどこなの? どうしてマリスはこんな暗い場所に居るの?」

 ずっと疑問に思っていたことだ。

 こんなに暗い場所、誰だって避けたいと思うだろう。

 あまりにも、この場所は不気味で真っ暗だった。
 
 「陽菜ちゃんは何をしようとしているの? 本来、ここに来れるはずがないのに」

 マリスはまたもや同じような言葉を繰り返す。

 「……どういうこと?」
 
 「はぁ……。教えるつもりなんてなかったのに」

 雰囲気が一変した。
 
 でも、相変わらず彼の表情は弱々しく見える。
 ️
 「ここは、心の奥深い場所。この場所は真っ暗でしょ? この闇は心の闇を表しているの」

 心の闇……? 

 「じゃあどうしてマリスが居るの? それにここは誰の心の奥なの?」

 今のマリスなら、この質問に答えてくれるような気がした。

 私はマリスの言葉を待った。
  
 「あははっ」

 でもそれは、私の甘い考えだった。

 何を思ったのか、マリスは急に笑い出す。 

 「何がおかしいの?」
 
 「ここに来たってことは、全てを思い出したと思ったのに、そうじゃなかったんだね。それとも何? まだ認めたくないの?」

 私の知っているマリスに戻り、つい反抗的な態度をとってしまう。
 
 「何ふざけたことを言ってるの! 私はマリスと出会ってから大切な人たちを失った。マリス、あなたさえ居なければ! あなたなんかと出会わなければ!!」
 
 「陽菜ちゃんこそ何言ってるんだよ。キミから会いにきたんだろ。あの日、どうしてすぐに逃げたんだ? ボクはずっと待ってたんだよ」

 マリスらしくない言葉遣いに、私は少し戸惑ってしまう。

 でも、このまま引き下がる訳にはいかない。
 
 「私から会いに来たって何? それは偶然この道が目に入ったから……!」
 
 「偶然? 偶然って何? ボク言ったよね。この場所には本来、来ることができないって」

 「それは……っ」

 それは……。 
 
 「陽菜ちゃんが望んだんだよ? 自分だけが不幸なのが許せない。信じてた人に裏切られた。自分にだけ冷たい家族。あ、でも御影和樹の件は予想外だったな。もしかして意外と父親に情が残ってたのかな?」
 
 「何言ってるの!」

 急にどうしてその話になるの。
 
 「それはこっちのセリフだなぁ。全て人のせいにして。どうして目を背けようとするの? ねぇ、本当は分かってるんでしょ?」

 やめて……。

 違う……。

 そんな訳ない。

 「ねぇ、陽菜ちゃん」

 「やめて!」

 それでも、マリスは最後まで私を追い詰める。
 
 「この人殺し」

 その時、思い出したくなかった記憶が一斉に蘇ってきた。

 激しい怒り、憎しみ、悲しみ。

 そんな感情が一気に湧き上がってくる。

 目を背けたくなるような記憶だ。  
 
 「どう? ねぇ、ボクが憎い? そうだよね。ボクと出会ってから陽菜ちゃんは変わっちゃったからね。でも、陽菜ちゃんはボクから逃げることなんてできないんだよ」

 「……どうして。私が何をしたって言うの? どうして私にこんなことをするの!」
 
 「まだ気付かないのかなぁ。ここまで来るとボクも悲しいよ」

 相変わらず意味の分からないことを言う。
 
 どうしてマリスが悲しむ必要があるの。
 
 その時、足元に何かが当たる音がした。

 これは……
 
 「……ナイフ?」
 
 「ボクが憎いでしょ? ねぇ……ほら、今までみたいにボクを殺したら?」

 マリスが憎い……。

 そうだ、私はこいつが憎い。

 マリスと出会ってから、私の人生はめちゃくちゃになってしまった。
 
 私は、そっとナイフを手に取った。

 そして、その刃をマリスへと向ける。

 ……マリスが憎い。

 マリスを殺したい。

 マリスが消えれば良いのに。

 「さぁ、早く殺せよ」

 私はゆっくりとマリスに近付く。

 しかし、あと一歩のところで立ち止まってしまった。

 「何してんだ……? 早く殺せよ!!」

 マリスが憎い。

 その気持ちは本物なのに、マリスを殺すことはできなかった。

 憎くて堪らないはずなのに、何故かマリスを刺すことができない。
 
 マリスの声が震えていたから。

 僅かだけど、確かに震えていた。
 
 マリスはわざと私を怒らせようとしているんだ。

 自ら死を望んでいる。 
 
 私は、手に取ったナイフを地面に落とした。
 
 「どうしたの? ボクを殺さないの?」

 マリスのことをどうするか決める前に、私は確かめたいことがあった。

 「ねぇ、ひとつ聞かせて。もし、このままマリスを殺したらどうなるの? あなたは確かにマリスなんだろうけど、身体はお兄ちゃんのものだよね? お兄ちゃんも一緒に死ぬの?」

 「どうして急にそんなことを聞くのかなぁ」

 「いいから教えて!」
  
 「死ぬよ」
 
 その声はあっけらかんとしていた。

 「じゃあ、お兄ちゃんの身体は消えるけど、魂は死なないってことだよね?」
 
 「そうなるね。でも、どうしてそんなことを聞くの?」

 そういうことなら……。
  
 よし、いける。

 この負の連鎖を止める為には、これしか方法はない。

 「ねぇ、マリス。私ひとつ思いついたんだ」

 「何を思いついたの?」
 
 「私、一番憎い人を思い出したの。その人に消えてもらわないと。そんな人が幸せになるなんて耐えられない」

 マリスは一瞬悩んだ表情になったものの、すぐに明るい表情に変わった。
 
 「そうだよね! さすが陽菜ちゃん!」

 やっぱり。

 マリスなら、この話に絶対乗ると思った。
  
 「いい方法を思いついたんだけど、私に協力してくれない?」
 
 「陽菜ちゃんが望むなら、いくらでも力を貸すよ」

 狙い通りだ。
 
 「マリスはお兄ちゃんと入れ替わってるんだよね? だったら元に戻ることだってできるでしょ?」
 
 「もちろん! そうだよね。本体が死んでも、魂が生きているのは耐えられないよね」
 
 「お兄ちゃんの身体を元に戻してほしいの。それからマリスは私の体を乗っ取って欲しい。でも、私の魂はそのままで」

 「どうしてそんな面倒臭いことをするの? ……そうか。一応家族だもんね。任せて、ボクが協力してあげる!」
 
 何を思ったのかは分からないが、これで準備が整った。

 ️「じゃあ、後はいつ実行するかだね。魂を戻すのはすぐにできるの?」
 
 「うん。時間はかからないよ。なんなら今日……って言いたいところだけど、流石に急すぎるよね」

 マリスでもそんなことを気にするんだ。

 ……ということは置いておいて。

 「じゃあ明日でもいい?」

 「大丈夫だよ。じゃあ明日、人目のつかないところに碧を連れて来て!」
 
 「分かった」
 
 お兄ちゃん、ごめんね。

 でもこれしか方法がないの。

 それでも、私はお兄ちゃんの幸せを一番に願っているからね。
 
 その日はこれでマリスと別れた。

 相変わらず、元の道に戻るのは一瞬のことで、さっきまでのやり取りは嘘のように感じられる。

 でも、あの日と違うことは、私がはっきりとマリスとのやり取りを覚えていることだ。

 今更忘れることなんてできない。

 だから……

 「明日、絶対に全てを終わらせてやる」

 私の呟きは、騒々しい町の中に静かに消えていった。