〜重ねられる嘘〜

 「続いてのニュースです。昨日、桜庭大学の教授である御影和樹が研究室で亡くなっているのが発見されました。御影教授は、パワハラ、不正疑惑が上がっており、捜査が入る矢先の事件でした。桜庭大学では昨年も教授が亡くなっており、警察は関連性を含めて捜査を進めています」



***



 大学に行くと、何やら医学部の方が騒がしかった。

 「どうかしたんですか?」

 私は、近くに居た学生に尋ねた。

 「あなた、ニュースを見てないの?」

 「ニュース……?」

 今日は起きるのが遅くなってしまい、急いで準備をして家を飛び出した。

 だから、テレビを観る余裕などなかったのだ。

 「御影教授が亡くなったらしいの」

 「えっ……!」

 御影教授が……?

 耳を澄ますと、様々な声が聞こえてきた。

 「どうやら即死だったらしい」

 「医学の知識あるやつの可能性があるって聞いたぞ」

 「マジ? ウチらの中に犯人いるとか? 怖ぁ……」

 「そういえば、御影教授不正してたらしいよ」

 「やっぱり? それなのに黒崎教授に罪をなすりつけようとしてたのね」

 「誰の恨み買ったんだろうな」 

 みんなが口々に御影教授を非難する。

 確かに私も苦手な教授だったけど、亡くなったって言うのに、ここまで言うものなの?

 私は、その現実が恐ろしく感じた。

 「ねぇ、あなた大丈夫? 顔色悪いけど」
 
 「だっ、大丈夫……です」

 一体何があったというのだ。

 気が付くと、私は研究室の方に向かって走っていた。

 「ちょっと! どこに行くの!」

 そんな声が聞こえた気がしたが、今の私の耳には届かなかった。



 研究室の辺りには警察が沢山居た。

 やっぱりこれは、自然死ではなく事件だったんだ。

 その時、一人の刑事に声をかけられた。

 「どちら様ですか?」

 「あっ……えっと、ここの学生です」

 「そうですか。こちらにはどのようなご用件で」

 確かに。

 ここに来て何ができるというのだ。

 「高橋(たかはし)、誰か来たのか?」

 「ここの学生らしいです」

 「医学生か? ……って、陽菜さんか。どうしたんだ?」

 そう言ったのは、白井さんだった。

 「先輩、この子知り合いですか?」

 「あぁ、捜査の関係でちょっとな。黒崎達也さんの娘さんだ」

 「黒崎達也って……あぁ! いや、すみません。大変失礼しました」

 「いえ、大丈夫です」

 お父さんの名前を出しただけで態度が変わった。

 今更だけど、お父さんって本当に有名人だったんだな。

 「でも、御影教授は黒崎教授に不正をなすりつけようとしていたと聞きました。その腹いせでうっかり……ってことはありませんか?」 

 「……えっ?」

 「こら! 高橋、根拠もなく疑うのは失礼だろ!」

 びっくりした。

 急に疑われるのとか、慣れていない。

 「ごめんな。コイツまだ新人で、疑り深いのは別に良いんだけどな。ただ、たまに度が過ぎることがあるんだ」

 新人さんだったのね。

 さっきは驚いたけれど、なんだか正義感の強そうな人だな。

 「ちなみに、陽菜さんは昨日の午後は何をしていたかのな?」

 「えっと、昨日は……」

 「あぁ、疑ってる訳じゃなくて、一応これも捜査の一環だからな」  

 そうだよね。

 えっと……昨日は……。

 昨日の午後……。

 「……」

 「陽菜さん?」

 「昨日は俺と一緒に居ました」

 !!

 後ろからお兄ちゃんの声が聞こえた。

 「……お兄ちゃん」

 「碧さんの話は本当かね?」

 「はい。昨日講義が終わったら、直ぐに家に帰りました。だよな?」

 「……はい」

 正直、昨日のことはあまり覚えていないから、嘘を付いているようで後ろめたさを感じる。

 でも、仕方がないよね。

 昨日は疲れて直ぐに寝ちゃったし、それこそお兄ちゃんが嘘を付く理由はないから、本当のことなのだろう。

 「そうか。ところで碧さんはどうしてここへ?」

 「妹を探してたんです。ここに居るという話を聞いたので」

 「それは引き止めて悪かったね。高橋! 二人を外まで送ってやれ」

 「え! 大丈夫ですよ!」

 「良いからいいから。高橋、頼んだぞ」

 「分かりました」 

 そうして、高橋さんに連れられて私たちは玄関へと向かった。

 「そういえば二人とも、"Malice"って言葉に心当たりあったりします?」

 「Maliceって、放火の時の……」

 「やっぱそう思うよね。実は、今回もその言葉が残されていたんです」

 Malice……。

 何かものを表しているのか、それとも名前なのか。

 いずれにせよ、犯人の手がかりになるものに違いはなかった。

 しかし、あえてその言葉を残した理由はなんだろう。

 バレたくないのなら、その言葉は残さないはずなのに。

 証拠は一切残さないのに、「Malice」という言葉だけを残すのは、どう考えても不自然だった。

 「ここまでですね。貴重なお話、ありがとうございました」

 「あまり、お力になれませんでしたが」

 その時、人混みの中からこちらへ向かってくる人に気付いた。

 「陽菜っ……! と、刑事さん」

 「いや、俺も居るんだけど」

 幻……あからさまにお兄ちゃんを無視するのね。

 「君は……」

 「取り乱してすみません。八神幻です」
 
 「あぁ、あなたが。八神さんは御影教授の死亡推定時刻の直前にお会いしていたと聞きましたが」

 「……俺を疑ってますか?」

 「……あ。またやっちゃった。すみません。ぶしつけでしたね。自分の疑り深い性格が嫌になります」

 「いえ、怪しい行動をした俺も悪いですから。でも、疑り深いのは悪いことではないと思います」

 「八神さん……!」

 まるで神を見るかのような目つきだった。

 高橋さん、すごく純粋な人なんだな。

 そして高橋さんは現場へと戻った。 

 「それで、陽菜がどうしてここに居るんだ?」

 やっぱりこのまま帰してもらえないよね。

 「それは……なんか警察が集まっていたから」

 「だからって……!」
 
 「ねぇ、さっきから陽菜にばっか言ってるけど、君こそどうしてここに居るのかな? 赤の他人の割には、陽菜を気にしているみたいだね。見られたくなかった?」

 「こんな悲惨な光景、見ない方が良いのは当たり前だろ。黒崎こそまさか、陽菜をここに連れてきたとかじゃないよな?」

 何故か喧嘩腰の二人。
 
 「とっ……とりあえずここから離れよ。人目もあるし……」

 私は周りからの視線が気になった為、一刻でも早くこの場を去りたかった。

 「陽菜、申し訳ないけど、俺この後用事あるから先に失礼するな」

 「分かった」

 そうして、お兄ちゃんは早めにその場から立ち去る。

 私たちも、自分の心理学部エリアに向かって歩き出した。



 二人っきりになり、少し気まずい空気が流れたところで幻が口を開いた。

 「……なぁ、黒崎のことだけど、あまり信用しない方が良いと思うぞ」

 「どうして? 私のお兄ちゃんだよ?」
 
 「……それでもだ。今は、誰も信用しない方が良い」

 誰も信用しないって……。
 
 「意味が分からない。お兄ちゃんが犯人だって言いたいの?」
 
 「そこまでは言ってないだろ。それでも、何か危険なものを感じるんだ」
 
 「そう? むしろ前より雰囲気が柔らかくなったし、私は今のお兄ちゃんの方が好きだな。確かに、たまに不思議なことを言うけど、そこまで気にしてないよ」

 「今の兄が好き……か」

 何故か幻は悲しそうな表情を浮かべていた。

 「それより、お兄ちゃんのことは私がが一番良く知っているから。だから私はお兄ちゃんを信じてる」

 「黒崎のことは黒崎が一番よく知ってると思うけどな」

 「それは当たり前でしょ! お兄ちゃんを除いたら私が一番だよ」

 そんなやり取りが続いたが、私のモヤモヤは晴れないままだった。

 気にしないようにしても、さっきの幻の言葉が頭から離れない。

 "誰も信用するな"

 確かに、犯人が身近に居る可能性がある。

 誰も信じるなって……。

 幻のことも信じちゃいけないの?



 その後の講義はなんとか無事終えることができた。

 今日は柚葉を誘って一緒に帰ろうかな。

 そう思った私は、改めて医学部エリアへと向かう。

 「あ! 柚葉!」

 「ひ、陽菜ちゃん? びっくりしたぁ……」

 「そこまで大きな声出してないけどね。何してたの?」

 柚葉は、エリアに向かう途中にあるベンチに座っていた。

 何やら考え事をしていたようだ。

 「ううん。ただ、ボーッとしてただけ。それより、どうしたの?」

 「今日、一緒に帰らない?」

 「もちろんいいよ!」

 柚葉が立ったところで、お兄ちゃんの声が聞こえた。

 「陽菜と柚葉ちゃんじゃん。今から帰りか?」

 「うん。お兄ちゃんはあと一コマあるんだよね」

 「あぁ、気を付けて帰れよ」

 「じゃあ柚葉、帰ろうか。……柚葉?」

 柚葉はまたボーッとしていた。

 「……えっ、あ、ごめん! 陽菜ちゃん、少し碧先輩に話あるんだけど、待っててもらっても良い?」

 「俺に?」

 お兄ちゃんに話なんて何をするのだろう。

 まさかこのタイミングで告白……は、ないだろうし。

 「良いよ。じゃあここで少し待ってるね」

 「そんな遠くでは話さないから。先輩、ちょっとこっちです」

 そう言って柚葉は、少し離れたところにお兄ちゃんを連れて行く。

 声は聞こえないけれど、顔ははっきりと見える場所だった。

 「何話してるか気になる……。でも盗み聞きはダメって言われたし……」

 私は、気になる気持ちを必死で抑えた。

 「……お前、何考えてんだ」

 ……え?

 何故か、その言葉だけははっきりと聞こえた。

 今の低い声、お兄ちゃんのだよね?

 ますます内容が気になっちゃうじゃん。

 程なくして、二人はこちらに戻ってきた。

 思ったよりも長い会話だった。

 「お待たせ! それじゃあ帰ろうか」

 「う、うん」

 「先輩も、さようなら」

 「……あぁ」

 そこには、さっきの笑顔はなかった。

 ずっと、二人で何を話していたのかを聞きたかった。

 でも、聞いても何も教えてくれない気がした。

 それに、柚葉のことを疑いたくない。

 だから私は、何ごともなかったかのように柚葉に接するしかなかった。

 その選択が間違いだったと分かったのは、ほんの数日後のことだった。