翌日、俺が出社すると、社員用駐車場には昨日と同じく、ハングマンとB.F.の自家用車が仲良く隣り合わせに停められていた。
ホットコーヒーを自販機で買い、ポケットに突っ込む頃、いつも通りにイケモトから電話が鳴る。
「おはよう、イケモト、やっぱりお前たちが昨日言った通り、キャプテンに掛け合っても埒が明きそうになかったぜ」
『だから言ったろ?』
イケモトが冷めた声で笑う。
「だけど、キャプテンが言うには、辞めると言い出したのはジャスティスだって言うんだ」
『それは本人から説明してもらおう』
イケモトが言うと、『よお』と聞き覚えのある声がイヤホンの向こうから聞こえた。
ジャスティスだ!
『よぉ、D.J.! 今日も寒そうだな』
「ジャスティス? なぜ? 駐車場にはハングマンとB.F.の車が停まってたはずだが! 出てきて平気なのか?」
突然のことに驚いて訊ねると、ジャスティスは大声で笑った。
『出勤なんてする訳ないだろ? 辞めたのに。今は家のコタツでヌクヌクになりながら酒を呑んでるよ』
酒も入って、気分良さ気に話すジャスティスの声が妙に懐かしく感じる。
「お前……俺たちがお前を復帰させようと頭悩ませてるっていうのに、本当、いい気なもんだよ、お前は……」
元気そうな声が聞けて少しだけほっとした俺は、呆れたように笑った。
『ジャスティス、お前の口からD.J.にさっきの話を説明してやってくれ』
さっきの話? イケモトに言われ、ジャスティスが話し始める。
『ああ……D.J.それにイケモトも、まず、ほんとにありがとな。俺なんかのために、お前らの雀の涙ほどの脳みそを使ってくれてさ……感謝してるよ、俺も嬉しくて、本当……グッ、雀の涙が出そうだぜ……グフッ』
笑いを堪えきれずに今にも吹き出しそうなジャスティスに、俺とイケモトは、「はぁ? そりゃひでえ言い草だな」と突っ込む。
ジャスティスの話ではこうだった。一昨日の火災時、パッカー車に積んでいた消火器だけでは鎮火させることが出来ず、結局、後からやって来た消防車のおかげで完全に消火出来たと言う。
その後ジャスティスは、水浸しになったゴミの山を再びパッカー車に積み込んだ。続々と駆け付けた警察やら野次馬やらで、一時現場は騒然としていたらしい。
ゴミを積み終わり、警察に火災の状況を説明し終わる頃、すでに二時間ほどロスをしていることに気づいたジャスティスは、報告がてら応援を要請しようとキャプテンに電話をしたそうだ。
ああ、それでか――一昨日、俺が回収を終えて事務所に戻ったとき、三人とも不在だったことを思い出す。きっと揃ってジャスティスの応援に駆け付けたんだ――俺はそう思った。
二時間のロスって少なそうに感じるが、実際二時間もロスすれば朝になっちまう。道は混んでくるし、店がオープンしはじめたり、回収順序も狂うしで、とても同じ二時間じゃあ収まらない。ホームセンターやゲーセン、パチンコ屋、ドラッグストア、搬入や搬出の別業者のトラックがどんどん出入りし始める。でかい施設になればなるほど、回収時間がかなり細かく指定されているのにもこうしたわけがあるってことだ。
「ああ、それでキャプテンたちは応援に入ったんだな。で、なんとか無事、遅れは取り戻せたのか? しかしあいつら役立たなかっただろう」
『違うんだよ、結局誰も来なかったんだ』
「はぁ? どういうことだよ?」
俺の予想は大きく外れていた。ジャスティスから連絡を受けたキャプテンは、ハングマンとB.F.の二人にジャスティスの応援に入るよう指示を出したらしいのだが、二人はそれを拒否したのだと言う。
「拒否⁉ なんだよ、それ! 職務放棄じゃねーか!」
頭に来た俺は声を荒げた。
『まぁ、最後まで聞いてくれよ』
俺とは対象的に、落ち着き払った声でジャスティスが再び話し始める。
『結局キャプテンが「自分が行くから」と言って、予備車に乗って駆け付けようとしてくれたんだよ。件数があるからと言って、珍しく電話まで繋いでな』
「まあ、当然と言えば当然だよな……」
『だがな、そのとき本社から呼び出しの電話が入ったんだよ、キャプテンに。呼び出し内容は、火災の件についてだ』
ジャスティスが消火対応をしている間に、火災の情報が警察に入り、そこから本社に問い合わせがあったのだろう。
『キャプテンは応援の回収を終わらせてから呼び出しに応じるように調整しようとしれくれた。だがなぜか本社側は「今すぐ来い」の一点張りだったらしい。で、俺の応援を、イケモトとアトラスに頼んでくれたんだよ』
「ちょっと待てよ! なんで俺には連絡がなかったんだ?」
その俺の疑問にはイケモトが答えた。
『おそらく、時間も時間だったから、お前がそろそろ車庫に戻ってくるのをキャプテンはわかってたんじゃないかな?』
「だけど、俺が事務所に戻ったときには、キャプテンだけじゃなくて、ハングマンとB.F.も、事務所にいなかったぞ?」
その問い掛けにはジャスティスが答える。
『あの二人もキャプテンにくっついて本社に行ったんだよ』
「どういうことだ? 呼び出されたのはキャプテンだろ? 報告だけなら現場責任者のキャプテンだけで充分なはずだ。どうしてハングマンとB.F.までそろってわざわざ本社まで出向くんだよ。そんな大げさな話じゃないだろ」
『俺にもわからんよ。でもイケモトたちが結局手分けして回収先を回ってくれている間に、キャプテンから連絡があって「車庫に戻って来たら、話があるから待っててくれ」と伝えられたんだ。で、ようやく昼過ぎに車庫に戻ってしばらくすると、社用車に乗った三人が帰ってきた』
「は? 社用車?」
黒塗りの社用車から降りるが早いか、キャプテンをまっていたジャスティスに向けられたハングマンの第一声は、
「やってくれたな、ジャスティス」
これが奴の一番始めの言葉だったと言う。
いくらなんでもあんまりだと俺は思ったよ。ジャスティスだって、わざと火災を起こした訳じゃないんだぞ?
当然、頭に来たジャスティスも、好きで起こした訳じゃないと噛み付いたらしい。当たり前だ!
「はあ? なんですか? それ。自分がライター突っ込んだ訳じゃないんですけど」
ジャスティスが言うと、ハングマンはタバコをふかしながら一瞥して、さも蔑むように笑ったという。
「内容物の確認すんのは当たり前だろうが。あんなでかい火災になるくらいの大量のライターだ。見なくたって持ったときの感覚でわかるだろ? ジャスティス君、君たちプロなんだから」
社用車から遅れて降りてきたB.F.の、やけにニヤついた顔が、いつにも増して気色悪かったとジャスティスは言った。
「それなら言いますけど、そんなでかい緊急時に、現場確認しない現場監督ってうちの会社にはいるんっすね。ノコノコと、三人も頭首揃えて、現場に行かずに本社に報告ですもんね」
もちろんジャスティスは、あいつらに駆け付けてほしかった訳じゃない。人のことばかり責めずに、自分の仕事しろよと言いたかった訳だ。部下を守ったり、こういう不慮の出来事で狂った回収業務を調整するのが仕事じゃないんですかね、仰々しく本社に出向くことがそんな御大層なお仕事なんですかね、って。
ハングマンはさらにジャスティスを煽った。
イヤホン越しに後で聞いている俺でさえ、目の前にハングマンがいたら、自分を抑え切れたか自信がない。
正直言って、手を上げなかったジャスティスはそれだけでもすごい。よく耐えたと思うよ。
「お前の起こした不始末だろう? 自分でケツ拭くのが当然じゃないか? 俺たちだって、好きで本社に行ってた訳じゃないんだよ」
そうニヤケ顔でハングマンが言い、完全に頭に血が昇ったジャスティスは、自ら会社を辞めると言い出したんだ。
「ああ、なら拭かせてもらいますよ、ケツ。俺、辞めますわ。迷惑かけてすみませんでした」
そのときの様子をジャスティスは事細かく、鮮明に覚えていた。
『俺が辞めると言ったとき、待ってましたとばかりに二人の顔が満面の笑みで溢れたよ。そんとき間髪入れずにB.F.がハングマンに言ったんだ。自主退社だと何かと貰える金額が少なくなるから、解雇って方法は取れないですかね、と、さも恩着せがましくな! その茶番を見せられたとき、俺は確信したぜ、全部仕組まれたんだってな』
ジャスティスが悔しそうに語る。
イケモトが話を付け足した。
『俺が思うに、ハングマンとB.F.がわざわざ本社に出向いたのは、ジャスティスを解雇してもいいかどうかを伺いに行ったんじゃないかと睨んでるんだ』
「はぁ? どういうことだよ!」
全然わからねえ。俺が馬鹿すぎるのか?
イケモトの言った意味が俺にはさっぱりわからなかった。ハング漫画俺たちを気に入らないのはよくわかるが、なにも辞めさせなくても、コースから降ろすだけで充分だろう。
「なんでジャスティスを辞めさせなくちゃならないんだ⁉ 気に食わないからハイ辞めさせますって、ハングマンの権限の範疇を超えてるよ!」
現場の副責任者程度の権限では、社員の解雇など出来るはずもない。キャプテンですらそんなことは簡単には決定出来ないはずだ。
俺がストレートに疑問をぶつけると、イケモトが答えた。
『範疇を超えることだからこそやったのさ。自分の力の誇示だろ? 従わない奴を引きずり降ろすことだけが目的じゃないのさ』
熱くなる俺と、淡々と憤るイケモトの向こうで、ガチャガチャとノイズが入り、プシュッと缶のプルトップを開ける音が聞こえた。ジャスティスがビールでも飲みふけってるんだろう。さぞかし悔しいに違いない。
会話を聞いているはずのジャスティスの反応を気にしながら、俺は話を続けた。
「力の誇示? 引きずり降ろすことだけが目的じゃないってどういうことだよ」
『こんな一件のあとだ。本社に出向いて常日頃ジャスティスには問題があるって部長に一言耳打ちでもすれば、解雇を取りつけるのなんて簡単だろ。即時解雇なんて本社だって多少は躊躇うだろうが、ジャスティスの性格だ、煽り文句に目の前でタンカでも切らせちまおうもんなら、あとは辞職まで一直線だ。ハングマンの思うつぼだったってことさ。あいつは見事にやってのけたってとこだ』
今回の一件を利用して、わざわざ本社にまで赴き、解雇の権限を持つ部長にジャスティスの悪い話を吹き込んだって?
そして見事に同意をもらい、さらにジャスティスの性格を利用した茶番を繰り広げた。単細胞なジャスティスはまんまと二人の仕掛けた温いトラップにハマったと言う訳だ。
ジャスティス解雇の話はゆくゆくは全従業員に知れ渡るだろう。そしてそれを仕組んだのがハングマンであることも……。
こうなれば、従業員は皆ハングマンに警戒する。ただおとなしいだけのキャプテンよりも、明らかな実行力のあるハングマンが権威になってくる。ここまでくれば、最早どっちが現場責任者で、どっちが副責任者なのかわからなくなる。
「マジか……そんなくだらない理由で、人一人クビにするっていうのか……」
俺はすでに怒りを通り越して、虚しさが心に広がっていた。
『あいつなら、やりかねないよ……』
救いのないイケモトの声が俺の左耳から入って、頭の中にエコーのように響いた。
短い沈黙が流れる。
そのとき、酔っ払ったジャスティスが立ち上がり、バンッと冷蔵庫を荒々しく閉める音がした。
『もういぃんだよー』
と愚痴るように呟いてから、明るい声で笑ったが、その後ろからテレビの音が聞こえてくる。バカバカしく笑うバラエティー番組の効果音がやけに白々しく響いた。
『遅かれ早かれさ、上司があんなロクデナシじゃあ、きっと俺みたいな野郎は続かなかったぜ。お前たちと仕事出来なくなるのは寂しいが、別にプライベートではこれまで同様付き合いは続く訳だしな! ほんといろいろと世話になったな、ありがとよ』
「ジャスティス……」
例え、それがジャスティスの本心だったとしても、今の俺とイケモトには、ただのやせ我慢にしか聞こえなかった。
後から通話に合流したハンサムとアトラスにも、ジャスティスは今回のいきさつを、俺に語ってくれた通りに、そっくりそのまま笑いながら説明した。
『はぁ? なんだよそれ! お前が辞める必要なんてまったくないじゃないか!』
もちろん二人とも、俺と同じく怒りを通り越して呆れかえっていた。
俺たち全員が次々にお前は悪くない、許せないと繰り返すのを聞いて、ジャスティスは満足しているようだった。「もういいんだ」と繰り返す。
『だけどさ、なぁ、ジャスティス、このあとどうするんだよ。車のローンもあるって言ってたじゃないか?』
ハンサムが悔しそうに言うと、アトラスが切り出した。
『ここを辞めるにしても、次のあてはあるのか? 運送屋でよければ紹介出来るぞ』
アトラスはもともと運送屋に勤めていた。つてはあるのだろう。
それを聞いてハンサムが、『ああ! ジャスティスは大型持ってるし、それもいいんじゃないか?』と少し弾んだ声を出す。
『ありがとな、でもとりあえずしばらくは遊んで暮らすかな? 貰えるもん貰いきったら、また配管の設備屋でも始めるよ』
配管か……。
何度かジャスティスの家に行ったことがある。元々は小さな工場を兼ねていた自宅だが今は使われていない。一階の工場には、ジャスティスが設備屋としてやっていた頃に使っていた道具や機材などが、カバーを掛けられたまま放置されていた。
今まで配管で食ってきた経験があるから、確かに仕事には困らないだろう。
それに俺たちだってもう若くない。これから心機一転、一から職探しをして新天地で別の仕事を覚えるなんて、正直厳しい年齢だ。
『いいよなー、ジャスティスにはそういう技術があって。俺なんか、ここをクビになったら路頭に迷っちゃうよ』
本当に羨ましそうにハンサムが呟く。
「お前なら大丈夫だろ? 金持ちの婆さん引っ掛けてヒモになればいいんだから」
俺がそう言うと、皆は笑っていた。
『茶化すなよぉ、俺だって真剣に悩んでるんだぞ』
ハンサムがふて腐れて不満そうにもらすと、イケモトが笑いながら助言した。
『じゃあ、ハングマンに睨まれないように真面目に仕事するんだな』
『なんなら、俺がお前を使ってやろうか? 女と遊ぶ余力も残らないくらい、毎日こき使ってやるよ』
ジャスティスがそう言うと、ハンサムは『真面目に仕事します……』と一言呟いた。
『しかし、うちの会社はどうなっちまうのかね? このまま行けば、間違いなくハングマンの独裁組織になっちまうよ』
アトラスが不安そうに言う。
『はぁ……大きな病気とかにかかって死んでくれないかなぁ?』
ハンサムが嘆くと、『それはいいな』と皆が盛り上がった。
ホットコーヒーを自販機で買い、ポケットに突っ込む頃、いつも通りにイケモトから電話が鳴る。
「おはよう、イケモト、やっぱりお前たちが昨日言った通り、キャプテンに掛け合っても埒が明きそうになかったぜ」
『だから言ったろ?』
イケモトが冷めた声で笑う。
「だけど、キャプテンが言うには、辞めると言い出したのはジャスティスだって言うんだ」
『それは本人から説明してもらおう』
イケモトが言うと、『よお』と聞き覚えのある声がイヤホンの向こうから聞こえた。
ジャスティスだ!
『よぉ、D.J.! 今日も寒そうだな』
「ジャスティス? なぜ? 駐車場にはハングマンとB.F.の車が停まってたはずだが! 出てきて平気なのか?」
突然のことに驚いて訊ねると、ジャスティスは大声で笑った。
『出勤なんてする訳ないだろ? 辞めたのに。今は家のコタツでヌクヌクになりながら酒を呑んでるよ』
酒も入って、気分良さ気に話すジャスティスの声が妙に懐かしく感じる。
「お前……俺たちがお前を復帰させようと頭悩ませてるっていうのに、本当、いい気なもんだよ、お前は……」
元気そうな声が聞けて少しだけほっとした俺は、呆れたように笑った。
『ジャスティス、お前の口からD.J.にさっきの話を説明してやってくれ』
さっきの話? イケモトに言われ、ジャスティスが話し始める。
『ああ……D.J.それにイケモトも、まず、ほんとにありがとな。俺なんかのために、お前らの雀の涙ほどの脳みそを使ってくれてさ……感謝してるよ、俺も嬉しくて、本当……グッ、雀の涙が出そうだぜ……グフッ』
笑いを堪えきれずに今にも吹き出しそうなジャスティスに、俺とイケモトは、「はぁ? そりゃひでえ言い草だな」と突っ込む。
ジャスティスの話ではこうだった。一昨日の火災時、パッカー車に積んでいた消火器だけでは鎮火させることが出来ず、結局、後からやって来た消防車のおかげで完全に消火出来たと言う。
その後ジャスティスは、水浸しになったゴミの山を再びパッカー車に積み込んだ。続々と駆け付けた警察やら野次馬やらで、一時現場は騒然としていたらしい。
ゴミを積み終わり、警察に火災の状況を説明し終わる頃、すでに二時間ほどロスをしていることに気づいたジャスティスは、報告がてら応援を要請しようとキャプテンに電話をしたそうだ。
ああ、それでか――一昨日、俺が回収を終えて事務所に戻ったとき、三人とも不在だったことを思い出す。きっと揃ってジャスティスの応援に駆け付けたんだ――俺はそう思った。
二時間のロスって少なそうに感じるが、実際二時間もロスすれば朝になっちまう。道は混んでくるし、店がオープンしはじめたり、回収順序も狂うしで、とても同じ二時間じゃあ収まらない。ホームセンターやゲーセン、パチンコ屋、ドラッグストア、搬入や搬出の別業者のトラックがどんどん出入りし始める。でかい施設になればなるほど、回収時間がかなり細かく指定されているのにもこうしたわけがあるってことだ。
「ああ、それでキャプテンたちは応援に入ったんだな。で、なんとか無事、遅れは取り戻せたのか? しかしあいつら役立たなかっただろう」
『違うんだよ、結局誰も来なかったんだ』
「はぁ? どういうことだよ?」
俺の予想は大きく外れていた。ジャスティスから連絡を受けたキャプテンは、ハングマンとB.F.の二人にジャスティスの応援に入るよう指示を出したらしいのだが、二人はそれを拒否したのだと言う。
「拒否⁉ なんだよ、それ! 職務放棄じゃねーか!」
頭に来た俺は声を荒げた。
『まぁ、最後まで聞いてくれよ』
俺とは対象的に、落ち着き払った声でジャスティスが再び話し始める。
『結局キャプテンが「自分が行くから」と言って、予備車に乗って駆け付けようとしてくれたんだよ。件数があるからと言って、珍しく電話まで繋いでな』
「まあ、当然と言えば当然だよな……」
『だがな、そのとき本社から呼び出しの電話が入ったんだよ、キャプテンに。呼び出し内容は、火災の件についてだ』
ジャスティスが消火対応をしている間に、火災の情報が警察に入り、そこから本社に問い合わせがあったのだろう。
『キャプテンは応援の回収を終わらせてから呼び出しに応じるように調整しようとしれくれた。だがなぜか本社側は「今すぐ来い」の一点張りだったらしい。で、俺の応援を、イケモトとアトラスに頼んでくれたんだよ』
「ちょっと待てよ! なんで俺には連絡がなかったんだ?」
その俺の疑問にはイケモトが答えた。
『おそらく、時間も時間だったから、お前がそろそろ車庫に戻ってくるのをキャプテンはわかってたんじゃないかな?』
「だけど、俺が事務所に戻ったときには、キャプテンだけじゃなくて、ハングマンとB.F.も、事務所にいなかったぞ?」
その問い掛けにはジャスティスが答える。
『あの二人もキャプテンにくっついて本社に行ったんだよ』
「どういうことだ? 呼び出されたのはキャプテンだろ? 報告だけなら現場責任者のキャプテンだけで充分なはずだ。どうしてハングマンとB.F.までそろってわざわざ本社まで出向くんだよ。そんな大げさな話じゃないだろ」
『俺にもわからんよ。でもイケモトたちが結局手分けして回収先を回ってくれている間に、キャプテンから連絡があって「車庫に戻って来たら、話があるから待っててくれ」と伝えられたんだ。で、ようやく昼過ぎに車庫に戻ってしばらくすると、社用車に乗った三人が帰ってきた』
「は? 社用車?」
黒塗りの社用車から降りるが早いか、キャプテンをまっていたジャスティスに向けられたハングマンの第一声は、
「やってくれたな、ジャスティス」
これが奴の一番始めの言葉だったと言う。
いくらなんでもあんまりだと俺は思ったよ。ジャスティスだって、わざと火災を起こした訳じゃないんだぞ?
当然、頭に来たジャスティスも、好きで起こした訳じゃないと噛み付いたらしい。当たり前だ!
「はあ? なんですか? それ。自分がライター突っ込んだ訳じゃないんですけど」
ジャスティスが言うと、ハングマンはタバコをふかしながら一瞥して、さも蔑むように笑ったという。
「内容物の確認すんのは当たり前だろうが。あんなでかい火災になるくらいの大量のライターだ。見なくたって持ったときの感覚でわかるだろ? ジャスティス君、君たちプロなんだから」
社用車から遅れて降りてきたB.F.の、やけにニヤついた顔が、いつにも増して気色悪かったとジャスティスは言った。
「それなら言いますけど、そんなでかい緊急時に、現場確認しない現場監督ってうちの会社にはいるんっすね。ノコノコと、三人も頭首揃えて、現場に行かずに本社に報告ですもんね」
もちろんジャスティスは、あいつらに駆け付けてほしかった訳じゃない。人のことばかり責めずに、自分の仕事しろよと言いたかった訳だ。部下を守ったり、こういう不慮の出来事で狂った回収業務を調整するのが仕事じゃないんですかね、仰々しく本社に出向くことがそんな御大層なお仕事なんですかね、って。
ハングマンはさらにジャスティスを煽った。
イヤホン越しに後で聞いている俺でさえ、目の前にハングマンがいたら、自分を抑え切れたか自信がない。
正直言って、手を上げなかったジャスティスはそれだけでもすごい。よく耐えたと思うよ。
「お前の起こした不始末だろう? 自分でケツ拭くのが当然じゃないか? 俺たちだって、好きで本社に行ってた訳じゃないんだよ」
そうニヤケ顔でハングマンが言い、完全に頭に血が昇ったジャスティスは、自ら会社を辞めると言い出したんだ。
「ああ、なら拭かせてもらいますよ、ケツ。俺、辞めますわ。迷惑かけてすみませんでした」
そのときの様子をジャスティスは事細かく、鮮明に覚えていた。
『俺が辞めると言ったとき、待ってましたとばかりに二人の顔が満面の笑みで溢れたよ。そんとき間髪入れずにB.F.がハングマンに言ったんだ。自主退社だと何かと貰える金額が少なくなるから、解雇って方法は取れないですかね、と、さも恩着せがましくな! その茶番を見せられたとき、俺は確信したぜ、全部仕組まれたんだってな』
ジャスティスが悔しそうに語る。
イケモトが話を付け足した。
『俺が思うに、ハングマンとB.F.がわざわざ本社に出向いたのは、ジャスティスを解雇してもいいかどうかを伺いに行ったんじゃないかと睨んでるんだ』
「はぁ? どういうことだよ!」
全然わからねえ。俺が馬鹿すぎるのか?
イケモトの言った意味が俺にはさっぱりわからなかった。ハング漫画俺たちを気に入らないのはよくわかるが、なにも辞めさせなくても、コースから降ろすだけで充分だろう。
「なんでジャスティスを辞めさせなくちゃならないんだ⁉ 気に食わないからハイ辞めさせますって、ハングマンの権限の範疇を超えてるよ!」
現場の副責任者程度の権限では、社員の解雇など出来るはずもない。キャプテンですらそんなことは簡単には決定出来ないはずだ。
俺がストレートに疑問をぶつけると、イケモトが答えた。
『範疇を超えることだからこそやったのさ。自分の力の誇示だろ? 従わない奴を引きずり降ろすことだけが目的じゃないのさ』
熱くなる俺と、淡々と憤るイケモトの向こうで、ガチャガチャとノイズが入り、プシュッと缶のプルトップを開ける音が聞こえた。ジャスティスがビールでも飲みふけってるんだろう。さぞかし悔しいに違いない。
会話を聞いているはずのジャスティスの反応を気にしながら、俺は話を続けた。
「力の誇示? 引きずり降ろすことだけが目的じゃないってどういうことだよ」
『こんな一件のあとだ。本社に出向いて常日頃ジャスティスには問題があるって部長に一言耳打ちでもすれば、解雇を取りつけるのなんて簡単だろ。即時解雇なんて本社だって多少は躊躇うだろうが、ジャスティスの性格だ、煽り文句に目の前でタンカでも切らせちまおうもんなら、あとは辞職まで一直線だ。ハングマンの思うつぼだったってことさ。あいつは見事にやってのけたってとこだ』
今回の一件を利用して、わざわざ本社にまで赴き、解雇の権限を持つ部長にジャスティスの悪い話を吹き込んだって?
そして見事に同意をもらい、さらにジャスティスの性格を利用した茶番を繰り広げた。単細胞なジャスティスはまんまと二人の仕掛けた温いトラップにハマったと言う訳だ。
ジャスティス解雇の話はゆくゆくは全従業員に知れ渡るだろう。そしてそれを仕組んだのがハングマンであることも……。
こうなれば、従業員は皆ハングマンに警戒する。ただおとなしいだけのキャプテンよりも、明らかな実行力のあるハングマンが権威になってくる。ここまでくれば、最早どっちが現場責任者で、どっちが副責任者なのかわからなくなる。
「マジか……そんなくだらない理由で、人一人クビにするっていうのか……」
俺はすでに怒りを通り越して、虚しさが心に広がっていた。
『あいつなら、やりかねないよ……』
救いのないイケモトの声が俺の左耳から入って、頭の中にエコーのように響いた。
短い沈黙が流れる。
そのとき、酔っ払ったジャスティスが立ち上がり、バンッと冷蔵庫を荒々しく閉める音がした。
『もういぃんだよー』
と愚痴るように呟いてから、明るい声で笑ったが、その後ろからテレビの音が聞こえてくる。バカバカしく笑うバラエティー番組の効果音がやけに白々しく響いた。
『遅かれ早かれさ、上司があんなロクデナシじゃあ、きっと俺みたいな野郎は続かなかったぜ。お前たちと仕事出来なくなるのは寂しいが、別にプライベートではこれまで同様付き合いは続く訳だしな! ほんといろいろと世話になったな、ありがとよ』
「ジャスティス……」
例え、それがジャスティスの本心だったとしても、今の俺とイケモトには、ただのやせ我慢にしか聞こえなかった。
後から通話に合流したハンサムとアトラスにも、ジャスティスは今回のいきさつを、俺に語ってくれた通りに、そっくりそのまま笑いながら説明した。
『はぁ? なんだよそれ! お前が辞める必要なんてまったくないじゃないか!』
もちろん二人とも、俺と同じく怒りを通り越して呆れかえっていた。
俺たち全員が次々にお前は悪くない、許せないと繰り返すのを聞いて、ジャスティスは満足しているようだった。「もういいんだ」と繰り返す。
『だけどさ、なぁ、ジャスティス、このあとどうするんだよ。車のローンもあるって言ってたじゃないか?』
ハンサムが悔しそうに言うと、アトラスが切り出した。
『ここを辞めるにしても、次のあてはあるのか? 運送屋でよければ紹介出来るぞ』
アトラスはもともと運送屋に勤めていた。つてはあるのだろう。
それを聞いてハンサムが、『ああ! ジャスティスは大型持ってるし、それもいいんじゃないか?』と少し弾んだ声を出す。
『ありがとな、でもとりあえずしばらくは遊んで暮らすかな? 貰えるもん貰いきったら、また配管の設備屋でも始めるよ』
配管か……。
何度かジャスティスの家に行ったことがある。元々は小さな工場を兼ねていた自宅だが今は使われていない。一階の工場には、ジャスティスが設備屋としてやっていた頃に使っていた道具や機材などが、カバーを掛けられたまま放置されていた。
今まで配管で食ってきた経験があるから、確かに仕事には困らないだろう。
それに俺たちだってもう若くない。これから心機一転、一から職探しをして新天地で別の仕事を覚えるなんて、正直厳しい年齢だ。
『いいよなー、ジャスティスにはそういう技術があって。俺なんか、ここをクビになったら路頭に迷っちゃうよ』
本当に羨ましそうにハンサムが呟く。
「お前なら大丈夫だろ? 金持ちの婆さん引っ掛けてヒモになればいいんだから」
俺がそう言うと、皆は笑っていた。
『茶化すなよぉ、俺だって真剣に悩んでるんだぞ』
ハンサムがふて腐れて不満そうにもらすと、イケモトが笑いながら助言した。
『じゃあ、ハングマンに睨まれないように真面目に仕事するんだな』
『なんなら、俺がお前を使ってやろうか? 女と遊ぶ余力も残らないくらい、毎日こき使ってやるよ』
ジャスティスがそう言うと、ハンサムは『真面目に仕事します……』と一言呟いた。
『しかし、うちの会社はどうなっちまうのかね? このまま行けば、間違いなくハングマンの独裁組織になっちまうよ』
アトラスが不安そうに言う。
『はぁ……大きな病気とかにかかって死んでくれないかなぁ?』
ハンサムが嘆くと、『それはいいな』と皆が盛り上がった。