キャンプから帰って数日、いつもの日常が戻ってきたかに見えましたが、そうはいかない様です。居候が増えましたから。そうです、美夏ちゃんです。
 
 はい、私の部屋が物凄く狭く感じます。ただでさえ、妖精さんがいっぱい居る部屋なのに、一人増えるだけでもすっごい圧迫感があります。だって、ワンルームですし。
 
 それで美夏ちゃんと言えば、ず~と私の部屋で引き籠ってます。今までとは真逆の様子に、私が戸惑うくらいです。

「美夏ちゃん、私の部屋って居心地が良いの?」
「うん。僕は家に居るって事が、ほどんど無かったからね。新鮮だし楽しいよ!」
「あっそ。でも、あんまり騒がないでね。迷惑かけちゃうから」
「迷惑って、どうせ隣は裕子でしょ!」
「いや、住人は裕子ちゃんだけじゃないよ!」
「そうなの? わかったよ」

 そう言いつつ、美夏ちゃんはモグと戯れてます。ちゃんとわかってくれたんでしょうか?
 まぁ、お隣の裕子ちゃんはキャンプから帰って早々に、別の場所に旅に出ました。暫く帰らないそうです。『大学は良いの?』って思います。 
 裕子ちゃんに振り回される事がなさそうですが、何だか寂しいですね。だって、裕子ちゃんと一緒に食事するのが、当たり前になってましたから。
 
 裕子ちゃんの事を好きなのかって? いつまでそのネタを引っ張るんですか? 好きですよ、友達として。勘違いしないで下さいよ、百合とかじゃないですからっ! ぜ~ったいですから!
 
「そう言いつつ、裕子に惹かれている事を自覚するのであった。それは淡い恋の始まり。やがて二人は」
「って、変なナレーションは止めてよ美夏ちゃん!」
「いやいや。裕子を思って遠くを見ている姿は、けっこう乙女だったよ」
「そんな事してないから。勘違いだから!」
「はっはっは~! そう言う事にしといてあげるね」

 お馬鹿なのです、美夏ちゃんは。気にしちゃ駄目です。きっと多感なお年頃なのです。

 まぁ何だかんだで平和な日常ですよ。妖精さん達がいて、子猫達がはしゃいでいて。騒がしくも楽しい日常ってやつですね。
 
 ですがある日の朝です。私が目を覚ました時に、部屋から妖精さん達の気配がない事に気が付きました。
 普段なら、私が起きる頃を見計らって、お料理の妖精さんが朝ごはんを作っており、美味しい匂いが漂ってきます。
 それと音楽の妖精さんが奏でる、目覚めのメロディーも聴こえます。お掃除の妖精さんが、ばたばた音を立てて掃除をしているのもわかります。
 
 目を閉じていても感じる日常の匂いや音が、その日は無かったんです。はっと起き上がった私は、部屋の中を見渡しました。
 部屋の中には、床でごろ寝している美夏ちゃんと、丸まって寝ているモグ達の姿しかありませんでした。

 私は暫く言葉を失ってました。今まで、妖精さんが私から離れた事は、一度たりとも有りません。勝手にどこか行くとしても、誰かしらが傍に居てくれました。みんなで、私から離れる事が無かったのです。

 あっけにとられて、私は呆然としてました。何が起きたか理解できない、そんな感じです。
 
「あ~、お腹空いたよ。あれ? 誰も居ないね! どこ行ったのかな? ねぇご飯は?」

 美夏ちゃんが何か言っているのが聞こえます。でも、私は気が動転してそれどころではありません。
 
「ちょっと、どうしたの? 顔が真っ青だよ大丈夫?」

 美夏ちゃんに揺らされてる感覚が有ります。きっと大丈夫ではありません。顔が真っ青とか、良くわかりません。
 
 何をどうしたら良いのか、全くわからないんです。
 ずっと居たんです。妖精さん達は、ずっと私と居てくれたんです。居なくなるなんて、考えた事も無かったです。
 どうしたら良いのか、わからないんです。
 
 気が付いたら、私は泣いてました。涙が止まりませんでした。すっごく不安で、すっごく寂しくて、すっごく切なくて。何が何だかわからずに、ただ気が動転している。そんな感じなのでしょう。
 
 ご飯が出てこないとか、お掃除どうしようとか、そんな事じゃないんです。いつも一緒に居るのが当然であった存在が、急に消えた事が問題なんです。
 
「見えなくなったのかな?」
 
 暫く時間が経って、やっと私が言えた言葉はそれでした。

「違うんじゃない? それなら、僕も一緒に見えなくなったって事だもん。もちろん子猫達にもね」
「だって!」
「それより、顔を洗ってきたら。こんなに泣きはらしちゃって」

 そう言うと、美夏ちゃんが私の頭をギュってしてくれました。また、ちょっと泣いちゃいましたけど、少し気分が落ち着いてきました。
 女の子の胸って柔らかくて、落ち着きますね。私だとそうはいかないかもしれません。

 顔を洗った私は、美夏ちゃんの提案で朝食を作る事にしました。私だって、ただ漫然とお料理の妖精さんと過ごしてきた訳ではありません。
 コツみたいなのを教わってきたんです。やれるはずなんです。こんな時こそ、食べて元気出さないと。
 
 お味噌汁とご飯に卵焼き、それとお料理の妖精さんが漬けてくれたお漬物、それが今朝の朝食です。正直、お漬物が一番おいしかったです。

「良いんじゃない? 充分おいしいよ!」
「美夏ちゃんは、何食べてもおいしいって言うし。野生児だし」
「あはは、野生児は否定しないけどね」

 私はちゃんと見てました。美夏ちゃんが、お漬物だけでご飯を三杯食べていたのを。説得力が皆無です。

「所でどうするの?」
「どうするのって、探しに行くよ」
「大学は?」
「今日は休むよ。そんな気分じゃないし」
「じゃあ、僕も手伝うよ!」
「美夏ちゃんは留守番していて。二次遭難が怖いし」
「流石に酷いよ!」 
「モグ達の世話もあるしね。まだ小さいから放っておけないんだよ」
「わかったよ。じゃあ、この子たちと遊んで待ってるね。お昼は勝手に作って食べるから」

 そして美夏ちゃんはモグを抱き上げます。遊ぶ気満々です。
 朝食を食べたら、支度をして私は外に出ました。近くのスーパーから、築地や公園に図書館など、今まで妖精さん達と行った所をくまなく探しました。
 丸一日かけて、東京中を探して回りましたけど、見つける事は出来ませんでした。バイトも休んで夜まで探しましたけど、妖精さんの足取りはわかりませんでした。
 
 妖精さん達はどこに行ったんでしょう。それとも、見えなくなっただけで、私の傍に居るんでしょうか? まさか、今までの事が夢だった?
 
 急に、私の中に不安が過ります。本当に夢だったら、今までの事が何もかもが全て夢だったら。そう思うと居ても立っても居られずに、私は走っていました。
 
 アパートに辿り着くと、部屋には明かりが点いています。もしかしてと思った私は、部屋のドアを勢いよく開けました。ですが、妖精さん達の姿はありませんでした。

「お帰り~!」

 美夏ちゃんが顔を見せてくれます。私は慌てて美夏ちゃんに詰め寄りました。

「妖精さんは?」
「居ないよ」
「もしかして夢なの? 妖精さんは夢だったの?」
「ハハハ。何をおかしなこと言ってんの? 夢な訳ないっしょ」
「だって、急に居なくなるなんておかしいよ。見えなくなっちゃったの?」
「心配しなくても、その内に帰って来るんじゃない?」
「呑気な事を言わないでよ、美夏ちゃん!」

 私はつい声を荒げてました。そんな私を美夏ちゃんは、笑って頭を撫でてくれました。

「なんも心配ないっしょ。待ってれ。帰って来んべ」
「なしてさ、心配じゃなんかい?」
「なしてもないっしょ。あんた一日かけて探したっしょ。見つかったんかい?」

 私は言葉が出ませんでした。

「したら待ってればいいしょや。なんぼあんたがけっぱっても、どうにもならんさ」
「美夏ちゃん、反則っしょ」

 美夏ちゃんの懐かしい方言で、少しホッとしたのを感じます。

「僕なんか、モグにかっちゃかれて、わやだわ」
「もう良いよ美夏ちゃん。ありがと」

 結局、その日は夕食を食べて寝ました。目が覚めたら、妖精さんが戻ってると良いなと思って。ですが、妖精さんは翌日も帰って来ませんでした。
 一日、二日と過ぎても、妖精さんは帰って来ません。美夏ちゃんは、心配するなって言いますけど、私はそう簡単にいきません。

 しかし、いつまでもさぼる訳にはいきません。私は、妖精さん達が居なくなった次の日から、大学とバイトに行きました。家事は美夏ちゃんと共同で行いました。不安でたまらない日々が続きます。

 そして、三日目の夜です。美夏ちゃんと夕食を食べている時の事でした。

「よかったね」

 ふいに、美夏ちゃんが私に笑いかけます。振り向いた私の視界には、妖精さん達が勢揃いしてる姿が映ります。

「何も言わずに何処に行ってたの? 心配するじゃない!」

 私が叫ぶと妖精さん達は、私に抱き着いてくれました。訳を聞くと、妖精さん達は集会に出ていたそうです。内容は秘密だそうです。因みに、美夏ちゃんは妖精さん達が出かける事を、サバイバルの妖精さんから聞いていたそうです。

「それなら、最初から言ってくれれば良いじゃない!」
「だから、帰ってくるって言ったよ」

 あぁ、はい。そういえば、帰って来るから待ってろとは、言ってましたね。それにしても、伝え方ってものがあると思うんですが。動揺しまくってた私に、伝わるかどうかは別として。

 とにかく、妖精さん達が帰ってきて、すごくホッとしました。なんにしても、いつもの日常が一番です。改めてそんな事を感じさせられた、数日の出来事でした。