一方ペスカはというと、終わらない朝の稽古を見かねたのか、少し呆れ顔でその一部始終を眺めていた。そして呟く。
「男の子って馬鹿だよね。俺がてっぺんを取るとか、本気で考えてそうだし」
それもそうだ、夢中になって模擬試合を行っているのだから。とは言え、ペスカとて他人の事をとやかくは言えまい。何故なら前世では、『大陸最強』や『並ぶ者なし』と評されてたのだから。
それは誰よりも研鑽に励んだ結果であろう。目の前にいる愛すべき馬鹿共は、その渦中にいるのだ。
「頑張れ、お兄ちゃん」
そうしてペスカは、冬也達が疲れ果てるのを待った。
「お兄ちゃん。言っとくけど、この国の近衛隊は、選りすぐり精鋭なんだよ。代々の隊長は、化け物じみた強い人が選ばれているんだよ。そもそも、近衛隊の隊士と渡り合うお兄ちゃんがおかしいんだよ」
「ペスカ様の仰る通りです。それに、私に傷を負わせる事の出来る者は、数える程しかいない。最後はかなり危なかった」
そう言うと、シグルドは腕を捲る。捲った腕には、赤い一筋の痣が出来ていた。
「まぁ、それだけ近衛隊長を本気にさせたって事だよ。お兄ちゃん」
「そうですね、ペスカ様。先が楽しみです」
冬也が起き上れる程に回復すると、シグルドと剣術談義を始める。それに隊士達も加わり盛り上がる。その頃、ペスカは戦車の中へ消えていた。
冬也の腹が大きな音を立て始めた頃に、ペスカが戦車から戻って来た。
「今日は特別に、ペスカちゃん特製の朝ごはんだよ。さぁ腹ペコさん達、たんと召し上がれ」
ペスカが作って来た物、それは日本ではありふれた、ただの茶漬けだった。ご飯に白身魚と海苔が乗って、出汁がかけられたシンプルな茶漬けである。
しかし、隊士達はこぞって御代わりを求め、シグルドは目を細めて頷いていた。冬也は、「旨いよペスカ。やれば出来るじゃん」と褒め、ペスカをご満悦にさせていた。
ペスカが気を許したのか、その日以降の旅は順調に進んだ。
ペスカが戦車を暴走させる事は無く、休憩中には冬也がシグルドに稽古をつけられ、時折現れるモンスターは冬也と隊士達が共同で倒して行った。
ただ、モンスターが現れる度に、とある疑問がチラつく。それは、領都の執務室内で後回しにされた答えであった。
「ところでよ。モンスターが無限に沸くってのは、どういう意味だ?」
「あぁ、それ? 簡単だよ、瘴気のせいだね」
「瘴気?」
「うん。ロメリアが放つ、すっごく星に優しくない成分の事だよ」
「排ガスみてぇな?」
「そんなのレベルが違い過ぎるよ。放って置くと星を破壊しちゃう位の」
「それで、動物が変化する様な異常事態が起こるのか?」
「そうだね。それと、瘴気を取り込んだ動物とかは、何故か増えるんだよ」
「細胞分裂みたいにか?」
「そんな所だね。実際に観察した事が有るけど、キモイの一言だね」
「なんで増えるんだ?」
「そこまでは、わかんなかったんだ」
「そっか。マナ増加剤ってのも、増えちゃうんだろ?」
「あれの用途は、そういう効果を狙ったんじゃないんだよ。簡単に言えばエナドリのパワーアップ版みたいなもん」
「じゃあ、なんでモンスター化とかすんだよ」
「それもロメリアのせいだね」
「はぁ~。わかった様な、わからない様な」
「お兄ちゃんの理解はそれでいいと思うよ」
「ところでさ、準備ってのは? もうすぐ王都に着くんだろ? 大丈夫なのか?」
「ま、それは行ってみてのお楽しみだね」
そして一行は、順調に王都の前までたどり着く。しかし、直ぐには王都に入らず、正門の近くで休憩をする事になった。目の前まで来ているのに、王都に入らない事を、冬也は不思議に感じていた。しかしその理由は、直ぐに判明した。
王都方面から、兵と一緒にフードを被り胸の豊な女性が歩いて来る。そして、フードを取り払うと、銅像のペスカそっくりの顔立ちだった。銅像のペスカが動き出したのかと思う程に、体つきも銅像そっくりな美女だった。
「じゃ~ん。これぞ変わり身の術!」
「馬鹿かペスカ! これは身代わりだし、生贄だろ! 根本的な問題は解決してねぇよ!」
そもそもパレード自体に意味が無いと、思っていたのはペスカであろう。そして、シグルドもペスカと同意見を持っていたはずだ。なのに、何故こんなことを? 冬也の頭には疑問が駆け巡っていた。
シグルドからすれば、近衛隊の隊長として国王の命を順守するのは当然である。しかし、国王を諫めるのも側近の役目であろう。近衛隊の隊長ならば、そういう位置にいるはずだ。
実際にシグルドは、王命すら背く覚悟を決めていた。
確かに、ペスカの懸念している事が正しいのだ。未だロメリアへの対策は何一つ出来ていない。そんな中で襲撃されれば、メイザー領の二の前だ。それだけは起こしてはならない。
かと言って、国民感情を無視する事も出来ない。如何に大量に兵士を配置し防備を固めた所で、国民は安心出来まい。何故なら、万全の備えをしていたはずの領都が一つ落とされたのだから。次は我が身と考えても、何ら不思議ではない。それはペスカも十二分に理解をしている。
故にペスカとシグルドは、とある案を思いついた。
それは、パレードを大々的に行う。そうすれば、住民達は心に平穏を取り戻せるだろう。その一方で、ペスカは兵器開発に勤しむ事だ。
時間がどれ程に有るかは、全くわからないのだ。寧ろ、直ぐに攻めてくる事も想定しなければならない。ならば、ペスカが独自で動いた方が賢明であろう。
「ただよぉ。あんた、どこの誰だか知らねぇけど、こんな真似させられて、良いのか?」
「問題ございません。私はペスカ様やシグルド様の、お役に立てれば充分でございます」
念の為にと、身代わりになる女性に冬也は話しかける。しかし、女性は真っ直な目で冬也を見つめ、首を縦に振って言い切った。
「この子とシグルドが正門から入って、お祭り騒ぎしている頃に、私達は裏門からこっそり忍び込むの」
「裏門の兵には話を通しております。ごゆるりと街へお入り下さい」
もう決まった事かの様に、近衛隊の面々は段取りを進めていく。それを横目に、冬也は開いた口が塞がらず棒立ちになる。そして調子に乗るペスカと、案外ノリの良いシグルド。
「シグルド殿、お主も中々やるではないか」
「へっへっへ、ペスカ様ほどではございませんよ」
「だから、なんでそんな返し知ってんだよ、シグルドぉ!」
突っ込み対象が増えたと冬也は肩を落とす。ペスカは満面の笑みで戦車を動かす。二人は、悠々と裏門を抜け王都へ入って行った。
「男の子って馬鹿だよね。俺がてっぺんを取るとか、本気で考えてそうだし」
それもそうだ、夢中になって模擬試合を行っているのだから。とは言え、ペスカとて他人の事をとやかくは言えまい。何故なら前世では、『大陸最強』や『並ぶ者なし』と評されてたのだから。
それは誰よりも研鑽に励んだ結果であろう。目の前にいる愛すべき馬鹿共は、その渦中にいるのだ。
「頑張れ、お兄ちゃん」
そうしてペスカは、冬也達が疲れ果てるのを待った。
「お兄ちゃん。言っとくけど、この国の近衛隊は、選りすぐり精鋭なんだよ。代々の隊長は、化け物じみた強い人が選ばれているんだよ。そもそも、近衛隊の隊士と渡り合うお兄ちゃんがおかしいんだよ」
「ペスカ様の仰る通りです。それに、私に傷を負わせる事の出来る者は、数える程しかいない。最後はかなり危なかった」
そう言うと、シグルドは腕を捲る。捲った腕には、赤い一筋の痣が出来ていた。
「まぁ、それだけ近衛隊長を本気にさせたって事だよ。お兄ちゃん」
「そうですね、ペスカ様。先が楽しみです」
冬也が起き上れる程に回復すると、シグルドと剣術談義を始める。それに隊士達も加わり盛り上がる。その頃、ペスカは戦車の中へ消えていた。
冬也の腹が大きな音を立て始めた頃に、ペスカが戦車から戻って来た。
「今日は特別に、ペスカちゃん特製の朝ごはんだよ。さぁ腹ペコさん達、たんと召し上がれ」
ペスカが作って来た物、それは日本ではありふれた、ただの茶漬けだった。ご飯に白身魚と海苔が乗って、出汁がかけられたシンプルな茶漬けである。
しかし、隊士達はこぞって御代わりを求め、シグルドは目を細めて頷いていた。冬也は、「旨いよペスカ。やれば出来るじゃん」と褒め、ペスカをご満悦にさせていた。
ペスカが気を許したのか、その日以降の旅は順調に進んだ。
ペスカが戦車を暴走させる事は無く、休憩中には冬也がシグルドに稽古をつけられ、時折現れるモンスターは冬也と隊士達が共同で倒して行った。
ただ、モンスターが現れる度に、とある疑問がチラつく。それは、領都の執務室内で後回しにされた答えであった。
「ところでよ。モンスターが無限に沸くってのは、どういう意味だ?」
「あぁ、それ? 簡単だよ、瘴気のせいだね」
「瘴気?」
「うん。ロメリアが放つ、すっごく星に優しくない成分の事だよ」
「排ガスみてぇな?」
「そんなのレベルが違い過ぎるよ。放って置くと星を破壊しちゃう位の」
「それで、動物が変化する様な異常事態が起こるのか?」
「そうだね。それと、瘴気を取り込んだ動物とかは、何故か増えるんだよ」
「細胞分裂みたいにか?」
「そんな所だね。実際に観察した事が有るけど、キモイの一言だね」
「なんで増えるんだ?」
「そこまでは、わかんなかったんだ」
「そっか。マナ増加剤ってのも、増えちゃうんだろ?」
「あれの用途は、そういう効果を狙ったんじゃないんだよ。簡単に言えばエナドリのパワーアップ版みたいなもん」
「じゃあ、なんでモンスター化とかすんだよ」
「それもロメリアのせいだね」
「はぁ~。わかった様な、わからない様な」
「お兄ちゃんの理解はそれでいいと思うよ」
「ところでさ、準備ってのは? もうすぐ王都に着くんだろ? 大丈夫なのか?」
「ま、それは行ってみてのお楽しみだね」
そして一行は、順調に王都の前までたどり着く。しかし、直ぐには王都に入らず、正門の近くで休憩をする事になった。目の前まで来ているのに、王都に入らない事を、冬也は不思議に感じていた。しかしその理由は、直ぐに判明した。
王都方面から、兵と一緒にフードを被り胸の豊な女性が歩いて来る。そして、フードを取り払うと、銅像のペスカそっくりの顔立ちだった。銅像のペスカが動き出したのかと思う程に、体つきも銅像そっくりな美女だった。
「じゃ~ん。これぞ変わり身の術!」
「馬鹿かペスカ! これは身代わりだし、生贄だろ! 根本的な問題は解決してねぇよ!」
そもそもパレード自体に意味が無いと、思っていたのはペスカであろう。そして、シグルドもペスカと同意見を持っていたはずだ。なのに、何故こんなことを? 冬也の頭には疑問が駆け巡っていた。
シグルドからすれば、近衛隊の隊長として国王の命を順守するのは当然である。しかし、国王を諫めるのも側近の役目であろう。近衛隊の隊長ならば、そういう位置にいるはずだ。
実際にシグルドは、王命すら背く覚悟を決めていた。
確かに、ペスカの懸念している事が正しいのだ。未だロメリアへの対策は何一つ出来ていない。そんな中で襲撃されれば、メイザー領の二の前だ。それだけは起こしてはならない。
かと言って、国民感情を無視する事も出来ない。如何に大量に兵士を配置し防備を固めた所で、国民は安心出来まい。何故なら、万全の備えをしていたはずの領都が一つ落とされたのだから。次は我が身と考えても、何ら不思議ではない。それはペスカも十二分に理解をしている。
故にペスカとシグルドは、とある案を思いついた。
それは、パレードを大々的に行う。そうすれば、住民達は心に平穏を取り戻せるだろう。その一方で、ペスカは兵器開発に勤しむ事だ。
時間がどれ程に有るかは、全くわからないのだ。寧ろ、直ぐに攻めてくる事も想定しなければならない。ならば、ペスカが独自で動いた方が賢明であろう。
「ただよぉ。あんた、どこの誰だか知らねぇけど、こんな真似させられて、良いのか?」
「問題ございません。私はペスカ様やシグルド様の、お役に立てれば充分でございます」
念の為にと、身代わりになる女性に冬也は話しかける。しかし、女性は真っ直な目で冬也を見つめ、首を縦に振って言い切った。
「この子とシグルドが正門から入って、お祭り騒ぎしている頃に、私達は裏門からこっそり忍び込むの」
「裏門の兵には話を通しております。ごゆるりと街へお入り下さい」
もう決まった事かの様に、近衛隊の面々は段取りを進めていく。それを横目に、冬也は開いた口が塞がらず棒立ちになる。そして調子に乗るペスカと、案外ノリの良いシグルド。
「シグルド殿、お主も中々やるではないか」
「へっへっへ、ペスカ様ほどではございませんよ」
「だから、なんでそんな返し知ってんだよ、シグルドぉ!」
突っ込み対象が増えたと冬也は肩を落とす。ペスカは満面の笑みで戦車を動かす。二人は、悠々と裏門を抜け王都へ入って行った。