次の日からは一日に少なくて二人、多くて五人のお客様が訪れるようになり、一人一人と対面して応対していく日々が始まった。

「恵子さん! お会い出来て嬉しいです。恵子さんと一緒に頑張るつもりで私も毎日辛い事を乗り越えて参りました」
「そうでしたか……私もお会い出来て嬉しいです。ぜひお話を聞かせて下さい」

「恵子さん……お、俺、あなたがいない間大変で……聞いて頂けますか?」
「はい、もちろん。私で良ければ」

「恵子さん! 恵子さんのおかげで私、志望校受かりました! ご報告出来て嬉しい!」
「わぁ! おめでとうございます! 私ではなくあなたの日々の頑張りの結果ですよ」

 様々な年齢、性別の方が訪れては、“恵子さん”と、私に心の内を話してくれる。それに私は寄り添う事を心掛けて、全てを受け入れる気持ちでうん、うんとお話を聞く。
 本当にただそれだけの事しか出来なかったけれど、記憶の無い私にとって皆の人生の話を聞ける事はなんだかとても新鮮で、自分の人生を重ねるように想像させてもらえる瞬間でもあり、とても有意義な時間だった。
 そして話し切った方は皆、最後には「ありがとう」と笑顔になってくれるので、それが嬉しくて、段々とこのお仕事に私のやりがいを感じるようになっていった。人と心で繋がる事。それは自分を満たしてくれる一番の手段で、私にとってもお客様にとっても必要な事だった。
 私達は、信頼で繋がっていた。

「恵子、今日も最後までご予約で埋まってるわ。最近忙しいけれど大丈夫?」
「大丈夫! 私も嬉しいから」
「きっとその気持ちがお客様にも伝わっているのね……あなたに会いたがっている方がどんどん増えているの」
「それは良くない事?」
「いいえ、とても良い事よ。けれど無理だけはしないでね。あなたが倒れてしまっては元も子もないんだから」

 心配そうに私を見るお母さんに「わかった!」と答えて離れの仕事部屋に入る。そしてコンコンと扉をノックする音と共に入室されるお客様にご挨拶をした。お母さんくらいの年齢の女性だった。

「け、恵子さん……っ」
「! 大丈夫ですか?」
「恵子さん、私……もうどうしたら良いか、わからなくて……っ」

 座った瞬間、ぼろぼろと涙をこぼしながらお話をされる彼女にハンカチを手渡すと、お礼を言いながら受け取ってくれた。涙を拭いながら彼女は一つ一つ心を占める悩みを明かしていく。

「始めはただの反抗期だと思ってたんです。でもどうやら違うらしくて、全部私のせいだって」

「今ではもう家族の誰も私の話を聞こうとなんてしないんです。ずっと私はこの家に尽くして来たのに。誰も私の気持ちを考えてなんてくれない」

「ここに来ているのも許せないって……やっと見つけた私の居場所なのに。ここの他にどこにも私を受け入れてくれる場所なんてないのに」

 彼女の言葉は、私の胸に突き刺さった。
 家族に認められない事。居場所を失ってしまう事。自分を過去から全て否定される事。
 それは人として受け入れられない事と全く同じ事だと知っていた。だってそれらの全てを目覚めた私は持っていなくて、与えてもらえたのが今の私だからだ。
 私が支えなきゃ……私が、彼女の居場所にならないと、この人の存在は孤独に押しつぶされてしまう。
 椅子から立ち上がると彼女の隣に腰を下ろして、そっと背中を撫でながら彼女の言葉を受け入れた。彼女が全てを吐き出すまで、泣き止むまで、ずっとずっと——。



「……少し、すっきりしました。恵子さん、ありがとうございました」
「いえ、私は何も……ここはそういう場所なので、いつでもいらして下さい。待っています」

 少しだけ口角が上がるようになった彼女を見送ってほっと一息つく。
 良かった、少しは元気になってくれたみたいで……でも、いくつになってもこうやって悩む事は同じなんだな。
 結局年なんて関係ないのだと、やってくる人達の話を聞き続けた今思う。人間社会で生きるのなら、ずっと悩みは尽きないのだろう。ただ、その悩みへの経験値から対処法を知っているだけで、きっと根本的には大人も子供も同じ。悩みを抱える人は皆孤独だ。

「この場所が、そんな皆さんの居場所になれれば良いんだけど……」

 するとコンコン、とまたノック音。開いた扉から顔を出したのはお母さんだった。

「恵子。先程のお客様のお時間で次のお客様をお待たせしてしまっているの。すぐにでもお通ししたいのだけれど……どうかしら」

 困った様子のお母さんが、私の様子を窺うように訊ねる。確かに先程の方はとても落ち込んでいたからつい時間も気にせずお話ししてしまったけれど、今日は他のお客様が多い日だったのだった。
 お母さんに答える言葉は決まっている。

「もちろん。すぐにお願いします」