〜忍び寄る影〜
再検査をし、改めて体に異常がないことを確認した私は、予定通り一日だけの入院となった。
退院後、私は直ぐに家へと向かった。
いくら顔を合わせたくないとはいえ、私の帰る場所はそこしかない。
それに、"あのこと"を確かめなければならない。
家へと向かう足取りは、柚葉が死んだ時以上に重かった。
「……ただいま」
「おかえり! ごめんね、酷いことを言っちゃって」
「……お兄ちゃん」
想像していたよりも明るい声。
そうは言っても、もう完全に彼を兄とは思えなくなっていた。
それに、あの考えが浮かんでからは、今の姿も白々しい演技にしか見えない。
一方の彼は、なんだか機嫌が良いように見えた。
「お兄ちゃん、何だか嬉しそうだね」
「あぁ、分かる? 陽菜が一日居なかっただけで寂しかったんだよね」
「その割にはお見舞いにも来てくれなかったよね」
「それはごめんって。俺も色々あったんだよ」
「へぇ……。その色々って、もしかしてこれ?」
そう言って私は、あのニュースが書かれた記事を見せた。
お兄ちゃんが一気に怖い顔になる。
「え、何? このニュースが何だって言うの?」
「とぼけないで! ここに写ってる人、お兄ちゃんでしょ!」
「は? どう見ても俺じゃないじゃん。それより、俺が人殺しだって言いたいの? 兄妹なのに、俺を疑うんだ」️
「……兄妹? ふざけないで! 私は黒崎碧に話しかけてるんじゃない。あなたはお兄ちゃんじゃない! 本当は誰なの!」
お兄ちゃんは何も言わなくなってしまった。
「はぁ……。そもそもキミが望んだじゃん。みんな消えればいいのにって」
やっぱりお兄ちゃんじゃない……!
急に彼の雰囲気が変わって、恐怖心を抱いてしまう。
だけど、今更逃げる訳にはいかない。
「私が望んだってどういう意味なの」
「自分ばかり不幸だ。他の人も同じ目に遭ってほしい。そう願ったのは誰かな? それに、お望み通り悪人だけ殺してあげたよ。どう? 嬉しいでしょ?」
何……この人。
言っていることが到底人間とは思えない。
つい、怒りで手が震えてしまう。
でも、なぜそのことを知っているの?
それが何より怖くて堪らなかった。
確かに、他の人も同じ目に遭えば良いのにと思ってしまった。
しかし、その気持ちは誰にも話していない。
️
さっき感じた以上の恐怖に襲われた。
警察……警察に連絡しなくては。
そう思い、スマホに手をかけた時だった。
ガシッ
「ねぇ……。今、何しようとしたの?」
それは裏路地で出会った男と全く同じ声だった。
「……マリ……ス」
思わず口からその言葉がこぼれる。
「あ、やっと思い出してくれた? 酷いなー。陽菜ちゃんは。ずっと傍に居たのに、なんで気が付かなかったのかな」
その話し方は、間違いなくマリスのものだった。
まさか……目の前にいるこいつがマリスだって言うの?
だったら……。
だったら本当のお兄ちゃんは……!!
「本当のお兄ちゃんはどこにいるの!」
「はぁ? そんなの知るわけないでしょ。もし知ってたとしても教えないよ。それよりさ、ボクじゃダメなの? ボクなら、碧以上にキミのことを知っている。キミだって兄が優しくなって嬉しかったでしょ? それに、本当は碧のことも嫌いだった。いつもすました顔をして、内心見下されてると思ってたんでしょ」
「違う! そんなことない!」
「違う? どこが。じゃあ、大好きなお兄ちゃんだったのに入れ替わってたことにも気付けなかったんだ。それは甘すぎるんじゃない?」
悔しいけれど、何も言い返せなかった。
正直お兄ちゃんに……いや、マリスの優しさに甘えていたのは事実だったから。
それでも、お兄ちゃんのことは嫌いじゃなかった。
むしろ、不器用だけど優しいお兄ちゃんが……。
「……ねぇ、もうやめてよ。今までの事件の犯人もマリスなんでしょ? 理由は分からないけど、もうそんな事しないでよ」
「何のことかなぁ?」
「だから……! 家族を殺したのも、御影教授を殺したのも、柚葉を殺したのも、みんなマリスの仕業でしょ? どうしてそんなことをしたの!」
その時、マリスが一気に冷たい表情になる。
「人のせいにしないでほしいなぁ。無実の罪を押し付けられるとか、ほんと勘弁してほしいよ。陽菜ちゃんなら、誰が犯人なのか分かってるはずだけどね」
今までの犯人はマリスじゃない?
私は犯人を知っている?
「私は何を忘れてるって言うのよ……」
その呟きは、部屋の中で静かに消えていった。
気付いた時には、既にマリスの姿は見えなくなっていた。
あと何か一つ。
一つだけピースが足りない。
真実に辿り着く為には、残りのピースを探し出すしか方法がなかった。
再検査をし、改めて体に異常がないことを確認した私は、予定通り一日だけの入院となった。
退院後、私は直ぐに家へと向かった。
いくら顔を合わせたくないとはいえ、私の帰る場所はそこしかない。
それに、"あのこと"を確かめなければならない。
家へと向かう足取りは、柚葉が死んだ時以上に重かった。
「……ただいま」
「おかえり! ごめんね、酷いことを言っちゃって」
「……お兄ちゃん」
想像していたよりも明るい声。
そうは言っても、もう完全に彼を兄とは思えなくなっていた。
それに、あの考えが浮かんでからは、今の姿も白々しい演技にしか見えない。
一方の彼は、なんだか機嫌が良いように見えた。
「お兄ちゃん、何だか嬉しそうだね」
「あぁ、分かる? 陽菜が一日居なかっただけで寂しかったんだよね」
「その割にはお見舞いにも来てくれなかったよね」
「それはごめんって。俺も色々あったんだよ」
「へぇ……。その色々って、もしかしてこれ?」
そう言って私は、あのニュースが書かれた記事を見せた。
お兄ちゃんが一気に怖い顔になる。
「え、何? このニュースが何だって言うの?」
「とぼけないで! ここに写ってる人、お兄ちゃんでしょ!」
「は? どう見ても俺じゃないじゃん。それより、俺が人殺しだって言いたいの? 兄妹なのに、俺を疑うんだ」️
「……兄妹? ふざけないで! 私は黒崎碧に話しかけてるんじゃない。あなたはお兄ちゃんじゃない! 本当は誰なの!」
お兄ちゃんは何も言わなくなってしまった。
「はぁ……。そもそもキミが望んだじゃん。みんな消えればいいのにって」
やっぱりお兄ちゃんじゃない……!
急に彼の雰囲気が変わって、恐怖心を抱いてしまう。
だけど、今更逃げる訳にはいかない。
「私が望んだってどういう意味なの」
「自分ばかり不幸だ。他の人も同じ目に遭ってほしい。そう願ったのは誰かな? それに、お望み通り悪人だけ殺してあげたよ。どう? 嬉しいでしょ?」
何……この人。
言っていることが到底人間とは思えない。
つい、怒りで手が震えてしまう。
でも、なぜそのことを知っているの?
それが何より怖くて堪らなかった。
確かに、他の人も同じ目に遭えば良いのにと思ってしまった。
しかし、その気持ちは誰にも話していない。
️
さっき感じた以上の恐怖に襲われた。
警察……警察に連絡しなくては。
そう思い、スマホに手をかけた時だった。
ガシッ
「ねぇ……。今、何しようとしたの?」
それは裏路地で出会った男と全く同じ声だった。
「……マリ……ス」
思わず口からその言葉がこぼれる。
「あ、やっと思い出してくれた? 酷いなー。陽菜ちゃんは。ずっと傍に居たのに、なんで気が付かなかったのかな」
その話し方は、間違いなくマリスのものだった。
まさか……目の前にいるこいつがマリスだって言うの?
だったら……。
だったら本当のお兄ちゃんは……!!
「本当のお兄ちゃんはどこにいるの!」
「はぁ? そんなの知るわけないでしょ。もし知ってたとしても教えないよ。それよりさ、ボクじゃダメなの? ボクなら、碧以上にキミのことを知っている。キミだって兄が優しくなって嬉しかったでしょ? それに、本当は碧のことも嫌いだった。いつもすました顔をして、内心見下されてると思ってたんでしょ」
「違う! そんなことない!」
「違う? どこが。じゃあ、大好きなお兄ちゃんだったのに入れ替わってたことにも気付けなかったんだ。それは甘すぎるんじゃない?」
悔しいけれど、何も言い返せなかった。
正直お兄ちゃんに……いや、マリスの優しさに甘えていたのは事実だったから。
それでも、お兄ちゃんのことは嫌いじゃなかった。
むしろ、不器用だけど優しいお兄ちゃんが……。
「……ねぇ、もうやめてよ。今までの事件の犯人もマリスなんでしょ? 理由は分からないけど、もうそんな事しないでよ」
「何のことかなぁ?」
「だから……! 家族を殺したのも、御影教授を殺したのも、柚葉を殺したのも、みんなマリスの仕業でしょ? どうしてそんなことをしたの!」
その時、マリスが一気に冷たい表情になる。
「人のせいにしないでほしいなぁ。無実の罪を押し付けられるとか、ほんと勘弁してほしいよ。陽菜ちゃんなら、誰が犯人なのか分かってるはずだけどね」
今までの犯人はマリスじゃない?
私は犯人を知っている?
「私は何を忘れてるって言うのよ……」
その呟きは、部屋の中で静かに消えていった。
気付いた時には、既にマリスの姿は見えなくなっていた。
あと何か一つ。
一つだけピースが足りない。
真実に辿り着く為には、残りのピースを探し出すしか方法がなかった。