神の世界をロイスマリアに繋げ、地上に渡った神々。冬也が神の世界から離れた後、女神フィアーナは再び神の世界をロイスマリアと切り離した。
 当初の目的とは異なる。しかし、意図せず反フィアーナ派は壊滅し、暴走するアルキエルを封じる事には成功した。
 
 神々はかなり疲弊している。仕方があるまい、これまで生死を賭けて戦っていたのだ。
 神気を使い放たす神は多く、大地母神でさえも僅かな神気しか残っていない。まさに九死に一生を得るが如く、神々は消滅の危機を逃れたのだ。
 然りとて休む暇など無い。世界は今尚、壊れ続けているのだから。

「さ~て。神の皆さんは、これから頑張って地上を癒して下さいね」

 ペスカは、神々の疲労を考慮する事無く、笑顔で言い放つ。しかしペスカの言葉には、逆らい難いものを神々は感じた。
 己の責任を果たせ。ペスカの言葉には強い意味が含まれるのを、神々は理解していた。再び地上に降りる事が出来たのは、その為なのだから。

 ペスカの言葉を受けて、神々は重い体を動かし始める。やらねばならぬ。もう、間違いを繰り返してはならぬ。今、確実にペスカが神を動かしていた。

「えっとね。どの大陸も大変だけど、ドラグスメリアが比較的楽かな。ズマが頑張ってるし」
「ズマと言うと、あのゴブリンのガキかい?」
「そうですよ。ミュール様が戯れに作ったゴブリンです。今は大陸を統制する為政者ですね」

 女神ミュールは、目を皿の様にしていた。

 これが地上で生きる者の可能性なのか。窮地に立たされた状態で、魔獣達の先頭に立って率いているのは、ドラゴンでも巨人達でもない、ちっぽけな存在であるゴブリン。女神ミュールは、自分の価値観を引っ繰り返された思いであった。

「山さん達の事も頼みますね。神格のままじゃ可哀想ですし」
「そんな事、あんたに言われるまでも無いわよ」
 
 女神ミュールは、多くの神格を抱えドラグスメリアに消えた。続いてペスカは、女神フィアーナに向き合う。

「ラフィスフィア大陸も、多少はましかな。大地の荒廃が酷いから、修復がかなり大変ってだけで」
「ペスカちゃん、あのね。それはかなり深刻なのよ!」
「その深刻な状況にしちゃったのは、フィアーナ様達じゃないですか」

 女神フィアーナは言葉に詰まる。地上に生きる者を見捨てる決断をしたのは、自分なのだから。

「先ずはシルビアに連絡してあげて下さい。喜ぶと思いますよ」
「そうね。これからが本当の戦いだもの。皆、行くわよ!」

 女神フィアーナは少し冬也を見やると、多くの神々を連れて消えていった。ペスカは最後に、女神ラアルフィーネと向き合った。

「アンドロケインは、何て言うか……。駄目かもしんない」
「ちょっと、ペスカちゃん! 止めてよ!」
「事なかれ主義の、ラアルフィーネ様が悪いんですよ」
「意地悪ね、ペスカちゃん」
「後で、私達も行きますよ。あそこには私達の仲間が居ます。最悪の事態にはならない、かも?」
「なんで疑問形! 不安になって来たわ。皆、直ぐに行きましょう!」

 女神ラアルフィーネは青ざめた顔で、アンドロケイン大陸に根差す神々を連れて消えていく。
 全ての神がペスカ達の前から消える。そして最後まで黙って見守っていた冬也は、ポツリと呟いた。

「ブラック企業も真っ青だな。あいつら全員、過労死するんじゃねぇか?」
「嫌なこと言わないでよね、お兄ちゃん。それだと私が、過酷な労働を強いてるみたいじゃない!」
「馬鹿かペスカ。雇用者側はこの世界だろ? その意味じゃあ、俺達も変わりはしねぇよ」
「あ~何て言うか、決意とか色々台無しだよ。そもそも全員、神様なんだよ。死なないんだよ」
「死んでも働けって神は過酷だな。俺は人間で良かったぜ」
「はぁ。私はお兄ちゃんのお馬鹿な所に救われるよ」
「そりゃ何よりだよ。所でペスカ、スールをアンドロケインに向かわせとく。そろそろ不味いだろ?」
「助かるよお兄ちゃん。とうとう面倒なのが、動き出したからね」
「でもよペスカ。あそこにはミューモも居るんだぜ! 幾ら何でもエンシェントドラゴンと、ガチで戦える種族なんて信じらんねぇよ」
「う~ん。クロノス程の天才は居ないけど、クラウスが数百人単位で揃ってるとしたらどう?」
「糞面倒だな。そんな奴らが問答無用に力を振るうなら、ミューモでも手を焼くか。殲滅ならいざ知らず」
「そうなんだよ、厄介なんだよ。面倒なんだよ」
「力を持てば使ってみたくなる。知恵が有れば教えたくなる。そこんところは、どいつも変わりはしねぇな」
「そこまでなら、良いんだよ」
「力に溺れるってか?」
「そう。誰もが傲慢になっていく。人も亜人も神も一緒だよ」

 ペスカと冬也は顔を見合わせた。

 崩壊した世界の修復は、神々に任せよう。しかし、その影響で起きた惨劇は、止めなければならない。
 一時的とは言え、アルキエルを神の世界に閉じ込めた。しかし、いずれは決着をつけなくてはならない。山積みにも思える課題を目の前に、知らずの間に溜息をついていた。

 少しばかりの時間が過ぎ、冬也はスールに呼び掛ける。

「取り合えず、俺もやる事はやらねぇとな。おいスール、聞こえるよな?」
「主。無事のご帰還、お待ちしておりました」
「何言ってやがる。繋がってるから、復活したのはとっくに知ってただろうが!」
「それでも、お声を掛けて頂くまでは、気が気でありませんでした。所で何か御用なのでしょう?」
「あぁスール。お前、アンドロケインに向かってミューモの力になってくれ」
「それは、エルフ達の事ですな?」
「察しが良いな。その通りだ」
「ブルはどうします?」
「あいつは、ラフィスフィアに置いていけ。これ以上、あいつを戦いの場に出したくねぇ。あいつは呑気に農業やってる方が良いんだ」
「ブルにはそのまま、伝えておきましょう」
「後で俺達も行くけど、頼むぜ」
「畏まりました。では主、後程」

 ミューモとエレナは、未だ気が付いていない。だが、確実に事態は進行していた。
 
 これまでミノタウロス達が作った食糧の大半は、ドワーフの国を経由しエルフの国に運ばれていた。それにより飢える事の無かったエルフ達は、大陸の危機にも関わらず動きを見せなかった。
 アンドロケイン大陸に直面している危機は、大陸中央から南方に位置するキャットピープルの国を含めた戦乱を繰り広げる五か国。
 ミューモと眷属達は、この戦乱を治める為に飛び回っており、エルフやドワーフにホビットの国が位置する大陸北部にまで、意識を向ける事が出来なかった。
 
 神が消えた世界、そして未だに神は戻らない。見捨てられた世界を嘆き、エルフは立ち上がった。既に、ペスカ達の尽力により、神が世界に戻った事を知らずに。
 動き始めたエルフ達は、止まる事が無い。事態は、静かに進行していく。その刃は、ドワーフとホビットの喉元に向かう。
 
 平和な世界は、未だ遠く。戦乱は、治まりを見せない。アンドロケイン大陸の混乱は、まだ始まったばかりであった。