日がすっかり落ちた河川敷。暗い夜道を、涼真と亮介はふたり並んで歩いていた。薄い三日月がぽつんと空に昇っている。涼真は自転車を押しながら、亮介は暗いのに足元は見ず、空を見上げて歩く。
「あした、村山さんと会う約束をしてたんだ」
 こぼすように涼真が言うと、亮介は「マジか!」と嬉しそうに飛び跳ねた。
「デートじゃん。やったな」
「いや、でも……行くのはやめようかなって思って」
「え? なんで?」
「なんでって、もし、本当に四年の時差があったとしたら、村山さんにとってデートの約束をしたのは四年前のあしたってことだよね? その頃の僕はまだ中学生で、約束なんてまだしてないし、すっぽかしちゃったことになるしさ」
 おかしいね、と涼真は笑う。自分がなにを言っているのかさっぱりわからない。
「だから、会いに行かないってことか?」
 亮介は急に歩みを止める。
「僕が行っても、村山さんは来ないんじゃないかなって思うんだよね」
「お前、怖いんだろ? 会うのが」
「……怖い? なんで?」
 怖くなんてない。だって、少し前までは毎日会って他愛のない話をしていた。ふたりっきりで会って、花火もした。どうして今更、怖がる必要があるのか。
「会いに行けよ」
「いいや、きっと来ないよ」
 こんなことになるなら、村山さんと会う約束をしたなんて亮介に言わなければよかった。
 そう思いながら、涼真は返事を返す。
「向こうだって、四年時間がずれてたって気づくかもしれないだろ?」
「いや、おかしいでしょ。気づいたところで、だよ」
「なんでみんな否定するんだよ。好きって、認めろよ」
「え?」
「誤魔化すなよ。お前は、村山七海が好きなんだろ? そんなの、誰が見たって明白なんだから、誤魔化すなよ」
「……いや、こんなのおかしい」
「おかしくねぇよ。別に誰が誰を好きになったっていいんだよ。出会い方がちょっと普通じゃなかったとしても、お前は村山七海が好きなんだ」
「そんなこと、亮介には関係ないじゃないか!」
 思わず、涼真は大声を出した。
 そして慌てて「ごめん」と謝る。
 好きという感情を持っていいのか、写真の村山七海は本当に自分が会っていた村山さんなのか、涼真にはわからなかったし、なにも確信できなかった。
「村山七海が夢だと思って、実はほっとしたんじゃないか?」
「そんなことないよ」
 村山さんがいないとわかって、大きなショックを受けた。それは間違いない。
「じゃあ、だったらなんで村山七海が存在するって聞いて、両手挙げて喜ばないんだよ」
「だってそれは、四歳も年上で、本当に僕が会っていた村山さんかどうかわからないし」
「認めろよ、怖いって。自分の気持ちと向き合うことも、村山七海と会うことも怖いって」
 亮介の言葉に、涼真はなにも言い返せなかった。
 図星だった。確かに、怖かった。村山七海という人は涼真が作り出したただの夢で、もうどう頑張っても会うことはない存在だったなら、涼真は自分の恋と向き合う必要はない。でも、村山七海が実在する人物だったら。亮介まで巻き込んで、村山七海を探し出し、向き合う他ない。逃げ出すことはできないのだ。
「あしたしかないんだ。もし、本当に四年の時差があったとして、村山七海は三回もデートをすっぽかされてるんだぞ? お前には一か月程度の話かもしれないが、あっちは四年も前の出来事になってるんだよ。もし、それでも村山七海が来てくれたら、どうするんだよ?」
「そんな……来るはずないよ」
「だったら、お前も一度くらい、デートにすっぽかされて来いよ」
 亮介は震える涼真の前に立って、思いっきり両頬を叩いた。びっくりして涼真は目を見開く。
「好きな人と、もう二度と会えなくなってもいいのか? 嫌だから、探したんだろ、あんなに必死になって。後悔してほしくないんだ、親友として」
 亮介は「しっかりしろ」ともう一度、今度は軽く両頬を叩く。
「もし村山七海が来なかったら、俺が誕生日ケーキ買ってやる」
 その一言に、涼真は笑った。
 友達というものがどんなものか、これまでよくわかっていなかった。でも、こんなにもいいものだとわかっていたら、もっと早く友達を作ればよかったかもしれない。いや、でも友達になるなら亮介しかいない。
 そう思って、言わずに心の中だけにとどめておいた。言ったら、亮介は「気持ち悪いな」と笑い飛ばすだろう。涼真にはわかっていた。