パッカー車を車庫へと戻し、報告書を提出するために事務所へ向かって歩いていると、事務所の前で、二人の男がタバコを咥えながら話しているのが見えた。一人がこれ見よがしにキンッと盛大に音を立ててライターの火を灯そうとする。
大して恰好良くもないのに、アンティークなのかただの中古なのかわからない、ミリタリーブランドのトンボ――ドラゴンフライのマークが付いた、古いオイルライターを大切そうに握っている。
「宮下、オイルが切れちまったみたいだわ、入れといてくれるか、頼むわ」
「ああ、はい。長谷部サン、火打石イシはまだよさそうっすか?」
偉そうにライターの手入れを頼む男と、ヘコヘコした下僕のようなカス。
下僕は、長谷部サンと呼んだ男からライターを受け取ると、ポケットから自分のオイルライターを取り出して、甲斐甲斐しくも火をつけてやっている。
カスの持ってる代物も、これまた小ぶりのドラゴンフライ。
こいつらが、現場の「管理者」たちだ。こっちが先に挨拶しなければ、何も言わない糞野郎ども。俺たちと目が合っても挨拶一つしようとはしない。
現場の人間が汗水流して働いてる中、やたらと現場の人間の悪口を言い、タバコとコーヒーの肴にして一日中事務所でやり過ごす。こいつらには関わりたくない。
馬鹿のくせにプライドだけは高いんだろう。たまたまその役割を与えられてるってだけで、俺たち現場の人間と何も変わりはないはずなのに、やたらと俺たちを上から見下ろしてくる下世話な奴らだ。
「お疲れ様です」
嫌々二人に挨拶を済ませ、事務所の中へ入ろうとすると、そいつらが声を掛けてきた。
「おい、D.J.お前はハンサムと仲がよかったろ? あいつに言っとけよ、店員を口説くなって。店から苦情が来てるんだ」
偉そうな男が俺に声を掛けた。こいつが件の吊るし上げられる者『ハングマン』――皆の嫌われ者の主任補佐だ。
ビックマウスという言葉は、ハングマンのためにあるようなもんだ。「俺は凄い」というアピールが会話の節々に溢れ出している。
その自慢話は殆どが大昔した仕事での話。「俺以上に仕事が出来る奴はいない」だとかなんだとか……。
済んだ話を自慢する輩にろくなやつはいない。猿のような頭の俺でもそれくらいわかる。
とにかくこいつは器の小さい男で、どちらが上でどちらが下なのか、立場をはっきりさせたい肩書かたがき至上主義者。
こんな職場で、上も下もないだろうが。くだらねえ。
「なんで俺が? 直接本人に言って下さいよ。俺はあいつの教育係でもなんでもないんで」
そういって断り、立ち去ろうとすると、もう一人のヘコヘコした男が俺に向かって怒鳴り散らした。
「おい! お前、誰に向かってその口開いてるんだ⁉ 上司の命令だろうがっ!」
こいつは、もともと俺らの同僚だった。『B.F.』だ。
ボーイフレンドでもバイフレンドでも、この際どっちでもいい。
「はぁ」俺は足を止めた。
B.F.はハングマンの隣で、ニヤニヤしながら俺を見ている。
その首には青いネックウォーマー。回収先のゴミで出たんだろうが、ハングマンが土産にB.F.に持ち帰ったのを、やたらに有り難がってそれ以来、こいつは一日も外さずにこれを着けている。操でも誓ってるつもりなのか?
いつ洗濯してるか知らないが、一生着けてろ。
とにかくこいつとハングマンは出来てるって噂だ。二人とも常に一緒に出勤し、一緒に仕事をし、そして一緒に帰っていく。ヘドが出るほどお似合いのカップルだよ。
B.F.には、俺たち可燃回収班のリーダーっていう役職が、一応ついている。以前はこいつも現場のコースを走っていた。
とろくさくて、仕事もノロマな奴だったが、ハングマンにケツを売ったことで今の地位を勝ち取ったのさ。
「でも、それは本来俺の仕事じゃなくて、可燃回収班をまとめるあんたの仕事なんじゃないのか?」
「なら、リーダーである俺からお前に命令するよ。ハンサムの奴に、今後店の店員を口説くなと言っとけよ」
本当に胸糞の悪い連中だ。
ハングマンとB.F.から離れ、事務所に入った俺は、誰もいないのを確認すると口を開いた。
「おいハンサム、聞いてたか? 店から苦情が来たからしばらくはおとなしくしてろよ」
『ああ、聞こえたよ、D.J.……しかしムカつくなあ。俺がどこで誰を口説こうが関係ないだろ? あいつら俺をコースから降ろしたいから、こんな苦情の作り話で俺に嫌がらせしたいだけに決まってるよ』
電話の向こうで怒るハンサムの声とは別に、ジャスティスやアトラス、イケモトの笑い声も聞こえる。
『お前は誰かれ構わず口説き過ぎなんだよ。どうせ知らずに店のオーナーの嫁さんでも口説いたんだろ? きっとそこから苦情が来たんだよ』
ジャスティスが口を開くと、ハンサムはそれ以上何も言わなかった。それはつまり、心当たりがあるってことなのさ。
大して恰好良くもないのに、アンティークなのかただの中古なのかわからない、ミリタリーブランドのトンボ――ドラゴンフライのマークが付いた、古いオイルライターを大切そうに握っている。
「宮下、オイルが切れちまったみたいだわ、入れといてくれるか、頼むわ」
「ああ、はい。長谷部サン、火打石イシはまだよさそうっすか?」
偉そうにライターの手入れを頼む男と、ヘコヘコした下僕のようなカス。
下僕は、長谷部サンと呼んだ男からライターを受け取ると、ポケットから自分のオイルライターを取り出して、甲斐甲斐しくも火をつけてやっている。
カスの持ってる代物も、これまた小ぶりのドラゴンフライ。
こいつらが、現場の「管理者」たちだ。こっちが先に挨拶しなければ、何も言わない糞野郎ども。俺たちと目が合っても挨拶一つしようとはしない。
現場の人間が汗水流して働いてる中、やたらと現場の人間の悪口を言い、タバコとコーヒーの肴にして一日中事務所でやり過ごす。こいつらには関わりたくない。
馬鹿のくせにプライドだけは高いんだろう。たまたまその役割を与えられてるってだけで、俺たち現場の人間と何も変わりはないはずなのに、やたらと俺たちを上から見下ろしてくる下世話な奴らだ。
「お疲れ様です」
嫌々二人に挨拶を済ませ、事務所の中へ入ろうとすると、そいつらが声を掛けてきた。
「おい、D.J.お前はハンサムと仲がよかったろ? あいつに言っとけよ、店員を口説くなって。店から苦情が来てるんだ」
偉そうな男が俺に声を掛けた。こいつが件の吊るし上げられる者『ハングマン』――皆の嫌われ者の主任補佐だ。
ビックマウスという言葉は、ハングマンのためにあるようなもんだ。「俺は凄い」というアピールが会話の節々に溢れ出している。
その自慢話は殆どが大昔した仕事での話。「俺以上に仕事が出来る奴はいない」だとかなんだとか……。
済んだ話を自慢する輩にろくなやつはいない。猿のような頭の俺でもそれくらいわかる。
とにかくこいつは器の小さい男で、どちらが上でどちらが下なのか、立場をはっきりさせたい肩書かたがき至上主義者。
こんな職場で、上も下もないだろうが。くだらねえ。
「なんで俺が? 直接本人に言って下さいよ。俺はあいつの教育係でもなんでもないんで」
そういって断り、立ち去ろうとすると、もう一人のヘコヘコした男が俺に向かって怒鳴り散らした。
「おい! お前、誰に向かってその口開いてるんだ⁉ 上司の命令だろうがっ!」
こいつは、もともと俺らの同僚だった。『B.F.』だ。
ボーイフレンドでもバイフレンドでも、この際どっちでもいい。
「はぁ」俺は足を止めた。
B.F.はハングマンの隣で、ニヤニヤしながら俺を見ている。
その首には青いネックウォーマー。回収先のゴミで出たんだろうが、ハングマンが土産にB.F.に持ち帰ったのを、やたらに有り難がってそれ以来、こいつは一日も外さずにこれを着けている。操でも誓ってるつもりなのか?
いつ洗濯してるか知らないが、一生着けてろ。
とにかくこいつとハングマンは出来てるって噂だ。二人とも常に一緒に出勤し、一緒に仕事をし、そして一緒に帰っていく。ヘドが出るほどお似合いのカップルだよ。
B.F.には、俺たち可燃回収班のリーダーっていう役職が、一応ついている。以前はこいつも現場のコースを走っていた。
とろくさくて、仕事もノロマな奴だったが、ハングマンにケツを売ったことで今の地位を勝ち取ったのさ。
「でも、それは本来俺の仕事じゃなくて、可燃回収班をまとめるあんたの仕事なんじゃないのか?」
「なら、リーダーである俺からお前に命令するよ。ハンサムの奴に、今後店の店員を口説くなと言っとけよ」
本当に胸糞の悪い連中だ。
ハングマンとB.F.から離れ、事務所に入った俺は、誰もいないのを確認すると口を開いた。
「おいハンサム、聞いてたか? 店から苦情が来たからしばらくはおとなしくしてろよ」
『ああ、聞こえたよ、D.J.……しかしムカつくなあ。俺がどこで誰を口説こうが関係ないだろ? あいつら俺をコースから降ろしたいから、こんな苦情の作り話で俺に嫌がらせしたいだけに決まってるよ』
電話の向こうで怒るハンサムの声とは別に、ジャスティスやアトラス、イケモトの笑い声も聞こえる。
『お前は誰かれ構わず口説き過ぎなんだよ。どうせ知らずに店のオーナーの嫁さんでも口説いたんだろ? きっとそこから苦情が来たんだよ』
ジャスティスが口を開くと、ハンサムはそれ以上何も言わなかった。それはつまり、心当たりがあるってことなのさ。