〜信じていた人〜
「ここで速報です。桜庭大学の教授が殺害された事件について、進展がありました。犯人と名乗る十九歳の女が、自首をしました。現在、女は取り調べを受けており、警察は慎重に捜査を進めています」
「犯人、自首したんだ」
十九歳……。
私と同い歳じゃん。
そんな人が殺人をするなんて、正直信じ難い。
「陽菜、ご飯できたぞ……って、は?」
「どうしたの?」
お兄ちゃんは料理を持ったまま固まっている。
「……どういうことだ」
「……お兄ちゃん?」
その顔は、信じられないという驚きを滲ませていた。
その時、突然スマホが鳴った。
「あ……幻からだ。ちょっと出てくるね」
「……あぁ」
お兄ちゃんは、何か言いたそうな表情をしていたが、「先に食べてていいよ」と伝えると、ご飯に手をかけ始めた。
「もしもし? 急にどうしたの」
『……大変だ!』
電話の向こうから、焦った声が聞こえる。
「どうした? そんなに慌てて」
『陽菜、ニュース見たか?』
「教授の事件のこと? なんか犯人が自首したみたいだね。安心した」
『そうじゃなくて……! ネットの記事読んでみろ!』
何をそんなに急いでいるのだろう。
不思議に思いながらも、言われた通りにネットの記事を漁ってみる。
テレビと似たような内容が書かれた記事を見つけた。
「……何、これ」
記事を読み進めると、コメント欄には信じられないような文章が溢れていた。
"この犯人、桜庭大学の学生らしいよ"
"そうそう。なんか黒崎教授が居るから進学したらしいけど、入学前に亡くなったじゃん"
"あーその話ね。うちの大学でも結構有名だよ。黒崎教授と御影教授が良く言い争ってたみたいで、黒崎教授を殺したのが御影教授なんじゃないかなって噂されてる"
"それってつまり、復讐ってこと? 怖っ。完全に洗脳されてんじゃん"
"そう言えば、犯人の名前「月城柚葉」らしいよ"
ガタッ
嘘……でしょ。
柚葉が犯人だって言うの……?
それにこの内容、きっとうちの大学の生徒が書いたものだ。
噂好きの奴らが、ゴシップを嗅ぎ付けて好き勝手話すことは良くあることだ。
しかし、こんな身近な人をどうして簡単に侮辱することができるだろうか。
情報が多すぎて頭がパンクしそうだ。
その時、何かを感じたのかお兄ちゃんがこちらに顔を出した。
「……陽菜? おい、陽菜! 落ち着け!」
「無理だよ……! 柚葉が犯人? そんなわけないじゃん! それにこの書き込みはなんなの! 消して! 消してよ……!」
お兄ちゃんは私を静かに抱きしめる。
「まずは落ち着け。それに柚葉ちゃんは犯人じゃないって信じてるんだろ?」
「……うん」
「なら、彼女を信じてやれ。陽菜が信じたいことを信じるんだ」
そう言いながら、私の背中を優しくさすってくれる。
しばらくして、いくらか呼吸が落ち着いたところで、お兄ちゃんは体を離す。
「……お兄ちゃんは?」
「ん?」
「お兄ちゃんも、柚葉は犯人じゃないって信じてるよね?」
「……あいつが犯人なわけないだろ」
何故かその声は暗いものだった。
その理由は分からなかったが、お兄ちゃんが言うのならきっと正しいのだろう。
いや、もしかしたらそう自分に言い聞かせていただけなのかもしれない。
翌日、私は警察署へと向かった。
お兄ちゃんに話すと絶対に止められると思ったので、一人でこっそりと向かう。
でも、警察署なんて来たことがないからどうすれば良いか分からない。
入口付近でウロウロしていると、一人の警官に声をかけられた。
「どうかしましたか?」
「あっ……えっと……。私、黒崎陽菜と言います。その……月城柚葉さんの件でお話があって来ました」
「黒崎……。あぁ! 月城さんのご友人の方ですね。それでしたら、只今担当の刑事を呼んで参りますので、少々お待ちください」
そう言われて、応接室へと案内された。
待っている間、一秒が一分。
一分が一時間のように感じられた。
そのくらい、私は緊張していたのだ。
その時、ノックの音が聞こえた。
思わずスっと背筋が伸びてしまう。
「陽菜さん、待たせたね」
「いえ、そんな……。お忙しい中すみません」
「良いんだ。これも捜査の一環のようなものだからね」
捜査……。
てことは、本当に柚葉は自首したんだ。
「あの……! 単刀直入に聞きますが、本当に柚葉が犯人なんですか?」
白井さんは目を丸くしている。
「本当にストレートに聞いてくるね。先日、月城さんが自首をしてきた。今はまだ、捜査の段階だ。取調べをしているところなんだ。まだ起訴はされていない」
️
「そう……ですか。柚葉が犯人じゃない可能性もあるってことですよね?」
「実はこちらとしても、彼女は白ではないかと考えている」
白井さんの話によると、柚葉は「御影教授を恨んでいた」「御影教授はパワハラ気質があって、それに耐えられなかった」などと、動機を詳細に話しているそうだ。
しかし、いざ事件について質問をすると、曖昧にしか答えることができなかったとのことだ。
「現場を隅々まで捜索したところ、『Malice』という言葉が残されていたんだ。この話は聞いてたか?」
「……はい。放火の時と同じですよね」
「あぁ。だからこの二つの事件は、同一犯だと考えている。月城さんはそっちの事件に関しては何も知らない、関与していないと言っている」
偶然同じ言葉が残された可能性や、複数犯と可能性は低いってことか……。
「だから、彼女は誰かを庇っているのではないかと我々は考えている」
「……庇う?」
「こちら側としては、彼女は犯人ではないと考えている。でも、何かを知っているのは確実だ。もしかしたら真犯人を直接見たのかもしれない」
「そこまでして庇いたい人って……」
柚葉が自分を犠牲にしてでも守りたい人……。
「それはまだ分からない。だから今は、彼女から話を聞くのが優先だ。慎重に捜査を進めるよ。冤罪を生むわけにはいかないからね」
……そうだよね。
これは私たち一般市民がどうこうできる話ではない。
詳しい捜査は警察にお願いして、私はただ真実が明らかになるのを望むことしかできない。
「……柚葉に会えますか?」
一回くらいは、柚葉と直接話したかった。
「今はまだ無理だ。明後日には面会できるようになるから、二日後の同じ時間にまた署に来てくれるか?」
「分かりました」
この二日間が、私にとってはとても長い時間に感じられた。
一体、どんな顔で会えば良いというのだろう。
それに、柚葉は誰を守ろうとしているの?
疑問はますます膨らむばかりだった。
柚葉に会えたなら、少しは気が晴れるのだろうか。
いや、この事件はそう簡単には解決できない。
ただの勘だけれど、私はそう感じた。
「ここで速報です。桜庭大学の教授が殺害された事件について、進展がありました。犯人と名乗る十九歳の女が、自首をしました。現在、女は取り調べを受けており、警察は慎重に捜査を進めています」
「犯人、自首したんだ」
十九歳……。
私と同い歳じゃん。
そんな人が殺人をするなんて、正直信じ難い。
「陽菜、ご飯できたぞ……って、は?」
「どうしたの?」
お兄ちゃんは料理を持ったまま固まっている。
「……どういうことだ」
「……お兄ちゃん?」
その顔は、信じられないという驚きを滲ませていた。
その時、突然スマホが鳴った。
「あ……幻からだ。ちょっと出てくるね」
「……あぁ」
お兄ちゃんは、何か言いたそうな表情をしていたが、「先に食べてていいよ」と伝えると、ご飯に手をかけ始めた。
「もしもし? 急にどうしたの」
『……大変だ!』
電話の向こうから、焦った声が聞こえる。
「どうした? そんなに慌てて」
『陽菜、ニュース見たか?』
「教授の事件のこと? なんか犯人が自首したみたいだね。安心した」
『そうじゃなくて……! ネットの記事読んでみろ!』
何をそんなに急いでいるのだろう。
不思議に思いながらも、言われた通りにネットの記事を漁ってみる。
テレビと似たような内容が書かれた記事を見つけた。
「……何、これ」
記事を読み進めると、コメント欄には信じられないような文章が溢れていた。
"この犯人、桜庭大学の学生らしいよ"
"そうそう。なんか黒崎教授が居るから進学したらしいけど、入学前に亡くなったじゃん"
"あーその話ね。うちの大学でも結構有名だよ。黒崎教授と御影教授が良く言い争ってたみたいで、黒崎教授を殺したのが御影教授なんじゃないかなって噂されてる"
"それってつまり、復讐ってこと? 怖っ。完全に洗脳されてんじゃん"
"そう言えば、犯人の名前「月城柚葉」らしいよ"
ガタッ
嘘……でしょ。
柚葉が犯人だって言うの……?
それにこの内容、きっとうちの大学の生徒が書いたものだ。
噂好きの奴らが、ゴシップを嗅ぎ付けて好き勝手話すことは良くあることだ。
しかし、こんな身近な人をどうして簡単に侮辱することができるだろうか。
情報が多すぎて頭がパンクしそうだ。
その時、何かを感じたのかお兄ちゃんがこちらに顔を出した。
「……陽菜? おい、陽菜! 落ち着け!」
「無理だよ……! 柚葉が犯人? そんなわけないじゃん! それにこの書き込みはなんなの! 消して! 消してよ……!」
お兄ちゃんは私を静かに抱きしめる。
「まずは落ち着け。それに柚葉ちゃんは犯人じゃないって信じてるんだろ?」
「……うん」
「なら、彼女を信じてやれ。陽菜が信じたいことを信じるんだ」
そう言いながら、私の背中を優しくさすってくれる。
しばらくして、いくらか呼吸が落ち着いたところで、お兄ちゃんは体を離す。
「……お兄ちゃんは?」
「ん?」
「お兄ちゃんも、柚葉は犯人じゃないって信じてるよね?」
「……あいつが犯人なわけないだろ」
何故かその声は暗いものだった。
その理由は分からなかったが、お兄ちゃんが言うのならきっと正しいのだろう。
いや、もしかしたらそう自分に言い聞かせていただけなのかもしれない。
翌日、私は警察署へと向かった。
お兄ちゃんに話すと絶対に止められると思ったので、一人でこっそりと向かう。
でも、警察署なんて来たことがないからどうすれば良いか分からない。
入口付近でウロウロしていると、一人の警官に声をかけられた。
「どうかしましたか?」
「あっ……えっと……。私、黒崎陽菜と言います。その……月城柚葉さんの件でお話があって来ました」
「黒崎……。あぁ! 月城さんのご友人の方ですね。それでしたら、只今担当の刑事を呼んで参りますので、少々お待ちください」
そう言われて、応接室へと案内された。
待っている間、一秒が一分。
一分が一時間のように感じられた。
そのくらい、私は緊張していたのだ。
その時、ノックの音が聞こえた。
思わずスっと背筋が伸びてしまう。
「陽菜さん、待たせたね」
「いえ、そんな……。お忙しい中すみません」
「良いんだ。これも捜査の一環のようなものだからね」
捜査……。
てことは、本当に柚葉は自首したんだ。
「あの……! 単刀直入に聞きますが、本当に柚葉が犯人なんですか?」
白井さんは目を丸くしている。
「本当にストレートに聞いてくるね。先日、月城さんが自首をしてきた。今はまだ、捜査の段階だ。取調べをしているところなんだ。まだ起訴はされていない」
️
「そう……ですか。柚葉が犯人じゃない可能性もあるってことですよね?」
「実はこちらとしても、彼女は白ではないかと考えている」
白井さんの話によると、柚葉は「御影教授を恨んでいた」「御影教授はパワハラ気質があって、それに耐えられなかった」などと、動機を詳細に話しているそうだ。
しかし、いざ事件について質問をすると、曖昧にしか答えることができなかったとのことだ。
「現場を隅々まで捜索したところ、『Malice』という言葉が残されていたんだ。この話は聞いてたか?」
「……はい。放火の時と同じですよね」
「あぁ。だからこの二つの事件は、同一犯だと考えている。月城さんはそっちの事件に関しては何も知らない、関与していないと言っている」
偶然同じ言葉が残された可能性や、複数犯と可能性は低いってことか……。
「だから、彼女は誰かを庇っているのではないかと我々は考えている」
「……庇う?」
「こちら側としては、彼女は犯人ではないと考えている。でも、何かを知っているのは確実だ。もしかしたら真犯人を直接見たのかもしれない」
「そこまでして庇いたい人って……」
柚葉が自分を犠牲にしてでも守りたい人……。
「それはまだ分からない。だから今は、彼女から話を聞くのが優先だ。慎重に捜査を進めるよ。冤罪を生むわけにはいかないからね」
……そうだよね。
これは私たち一般市民がどうこうできる話ではない。
詳しい捜査は警察にお願いして、私はただ真実が明らかになるのを望むことしかできない。
「……柚葉に会えますか?」
一回くらいは、柚葉と直接話したかった。
「今はまだ無理だ。明後日には面会できるようになるから、二日後の同じ時間にまた署に来てくれるか?」
「分かりました」
この二日間が、私にとってはとても長い時間に感じられた。
一体、どんな顔で会えば良いというのだろう。
それに、柚葉は誰を守ろうとしているの?
疑問はますます膨らむばかりだった。
柚葉に会えたなら、少しは気が晴れるのだろうか。
いや、この事件はそう簡単には解決できない。
ただの勘だけれど、私はそう感じた。