〜覚悟〜

 本物のお兄ちゃんが見つかったことで、その日から私たちは一緒に暮らすことになった。
 
 「おはよう」
 
 「おはよう。え……なんで幻がいるのっ……て、そういえばお兄ちゃんか」
 
 「この見た目だとややこしいよな」

 「うん。慣れない」

 やはり、一刻でも早くお兄ちゃんの身体を取り戻さなくては。

 「そういえば、台所を使ってた跡があるけど、誰がご飯作ってたんだ?」
 
 「あぁ、マリスが作ってた」
 
 「アイツが?」

 二人暮しを始めてから、「私がご飯を作るよ」と言っても、何故か「俺が作る」って言って聞かなかった。

 結局二人で交代しながら作ることで合意したが、マリスの方がよく台所を使っていた。
 
 「そういえば、よくよく考えたらマリスのご飯美味しかったな。お兄ちゃんだったら、もう少し不味かったはずなのに」
 
 「はぁ?どういう意味だよ」
 
 何でもこなせるお兄ちゃんが唯一苦手とするのが料理
 ️だった。

 その為、料理なら勝てるのではないかと必死に練習をした。
 
 今思い返せば、マリスの料理は私の味に近かったな。

 「てか、今更なんだけど、マリスって何者なんだ?」

 ふと、お兄ちゃんがそんなことを言い出す。
 
 「本当に今更だね。でも、私も正体が分からないの」
 
 「正体も分からない奴と暮らしてたってことだろ? よく耐えられたな」

 そう言われると確かに。

 お兄ちゃんと思っていたと言えど、よく正体不明な人と一緒に暮らせたものだ。
 
 「何故か親近感が湧いたの。見た目がお兄ちゃんだからってのもあるんだろうけど、なんかそれだけじゃない気がする」
 
 意味が分からないという表情をするお兄ちゃん。
 
 「最終的にあんな形で別れちゃったけど、マリスは優しかったよ。本気で私のことを心配して、私に寄り添ってくれてた。私のことを支えてくれたの」
 
 「本気で心配してるなら、あんなこと言わなかったんじゃないか」

 ️「確かに。でも、彼からは私と同じものを感じた。きっと、あんな風に言ったのには、理由があったはずだよ」

 マリスに対して、全く嫌悪感を抱いていないと言えば嘘になる。

 でも、何故かそのまま彼を否定してはいけないような気がした。

 「陽菜はアイツの肩を持つのか?」

 「そういうんじゃなくて、マリスのことを、ちゃんと知りたいって思うの」

 「……まさか、マリスに会うつもりなのか? そんな無謀な! 今どこに居るのかも分からないのに。それにアイツは人を殺している。陽菜にだって危害を加えるかもしれないんだぞ!」

 お兄ちゃんが心配をしてくれているのは分かる。

 でも……
 
 「大丈夫。きっとマリスは私を殺したりしない。もし殺そうとしていたなら、私はとっくに死んでたはずだよ」

 まだ納得できないという表情のお兄ちゃん。
 
 「……じゃあ、俺もついて行く。それくらいならいいだろ?」

 確かに、お兄ちゃんが着いて来てくれれば心強い。

 しかし、その提案は受け入れられない。
 
 「これは私とマリスの問題だよ。だからケジメは自分で付けないと」

 「ケジメって……」
 
 お兄ちゃんはなかなか引かなかったけれど、必死で説得してようやく納得してもらえた。

 「無茶はするなよ」
 
 「できるだけそうする」
 
 「できるだけじゃなくて"絶対に"だ」
 
 「……分かった」

 お兄ちゃんにはああ言ったけれど、それは無理だろう。
 
 私は既に覚悟を決めていたから。

 これは私なりのケジメの付け方だ。 

 どんなことが待ち受けていようとも、恐れずにマリスと向き合う覚悟を決めた。