「終わりだ!」

 冬也はロメリアに剣を振り下ろす。長かった戦いに、ようやく終止符が訪れる。その時であった。
 ロメリアの近くに有る歪んだ空間から、何かが飛び出す。それは冬也に激しくぶつかる。そして冬也の剣は、ロメリアには届かない。

 冬也は衝撃に耐えるが、勢いを殺しきれず吹き飛ばされる。冬也は素早く体を起こして、ロメリアを見やる。その近くにいるのは、全身を真っ黒に染めた女の形をしている何かである。それが、裂け目から飛び出してきたのだろう。

「あぁ、愛しき君。こんなになってしまって。あぁ、何て事を」

 女性型の何かは、ロメリアに近づき手のひらで優しく包む様に、ロメリアを持ち上げ頬ずりをした。すると、冬也が振るった剣の余波で、消えかけ薄くなったロメリアが、やや黒さを取り戻して行く。
 そして女性型の何かは、ペスカと冬也に向かい恐ろしい形相で睨め付けた。

「下賤の輩が、よくも我が愛しの君を。消えるがよい」

 女性の形をしている何かが、吐き捨てる様に呟く。すると圧倒的な神気が放たれ、ペスカの放っていた魔法は霧消する。
 それと同時に、ロメリアを覆っていた膜と空自身を守る膜、二つのオートキャンセルが粉々に打ち砕かれる。

 ペスカは神気にあてられ、顔を歪ませる。そして空と翔一は膝を突き、辛うじて意識を保っていた。冬也は内なる神気を高め、立ち向かう様に言い放った。

「てめぇ何してやがる! 誰だか知らねぇけど、邪魔すんじゃねぇ!」
「混血風情が、神に向かって何をほざく! 立場を弁えよ! 我が名はメイロード。愛しの君を傷つけた罪は、身を持って知るが良い」

 メイロードが神気を高めると、台地が激しく揺さぶられる。殺意の籠った神気は、容赦なくペスカ達の身体を痛めつける。

「や、八百万の神々よ、我が祈りの答え、我に力を」

 それでもペスカは耐えて、空と翔一を守る様に結界を張る。

「させぬ!」

 その結界を壊さんと、メイロードは更に神気を放つ。ペスカの結界は呆気なく壊れる。その余波は、遼太郎達が張っている結界にも及ぶ。幾つもひび割れが出来ており、今にも壊れようとしていた。

 そして悪い事は重なる。亀裂の向こうから声がする。それも一つではない、二つもだ。そこから膨大な神気が流れ込む。そして空と翔一は、神気を受けて気を失った。

「おうおう、随分なやられようじゃねぇか。こいつか、お前の言ってた面白そうな奴ってのは?」
「アルキエル。そんな事を言っている場合か、早くロメリアをロイスマリアに戻すぞ」
「ちっ。なぁグレイラスよぉ。ここで、皆殺しにしてからでも遅くはねぇだろ」
「アルキエル! グレイラス! ロメリア様を早く!」
「仕方ねぇなぁ。わかったよ、メイロード」
「それで、お前はどうするメイロード」
「こ奴等は、ロメリア様を傷つけた。罰を下さねば、我の気が収まらないわ」
「おいおい、俺の獲物は取っておけよ」
「知らないわよ。早く行きなさい!」

 亀裂に向かって、そっと差し出す様にして、メイロードは声の主にロメリアを手渡す。すると、声の主が消えて漏れ出た膨大な神気も薄くなる。

「あんた! 自分が何をやってるのかわかってんの!」
「下賤の輩が何をほざく!」

 ロメリアは弱っていたから、誰もがその神気に対抗出来た。しかし、新に現れた女神は違う。圧倒的な力の差を見せつける。
 翔一と空が、如何に土地神の力を分け与えられたとて、その力はメイロードには及ばない。そして、フィアーナの加護を受けたペスカも、立っているのがやっとだった。

 恐らく、この状況下でメイロードの神気を浴びても無事で居られるのは、冬也だけだろう。そして、冬也はメイロードに向かい飛びかかった。

 冬也が剣を振り下ろすと、メイロードは軽く体を動かして避け様とする。だがそんな避け方では、冬也の剣は躱しきれない。肩口が少し切れ、メイロードは苦悶の表情を浮かべた。

「混血如きが良い気になりおって。許さんぞ!」
「誰が許さねぇってんだよ!」
「お兄ちゃん!」
「ペスカ、お前は翔一達を守れ!」

 メイロードからは、全てを壊さんとする異様な神気が、溢れ出ている。そして、バキッと音が鳴り響き、遼太郎達の張っていた結界が崩れ去った。既に、大地に刻まれた光の輪も、輝きを失っている。

 その余波は、高尾から東京中へと広がっていく。

 激しい地震と共に、幾つかの建物が倒壊する。そして、あちこちで悲鳴が起きる。それは、地獄の始まりにも似ていた。
 不安と恐怖が東京を支配しようとしている。その感情は、高尾の地に集約されていく。

 メイロードの神気が高まりをみせ、とうとうペスカが膝を突く。それでもペスカは結界を張るのを止めない。それを維持し続けようと、必死になって耐えている。

 負けない、負けない。ここで負けたら、全てが終わる。東京が終わる。日本が沈む。

 負けない、負けない。誰が相手であろうと、私は負けない。例え神の全力であろうと、抗ってみせる。全て救ってみせる。

 戦う意思は衰えていない。しかし、それでも神の力には適わない。それは一方的な蹂躙にも近い戦いになるはずだった。
 だが、そこには神の力を持った子がいた。そこには、神の力に触れた男がいた。

「止めろ!」

 冬也は声を荒げると、再びメイロードに飛び掛かる。メイロードから溢れる神気を切り裂きながら、冬也はメイロードに迫る。そして、虹色の剣を振り下ろす。
 
 しかし、僅かに届かない。メイロードの手前で、虹色の剣は空中を切る。

「もう、届かぬよ。貴様が相手なら、手は抜かぬ。アルキエルには悪いがの。ここで消し飛ばしてくれる」 

 冬也は何度も虹色の剣を振るう。その度にメイロードの神気に阻まれる。

「うっとおしい。効かぬと言うておろうに。さて、終いじゃ」

 メイロードは冬也に静かに告げる。そして全身から光が溢れる。メイロードを中心に爆発が起こる。

「冬也君!」

 爆発の瞬間、僅かに残った裂け目から声が響いた。その声は爆発から守る様に、冬也達を包み込む。
 
 その一方で爆発は広がっていく。山肌からは木が消え失せる。そして高尾の山は崩れて、天へと消えていく。それは、山を中心に数キロ先まで広がっていく。

 爆発の余波は、周辺をあっという間に焼野原にしていく。この日、日本から一つの山が姿を消す。

「フン。こんなもんかしら。途中で邪魔が入ったし、仕方がないわね。まぁいいわ。決着は次の機会にして、愛しの君を回復させなければ」

 そうして、メイロードは裂け目に吸い込まれる様にして姿を消す。その後には、誰もいない。

 ペスカ、冬也、空、翔一の四人も日本から存在を消失させた。