邪神が作り出した空間に、ペスカと冬也は呑み込まれていった。そして同じ空間に、邪神が入り消えていった。
体を動かす事も出来ず、ただその光景を見つめるしかなかったシグルドは、その衝撃を受け止めきれなかった。
一人の勇敢な男が滂沱の涙を流す事は、人生の中で何回有るだろう。悔しさで、涙を流す事が、何回有るだろう。床に何度も拳を叩きつけ、血塗れにする事が、何回有るだろう。
悔しさを乗り越えた時に、人は成長すると言う。だが絶望は、どう処理すればいい。折れた心は、どう戻せばいい。
力の差を感じ、それでも懸命に抗ったのなら後悔はないのか? いや、違う。後悔はいつまでも己を苛み続ける。それを晴らすのは、戦いの中でしかない。
だが、既にその対象は姿を消した。何処にいるかもわからない。例え、居場所がわかっても、決しては届きはしない。
もっと戦えた。もっと役に立てた。ペスカは、この世界の希望なのだ。それを守る為に、着いてきたのだ。何故、守れなかった。あの時、怒りに流されなければ、事態は変わっていたかもしれない。もっと冬也と連携して戦っていれば、倒せたかもしれない。後一息のはずだった。
いや、違う。自分に勝てない冬也が、邪神を傷付ける事が出来た。邪神に洗脳を施されても、逃れる事が出来たのは、冬也のおかげだ。
邪神が作り上げた空間に体を蝕まれ、立つ事さえ困難だった自分を、助けてくれたのは冬也だった。邪神の空間を壊し、攻勢に転じる事が出来たのも、冬也のおかげだ。そして自分を庇い、尽きかけたマナで邪神を追い詰めたのは、ペスカだった。
自分は何も出来ていない。唯の足手纏いだ。何が王国一の剣士だ。何が王国最強だ。自分は何も守れない。自分は何も出来ない。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。
何が足りない? 覚悟か? 信念か? 技術か? マナか? そのどれでも有り、どれでも無い。わかっている、圧倒的に何もかもが足りないのだ。未熟過ぎるのだ。
どれだけ後悔しても遅い。どれだけ涙をながしても、大切なものは帰ってこない。それが現実で。それが事実だ。
負けたのだ。完膚なきまでに叩きのめされて、負けたのだ。
シグルドの脳は、情報を整理しようと、凄まじい勢いで回転を続けている。しかし、心はそれを良しとはしない。自分の命など惜しくはない。それよりも、大切なものがある。それを守れなかったのが、悔しいのだ。
シグルドの涙は止まらない。悔いても悔やみきれない。後悔と喪失感が同時にシグルドを襲い、心は張り裂けそうになっていた。
しかし、時が止まる事はない。刻々と秒針が時を刻む様に、未来は現実になっていく。そして、シグルドの横で倒れていたトールは、意識を取り戻した。
「ここは? 私は一体?」
トールは状況が理解出来ずに頭を揺らすが、直ぐに我に返り起き上る。トールが起き上り周囲を見回すと、閲覧室の外で隣にはシグルドだけがいた。
「シグルド殿、何が起きた? 私は陛下に刺されたはず」
トールがシグルドに問いかけるが、シグルドは涙を流したまま答える事はない。トールはシグルドの肩を揺さぶり、声を掛け続ける。だが、シグルドには反応がない。
シグルドの尋常じゃない様子に、顔を青ざめさせトールが問いかける。
「何が起きたのだ、シグルド殿! 説明してくれ! 陛下はいったいどうなされたのだ? 皇后陛下は? 皇太子殿下は? 将軍閣下は? ペスカ殿は? 冬也殿は? 誰もいないのは何故だ? 教えてくれ! 私は陛下に刺されたはずだ! 覚えているぞ! 何故、私は生きている? 頼むシグルド殿、教えてくれ!」
シグルドは重い口を開き、トールに事の次第を説明した。トールは震えて腰を抜かした様に座り込む。シグルドは泣きながら、何度も何度も床を殴り続けた。
「私は、私は、守る事が出来なかった。何も出来なかった。何をしていた。何を、何を! くそ、くそ~!」
咆哮し、涙を流し続けるシグルドに、トールはかける言葉を持ち合わせていなかった。そして、シグルドから聞かされた余りの惨状を、受け止めきれずに滂沱の涙を流し始めた。
トールも同じ、国を守る兵士なのだ。シグルドの気持ちは痛い程に理解出来る。二人は、ただ涙を流し続けた。
シグルドは、謁見室内での出来事を一つ一つ思い出す。その度に悔しさが増す。だが同時に、掛けられた二つの言葉を思いだした。
目を覚ませシグルド! お前の正義を果たせ! それが出来ないなら、すっこんでろ!
それは冬也がかけてくれた言葉。その言葉に何度も救われた。
あんたは国を守りなさい。こいつは意地でも私が何とかする!
それはペスカからの最後の命令。
二つの言葉は、シグルドの戦う意志を蘇らせる。
後悔する程、お前は強くない。お前はまだ何もしていない。せめて使命を果たせ。国を守れ、大陸を守れ。
シグルドの中で、何度も何度も繰り返される。姿を消した友の為、尊敬して止まない人の為に、自分のすべきことは泣き喚く事ではない。そして、シグルドは立ち上がる。
「トール殿、我々は我々の使命を果たそう。国を守るのは我々だ」
静かに、呟かれる様に吐き出された言葉。それは己を奮い立たせ、後悔を呑み込み、一歩を踏み出させる。
そしてトールはシグルドを見上げた。そこにシグルドという男の強さを見た。自分の手で、自分を抹消したくなる程の後悔を、呑み込む強さ。最後の命令を果たす為、使命を全うする為に前に進もうとする高潔さ。
確かにまだ何もしてないのだ。何も守れていないのだ。これから守らなければならないのだ。自分も、この男の様に立たねばならない。命を救ってくれた恩人達の為に。恩人達の分も戦わなければならない。
「そうだな、シグルド殿」
二人の男は、前を向いた。そして困難への道を突き進む覚悟を決めた。
そこからの行動は早かった。
トールは兵を集め王宮と帝都の確認を行う。シグルドは、シルビア達に事のあらましを伝え、王都へ帰還命令を出す。
二人はそれぞれに分担を決めると、走り出した。
「ペスカ様、冬也、この命にかけて誓う。もう何も奪わせない!」
シグルドは、俊足の魔法で王宮から帝都を駆け抜け、シルビア達が待つ王都外に辿り着く。シグルドがシルビア達に説明を行うと、シルビア達は顔を青ざめさせ震えていた。
「ペスカ様、冬也君……」
「まさか、ペスカ様が」
「くそ、邪神め!」
シルビア達の悔しさは、自分の比ではないだろう。なにせ、傍にすらいられなかったのだから。だが、自分と同じ様に後悔だけが先に立ち、身動きが取れない様にだけはしたくない。
彼らもまた、自分の守るべき者達なのだから。悲しむ暇も、後悔する暇も、この三人には与えてはならない。
怒りで震え涙を流す三人に向かい、シグルドは声を荒げて命令を下す。
「シルビア殿達は、出立準備を整えろ。私は王都へ至急連絡を入れる。泣いている暇は無い! 急げ!」
シグルドが王都に連絡を入れる為、トラックに走る。シルビア達は涙を堪えて兵達に指示を出し、戦車とトラックを始動させた。
シグルドの連絡を受け、王都に衝撃が走る。連絡を終えたシグルドは、シルビア達に指示を出した。
「全軍これから王都へ帰還する。セムス殿、メルフィー殿は、隊を率いて北方の戦線へ向かってくれ。シルビア殿は教会でフィアーナ神からお言葉を賜り、陛下に伝えてくれ。私は、帝都に残り事態の収拾に努める。全軍状況開始!」
戦車とトラックを先頭にカルーア領軍五十名がゲートを潜り、王都へ帰還する。王都の帰還を確認したシグルドは、王宮へ引き返し走り始めた。
☆ ☆ ☆
王都の帰還を果たしたシルビア一行を待ち受ける様に、近衛隊がゲートを囲んでいた。近衛隊と軽い打ち合わせを行い、セムス、メルフィーはカルーア領軍に指示をし、兵站の補給を急いで王都で行う。
シルビアは、フィアーナ教会に走り、教会長に事情の説明を行い、礼拝堂へと案内されフィアーナ神との交信を始めた。
教会長が祈りの言葉を唱えると、礼拝堂が光りフィアーナ神が降臨する。女神を前に膝ずくシルビアに、女神は優しく話しかけた。
「顔をあげなさいシルビア、久しぶりですね。事情は理解してます」
「フィアーナ様、ペスカ様達はどうなったのですか?」
問いただす様に、シルビアは勢いよく女神に近寄る。
「落ち着いて、シルビア。結果から言うわね。ペスカちゃんも冬也君も生きてるわ」
女神の言葉に安心した様に、体から力が抜けるシルビア。しかし、続く女神の言葉に再び顔を青ざめさせた。
「勿論ロメリアの奴も消滅して無いわよ。それにしても惜しかったわね。ペスカちゃんが、回復に力を使わないで、冬也君と一緒に攻めていたら、あいつを消滅させられたかも知れないのにね」
「ペスカ様はどちらに行かれたのですか?」
「日本よ! ロメリアの奴も一緒にね」
「ゲートは? ゲートは開かないんですか?」
女神は指先を操る様に動かすと、シルビアに返答する。
「う~ん。駄目みたい。完全に閉じられてるわ。再びゲートを開けるのは、私でも時間が掛かるわよ。多分人間では無理ね。上手い事逃げたわね。これじゃぁ、直ぐには私達も手が出せないわ」
シルビアは、ガックリと肩を落とす。しかし女神は言葉を続けた。あっけらかんとした言い回しであれど、その言葉には先を見据えた確かな助言が含まれる。
「まぁ、良いんじゃない? ロメリアの奴がいなくなったのなら、この世界の人達は安全でしょ?」
「ですが……」
「大丈夫よ! 私の血を分けた冬也君がいるんだし。それにあっちには遼太郎さんもいるから。いざとなったら連絡位はとれるわよ」
呑気に笑う女神を、シルビアは声も出せず、ただ見つめていた。
「今のあなた達は、ロメリアが不在の間に、混乱した世界を正す事じゃない? 急いだ方が良いわよ! 傷を癒したロメリアがいつ戻って来るか判らないんだから」
シルビアは襟を正して立ち上がると、女神に一礼し教会を後にする。シルビアはこの時、覚悟を決めていた。いつまでも、泣いている場合じゃない。英雄の後を継ぐのは、自分だと。
シルビアが教会を出て王城に向かい走る頃、ぺルフィー達は補給を終え北の戦線に向かい出発した。
そして走りながら、シルビアは心の中で呟く。
「ペスカ様。冬也君。無事でいて。私は私の役目を果たします。この世界は絶対に守るから」
城門を通り近衛隊と合流し、シルビアは謁見室へ入る。シルビアは、エルラフィア王に詳細を報告する。
「なんて事だ。我が国はまたしても救国の英雄を失うのか」
だがシルビアは、エルラフィア王の言葉に、毅然と答える。その目には確かな意志が籠っている。英雄の後を継ぐ者として、世界を救うという意思が。
「いえ、ペスカ様はまだご存命です。ロメリア神はいずれこの世界に戻ると思われます。今の内に事態の収拾を図りましょう」
エルラフィア王は、大きく頷いた。
「良くぞ申した。そうだな、今が最大の好機だ。帝国の間に開いたゲートは何時まで開いている?」
「まだ半日ほどは、余裕がございます」
シルビアの答えを聞き、エルラフィア王は大臣の数名に命令する。
「其方は、急ぎ近衛を率いてライン王国へ行け! シグルドと共にライン王国の復興を急げ!」
続いて伝令兵に命じる。
「兵器が出来上がり次第、北の戦線に供給を急げ!」
エルラフィア王は立ち上がり、大きな声で扇動した。
「ロメリア神不在の今、ここが正念場だ! ラフィスフィア大陸に平安を取り戻すぞ!」
ラフィスフィア大陸の平安をかけた戦いが始まる。そして、ロメリアが起こす騒乱は、現代日本へと移る。
体を動かす事も出来ず、ただその光景を見つめるしかなかったシグルドは、その衝撃を受け止めきれなかった。
一人の勇敢な男が滂沱の涙を流す事は、人生の中で何回有るだろう。悔しさで、涙を流す事が、何回有るだろう。床に何度も拳を叩きつけ、血塗れにする事が、何回有るだろう。
悔しさを乗り越えた時に、人は成長すると言う。だが絶望は、どう処理すればいい。折れた心は、どう戻せばいい。
力の差を感じ、それでも懸命に抗ったのなら後悔はないのか? いや、違う。後悔はいつまでも己を苛み続ける。それを晴らすのは、戦いの中でしかない。
だが、既にその対象は姿を消した。何処にいるかもわからない。例え、居場所がわかっても、決しては届きはしない。
もっと戦えた。もっと役に立てた。ペスカは、この世界の希望なのだ。それを守る為に、着いてきたのだ。何故、守れなかった。あの時、怒りに流されなければ、事態は変わっていたかもしれない。もっと冬也と連携して戦っていれば、倒せたかもしれない。後一息のはずだった。
いや、違う。自分に勝てない冬也が、邪神を傷付ける事が出来た。邪神に洗脳を施されても、逃れる事が出来たのは、冬也のおかげだ。
邪神が作り上げた空間に体を蝕まれ、立つ事さえ困難だった自分を、助けてくれたのは冬也だった。邪神の空間を壊し、攻勢に転じる事が出来たのも、冬也のおかげだ。そして自分を庇い、尽きかけたマナで邪神を追い詰めたのは、ペスカだった。
自分は何も出来ていない。唯の足手纏いだ。何が王国一の剣士だ。何が王国最強だ。自分は何も守れない。自分は何も出来ない。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。
何が足りない? 覚悟か? 信念か? 技術か? マナか? そのどれでも有り、どれでも無い。わかっている、圧倒的に何もかもが足りないのだ。未熟過ぎるのだ。
どれだけ後悔しても遅い。どれだけ涙をながしても、大切なものは帰ってこない。それが現実で。それが事実だ。
負けたのだ。完膚なきまでに叩きのめされて、負けたのだ。
シグルドの脳は、情報を整理しようと、凄まじい勢いで回転を続けている。しかし、心はそれを良しとはしない。自分の命など惜しくはない。それよりも、大切なものがある。それを守れなかったのが、悔しいのだ。
シグルドの涙は止まらない。悔いても悔やみきれない。後悔と喪失感が同時にシグルドを襲い、心は張り裂けそうになっていた。
しかし、時が止まる事はない。刻々と秒針が時を刻む様に、未来は現実になっていく。そして、シグルドの横で倒れていたトールは、意識を取り戻した。
「ここは? 私は一体?」
トールは状況が理解出来ずに頭を揺らすが、直ぐに我に返り起き上る。トールが起き上り周囲を見回すと、閲覧室の外で隣にはシグルドだけがいた。
「シグルド殿、何が起きた? 私は陛下に刺されたはず」
トールがシグルドに問いかけるが、シグルドは涙を流したまま答える事はない。トールはシグルドの肩を揺さぶり、声を掛け続ける。だが、シグルドには反応がない。
シグルドの尋常じゃない様子に、顔を青ざめさせトールが問いかける。
「何が起きたのだ、シグルド殿! 説明してくれ! 陛下はいったいどうなされたのだ? 皇后陛下は? 皇太子殿下は? 将軍閣下は? ペスカ殿は? 冬也殿は? 誰もいないのは何故だ? 教えてくれ! 私は陛下に刺されたはずだ! 覚えているぞ! 何故、私は生きている? 頼むシグルド殿、教えてくれ!」
シグルドは重い口を開き、トールに事の次第を説明した。トールは震えて腰を抜かした様に座り込む。シグルドは泣きながら、何度も何度も床を殴り続けた。
「私は、私は、守る事が出来なかった。何も出来なかった。何をしていた。何を、何を! くそ、くそ~!」
咆哮し、涙を流し続けるシグルドに、トールはかける言葉を持ち合わせていなかった。そして、シグルドから聞かされた余りの惨状を、受け止めきれずに滂沱の涙を流し始めた。
トールも同じ、国を守る兵士なのだ。シグルドの気持ちは痛い程に理解出来る。二人は、ただ涙を流し続けた。
シグルドは、謁見室内での出来事を一つ一つ思い出す。その度に悔しさが増す。だが同時に、掛けられた二つの言葉を思いだした。
目を覚ませシグルド! お前の正義を果たせ! それが出来ないなら、すっこんでろ!
それは冬也がかけてくれた言葉。その言葉に何度も救われた。
あんたは国を守りなさい。こいつは意地でも私が何とかする!
それはペスカからの最後の命令。
二つの言葉は、シグルドの戦う意志を蘇らせる。
後悔する程、お前は強くない。お前はまだ何もしていない。せめて使命を果たせ。国を守れ、大陸を守れ。
シグルドの中で、何度も何度も繰り返される。姿を消した友の為、尊敬して止まない人の為に、自分のすべきことは泣き喚く事ではない。そして、シグルドは立ち上がる。
「トール殿、我々は我々の使命を果たそう。国を守るのは我々だ」
静かに、呟かれる様に吐き出された言葉。それは己を奮い立たせ、後悔を呑み込み、一歩を踏み出させる。
そしてトールはシグルドを見上げた。そこにシグルドという男の強さを見た。自分の手で、自分を抹消したくなる程の後悔を、呑み込む強さ。最後の命令を果たす為、使命を全うする為に前に進もうとする高潔さ。
確かにまだ何もしてないのだ。何も守れていないのだ。これから守らなければならないのだ。自分も、この男の様に立たねばならない。命を救ってくれた恩人達の為に。恩人達の分も戦わなければならない。
「そうだな、シグルド殿」
二人の男は、前を向いた。そして困難への道を突き進む覚悟を決めた。
そこからの行動は早かった。
トールは兵を集め王宮と帝都の確認を行う。シグルドは、シルビア達に事のあらましを伝え、王都へ帰還命令を出す。
二人はそれぞれに分担を決めると、走り出した。
「ペスカ様、冬也、この命にかけて誓う。もう何も奪わせない!」
シグルドは、俊足の魔法で王宮から帝都を駆け抜け、シルビア達が待つ王都外に辿り着く。シグルドがシルビア達に説明を行うと、シルビア達は顔を青ざめさせ震えていた。
「ペスカ様、冬也君……」
「まさか、ペスカ様が」
「くそ、邪神め!」
シルビア達の悔しさは、自分の比ではないだろう。なにせ、傍にすらいられなかったのだから。だが、自分と同じ様に後悔だけが先に立ち、身動きが取れない様にだけはしたくない。
彼らもまた、自分の守るべき者達なのだから。悲しむ暇も、後悔する暇も、この三人には与えてはならない。
怒りで震え涙を流す三人に向かい、シグルドは声を荒げて命令を下す。
「シルビア殿達は、出立準備を整えろ。私は王都へ至急連絡を入れる。泣いている暇は無い! 急げ!」
シグルドが王都に連絡を入れる為、トラックに走る。シルビア達は涙を堪えて兵達に指示を出し、戦車とトラックを始動させた。
シグルドの連絡を受け、王都に衝撃が走る。連絡を終えたシグルドは、シルビア達に指示を出した。
「全軍これから王都へ帰還する。セムス殿、メルフィー殿は、隊を率いて北方の戦線へ向かってくれ。シルビア殿は教会でフィアーナ神からお言葉を賜り、陛下に伝えてくれ。私は、帝都に残り事態の収拾に努める。全軍状況開始!」
戦車とトラックを先頭にカルーア領軍五十名がゲートを潜り、王都へ帰還する。王都の帰還を確認したシグルドは、王宮へ引き返し走り始めた。
☆ ☆ ☆
王都の帰還を果たしたシルビア一行を待ち受ける様に、近衛隊がゲートを囲んでいた。近衛隊と軽い打ち合わせを行い、セムス、メルフィーはカルーア領軍に指示をし、兵站の補給を急いで王都で行う。
シルビアは、フィアーナ教会に走り、教会長に事情の説明を行い、礼拝堂へと案内されフィアーナ神との交信を始めた。
教会長が祈りの言葉を唱えると、礼拝堂が光りフィアーナ神が降臨する。女神を前に膝ずくシルビアに、女神は優しく話しかけた。
「顔をあげなさいシルビア、久しぶりですね。事情は理解してます」
「フィアーナ様、ペスカ様達はどうなったのですか?」
問いただす様に、シルビアは勢いよく女神に近寄る。
「落ち着いて、シルビア。結果から言うわね。ペスカちゃんも冬也君も生きてるわ」
女神の言葉に安心した様に、体から力が抜けるシルビア。しかし、続く女神の言葉に再び顔を青ざめさせた。
「勿論ロメリアの奴も消滅して無いわよ。それにしても惜しかったわね。ペスカちゃんが、回復に力を使わないで、冬也君と一緒に攻めていたら、あいつを消滅させられたかも知れないのにね」
「ペスカ様はどちらに行かれたのですか?」
「日本よ! ロメリアの奴も一緒にね」
「ゲートは? ゲートは開かないんですか?」
女神は指先を操る様に動かすと、シルビアに返答する。
「う~ん。駄目みたい。完全に閉じられてるわ。再びゲートを開けるのは、私でも時間が掛かるわよ。多分人間では無理ね。上手い事逃げたわね。これじゃぁ、直ぐには私達も手が出せないわ」
シルビアは、ガックリと肩を落とす。しかし女神は言葉を続けた。あっけらかんとした言い回しであれど、その言葉には先を見据えた確かな助言が含まれる。
「まぁ、良いんじゃない? ロメリアの奴がいなくなったのなら、この世界の人達は安全でしょ?」
「ですが……」
「大丈夫よ! 私の血を分けた冬也君がいるんだし。それにあっちには遼太郎さんもいるから。いざとなったら連絡位はとれるわよ」
呑気に笑う女神を、シルビアは声も出せず、ただ見つめていた。
「今のあなた達は、ロメリアが不在の間に、混乱した世界を正す事じゃない? 急いだ方が良いわよ! 傷を癒したロメリアがいつ戻って来るか判らないんだから」
シルビアは襟を正して立ち上がると、女神に一礼し教会を後にする。シルビアはこの時、覚悟を決めていた。いつまでも、泣いている場合じゃない。英雄の後を継ぐのは、自分だと。
シルビアが教会を出て王城に向かい走る頃、ぺルフィー達は補給を終え北の戦線に向かい出発した。
そして走りながら、シルビアは心の中で呟く。
「ペスカ様。冬也君。無事でいて。私は私の役目を果たします。この世界は絶対に守るから」
城門を通り近衛隊と合流し、シルビアは謁見室へ入る。シルビアは、エルラフィア王に詳細を報告する。
「なんて事だ。我が国はまたしても救国の英雄を失うのか」
だがシルビアは、エルラフィア王の言葉に、毅然と答える。その目には確かな意志が籠っている。英雄の後を継ぐ者として、世界を救うという意思が。
「いえ、ペスカ様はまだご存命です。ロメリア神はいずれこの世界に戻ると思われます。今の内に事態の収拾を図りましょう」
エルラフィア王は、大きく頷いた。
「良くぞ申した。そうだな、今が最大の好機だ。帝国の間に開いたゲートは何時まで開いている?」
「まだ半日ほどは、余裕がございます」
シルビアの答えを聞き、エルラフィア王は大臣の数名に命令する。
「其方は、急ぎ近衛を率いてライン王国へ行け! シグルドと共にライン王国の復興を急げ!」
続いて伝令兵に命じる。
「兵器が出来上がり次第、北の戦線に供給を急げ!」
エルラフィア王は立ち上がり、大きな声で扇動した。
「ロメリア神不在の今、ここが正念場だ! ラフィスフィア大陸に平安を取り戻すぞ!」
ラフィスフィア大陸の平安をかけた戦いが始まる。そして、ロメリアが起こす騒乱は、現代日本へと移る。