世の中には、触れてはならない物がある。それを禁忌と呼ぶ。この世界ロイスマリアにおいて、エルフは禁忌と呼べる存在だった。
知能やマナの力はどの種族よりも高く、長寿故に多くの知識を蓄えた存在。知恵者と呼ばれる彼らは、能力の高さからか自らを管理者と名乗った。
決して温和とは呼べない種族であるエルフ。最高の知能を誇るが故に、条理によってしか行動せず、一切の妥協を許さない。
それは、時として冷徹な決断を、迷う事なく行う。
エルフは、かつて多くの亜人達を、正義の名の下に滅ぼしていった。究極の合理主義とも言える彼らの行動は、多種族から見れば過激そのものだった。
これまでエルフ達は、森の賢者と呼ばれるホビットと、勇敢な戦士の一族ドワーフの厳重な監視を条件に、神々から国の存続を許されてきた。
ただホビットやドワーフ側から、エルフに干渉する事は無い。当然だろう、『藪をつついて蛇を出す』愚考は犯さない。
危険分子とも思えるエルフが、多種族の監視が有ったとて神々から自由を許されていたのには理由がある。
エルフ達は大陸随一の知恵者で有り、その恩恵にあずかる者も少なく無い。政治から生活技術に至るまで、その知恵を持って大陸を豊かにしてきた側面も持つ。
何しろ、ミノタウロスの農耕技術開発にも、エルフ達は力を貸して来たのだから。だからこそ、神々や他国から蛮行が見逃されて来た。
周囲のそんな態度こそが、エルフ達を増長させる一因でもあった。『エルフが動けば世界が滅びる』、それは亜人達の間で語り継がれる格言であった。
かつて、エルフの国で生まれたクロノスは、彼らの思想を嫌い国を出てラフィスフィア大陸に渡った。
しかしクロノスとて、合理性を追求した思考を完全に捨てきる事は出来なかった。結果として、魔道大国メルドマリューネは繁栄を極めた。その一方で、住民達は国を動かす機械の様でも有った。
兄クロノスを追い国を出たクラウスにとって、ペスカとの出会いは正に幸運であった。
彼の兄弟は、エルフの中では異端であった。だが多くのエルフは同じ思想を持つ。我らが、世界を管理せねばならないと。
そして現在、神が世界から消え崩壊が進んでいる。戦乱が、大陸中を覆い始めている。業を煮やしたエルフは、立ち上がった。
今こそ、自分達が世界から混乱を治める時であると。ただ、それこそが過ちであると、エルフ達は気が付いていない。
彼らは世界を滅ぼす。彼らが戦いを治めるのは、戦う両陣営を殺し尽くす以外にない。戦いの根源すら断ち切る徹底した考え方は、大陸に絶望しか齎さない。
それは、アンドロケインの歴史が証明する。
また、彼らが特に危険視されるのは、集団で行使する大規模魔法の存在にもある。
国一つを簡単に破壊する大規模魔法は、大量の核兵器を一国が保有する事と、なんら危険性は変わり無い。
相対すれば例えドラゴンとて、無事では済まないだろう。ましてや殲滅ではなく鎮圧ならば、エンシェントドラゴンのミューモとて無傷で止める事は難しい。
そして、丁度エレナがミノタウロス達を説得していた頃、エルフの民全てが一斉に進軍を開始した。
エルフ達のある国は、アンドロケイン大陸の最北端に位置する。しかし、戦乱が起きているのは、大陸中央から南部にかけて。
南部の国境を隣接するドワーフとホビットの国、いずれかを通らなければ、大陸中央には行きつけない。
剛腕であるドワーフは、肉弾戦にかけて大陸随一の実力を持つ。対して、ホビットは俊敏さや隠密性にかけては、キャットピープルに劣らないものの、直接的な戦闘力は極めて低い。
当然エルフ達は、ホビットの国に侵攻した。誰にも気が付かれる事も無く静かに。
突然現れたエルフの大群に驚きつつも制止を試みるホビットに対し、エルフ達は実力行使を行った。
止まらないエルフ達の進軍。もはや大移動とも言って良い国民総出の進軍を、ホビットだけでは止める事は出来ない。すぐさまドワーフ達に救援を求めるも、エルフ達の行動は素早かった。
立ちはだかろうとする者は、全て敵である。エルフ達は次々とホビット達を殺し、町は焼かれていく。
たった一日の事であった。ホビットの国は文字通りに消滅した。最後は大規模魔法によって。
救援がドワーフの国に届く事すらなかった。ミューモがそれに気が付いた時には、全てが終わっていた。
☆ ☆ ☆
「不味いエレナ。エルフ達が動きだした」
ミノタウロスの国で起きる、暴徒を鎮圧しエレナに合流したミューモは、急に声を荒げる。
その声にやや驚き、エレナはミューモの顔を見やる。ミューモの表情は、これまでよりも硬く、危機感が伝わってくる。しかし、エレナはややお道化た様に、ミューモへ答えた。
「な、何を言ってるニャ、ミューモ。怖い事を言っちゃ駄目ニャ」
「嘘ではない。大規模魔法が発動した気配を感じたのだ。使用されたのは大陸の東側、恐らくホビットの国であろう。あれは不味い、決して使ってはいけない術だ」
確かにいつエルフ達が動きだすかは、予想が付かなかった。ただ早すぎる、こちらは準備が全く整っていない。
ミューモの言葉を聞いたエレナは、エルフ達の後塵を拝した事に動揺した。
「まさか。本当かニャ?」
「お前の恐れていた事が起こってしまった。俺は直ぐに奴らを抑える」
「お前だけで行くのは駄目ニャ。せめて眷属を一体だけでも連れて行くニャ」
ミューモはゆっくりと頷く。
エレナの危惧は同然の事だろう。先程ミューモの語った中に、大規模魔法という言葉があった。エレナは、禁忌の魔法のその存在のみしか知らない。だが、それが一国を滅ぼす事だけは、伝え聞いている。
禁術は、ホビットの国すら滅ぼしたに違いない。そんな魔法を使う連中を相手にすれば、例えミューモでも危険である。
心配そうな表情でエレナは、ミューモを見上げていた。そして、やや溜息をついてミューモは呟く。
「せめて、我が眷属が全て揃っていれば楽なのだがな」
「言ってる場合じゃないニャ。スールには連絡取れないニャ?」
「取れなくはないが、ラフィスフィア大陸を放置して、こちらに来いとは言えまい」
わかってはいた。ミューモの眷属達は、各地の戦争を止める為に今も交戦を続けている。スールやブルには、ラフィスフィア大陸でやる事がある。
「にゃ~! 準備の時間くらい欲しいニャ! どいつもこいつも~!」
「それには同感だ。だがなエレナ」
「わかってるニャ。ミノタウロスは任せるニャ。きっちりしごいて、一流の戦士にするニャ。この国は大陸の生命線ニャ、私が守るニャ!」
「頼りにしている。お前はあの最弱共を、大陸最強にしたのだ。それは、我らドラゴンとて出来ない偉業だ」
そう言うと、ミューモは飛び立った。ただ、エレナの心配は尽きなかった。
時間は短くても、ミューモとは決して浅い付き合いではない。ミューモの性格は、良く知っている。今のミューモは、エルフを止める事が出来るなら、己の身すら簡単に投げ出すだろう。
元は仲間想いの、優しいドラゴンなのだ。時として、それが仇になる。それがミューモなのだ。
「焦っちゃ駄目ニャ、ミューモ。あいつらが帰って来るまで、絶対に耐えるニャ」
既に遠くの空を駆けるミューモには、エレナの言葉は伝わるまい。しかし、エレナは呟かずにはいられなかった。
戦いは、激しさを増す。各地で起きる騒乱は、止まる様子を見せず、更なる混乱が巻き起こった。
アンドロケイン大陸に、絶望の影が広がろうとしていた。
知能やマナの力はどの種族よりも高く、長寿故に多くの知識を蓄えた存在。知恵者と呼ばれる彼らは、能力の高さからか自らを管理者と名乗った。
決して温和とは呼べない種族であるエルフ。最高の知能を誇るが故に、条理によってしか行動せず、一切の妥協を許さない。
それは、時として冷徹な決断を、迷う事なく行う。
エルフは、かつて多くの亜人達を、正義の名の下に滅ぼしていった。究極の合理主義とも言える彼らの行動は、多種族から見れば過激そのものだった。
これまでエルフ達は、森の賢者と呼ばれるホビットと、勇敢な戦士の一族ドワーフの厳重な監視を条件に、神々から国の存続を許されてきた。
ただホビットやドワーフ側から、エルフに干渉する事は無い。当然だろう、『藪をつついて蛇を出す』愚考は犯さない。
危険分子とも思えるエルフが、多種族の監視が有ったとて神々から自由を許されていたのには理由がある。
エルフ達は大陸随一の知恵者で有り、その恩恵にあずかる者も少なく無い。政治から生活技術に至るまで、その知恵を持って大陸を豊かにしてきた側面も持つ。
何しろ、ミノタウロスの農耕技術開発にも、エルフ達は力を貸して来たのだから。だからこそ、神々や他国から蛮行が見逃されて来た。
周囲のそんな態度こそが、エルフ達を増長させる一因でもあった。『エルフが動けば世界が滅びる』、それは亜人達の間で語り継がれる格言であった。
かつて、エルフの国で生まれたクロノスは、彼らの思想を嫌い国を出てラフィスフィア大陸に渡った。
しかしクロノスとて、合理性を追求した思考を完全に捨てきる事は出来なかった。結果として、魔道大国メルドマリューネは繁栄を極めた。その一方で、住民達は国を動かす機械の様でも有った。
兄クロノスを追い国を出たクラウスにとって、ペスカとの出会いは正に幸運であった。
彼の兄弟は、エルフの中では異端であった。だが多くのエルフは同じ思想を持つ。我らが、世界を管理せねばならないと。
そして現在、神が世界から消え崩壊が進んでいる。戦乱が、大陸中を覆い始めている。業を煮やしたエルフは、立ち上がった。
今こそ、自分達が世界から混乱を治める時であると。ただ、それこそが過ちであると、エルフ達は気が付いていない。
彼らは世界を滅ぼす。彼らが戦いを治めるのは、戦う両陣営を殺し尽くす以外にない。戦いの根源すら断ち切る徹底した考え方は、大陸に絶望しか齎さない。
それは、アンドロケインの歴史が証明する。
また、彼らが特に危険視されるのは、集団で行使する大規模魔法の存在にもある。
国一つを簡単に破壊する大規模魔法は、大量の核兵器を一国が保有する事と、なんら危険性は変わり無い。
相対すれば例えドラゴンとて、無事では済まないだろう。ましてや殲滅ではなく鎮圧ならば、エンシェントドラゴンのミューモとて無傷で止める事は難しい。
そして、丁度エレナがミノタウロス達を説得していた頃、エルフの民全てが一斉に進軍を開始した。
エルフ達のある国は、アンドロケイン大陸の最北端に位置する。しかし、戦乱が起きているのは、大陸中央から南部にかけて。
南部の国境を隣接するドワーフとホビットの国、いずれかを通らなければ、大陸中央には行きつけない。
剛腕であるドワーフは、肉弾戦にかけて大陸随一の実力を持つ。対して、ホビットは俊敏さや隠密性にかけては、キャットピープルに劣らないものの、直接的な戦闘力は極めて低い。
当然エルフ達は、ホビットの国に侵攻した。誰にも気が付かれる事も無く静かに。
突然現れたエルフの大群に驚きつつも制止を試みるホビットに対し、エルフ達は実力行使を行った。
止まらないエルフ達の進軍。もはや大移動とも言って良い国民総出の進軍を、ホビットだけでは止める事は出来ない。すぐさまドワーフ達に救援を求めるも、エルフ達の行動は素早かった。
立ちはだかろうとする者は、全て敵である。エルフ達は次々とホビット達を殺し、町は焼かれていく。
たった一日の事であった。ホビットの国は文字通りに消滅した。最後は大規模魔法によって。
救援がドワーフの国に届く事すらなかった。ミューモがそれに気が付いた時には、全てが終わっていた。
☆ ☆ ☆
「不味いエレナ。エルフ達が動きだした」
ミノタウロスの国で起きる、暴徒を鎮圧しエレナに合流したミューモは、急に声を荒げる。
その声にやや驚き、エレナはミューモの顔を見やる。ミューモの表情は、これまでよりも硬く、危機感が伝わってくる。しかし、エレナはややお道化た様に、ミューモへ答えた。
「な、何を言ってるニャ、ミューモ。怖い事を言っちゃ駄目ニャ」
「嘘ではない。大規模魔法が発動した気配を感じたのだ。使用されたのは大陸の東側、恐らくホビットの国であろう。あれは不味い、決して使ってはいけない術だ」
確かにいつエルフ達が動きだすかは、予想が付かなかった。ただ早すぎる、こちらは準備が全く整っていない。
ミューモの言葉を聞いたエレナは、エルフ達の後塵を拝した事に動揺した。
「まさか。本当かニャ?」
「お前の恐れていた事が起こってしまった。俺は直ぐに奴らを抑える」
「お前だけで行くのは駄目ニャ。せめて眷属を一体だけでも連れて行くニャ」
ミューモはゆっくりと頷く。
エレナの危惧は同然の事だろう。先程ミューモの語った中に、大規模魔法という言葉があった。エレナは、禁忌の魔法のその存在のみしか知らない。だが、それが一国を滅ぼす事だけは、伝え聞いている。
禁術は、ホビットの国すら滅ぼしたに違いない。そんな魔法を使う連中を相手にすれば、例えミューモでも危険である。
心配そうな表情でエレナは、ミューモを見上げていた。そして、やや溜息をついてミューモは呟く。
「せめて、我が眷属が全て揃っていれば楽なのだがな」
「言ってる場合じゃないニャ。スールには連絡取れないニャ?」
「取れなくはないが、ラフィスフィア大陸を放置して、こちらに来いとは言えまい」
わかってはいた。ミューモの眷属達は、各地の戦争を止める為に今も交戦を続けている。スールやブルには、ラフィスフィア大陸でやる事がある。
「にゃ~! 準備の時間くらい欲しいニャ! どいつもこいつも~!」
「それには同感だ。だがなエレナ」
「わかってるニャ。ミノタウロスは任せるニャ。きっちりしごいて、一流の戦士にするニャ。この国は大陸の生命線ニャ、私が守るニャ!」
「頼りにしている。お前はあの最弱共を、大陸最強にしたのだ。それは、我らドラゴンとて出来ない偉業だ」
そう言うと、ミューモは飛び立った。ただ、エレナの心配は尽きなかった。
時間は短くても、ミューモとは決して浅い付き合いではない。ミューモの性格は、良く知っている。今のミューモは、エルフを止める事が出来るなら、己の身すら簡単に投げ出すだろう。
元は仲間想いの、優しいドラゴンなのだ。時として、それが仇になる。それがミューモなのだ。
「焦っちゃ駄目ニャ、ミューモ。あいつらが帰って来るまで、絶対に耐えるニャ」
既に遠くの空を駆けるミューモには、エレナの言葉は伝わるまい。しかし、エレナは呟かずにはいられなかった。
戦いは、激しさを増す。各地で起きる騒乱は、止まる様子を見せず、更なる混乱が巻き起こった。
アンドロケイン大陸に、絶望の影が広がろうとしていた。