「このご時世に、まだそんなキモいことする奴がいるんだな」
僕の目の前で、清志が呆れたように鼻で笑った。
里菜との休日から、数日が経っていたが、僕は相良の件については、社内で大きな行動をとれずに、また次の休日を迎えていた。それは仕事に忙殺されていたからといえば聞こえはいいが、その実、どうすればいいのか手立てが見つからなかっただけだった。
相良は、一見すると何事もないように振る舞って、仕事をこなしている。神田川と僕は接点すらない。早くもふん詰まりとなった僕は、シバイヌにはなんの関係もない清志をカフェに呼び出して、相談を持ちかけたのだ。
「ただ、どれも確証がないんだ。更衣室はともかく、冷凍庫の件は、神田川がやったという証拠はない。それに、上司が部下を怒鳴りつけたりするのなんて、正直シバイヌではよくあることだ」
仕事の性質上、体育会系タイプの人は、圧倒的に多い。そういう人達は、学生時代から、上下関係はびっちりと叩き込まれているだろうから、目上の人の言うことにはなかなか逆らえないものだ。僕も、相良の立場だったとしたら、上司に一方的に怒られたとしても、自分が悪かったのかなと、理不尽な状況を耐え忍ぶだろう。
「まあ、ソイツも子供じゃないんだから、アキトが首を突っ込まなくても、自分で何とかするんじゃねえの」
「そうだよね……」
僕は困って、お冷やの入ったグラスをあおった。注文したアイスコーヒーはとっくに飲み干していたけれど、何か話し足りない気がして、ピッチャーに入っているお冷やを清志のグラスにも並々と注いだ。
「おう、サンキュー」
清志もグラスを手にとり、一口水を飲む。二人の間に沈黙が流れたせいで、店内に流れているどこかで聞いたことのあるピアノのインストゥルメンタルが、耳に流れ込んできた。
「アキトの会社は、最近大きなニュースになってるから、気をつけねえとな」
清志が不穏なことを言うものだから、僕の心に再び暗雲が立ち込める。こういう時に、僕は何か気になることがあれば、しつこくそればかりを考え込んでしまう質なのだと思い知らされる。配達をしているとき、友人や彼女との時間を過ごしているとき、スーパーで夕食の材料を吟味しているとき。思考の片隅に、『気になること』が、しっかりと居座っている。パソコンやスマホで、メインの作業をこなしているときに、他のデータを立ち上げたままにしていると、ふとタスクを開いたときにたちまち画面がその情報に切り替わる。僕の心模様も、それとよく似ていた。