涼真は夏休みの間、毎日毎日夜遅くまで物語を紡ぎ出した。もしかしたらまた会えるかもしれない、七海のために。七海に読んでもらうために。
 亮介とはよく会うようになっていた。お互いの家を行き来したり、図書館で夏休みの宿題を片付けたりした。
 夏休みがもうすぐ終わる頃、物語はなんとか完結を迎えた。涼真がこの夏を注ぎ込んで書いた、大切な物語だ。
 
 ――この花火が消えたら、この恋も終わる。

 ふと、あの曲が頭の中で聞こえた。
 SNSで話題になって、今では誰もが一度は訊いたことのある曲だろう。
 机の上でスマホが震える。見れば、亮介から電話だった。
「もしもし? どうした?」
「大変だ、河川敷で会えるか?」
「河川敷で……?」
 亮介の声がいつもとは違って聞こえた。なにか重大な事件でも起きたのだろうか。
 涼真は急いで河川敷へ向かった。
 八月の終わり。相変わらず恐ろしいほど毎日暑いが、日が短くなったと感じていた。夜の七時でもまだ明るかった空は、今はもういない。また出会えるのは来年だろう。
「亮介、どうした?」わからず
 訳もわからず、涼真は先に河川敷で待っていた亮介に声をかけた。自転車を降りて、止める。
「村山七海は、実在する」
「……え?」
 亮介が言った瞬間、強い風が吹いた。生ぬるい風だった。
「ど、どういうこと?」
「俺の友達がバスケ部で、そこに三年の夏目って先輩がいるんだけど、その人の姉貴の友達に村山七海って人がいるらしい」
「なんか、ちょっと遠いね」
 涼真は素直には信じられなかった。今の話だと、七海は年上になってしまう。七海は十六歳だった。十七歳になったばかりの、同い年の少女だ。
「笑い事じゃねぇよ。いたんだよ、村山七海が」
「でも、それって同姓同名とかじゃないの?」
「念のために、写真、もらってきた」
 亮介はポケットに入れていた写真を出して、涼真に手渡した。
 見るのが怖かった。手で受け取ったまま、視線は亮介に向けたまましばらく固まる。
「早く、見て見ろよ」
「……うん」
 生唾を飲んで、涼真は写真に視線を落とす。
 そこには、七海がいた。
 見知らぬ少女と並び、笑っている七海の姿がある。
「この人は、もう亡くなってるんだって。村山七海が一番の親友で、今でも家族と繋がりがあるからよく知ってるって。俺たちの四つ上で、確かにうちの高校を卒業してるって」
 おかしい。そんなはずがない。だって、村山さんは、僕と同じ高校の二年生だったはず。それが、四つも年上の人だなんて。ありえない。
「これって、どういうことだと思う?」
 混乱したまま、涼真は亮介に尋ねた。
「……昔の制服を着て、出歩いていただけ、とか?」
 亮介も考え込む。
「でも、この写真のままだったんだ、僕が会った村山さんは。二十歳で制服を着た人じゃなかった」
「だったらなおさら、おかしな話になっちまうぞ」
 それからふたりは黙ったまま、写真を見つめていた。
 四年の時差がある。そんなことは、現実では考えられない。幽霊を見るより、もっとありえない話だ。
 涼真は写真を持ったまま、日が暮れてもずっと河川敷の橋の下に座り込んだままだった。