〜家族のカタチ〜

 「……さん。黒崎さん」

 私の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 「黒崎さん」

 何回目の呼びかけだろう。

 その声に反応し、私はゆっくりと目を開けた。
 
 「……ここは?」

 「黒崎さん。目が覚めましたか。あなたは、桜庭大学で気を失っていたそうです。偶然発見した学生から連絡を受けました」

 そっか……。

 あの後、倒れちゃったんだね。

 激しい頭痛に襲われたから、きっと、その影響で倒れてしまったのだろう。

 「あの……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 「良いのよ。黒崎さんがこうして目を覚ましてくれたのなら。一応、検査は受けてみましょうか」

 「……はい」

 私は医者に案内され、脳、心臓、さらには心に問題がないかなど、隅々まで検査をした。

 「では、検査の結果が出るまでしばらく病室でお待ちください」

 「分かりました」
 
 そうして私は改めて病室へと戻る。

 確かに、どこかに異常があったから倒れてしまったのだろう。

 だけど、心做しかさっきよりも気持ちが軽くなったような気がする。

 「……少しだけでも休めたからかな」

 そんなことを思っていると、ドアをノックする音が聞こえた。

 「どうぞ」

 検査の結果が出たのかな?

 思ってたよりも早かったな。

 しかし、入ってきたのは医者でも、お兄ちゃんでもなかった。

 「……幻」

 そこには慌てた様子の幻が居た。

 「……陽菜!」

 「そんなに慌ててどうしたの?」

 「慌ててって……お前なぁ」

 幻がこんなに焦っている姿は初めて見た。

 「大学で聞いたんだ。陽菜が倒れて病院に運ばれたって。すっげぇ心配したんだぞ? 今の体調はどうだ?」

 「……心配」

 私はもう、誰も信じたくなかった。

 唯一の味方だったお兄ちゃんにも裏切られてしまったから。

 でも何故か、幻のことは最後くらい信じてみたいと思った。

 それでまた裏切られたのなら……その時は、また考えれば良い。

 「今は大丈夫。さっき、ひと通り検査をして、今は結果待ち」

 「そっか……。黒崎には連絡したのか?」

 「いや……まだ。でも、連絡しても来てくれないと思うよ」

 「それってどういう……」

 幻が何かを話しかけたところで、再びノックが聞こえた。

 「失礼します」

 今度こそ、結果が出たようだった。

 「あら? もしかして、彼氏さんですか?」

 「えっ?あ、違います。連絡を受けて、お見舞いに来てくれたんです」

 そう言うと、幻も一礼をする。

 「そうですか。それでは、検査結果についてお話したいのですが……」

 あ、そういうこと。

 「その事ですが、彼も一緒に聞いても良いですか?」

 「……え? 良いのか?」

 「うん。その方が私も安心できる。大丈夫ですか?」

 そのやり取りを、医者は微笑ましそうに見ていた。

 本当に、恋人とかじゃないんだけどな。

 「そちらがよろしければ大丈夫ですよ。まずは椅子におかけになってください」

 私たちは促されるように椅子に座った。

 「検査結果についてですが、脳や心臓には異常は見られませんでした」

 「……そうですか。良かった」

 ひとまず、命に別状がないのなら安心だ。

 「ただ……黒崎さん。あなた、何があったのですか?」

 「えっ? 何があったって……」

 どうして突然そんなことを聞くのだろう。

 「黒崎さんは、同年代と比べても、ストレスの数値が異常に高くなっています。生活の中で多少のストレスが溜まることを差し引いても、黒崎さんは、普段の生活ではかからないほどのストレスが溜まっています」

 「そう、ですか……」

 原因は分かっている。

 自分にストレスがかかっている気はしていたが、つい、放置してしまって居たのだ。

 「黒崎さんが倒れた原因は、ストレスで間違いないでしょう。念の為、今日は入院しましょう。入院手続き書類を持ってきますね」

 「……分かりました。お願いします」

 それから、病室は私と幻の二人だけどなった。

 「お兄ちゃんに連絡を入れないと」

 喧嘩をしてしまったと言えど、一応連絡入れておいた方が良いだろう。

 しかし、お兄ちゃんから返ってきたのは「分かった」という一言だけだった。

 分かっていたことだが、それでもやっぱり悲しかった。

 「なぁ、着替えとか取りに行かなくて大丈夫か?」

 「あー……うん。一日だけみたいだし、大丈夫かな」

 それもあるが、今はお兄ちゃんと会いたくない気持ちが強かった。
 
 その時、幻の視線を感じた。

 「……どうしたの?」

 「なぁ……。もしかして、黒崎と何かあったか?」

 「えっ……」

 どうして気が付いたのだろう。

 私はまだ、一言もお兄ちゃんとのことを話していない。

 「あ、いや。不快に思ったらごめんな。だけど、元気がなさそうだし、何よりさっきの言葉……」

 「あぁ……。でも、さっきも言った通り、お兄ちゃんは来ないと思う。と言うより、きっとお兄ちゃんは、私のことなんかどうだって良いんだよ」

 「そんなことない!」

 !!

 「あ、いや。家族なら、心配して当然だと思うけど」

 びっくりした。

 まさかこれ程心配してくれているとは。

 「急に叫んでごめんな」

 「あ……大丈夫だよ。でも幻の言う通り、私もお兄ちゃんなら心配してくれるって信じていたの。でも……倒れる前にケンカしちゃって」

 幻は、納得できないと言わんばかりの表情をしていた。

 家族の形態には、色々あるんだよ。

 「なぁ……。何があったか聞いても良いか?」

 私は静かに頷いた。

 そして、ゆっくりと話し始めた。

 「私の記憶だと思っていたものが、実は間違っていたの。私は、家族と仲が悪いんだとずっと思っていた。でも、アルバムの中の私は、家族と楽しそうに笑っていた。だから、そのことをお兄ちゃんに相談したの」

 「そしたら黒崎はなんて答えたんだ?」

 「……私の記憶は間違ってない。私は、家族に愛されてなかったって」

 「アイツ……」
 
 その声は、どこか怒りが含まれていた。
 
 「どの記憶が本当か分からない。だけど……やっぱり私は、家族と上手くやれてなかったのかな」

 幻は、何か言葉を選んでいるようだった。 

 「陽菜は家族と仲が良かったよ」

 私を励ましてくれるかのように、幻はそう言った。

 「……ありがと。幻にそう言ってもらえると、少しだけ楽になった気がするよ」

 「そうじゃなくて、陽菜の家族は、陽菜を愛していた」

 「……本気で言ってるの?」

 急にそんなことを言い出すから驚いた。
 
 「私の家族を知っているの?」
 
 その言葉に、幻は少し慌てた様子を見せる。

 幻と家族について話したことはなかったはずだ。

 あ……でも初めて会った時。

 でも、詳しいことは話していない。

 だから、幻が私の家族を知っている訳がないのだ。

 「いや、そんな気がしただけだ」

 「何それ」
 
 根拠のない言葉だったけれど、幻の言葉こそ正しいのだろう。

 私の中でも、幻の言葉は正しい、幻は信じても大丈夫という気持ちが湧いてきた。

 いや、それ以上に私は最後にこの人のことを信じてみたいと、強く思った。