〜大切な親友〜

 二日後、私は再び警察署を訪れた。

 「陽菜さん。こっちだ」

 白井さんに連れられて、面会室へと向かう。

 「面会時間は十五分。面会は警察官が立ち会うことになってるからな」

 「……分かりました」

 「では、入るぞ」

 ノックの音が静かに響く。

 「黒崎さんをお連れしました」

 「……柚葉」

 「後はお願いします」

 別の刑事さんとバトンタッチのようだ。

 「それでは、お座りください」

 私は柚葉と向き合う形で座る。
 
 「……久しぶり、柚葉」

 「久しぶりって、高校時代の空きがあったことを考えれば久しぶりでもないでしょ」

 「……それもそうだよね」

 しばらく沈黙が続く。

 ダメだ……。

 時間は少ないのだから、何か話さないと。

 「陽菜ちゃんが会いに来てくれるとは思わなかったな」

 会いたいに決まっている。

 柚葉は、大切な友達だから。

 「……本当に、柚葉がやったの?」

 事件についてはあまり触れない方が良いのだろう。

 しかし、それだけは確認しておきたかった。
  
 「……うん。私がやったよ」
 
 「……どうして!」

 信じてるとはいえ、本人の口から聞いたその言葉は、重みが違うように感じる。
 
 「理由? 陽菜ちゃんを守るためだよ。陽菜ちゃんの家を燃やした可能性が一番高いのは、御影教授でしょ? それに、陽菜ちゃんは教授の秘密を知ってしまった。このままだったら陽菜ちゃんが死んじゃうかもしれないじゃん」

 「……そんなことの為に人を殺したの?」

 「そんなこと? 私にとっては重要なことなの! これがせめてもの罪滅ぼしなの!」

 罪滅ぼし?

 意味が分からない。

 ️「どういうことなの?」
 
 柚葉はしまったというような表情を見せる。
 
 「……関係ない」
 
 「関係ないってどういうこと? ねぇ、本当のことを教えてよ」
 
 「……言えない」
 
 「言えないってどうして……!」

 「黒崎さん。落ち着いてください」

 「……すみません」

 刑事さんに言われて冷静になる。
 
 「……私は陽菜ちゃんを守りたいの。だから私のことは放っておいてほしい」

 「どうして柚葉が罪を背負うことが、私を守ることになるの?」
 
 「だから、私がやったんだって……」
 
 「どうしても言えないの? 私たち親友でしょ? 私は柚葉のことを信じてるよ」
 
 「親友、ねぇ……」

 何故かハッキリとしない物言いだ。

 「私たちってさ、保育園の時からずっと一緒で、高校は別々だったけど、中学の時までは仲良しだったよね。だから、こうして大学で再会できて嬉しかった」
 
 どうして急にそんなことを言い出すのだろう。
 
 「そうだね。私も楽しかったよ」
 
 「……楽しかった? 本当にそう思ってるの?」
 
 「うん。楽しかったよ?」

 まさか柚葉はそう思っていなかったの?
 
 「……今ので確信した。陽菜ちゃん、中学時代のこと覚えてないんでしょ? 大学で再会した時に違和感を感じてたんだけど、私が陽菜ちゃんに何をしてたか全く覚えてないの?」
 
 「え……。何かされたっけ?」

 柚葉は大きなため息を吐いた。 

 「この際だからはっきり言うわ。私、陽菜ちゃんのこといじめてたの。アンタも馬鹿だよね。いじめに遭ってたのに楽しかった? 頭おかしいんじゃない?」
 
 急に柚葉の態度が変わった。
 
 その時、中学時代の記憶が一気にフラッシュバックしてきた。

 痛い……。

 苦しい……。

 辛い……。

 当時の痛みが、鮮明に蘇ってくる。

 そして、私の目の前に映っていたのは、紛れもない柚葉の姿だった。

 「ははっ! 今更思い出したの? 友達ごっこで騙されてたとかマジでウケるんですけど。陽菜ちゃんのため? はっ! 馬鹿馬鹿しい。ただ御影教授を殺したかっただけ。どう? 納得した?」

 納得なんてするはずがない。
 
 でも、柚葉が私をいじめていたのは事実だった。
 
 だけど、楽しかった記憶だって鮮明に覚えている。

 ……この記憶は嘘なの?

 「そろそろ時間です」

 モヤモヤしたまま、面会時間が終わってしまった。

 ドアに手をかけようとした時だった。

 「……陽菜ちゃん」
 
 柚葉の声で立ち止まる。
 
 「いや、何でもない……。じゃあね」

 あんなことを言ったのに、どうして悲しそうな声をしているの?

 柚葉は何かを言いかけてやめた。

 その時、彼女はどんな表情をしていたのだろう。

 その答えは永遠に知ることはないだろう。

 私は、振り返ることさえできなかったから。



***



 柚葉と会った翌日のことだった。

 朝一番に、柚葉の訃報が目に飛び込んできた。

 何者かが留置所に侵入した形跡が残っていたそうだ。

 「どうして……! どうして、柚葉まで……」

 信じられない。

 やはり、今回も現場には「Malice」という言葉が残されていたそうだ。

 つまり、犯人はまだ生きている。

 でも、一体どうして……?

 どうして私と関わった人が死んでしまうの。

 私がみんなを不幸にしているって言うの?  

 大切な人が、どんどんこの世から居なくなる。

 その現実が、何よりも辛かった。
 
 その時、お兄ちゃんの声が聞こえた。

 「悲しいの? 陽菜を虐めてたんでしょ?」

 確かにそうだ。

 だけど……それでも!

 「それでも……! 柚葉は大切な親友だった」

 「……本当、陽菜ってよく分からない」

 何かを呟くお兄ちゃんの声が聞こえる。

 「もし、お兄ちゃんまで死んじゃったら……」

 !!

 何を言っているの?

 言いかけてハッとなる。

 「ごめん……。今のは不謹慎だったよね」
 
 「いや、大丈夫だよ。俺はそう簡単には死なないから」

 今までなら、「俺を勝手に殺すな」と、冗談交じりな言葉が返ってきただろう。

 真面目に答えてくれるところを見ると、本気で心配してくれているんだな。
 
 「でも、本当に犯人は誰なの……。このままじゃ、また被害が出ちゃうじゃん」

 「心当たりはないのか?」

 「あるわけないじゃん。怪しい人も殺されちゃった訳だし」

 「……案外、犯人は近くに居るのかもな」

 近くに……? 

 「そんな怖いこと言わないで!」
 
 「ごめんごめん。でも、陽菜なら大丈夫だ。俺が守ってやるからな」
 
 その言葉は、不安な私の心を落ち着かせた。

 私のせいで、お兄ちゃんにもしものことがあれば元も子もないが、今はただ、その言葉に(すが)ることしかできなかった。



 柚葉のお葬式の日が決まった。

 どうするか迷ったが、さすがに参列することにした。

 会場に着くと、何人か知っている顔があった。

 中学時代の同級生だった。

 同じ高校に進学した人は居なかったので、彼らとは久しぶりに会う。
 
 その時、何やら人だかりができていることに気が付いた。

 「あいつが……! あいつのせいだ!」

 その中心で騒いでいる人と目が合う。

 「……陽菜」

 「杏奈……ちゃん」

 彼女は、柚葉と仲が良かった。
 
 「あんただろ! 陽菜が殺したんだろ! 中学の時の腹いせで!」
 
 「……っそれは、違う」

 ️何故か強く否定できない自分が嫌で堪らなかった。
 
 確かに、柚葉にいじめられていた記憶を思い出した時は辛かった。

 一瞬、柚葉を恨んでしまったが、それでも彼女は大切な親友だった。
 
 でも……。

 本当に私が犯人じゃないって言い切れるのかな?

 実は、昨日のことはあまり覚えていない。

 柚葉と別れてから……私はどうしたんだっけ?
 
 この記憶の曖昧さが、私を一番不安にさせる。
 
 そんなことを考えていると、一人の綺麗な女性が話しかけてきた。

 ️「……陽菜だよね?」️

 「あなたは確か……玲香?」

 彼女の目にも涙が浮かんでいた。 
 
 「覚えててくれたんだね。あの時は……」

 「良いよ。もう過ぎたことだし」

 私は彼女の言葉を遮るように話す。

 彼女はいじめの主犯格だった。

 今更謝られたところで何になるの?

 もう何年も前の話だし、最近まで忘れていたことだよ。

 正直、柚葉の件がなければ、彼女とは一生会うことはなかっただろう。
 
 「許してくれなんて言わない。私のこと憎んで当然だと思う。だけど、これだけは訂正しておきたくて」
 
 「……何?」
 
 「柚葉は、陽菜を守ろうとしたんだよ」

 「……は?」

 ️いじめが、どうして私を守ることになると言うのだ。

 親友に裏切られて辛かったのに、それは守るためだったって?
 
 「……私が命令したの。柚葉がやらないなら私がやる。どうなっても良いのかって。柚葉は最初は断っていた。でも、脅していくうちに、自分が恨まれても陽菜を守れるならって、私の命令に従うようになったの」

 それのどこが守ってるって言うのよ。

 確かに、柚葉には跡が残るほど強く殴られることはなかった。

 でも、相手は親友だと思っていた柚葉だ。

 それなら、どんなに跡が残っても、赤の他人である彼女に殴られた方がよっぽどマシだった。

 それでも……。 

 「……それでも、いじめていい理由にはならないでしょ」
 
 「……ごめん。この歳になってからじゃないと気付けなかったなんて。私、あなたに嫉妬していたの。頭も良いし、運動もできる。何より、家族みんな仲が良くて……。私の家族はそれほど仲が良くなかったから、羨ましかったの」

 家族と仲が良かった……?

 彼女によると、入学当初の私は、毎日のように家族の話をしていたそうだ。

 しかし、いじめがエスカレートするにつれ、家族の話をすることはなくなった。

 そもそも、いじめている人に自分のことを話すわけはないが、入学当初は家族の話を良くしていたという部分が気になる。

 私は、家族と仲が悪かったんじゃないの?  

 「だから、恨むなら私を恨んで。柚葉のことは許してあげて」

 許すなんて、そんなことができるだろうか。

 そんなことを思いながらも、気が付けば私は涙を流していた。

 どうして……。

 どうして柚葉が死んでしまったの?

 あの時、柚葉は何を言おうとしたの?

 どうして最後に振り返ってあげなかったの?

 後悔しても遅い。

 彼女は、既にこの世に居ないのだから。

 柚葉は、私を一番傷つけた人。

 それ以上に、私を一番幸せにしてくれた人だった。