相良が無断欠勤を続けている。
 その事実は、瞬く間に営業所中の噂となり、僕の耳にも入ってきた。その元凶となったであろう神田川はというと、いつにも増してピリピリとしたオーラを身に纏い、忙しなく業務におわれている。おそらくは、彼の上司から、相良が来ないことへの詰問を受け、その尻拭いをしているのだろう。
「ざまあみろって感じだな」
 帰社して、代引きの荷物で受け取ったお金の入金の計算をしていた田曽井と僕は、その話で持ちきりだった。田曽井は原因不明の腹痛に襲われているとかで、朝から顔色が悪く、定期的にトイレに篭る羽目になったらしい。コンビニや公衆トイレに駆け込みまくったせいで集配業務も遅れ、珍しく僕に助けを求めてきた。心なしか、今もげっそりしているように見える。
「まあ俺も、皺寄せは喰らってるんだが」
「ご、ごめん」
 主に田曽井のコースの宅配貨物の配達を担っていた相良が来ないのだから、神田川だけでなく、田曽井や周辺の軽四ドライバーたちにも影響が及んでいる。荷物を一個配達することによって報酬が決まる委託のドライバーたちは、自分の生活がかかっているためか、すすんで協力をしてくれたらしいが、それでも元々の自分のコースの荷物もあることが前提だから、そんなにたくさんは捌けず、百近くある荷物を何人かで分担する羽目になっているのだ。
「まあでも、俺は割と神田川に押し付けてるよ。アイツも相良がこうなったのには心当たりがあるらしく、あまり断ったりはしてこないな」
 嫌味を込めた言い方だ。田曽井を含め、相良の無断欠勤で、彼を責めるものは少なかった。現場の連中は、みんな事情を知っていたというわけだ。顔色を変えて戦々恐々としているのは、その事実を知らない管理職たちだけ。とはいえ、真実が管理職の耳に入るのも時間の問題だ。あとは、誰が口を開くか。誰もが周りの様子を伺い、何よりも神田川の様子を観察し、自分に飛び火がかからないようにしているようにみえる。それだけみんな、自分のことで精一杯なのだろう。かく言う僕も、未だ行動はしていない。心の片隅には、相良を心配する気持ちが巣食っているものの、この間の更衣室での出来事がトラウマのようになっていて、告発する勇気が出なかったのだ。僕の頭の中にいる相良が、「勝手な事をするなよ」と、語気を強めて睨んでくる。だから、それが結局自分の役目になろうとは、全く想像していなかった。