冬也は、とても困り果てていた。ペスカは涙を零しながら、異世界に来たと言い張る。おまけに、旅行の目的地がここだと言われても、納得出来るはずが無い。
 謎の森に謎の生物、おまけに魔法と呼ばれる謎の力。残酷な程にリアルな状況を見せられても、冬也は未だに現実を受け止めきれずにいた。
  
「なぁ、これはお前の仕業か? 目的地がここだって事は、そう言う事だろ?」
「うん、そうだよ!」

 さっきまで大泣きしていたのは何処に行ったのか、と思う位に笑顔のペスカを見て冬也は絶句する。お仕置きとばかりに、冬也はペスカのこめかみをグリグリしながら問いかけた。

「ほらペスカ、吐け! 何が目的なんだ?」
「いだい。いだいよ、おにいぢゃん。だから異世界だよ」
「母親に会いに行くってのはどうした?」
「勿論会いに行くよ」
「そいつは森の中に住んでるのか?」
「そんな訳ないよ。普通の街に住んでるよ」
「じゃあ、何で俺たちは森の中にいる?」
「それはほら、冒険的な何かってやつだよ」
「馬鹿じゃねぇのか? あぶねぇ事すんじゃねぇよ!」
「危なくないよ。だって、余裕で倒したじゃない」

 ふと、冬也はペスカの言動を思い出す。こんな異常事態にも係わらず、ペスカは動じる様子が無かった。そもそも、旅行先をずっとはぐらかしていた。それは何故だ。
 もしかすると、ペスカの言う通りここは異世界で、自分は巻き込まれたのか?

「もしかしてお前、最初から俺を巻き込む気だったのか?」
「だって、異世界だよ異世界。行くのは絶対にお兄ちゃんとだよ」
「もしかして、行先やらをはぐらかしていたのは、当日に俺をびっくりさせる為か?」
「だって、先に言ったら、お兄ちゃんぜ~たい怒るでしょ?」

 どうやらペスカは、最初から異世界に来ることを知っていて、且つ自分を黙って連れてこようとしていたらしい。上手く言葉に出来ない悶々とした感情が、冬也の胸に渦巻く。 だが、よく考えろ。こんな危なそうな所に、黙って一人でこんな所に来させるよりは、自分が一緒の方がましだ。
 それならば、優先すべきは化け物じみた動物と再び遭遇する前に、森から出る事だろう。冬也が頭を巡らせていると、ペスカから声がかかる。

「早く移動した方が良いと思うよ。強いのが来ても面倒だし」
「強いのって、熊や虎みてぇのがいるのか?」
「そりゃあね。さっきのは弱っちい部類だし」
「随分と詳しいなペスカ。まだ隠してる事が有れば、早く言っとけよ。次はあの倍は痛くするからな」

 二人はペスカの提案通りに移動を開始したが、森の騒めきが治まらない。遠くからは何やら変な鳴き声も聞こえてくる。確かにさっさと移動しないと、もっと狂暴な奴が襲って来るかもしれない。
 さっきは何とか撃退したが、二度も上手くいくとは限らない。出口のわからない二人は、なるべく声のしない方角へ移動をする事にした。

 移動をしながらも、冬也は先の戦いを思い出していた。ペスカが魔法と呼んだ『得体の知れない力』を、なぜ自分がそれを使えたのか。あれもペスカの仕業なのだろうか。考えをまとめようとしても、冬也の脳が追いついていかない。

「魔法は修行の成果だよ。ほら毎晩やってたでしょ?」
「お前はエスパーか! ってあれか? 毎晩お前にやらされた瞑想みたいなやつ?」
「そうそう。私に感謝してよね」
「お前の厨二病が、役に立つ日が来るとはな」
「厨二じゃないし。それより今のうちに、練習しておいた方が良いかもよ」

 確かにペスカの言う通りなのだ。いつ襲われるかわからない状態で、対抗策が無いのは命がいくつあっても足りない。冬也がナイフの一つでも持っていれば別だろうが、生憎とそんな準備はしてきていない。

 そして冬也は、改めてペスカに魔法とその使用方法について尋ねた。

 ペスカが言うには、魔法はイメージだそうだ。イメージした物を具現化するのが魔法で、イメージが具体的であれば、より強い魔法になる。その際、具現化のキーワードとなる呪文を唱えると、魔法は発動しやすい。
 また、魔法はマナと言われるエネルギーを消費して使う物であり、マナは常に体内を循環していて、誰もが持っている物である。

「つまりね。完璧にイメージ出来れば、何でも出来るって事だよ」
「じゃあ、拳銃とかも出せるのか?」
「内部構造まで、しっかりとイメージ出来ればね」
「んで、何で知ってんだそんな事?」
「そりゃあ、ここは私が元々住んでいた世界だしね」
「意味わかんねぇよ、ペスカ」

 ため息をついて冬也はペスカを見やる。冬也の視線を感じ、ペスカは少し動揺した様に見える。それを察したのか、ひとまず冬也はペスカを追求する事は止めた。
 そしてペスカに教えられた通りに、魔法の練習しながらも森の探索を続けた。森を探索し始めて数刻後、生物が次々と襲って来る様になった。

 胴から裂ける様にして二つの頭を持つ蛇や、冬也よりも大きい体の蜘蛛や、サイズこそ小さいが無数にまとまって襲ってくる虫など。それぞれが等しく、二人を餌と認識しているのは明らかだった。

「来たよお兄ちゃん」
「わかったペスカ。いけっ炎弾!」

 冬也は炎の塊を蛇に投げつける様にイメージをして、魔法を放つ。冬也の手から放たれた炎の塊は、勢い良く双頭の蛇に向かう。双頭の蛇は体を曲げながら、炎の塊を避ける。

「くそっ、外したか。もう一度だ、炎弾」

 次に冬也が放った魔法は、かなり小さく空中で掻き消える。

「お兄ちゃん、もう少し体の中で、マナを膨らませるんだよ。マナが足り無いから、威力が低いの」

 冬也はペスカに言われた事を反芻する様に、体内に流れる力をコントロールする様に意識する。再び放つ炎の塊は、掻き消えた時の数倍は大きく、双頭の蛇を丸ごと呑み込む様にぶつかる。やがて炎の塊は、蛇を燃やし尽くした。

「やったね、お兄ちゃん。凄いね」

 冬也は、マナを高める訓練の成果を実感していた。実際に冬也が放った魔法は、火だけではない。風であれば鋭い刃を、水であれば強烈な放水をイメージして魔法を繰り出した。
 風の刃は頑丈そうな蜘蛛の糸を切り裂き、水の魔法は蜘蛛の体を吹き飛ばす。中には、気配を見せず突然現れ、冬也が先手を取れない生物もいた。
 しかし冬也は鍛え上げられたその身体能力で、繰り出される攻撃をいなして反撃を行った。引っ切り無しに生物から襲われる、冬也の魔法は戦闘を行う度に精度を上げていった。

 最初の戦いこそ動揺があったものの、練習のおかげか魔法の扱いに慣れ始め、戦闘に余裕が生まれ始めていた。

 地球では有り得ないサイズの昆虫や、獰猛な牙を生やした動物の出現に、流石の冬也もここが異世界なんだと、納得せざるを得なかった。
 父親に格闘技を仕込まれた冬也は、戦いの場において立ち回れる、ある程度の実力が有った。しかし、それはあくまでも人を相手にした場合であって、仮に地球上であったとしても、肉食動物と渡り合うものでは無い。生死をかけた戦いの連続は、冬也に過度の緊張を強いる。そして肉体と精神を激しく消耗させていった。

 襲い来る生物に対し、振るうのは己の拳だけでは無い。未知の力とも言える魔法は、冬也の少年心をくすぐるものでもあった。戦いに慣れ、魔法に慣れる頃には、小型の生物は楽々倒せるほどに、冬也は成長していた。

 しかし、時に余裕は人に油断を生む。戦いにおいて、僅かな油断こそが命を取りかねない。そしてその時は、刻々と迫っていた。

「流石お兄ちゃんだね。やるとは思ってたけど、ここまでやるとはね。恐れ入ったよ」
「あのなぁ、兄ちゃんこれでも、いっぱいいっぱいなんだぞ。まぁ、ちょっとは慣れてきたけどな」
「うんうん。この調子でどんどんいこ~!」
「今の所、小さいのばっかりだから良いけど、デカいの出てきたら流石に無理だぞ」
「お兄ちゃんそれフラグ? まあ、大丈夫だって。そんな大きいのなんて、そうそう出ないよ」
「だから、何でそんな事知ってんだよ」

 不安を抱えながらも、ペスカを庇う様に冬也は歩く。やがて少し開けた場所が見えてくる。

「道だよ。お兄ちゃん」

 冬也が止める間もなく、ペスカは嬉しそうな声を上げて走り出す。ようやく見つけた森から抜ける手掛かりに、冬也もまた少し浮かれていた。

「あぶねぇぞペスカ。俺から離れんな」

 やや跳ねる様なトーンで、冬也はペスカに声をかけると、ペスカの後を追って駈け出した。幼少の頃にサバイバルの経験をした冬也だが、軍人の様な戦闘訓練を積んだ訳では無い。様々な格闘技を叩き込まれたとは言え、一介の高校生である。突然、未知の環境に連れて来られ、緊張の末に見つけた光明である。気を緩めるのも仕方がない事だろう。

「お兄ちゃん、これ道だよ! ちゃんと轍があるよ」
「人が通る道なのか? 轍ってわりに、車にしては随分細いな」
「異世界だよ。車なんて有るわけないでしょ。馬車だよ」
「あ~、つまり、これを辿って行けば、人がいる場所に行けるってことか?」
「そういう事だね。やったねお兄ちゃん!」
「ここまでくれば、先ずは一安心って事か」

 やっと一心地ついたと思った矢先の事だった。突然、背後から突風が吹き荒れる。「グルァアアア~」と低く響く声がする。今までとは明らかに異なる雰囲気を感じ、二人の背中が一気に粟立つ。
 それは、生死を分かつ警告であったのかもしれない。振り向くとそこには、冬也の夢に現れたのと酷似した怪物の姿があった。

 自分達の身長より、三倍の大きさは有るだろう異形の怪物。赤黒い皮膚に、サソリの様な鋭い尾をしならせ、大きな羽をはためかせていた。そして、ライオンの様な獰猛な歯をむき出しにし、涎をたらしながら、四本脚でこちらへゆっくりと近づいて来る。

 今朝見た夢の内容が、冬也の中にフラッシュバックする。そして、冬也の心が警鐘を鳴らす。「逃げろ、早く逃げろ」と。
 あれは夢の中で自分達を、死の寸前まで追い込んだ化け物だ。矮小な人間では、太刀打ちが出来ない凶暴な生物だ。そんな化け物が、獲物を見る目で自分達を捉えている。

「マンティコア! あんなのが近づいてるのに、私が気が付かないなんて! 不味いよ、お兄ちゃん!」

 叫ぶペスカの声が聞こえる。冬也の心臓は早鐘の如く鳴り、足はガタガタと震えて動かない。冬也の心が何度も告げている。

 勝てない! 逃げろ! 早く逃げろ! 早く、早く!

 冬也は震える足を殴りつけると、ペスカを背中に隠した。

 相手は、地球に存在しない獰猛な化け物である。少しでも目を逸らせば、次の瞬間には命はない。もしあの夢が正夢なら、ここで背を向ける訳にはいかない。背を向けた瞬間に、自分達はあの鋭い爪にやられる。

 突然現れた強者を前に否応なく緊張感は高まる。今は体を張ってでも、ペスカが逃げる時間を作らなければならない。
 警告を続ける心の声に背いても、冬也はペスカを守る事を優先した。そして、生き残る手段を懸命に模索した。

 そうして冬也はマンティコアに立ち向かう。

 マンティコアが翼をはためかせると、激しい突風が吹き荒れる。ペスカと冬也は堪えきれずに、吹き飛ばされて転がる。しかし二人は共に、受け身を取って飛ばされた衝撃を抑えた。

 マンティコアは、単に翼をはためかせただけであり、攻撃を仕掛けたのとは程遠い。冬也はマンティコアを見据えた。
 あの分厚そうな赤黒い皮膚に、覚えたての魔法が通じるのだろうか。それとも、あの暴風を受けた上で、あの鋭い爪を掻い潜ることが出来るのだろうか。懐に潜り込めるだけで精一杯だ。一撃を入れる事なんて夢のまた夢だ。

 ただ、一つだけ確実な事があった。力の差は歴然としていても、決して逃げ切れない。やれるかどうかではない! やるしかない! どの道、奴を倒さなければ、ペスカの命はない。

 そして冬也は、ペスカに声をかける。

「ペスカ、無事か?」
「大丈夫だよ。パパリンの修行が、こんな所で役立ったよ」
「馬鹿! 呑気な事を言ってねぇで、早く逃げろ!」
「お兄ちゃんは、どうするの? あんなのと戦うの?」
「安心しろ、俺は親父とも互角にやり合える」
「何言ってんのお兄ちゃん。無茶しないで!」

 油断をしたつもりは無かった。ほんの一瞬、意識を離した瞬間に、マンティコアは冬也の目の前まで近づき、鋭い爪を振り上げていた。

「危ない、お兄ちゃん!」

 ペスカは、悲鳴にも似た叫び声を上げる。冬也は、咄嗟にペスカを突き飛ばす。そして振り下ろされる鋭い爪は、冬也の肩口を引き裂いた。

 冬也の肩から吹き飛ぶ様に、血しぶきが溢れ出す。冬也は痛みを堪えて、振り向きざまにマンティコア脇を殴りつける。
 一瞬、マンティコアは怯んだものの再び前足を振り上げる。だが冬也も咄嗟に反応した。振り下ろされる鋭い爪に対し、炎の壁を作り出す。

「喰らわねぇよ、炎の壁だこらぁ」

 冬也の前に、ペスカも共に隠せるほど大きな炎の壁がそびえ立つ。しかしマンティコアは、炎に全く怯える事なく前足を振り下ろす。炎の壁は、マンティコアの鋭い爪であっさりと消し飛ばされた。

 見た事も無い大きさ、死を訪仏とさせる獰猛さ。迫る目の前の化け物から、ペスカを守らなければと、冬也はマンティコアに集中する。
 決して恐怖を忘れた訳では無い。血が流れ続け、ズキズキとした痛みが自身を苦しめる。しかし竦んだ足は動きを取り戻し、その瞳には闘志が漲っていた。

 一方、突き飛ばされ冬也と距離があるペスカは、冬也には聞こえないほど小さな声で呟いた。

「流石お兄ちゃんだね。ほんと凄いね。こんな化け物に立ち向かえるなんて。だけどね、お兄ちゃん。私だって、お兄ちゃんを守るよ」

 振るわれるマンティコアの前足と同時に、冬也から魔法が放たれる。

「炎弾だ、ごらぁ!」

 冬也の魔法は、辛うじて前足の勢いを相殺させるが、ダメージを与えた様子は無い。

「切り裂け、風の刃!」

 すかさず冬也は次の魔法を放つ。しかし、赤黒い皮膚は傷一つ付かなかった。

 魔法という未知の攻撃手段に、冬也が違和感を感じながらも心を躍らせたのは、何も冒険心からだけではない。武術を修めた冬也であれば、瓦の十枚や二十枚は容易く割ってみせる。
 ただ、魔法は完全に異なる手段の攻撃方法である。イメージを固めるだけで、不可能を可能にする力を発揮させる。

 マンティコアと対峙した時に、冬也は自分の拳では相手にダメージを与えられないと判断した。そして、渾身の力で脇腹を殴りつけても、相手は多少怯んだだけであった。
 その後に放った二発の魔法も、大したダメージを与えられたと思えない。これが何を意味するのか。戦いの場において、冬也の中に絶望が押し寄せようとしていた。

「効いてねぇのか?」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私がサポートするから、思いっきり魔法を撃って」

 ペスカは冬也に近づくとその背中に手を添える。その手に導かれる様に、急激に冬也の体内でマナが巡りだす。
 自分の中には、こんなにも大量のマナが眠っていたのか。冬也は少し驚きながらも、次の魔法を放つ。

「飛べ、風の刃。あいつを切り裂きやがれ!」

 言葉を唱えた瞬間、今までよりも大きい力の放出を感じた。空間が裂けるのが視認出来る程に、大きい風の刃が十枚ほどマンティコアに向かって飛んでいく。
 予想外だったのか、獲物が弱者だと油断していたのか、マンティコアの体に魔法が直撃する。直撃した風の刃は、マンティコアの体を抉り血を噴き出させた。

 直後、マンティコアは怒りの咆哮を上げた。格下の相手、それも獲物からの反撃を喰らった事でマンティコアが怒り、体内でマナが膨れ上がったのだ。マンティコアは遊びを止め、本気で獲物を狩る準備を整えたのだ。
 翼をはためかせると、強風が吹き荒れる。その風には、目で捉えるのが困難な程の薄い刃が混じっていた。

 辺りの木々は、尽く切り裂かれる。冬也は咄嗟に土の壁を魔法で作るが、あっさりと壊されペスカと共に吹き飛ばされた。
 ペスカを庇う様に抱きしめて、冬也は大地を転がる。冬也には沢山の切り傷がつき、更に大量の血が流れ出す。それでも冬也は痛みを堪えて、再び立ち上がる。

 すかさずマンティコアは、土を撒き散らしながら冬也に走り寄る。しかし冬也は、背の痛みのせいで集中出来ず、振るわれる爪を魔法で相殺出来ない。冬也は咄嗟にペスカを抱えて、横に飛んで爪を躱す。
 躱した先には、倒れた木々が立ち塞がる。そして冬也はようやく気がついた。倒木に囲まれ逃げ場が無い。自分達は追い込まれていたのだと。

 目の前からは、マンティコアがじりじりと迫る。それはまごう事なき命の危機であり、死が直前にまで迫っていた。
 絶望が冬也を完全に覆い隠そうとした時であった。ペスカの優しい声が、冬也の耳に届いた。

「お兄ちゃん、大丈夫だよ。私が守るから」

 冬也は背中に温かい熱を感じた。次の瞬間には痛みが引き、血が止まるのがわかった。
 ペスカの力だろうか。ふと、冬也はペスカの言葉を思い出していた。魔法はイメージの具現化であると。
 それに薄々、冬也は感づいていたのだろう。確かに威力は増したが、今のままでは傷を付けるだけで倒すには至らないと。

 確かに魔法は凄い。だが、そもそもこれは俺の戦い方じゃない。十年以上も何を鍛えてきた。それは自身の肉体だろう。それならばそれを使わないでどうする。
 だが、自分の拳は奴に通じなかった。だからこその魔法だ。通じないのなら二つを同時に使えばいい。ペスカが助けてくれている、俺の魔法は必ず奴に通じる。

 冬也は再び全身にマナを巡らせる。それは、冬也の筋肉を著しく活性化させる。そして冬也は両の腕に風の魔法をまとわせる。これで準備は完了だ。冬也はマンティコアに向かって走りだした。

 活性化された筋肉は、冬也の走るスピードを何倍にも増加させた。そんな冬也を流石に脅威と感じたのか、冬也を遠ざけ様とマンティコアは爪を振るう。すかさず冬也は爪を搔い潜ると懐に入り込み、マンティコアの横っ腹を目掛けて拳を振り抜く。
 先はダメージを与える事は出来なかった。しかし今度は、頑丈な皮膚を冬也の拳が捉え大きな穴を開ける。振り抜いた拳と共に風の刃が、ドリルの様にマンティコアの胴をくり抜いていく。

 やがて冬也の拳が胴を貫通させる。そして、マンティコアは大きな音を立てて崩れ落ちた。

「や、ったのか……」
「うん。やったよ、お兄ちゃん」

 ペスカの声は、冬也を心の底から安堵させた。夢が告げた死の運命を、実際に退けたのだ。冬也はその場でペタンと座り込み、大きく息を吐いた。
 まだ痛みは有る、心臓がバクバクと激しく音を立てている。だが、このまま呆けているという選択肢は二人になかった。

 重い体を引きずるようにして、二人は歩みを進める。やがて道の先に光が見え始める。振り向いても、他に化け物が追って来る気配は無い。ようやく二人は、走りを緩めて息を整える事が出来た。

「ペスカ怪我は無いか? 出口だぞ。もう一息だ」
「大丈夫だよお兄ちゃん。やったね! 凄いよお兄ちゃん! 神だよ!」
「何とか助かったな」
「お兄ちゃん、それより怪我。早く手当しよ」
「それよりペスカ、森を抜けたら、色々聞かせてくれるんだろうな」

 流石の冬也でも、数々のおかしなペスカの言動を、見逃す気は無くなっていた。