日の出まで後一時間といったところか?
そろそろハンサムが競技場の初日を迎える頃だ。その頃のハンサムはテンションだだ下がりで、口数も少なかったよ。本当にわかりやすい奴だ。
そのときだ、ハンサムの声が突然上擦ったんだ。
「はぁ!? どうして?」
「助けに来たぜ! サーモンピンク!」
どうやらサプライズでアトラスが競技場へ駆け付けたらしい。
「マジか! マジなのか! 俺、お前にだったら抱かれてもいいよ!」
アトラスの応援がよっぽど嬉しかったんだろう。聞いてるだけでヘドが出そうな会話に俺は笑えてきた。
「イケモトが俺の回収先を何軒か回収に行くから、お前の応援に入ってやってくれって、休みの日に電話があったんだよ。だから、済まないが俺じゃなくイケモトに抱かれてくれ」
アトラスが種を明かすと、ハンサムは「ああ! 二人とも愛してる! もうこうなったら3Pでもいい!」と、またイケモトに対して気持ちの悪いことを言い出し、俺たちはゲラゲラと笑っていた。
「俺も遠慮しとくよ。職場恋愛はしない質だ」
イケモトにもあっさり断られたハンサムだが、アトラスという助っ人を手に入れ、えらく上機嫌だ。
「おい、一回電話切るぞ? ハンサムと俺の声にエコーがかかってるみたいで気持ち悪いんだよ」
そう言うと、アトラスとハンサムは俺たちの電話から離脱する。
普段はバラバラで仕事をし、会話をする分にはあまり感じないが、同じ電話回線で繋がってる者が側にいると、すぐ側でそいつが話し、イヤホンからも同じ内容が聞こえてくるため、気持ち悪く感じる。
それを嫌がったアトラスとハンサムは電話を一旦切ったという訳だ。
アトラスとハンサムがいなくなり、イケモトと二人になった俺は彼に言った。
「やるじゃないかイケモト。まさかお前がこんなダンディズムの持ち主だったとは思わなかったよ」
イケモトは照れ笑いしながら言う。
「そうか? 俺はもともとダンディだよ。それに、今の仕事もこの可燃のメンバーも気に入ってるからな」
まったくイケモトは、どこか人の心をくすぐる術を持っているように俺には思えた。
「俺は、必ずジャスティスを連れ戻すよ……」
突然イケモトが決意じみたことを言い出す。 俺自身もジャスティスの事は引っ掛かったまま。キャプテンには話したが、どうにもならないだろう。その後ハングマンにももちろん本社にも話せていない。
「ハングマンとB.F.がネックだよな……」
「ハングマンさえ抑えれば、ホモの方はどうでもいいだろ?」
「蘊蓄博士、何か策はあるのか?」
「これから考えるよ」
きっと、今こうして俺と話してる間でさえ、イケモトはきっとハングマンを上手くやり込める方法を考えているんだろう。
「俺もジャスティスには戻ってきてもらいたいんだ。俺に出来ることがあったら、何でも協力するから」
「あぁ、充分力貸してもらってるよ」
その後、ヘトヘトになったアトラスとハンサムが帰ってくるまでの間、俺たちはハングマンの悪口に花を咲かせていた。
*
夜中に大きく崩れる天気は、朝方になって人も疎らに路上に散らつき始める頃になると、いつも落ち着き始める。
俺たちの戦場はいつも過酷だよ。大雨や大雪、強い風に、ゴミ庫を這う気色悪い虫たちとヘドロのようなゴミの汁にまみれながら、今日も俺たちは人間が垂れ流したゴミと言う名の悪夢を喰っていく獏だ。
俺たちの側に寄る一般人は鼻をつまみ、俺たちを避けるように距離を空けて歩く。
こいつらが垂れ流した悪夢の集大成が、俺たちの乗る車の中に吐き戻しそうなほど詰まってるとも知らずに、平気で目を逸らし、遠巻きにして避けて通る。
アトラスのキレる気持ちが、俺にも少しわかる気がするよ。
『お前の股の方がクセェ』ってな。
イケモトが二人の電話を繋ぎ直すと、まるで虫の息のような二人が電話の向こうで撃沈していた。
「よぉ、サーモンピンク、競技場初日はどうだった?」
ハンサムに訊ねるが、答える余裕もないほどの瀕死っぷりだ。
ハンサムに代わってアトラスが答える。
「まぁ……週初めだからな……二人掛かりでも手強かったよ……」
こうしてみると、如何にジャスティスがツワモノだったのかがわかる。
大の大人が二人掛かりでもこれほど息を切らす回収先を、ずっと一人でやり続けてたんだからな。
「じゃ、じゃあ俺は自分のルートに戻るよ」
アトラスがハンサムに告げると、アクセルを大きく吹かす音が聞こえた。
きっと疲れ過ぎてギアを入れ忘れたんだろう。
「あ……ありがとう、アトラスピンク……助かったよ……」
虫の息ながら、ハンサムはアトラスに向かって礼を言った。
「おぃ、何だよ? アトラスもピンクなのかよ?」
ハンサムのネーミングセンスのなさに思わず吹き出しながら俺は言う。
「う……うるさい、D.J.ピンク、明日はお前が応援に来いよ……」
マジか? ……いつの間に俺たちはピンク戦隊になっちまったんだ……。
そんな俺たちのやり取りを聞いていたイケモトは、一人大爆笑だった。
「水曜日はお前が応援だぞ、強力イケモト……」
これには笑えたよ。ネーミングセンスのなさもここまで来るとエクセレントだ!
「えぇ! 嫌だよ! なんで俺だけ、そんな精力剤みたいな名前なんだよ!」
ハンサムのネーミングセンスに俺たちは運転中にも係わらず腹を抱えて大笑いした。
きっと一般人から見る俺たちってのは、さぞ気持ち悪いんだろうな。なんせ車には一人しか乗ってないのに、ブツブツ喋っていたり、突然大笑いしたりするんだからな。
俺が一般人なら、相手がゴミ屋じゃなかったとしても、避けて通りたい気分だぜ。
*
港付近の可燃ゴミの処分場へ向かう途中だ。
イケモトがアトラス、そしてアトラスがハンサムを手伝ったように、俺も処分場までの道のりで、メンバーの回収先があるならついでに回収してやろうと考えていた。
偶然信号待ちで止められた交差点の角にコンビニがあり、そこの回収担当がイケモトだったことを覚えていた俺は、駐車場に進入し、ゴミ庫へ向けてパッカー車のケツをつけようとした。すると、物置式のゴミ庫の中から突然人が飛び出てきたんだ。
コンビニのゴミ庫ってのは店によって様々だ。コンテナ式のもあれば、物置式もある。
そのゴミ庫の中から俺たちは可燃ゴミを回収するんだが、物置式のような大きなゴミ庫には、可燃ゴミだけじゃなく、ダンボールや缶・瓶、それにペットボトルや廃棄弁当なんかも一緒に入れられている。
問題なのは、廃棄の弁当が入っている、鍵の掛かっていないゴミ庫だ。
俺たちゴミ屋からすれば、鍵が掛かっていなければ、店に鍵を借りにいく手間がなくなるからこれほど有り難い現場はない。
しかし、俺たち以外にも、鍵の掛かっていないゴミ庫を有り難がる連中がいる。
それはホームレスだ。奴らの狙いは廃棄の弁当。まぁ、奴らにとっては命に関わることだからな。
しかし、俺たちも可哀相だなんて理由でやすやすと廃棄弁当を取られる訳にはいかない。 もし、そんなもん喰って、腹でも壊して店が訴えられるようなことがあれば、うちと店との信用問題に発展してしまうからだ。
だから俺たちも、現場を見つけた以上は、絶対に阻止しなくちゃならない。
慌てて俺はパッカーを降り走った。そいつに向かって怒鳴りつける。
「おぃ! 待てよテメェ!」
突然怒り出した俺の声を聞いたメンバーが、状況がわからず騒ぎ始めた。
「どうしたんだ? D.J.?」
イケモトだ。
「サプライズでお前の回収先を回収しようと思ったら、ゴミ庫から弁当泥棒が……」
俺はそこまで答えると、相手の顔を見て驚きで声を失った。
「お、俺の回収先に来たのか? どこらへんだ?」
なぜかイケモトが慌てたように叫ぶが、俺には聞こえていなかった。
「ジャスティス!? お前、どうしてこんなところに!?」
相手を認識した俺は、そいつに向かって叫んだ。ジャスティス! どうしてここに?
「なにっ? ジャスティス? ジャスティスがいるのか!?」
俺の声を聞いたメンバーの誰かが、理解出来ない状況の中で俺に叫んでいる。
「よぉ、D.J.ここはお前の担当じゃないだろ?」
慌てたようにジャスティスが俺の目の前で笑う。
「あぁ、ここはイケモトの担当だよ。近くを通ったから応援に入ってやろうと思って」
この雨の中、傘も差さずに濡れたままのジャスティスに俺は言った。ボタボタと頭から降り続ける雨が視界を遮る。
「俺もなんだ。たまたまこのコンビニに立ち寄って、ふとイケモトの担当だったのを思い出したから、ゴミ庫を覗いてイケモトが回収に来たかどうか確認しようと思ったんだ。
でも、D.J.お前に会えて嬉しいよ」
ジャスティスの笑顔は相変わらずだった。
声を聞かなくなって一週間と経たないが、まるで昔の旧友に偶然会ったみたいな気分になり、俺も嬉しかった。懐かしさに包まれる。
「ジャスティス、イヤホンは持ってるか? 電話するぜ」
俺はそう言ってさっさとゴミを回収すると、イケモトにジャスティスと繋ぐように指示をした。
「よぉ! 諸君、元気か!?」
いつものジャスティスの声がイヤホンに響く。
「ジャスティス!!」
皆がその声を聞き、口々にジャスティスの名前を呼んだ。
「しかし、お前暇だな? 月曜のこんな時間の大雨の日にこんなとこうろつくなんて」
俺が突っ込んでやると、ジャスティスは照れ笑いしながら、「あまりに暇過ぎて、このくらいの時間に処分場近くをうろつけば、知った顔に会えるかもって思って、ついうろうろしていたんだ」と説明した。
「お前、実は究極のさみしがり屋なんだろ?」
アトラスが笑いながら言うと、ジャスティスも笑ったまま否定しなかった。
「休み過ぎて体鈍らせるなよ! 俺たちがハングマンを説得して、必ずお前を引き戻すからよ」
俺がジャスティスに言うと、あいつも感極まったのか、寒かったのか、鼻を啜りながら俺たちに向かって言ったんだ。
「本当にありがとな、そのときはまたよろしく頼むぜ」
「よろしく頼むよ! ジャスティスピンク。お前が揃えば俺たち、ピンク戦隊・獏レンジャー結成だからな!」
ハンサムがさっきまでの話を引きずってジャスティスに言うと、「はぁ? なんだそりゃ?」と、まったく意味が理解出来ないジャスティスが呟き、俺たちはゲラゲラと笑っていた。
処分場で回収してきたゴミをすべて捨て、車庫に戻る頃には、小降りになった雨は完全に止み、晴れ間さえ見えるほどになっていた。 ジャスティスはとっくに自宅へと着き、俺たちの電話からは離脱していた。
車の中で報告書を書き終わると、俺は皆に言った。
「とりあえず、もう一度キャプテンにジャスティスのこと掛け合ってみるよ。お飾りだが、あいつにもジャスティスを引き戻す権限はあるんだしな」
車を降り、事務所へと歩き出そうとすると、ハンサムが俺を止めた。
「D.J.待ってくれよ。俺たちは五人でチームだ。ジャスティスがいない今、四人で結束しなきゃ。だから、俺たちが車庫に戻るまで、悪いけど待っててくれないか?」
単細胞で馬鹿な奴ほど、すぐに他人の手拍子に乗せられ、影響されちまうもんだ。
俺はやっぱり馬鹿なのかな。嬉しさがこみあげる。
「悪い、D.J.待っててくれ」
イケモトがさらに言葉を重ねた。
「俺もぶっ飛ばして帰るよ」
今度はアトラスだ。
そう、俺たちはハンサム同様、単細胞で馬鹿野郎どもの寄せ集めだ。
だから俺はこの仕事を続けてられるし、そして、こいつらのことが嫌いになれないんだ。
*
最後にアトラスが車庫へ帰って来たとき、時刻は十一時を回っていた。
ジャスティスはいなかったが、俺たち全員が顔を揃えるのは久しぶりだ。
飽きるほど毎日電話で声は聞いているのに、こうして改めて顔を合わせると、何だか照れ臭い。
四人揃った俺たちは、さっそく事務所にいるキャプテンに、ジャスティスの復帰の話を持ち掛けた。
「キャプテン、ジャスティスのことでちょっといいか?」
俺が事務所に顔を出し、キャプテンを外へと連れ出す。出てきたキャプテンは俺たちが顔を揃えてるのを見るとえらく驚いていた。
「一体何の騒ぎだ? お前ら揃って?」
キャプテンは不思議そうに俺たちの顔を順に見る。
「ジャスティスのことです。あいつを復帰させてもらいたいんですよ」
イケモトが静かな口調で話す。しばらくキャプテンは何も言わずに黙ったまま、考え込んでいた。
「いまや、B.F.はハンサムに競技場を振ってる。あいつの技量じゃ、まだまだ他のコースに自分の回収先を振るぞ? だが、ジャスティスなら一人でやり切れるんだ。会社にとってもどちらが得なのか考えてくれ」
俺がたたみかけるように詰め寄ると、キャプテンはようやく決心したのか、ジャスティスの復帰を認めてくれたんだ。
「わかった。本社には俺から説明しておく
皆は黙っていた。無言の圧力が効いたのかそう言ったキャプテンは、それまでずっとお飾りだった頼りなさなんて見る影もなく消え去ったかのように思えた。
ハンサムが「やった!」と浮き足立ち、事務所に戻っていくキャプテンを見送ると、俺たちはさっそくジャスティスに電話して、このことを報告する。
「ジャスティス! 喜べ! 今夜からお前の復帰戦だ! 遅刻するなよ!」
「はぁ!? マジか? 今夜ぁ!?」
目まぐるしく変わる状況に着いていけないジャスティスは、俺たちの話を聞き返してばかりだった。
自宅への帰り道、再び俺たちは皆で電話を繋いだ。
「ジャスティス、泣いてもいいんだぞ!」
調子こいたハンサムがジャスティスに言う。
いつもならジャスティスにキレられ皆が笑うパターンの会話も、ジャスティスは素直に「ありがとうな」の連発で、全然笑い話になんてならなかった。つまらねえ。
そのとき突然イケモトが言い出したんだ。
「週末仕事が終わったら皆でバーベキューしないか」と。
この糞寒空の下でだぞ? ありえないだろ? 青春ドラマの見すぎだぜまったく。
まぁ、そんなこと言いながらも、皆、週末を楽しみに仕事に励んでいたけどな。