あらゆる所に危険は存在する。交通事故の様な目に見える事故だけでは無い。仕事においても、家庭においても、軽作業から重作業まで、危険はあちこちに潜む。
 
 時に人は油断する。慣れたルーティンワークでミスを犯す。その油断が事故へ繋がり、ヒューマンエラーの原因となる。原因は油断だけでは無い。疲労、錯覚、確認不足等、様々な要因が有る。

 油断した結果、心身を損なう恐れがある。些細な油断で、命を落とす危険を孕む。自身が傷つく事、他人を傷つけてしまう事、どちらにおいても非常に損な出来事に他ならない。

 その為、必要になるのが危険予測行動である。
 
 先ず、その行動の中にどんな危険が潜んでいるかを予測する。次に、問題点が有れば、その原因を予測する。更に、その原因を対処する方法を模索する。そして、問題を起こさない様に、留意して行動を起こす。

 言うのは簡単だが、これは訓練が必要である。危険予測行動を行う事で、自己の安全に係わらず、他者の安全を守る事にも繋がるのである。
 
 
「な~んか、小難しい事言ってるけどさ~。これって要は注意しろって事でしょ?」
「裕子ちゃん。静かに聞こうよ」
「だって、退屈だもん。誰よこんなセミナーに行こうって言ったのは」
「私を誘ったのは、裕子ちゃんじゃない! 馬鹿なの?」

 裕子ちゃんに誘われて、とあるセミナーに参加しました。暇だったので付き合ったんですが、この言いようです。どう思います?

 結局、飽きた裕子ちゃんに連れられ、三時間のセミナーを一時間も立たずに退席し、現在カフェでお茶してます。裕子ちゃんには『我儘娘』の渾名を授けてあげよう。
 こんな裕子ちゃんでも、高校時代には全国模試でトップを取った事が有るそうです。妖精さんよりもファンタジーな出来事です。

 結局、何だかんだで長話をしてしまいました。そしてカフェを出ると突然の雨です。

「うそ~! 雨の予報なんて無かったよね!」

 裕子ちゃんは大声で騒ぎ立てます。しかし、私はちゃんと折りたたみ傘を持ってきました。

「あんた、何で傘持ってるのよ!」

 そんなこと言われてもね。「持ってけ」って言われたんですよ、妖精さんに。玄関を出ようとした時に、その子は折りたたみ傘を持ってフワフワ飛んで来ました。

「ねぇ。雨の予報なんて出て無いよ。傘なんて必要?」

 その子は、コクコクと頷きます。私はその子の言葉に従い、折り畳み傘をバッグに入れました。
 別に大した荷物になる訳では無いですし。結果、持ってきて良かったなと言う状況になった訳です。

 実はこの子の言う事を聞いて助かった事は、何度もあります。
 一時間早く出発しろと言われて自宅を出ると、何時も乗る電車がトラブルで運休になった事が有ります。この子のおかげで、遅刻を免れれました。

 点滅している信号を急いで渡ろうとした時に、目の前を塞がれました。そのせいで、信号に間に合わなかったんですが、その時丁度スピードを出していた車が通り過ぎたんです。無理に横断歩道を渡っていたら、その車に轢かれていたと思います。
 
 この子は、色々な危険を予測して私を助けてくれます。うっかり者の私には、欠かせない存在です。
 名付けて危険予測の妖精さん。シャープな眼差しで、いつも色んな所に目を光らせてます。

 この子のおかげで、今まで忘れ物や遅刻をした事がありません。前の夜に次の日の準備を欠かさない習慣が出来ました。電車の運行状況をチェックする癖がつきました。提出するレポートは、誤字や間違いをチェックする癖がつきました。
 細かい事かも知れませんが、そんな小さな事の積み重ねが大事なのかも知れません。

 時には、直観的に判断を下さなければいけない時は有ります。でも、準備期間が有る時は、予測し行動する事で無駄やミスを省く事が出来ます。この子には、日々大切な事を教えられています。
 
 ですけどね。裕子ちゃんの襲来は教えてくれません。きっと裕子ちゃんは妖精さんの予測を超えるんです。やつは、何者なんでしょうね。もう、魔王でいいでしょ、裕子ちゃんはさ。今日も食材を持って自宅に押しかけて来ました。 

「あんたさ、結構めんどくさい事考えてるのね。馬鹿ね」
「私は裕子ちゃんみたいに、美味しい物の為だけに生きているんじゃ無いよ」
「私のおかげで、美味しい物にありつけてる癖に、生意気!」
「裕子ちゃんのおかげってより、お料理の妖精さんのおかげよね」
「食材を提供したのは、私じゃない!」

 ほんと、めんどくさい人です。そして裕子ちゃんは、ビールを飲み始めました。酔っぱらったら、恐らく絡まれます。

 危険予測の妖精さんは、私をツンツンと突きます。わかってるよ。悪質な酔っぱらいは、寝かしてしまいましょう。こんな時は音楽の妖精さんお勧めの、睡眠用CDの登場です!
 裕子ちゃんは船を漕ぎだし、やがて寝息を立て始めました。大してお酒が強くない裕子ちゃんの、扱いやすい所です。

 危険予測の妖精さんは、尚も私をツンツンと突きます。うん、大丈夫! このまま寝かせて風邪ひかれては困ります。裕子ちゃんを横にして布団をかけてあげます。
 
 明日の朝、寝起きの裕子ちゃんを相手するのは面倒なので、事前に朝シャン用のタオルや着替え等を用意しておきます。お料理の妖精さんには、朝食二人分を頼んでおきます。子猫達が余計なちょっかいをかけない様に、飼育の妖精さんに頼んで私も寝ます。

 予想通り、翌朝裕子ちゃんは慌ててました。シャワーを浴びて、私の服を着て、一緒に食事をして、私のメイク道具を使ってメイクして、一緒に大学へ向かいます。遅刻しない様に自宅を出れたのは、全て私のおかげです。 

 感謝してよね、裕子ちゃん。

 危険予測の妖精さん曰く、今日は夕方から雪だそうです。天気予報とは違いますが、一応傘を持っていくことにしましょう。それと寄り道をせずに早めに帰る事にしましょう。
 裕子ちゃんにも伝えます。信じて無かったですけど。痛い目を見ても、わたしのせいじゃ有りません。
 
 とっても助かる危険予測の妖精さん。今日も笑顔で私を助けてくれます。
 ありがとうって声をかけると、笑顔を返してくれます。そんな姿も愛おしい。そんな存在です。