お前も救う。冬也の言葉は、アルキエルを激高させた。
「冬也ぁ! てめぇ舐めてんのか!」
「だから、うっせぇってアルキエル。騒いでも俺には勝てねぇぞ。思いださせてやるよ。勝負の楽しさってやつをな」
「それは生きるか死ぬかだろうが! てめぇに倒されて知ったんだぞ! 忘れたとは言わせねぇ!」
「違うぜ、アルキエル。お前が元々知っていた事だ。忘れちまったなら、俺が思いださせてやる」
「何をだ! ふざけんじゃねぇ冬也ぁ!」
アルキエルが拳を振っても、冬也には軽く往なされる。そして、アルキエルの脇腹に強烈な一撃が入る。
何度と無く繰り返される攻防。片腕だけのアルキエルには、明らかな隙が出来る。冬也は、アルキエルの攻撃を躱しつつ、無くした腕側に回り込み脇腹を殴りつける。
それは互角の戦いなどではない。一方的とも言える戦いであった。
しかし、アルキエルが冷静であったなら、気が付いたはず。神の肉体は神気を具現化している。今のアルキエルなら、有り余る神気を持って片腕を簡単に再生出来たはず。それをしなかったのは、我を忘れていたからに他ならない。
冬也は磨き上げて来た技を持って、アルキエルを圧倒した。殺し合いではない。心行くまで技を競う、その楽しさをアルキエルに示したかった。
元々、戦いの神は一柱だけでは無かった。
体術が得意な神、槍が得意な神、戦術に長けた神など、総じて戦いの神と呼ばれていた。その中でアルキエルは、剣が得意な神であった。
戦いの神は、技や知恵の粋を集めた存在であり、それ故に敬われた。決して戦を好み、争いを起こす存在では無かった。
いつから戦いの神が変わってしまったのか。
それは、互いに競い合う様になってからであろう。剣の神アルキエルは、槍の神と技を競いあった。しかしそれは、アルキエルにとって心躍る日々だった。
生まれながらに、剣の極意を極めた存在。至高たる故に、唯々敬われるだけ。他者と技を競って戦う事は、退屈な日々からの解放であった。
互角に戦い切磋琢磨する。それは喜びに変わっていった。そして永遠につかないはずの勝負であった。だが、いつしか槍の神との勝負に決着がついてしまった。
「アルキエル、俺はもう疲れた。終わりにしよう」
槍の神が言い放った言葉を、アルキエルは受け止める事が出来なかった。楽しかったのは自分だけなのか? 技を競い合う事は苦痛なのか?
アルキエルには、わからなかった。
捉えきれない未知の感覚に襲われ、アルキエルは混乱した。ライバルであり親友だった槍の神は、アルキエルの攻撃を受けて消滅しかけている。アルキエルは親友を失いたくなかった。だから言った。
「俺の中で永遠に生きろ、槍の神」
そして槍の神は、アルキエルの一部となった。こうして槍の神の力を手に入れたアルキエルは、戦いの神の中でも突出した存在になった。
ただ、一度味わった喜びは忘れる事が出来ない。
それからもアルキエルは、他の戦いの神にも挑み続けた。互角の戦いを願って。しかし、結果は明白である。複数の力を持つアルキエルに、勝つ事が出来る戦いの神は存在しなかった。
次々と他の神を取り込み、アルキエルは力を得ていく。やがて競い合う喜びを忘れ、戦う事だけが目的に変わっていく。
徐々にアルキエルは狂っていく。戦いの神がたった一柱になった時、アルキエルは絶望した。その絶望は、より深く戦いを渇望させた。
タールカールを治める大地母神を消滅させる為に一役買い、女神セリュシオネに言われるまま、大地に戦争を引き起こした。それでもアルキエルは満たされなかった。冬也と出会うまでは。
アルキエルは神としての長い生涯で、初めて敗北した。敗北して尚、戦いを切望した。言うまでも無い、冬也との再戦を。
神格が消滅した後、アルキエルの自我は消え二度と蘇らないはずだった。
邪神ロメリアが起こした混乱や、ドラグスメリアでの騒乱の末、戦の想念が神を生む。新たに生まれた戦いの神に、アルキエルの自我が宿るとは、アルキエル自身も予想していなかっただろう。
だが、奇跡にも似た現象は現実になった。それは、想いの強さだったのかもしれない。若しくは、怨念にも近い執念が、アルキエルの自我を蘇らせたのかもしれない。
どちらにせよ、アルキエルにとっては願ってもない事だった。
敗北が大きな経験となる。度重なり起きた大きな戦い、その事象が力に変わっていく。更なる強さを得たアルキエルは、冬也との再戦を望んだ。しかし結果は、余りにもあっけなかった。
唯一、自分と対等に戦う事が出来る者が、こんなに脆いはずがない。そしてアルキエルは待った。女神フィアーナの思惑に乗り、存在の消滅を賭けた戦いに臨んだ。
どれだけ反フィアーナ派の連中を叩き潰しても、弱い神々を消し飛ばしても、アルキエルの心は晴れない。
だが、アルキエルの望みは叶った。
今アルキエルは、願って止まない冬也との戦いを行っている。しかし、どれだけ拳を振ろうとも満たされない。
冬也の拳が消滅させる程のダメージを、自分に与えないからか。死と隣り合わせでしか感じない緊張感が、この戦いにはないからか。
冬也は、本気で戦っていない。これだけ冬也の拳で打たれているのだ。本気であったら、自分は消滅していてもおかしくはない。
何故、本気で戦わない。殺そうと思わない。望んでいるのは、殺し合いなのに。それ故わざわざ、恨まれて当然の事をしたのに。
何故だか、アルキエルにはわからない。
「何故、てめぇは本気で戦わねぇ! ここまでやっても何でだ! 殺し合いだろうがぁ! それこそが戦うって事だろうがぁ! てめぇは言ったな、自分が人間だってよぉ。ならわかるはずだぜ。他人を陥れて、裏切って、全てを我が物にするのが人間だぁ! それが性だ! 勝負の楽しさだぁ? 笑わせんじゃねえよ冬也ぁ! もう一度、ぶち殺してやる! そうすりゃ少しは頭もはっきりすんだろうよ」
「目を覚ますのは、てめぇだアルキエル。思い出せよ、お前が何を求めて戦い始めたのかを。忘れたなら、俺が思い出させてやるよ」
冬也の右拳がアルキエルの左頬を捉える。アルキエルは、顔を歪ませて吹き飛ばされる。吹き飛びながらも、態勢を立て直そうとするアルキエルに対し、冬也は踵落としを見舞う。
冬也の踵は、アルキエルの腹部に直撃し、そのまま床に叩きつけられる。勢いをつけて叩きつけられたアルキエルの体は、バウンドする様に跳ねながら何回転もし床を転がる。
そして飛ばされながら、アルキエルは思った。
何故、こんなにも違う。冬也が強くなったのか。いや、神気は俺の方が桁違いに大きい。
覚悟の差か。それも違うはずだ。俺は存在そのものを賭けたんだ。覚悟が冬也に負けているとは、思えない。
なのに何故、俺の拳は冬也に届かない。何故、戦っているのに、満たされない。何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故。
転がった後、アルキエルは直ぐに起き上がる事が出来なかった。神の世界の床など、大して固くはない。衝撃などは微塵も感じない。だが、アルキエルは起き上がれない。
この時、アルキエルには迷いが生じ始めていた。理解出来ない感情が、渦巻き始めていた。
丁度その頃、世界が再び繋がり原初の神々がロイスマリアに戻っていく。冬也はそれを見届けると、アルキエルに言い放つ。
「俺は、てめぇの相手だけしてらんねぇんだ。だから独りで答えを探せ! その迷いの先に何が見つかるのかはわかんねぇけどな。その時にまた相手をしてやるよ」
冬也はアルキエルに背を向けて歩き出す。
隙だらけの、ゆっくりとした歩みだ。しかし、背中越しに襲っても今の冬也に傷一つ付ける事は出来ないだろう。そしてアルキエルは、振り上げようとした拳を静かに下ろした。
冬也が神の世界から消えていく。アルキエルはただ茫然と、冬也を見送った。
冬也が去り、全ての目的は失われた。そして、神の世界は再びロイスマリアから切り離される。
完全なる孤独。
しかし冬也は言った、答えを探せと。せめて、時が来るまで。アルキエルは静かに瞼を閉じる。迷いの中、アルキエルが何を導きだすのか、それは神すらわからない。
「冬也ぁ! てめぇ舐めてんのか!」
「だから、うっせぇってアルキエル。騒いでも俺には勝てねぇぞ。思いださせてやるよ。勝負の楽しさってやつをな」
「それは生きるか死ぬかだろうが! てめぇに倒されて知ったんだぞ! 忘れたとは言わせねぇ!」
「違うぜ、アルキエル。お前が元々知っていた事だ。忘れちまったなら、俺が思いださせてやる」
「何をだ! ふざけんじゃねぇ冬也ぁ!」
アルキエルが拳を振っても、冬也には軽く往なされる。そして、アルキエルの脇腹に強烈な一撃が入る。
何度と無く繰り返される攻防。片腕だけのアルキエルには、明らかな隙が出来る。冬也は、アルキエルの攻撃を躱しつつ、無くした腕側に回り込み脇腹を殴りつける。
それは互角の戦いなどではない。一方的とも言える戦いであった。
しかし、アルキエルが冷静であったなら、気が付いたはず。神の肉体は神気を具現化している。今のアルキエルなら、有り余る神気を持って片腕を簡単に再生出来たはず。それをしなかったのは、我を忘れていたからに他ならない。
冬也は磨き上げて来た技を持って、アルキエルを圧倒した。殺し合いではない。心行くまで技を競う、その楽しさをアルキエルに示したかった。
元々、戦いの神は一柱だけでは無かった。
体術が得意な神、槍が得意な神、戦術に長けた神など、総じて戦いの神と呼ばれていた。その中でアルキエルは、剣が得意な神であった。
戦いの神は、技や知恵の粋を集めた存在であり、それ故に敬われた。決して戦を好み、争いを起こす存在では無かった。
いつから戦いの神が変わってしまったのか。
それは、互いに競い合う様になってからであろう。剣の神アルキエルは、槍の神と技を競いあった。しかしそれは、アルキエルにとって心躍る日々だった。
生まれながらに、剣の極意を極めた存在。至高たる故に、唯々敬われるだけ。他者と技を競って戦う事は、退屈な日々からの解放であった。
互角に戦い切磋琢磨する。それは喜びに変わっていった。そして永遠につかないはずの勝負であった。だが、いつしか槍の神との勝負に決着がついてしまった。
「アルキエル、俺はもう疲れた。終わりにしよう」
槍の神が言い放った言葉を、アルキエルは受け止める事が出来なかった。楽しかったのは自分だけなのか? 技を競い合う事は苦痛なのか?
アルキエルには、わからなかった。
捉えきれない未知の感覚に襲われ、アルキエルは混乱した。ライバルであり親友だった槍の神は、アルキエルの攻撃を受けて消滅しかけている。アルキエルは親友を失いたくなかった。だから言った。
「俺の中で永遠に生きろ、槍の神」
そして槍の神は、アルキエルの一部となった。こうして槍の神の力を手に入れたアルキエルは、戦いの神の中でも突出した存在になった。
ただ、一度味わった喜びは忘れる事が出来ない。
それからもアルキエルは、他の戦いの神にも挑み続けた。互角の戦いを願って。しかし、結果は明白である。複数の力を持つアルキエルに、勝つ事が出来る戦いの神は存在しなかった。
次々と他の神を取り込み、アルキエルは力を得ていく。やがて競い合う喜びを忘れ、戦う事だけが目的に変わっていく。
徐々にアルキエルは狂っていく。戦いの神がたった一柱になった時、アルキエルは絶望した。その絶望は、より深く戦いを渇望させた。
タールカールを治める大地母神を消滅させる為に一役買い、女神セリュシオネに言われるまま、大地に戦争を引き起こした。それでもアルキエルは満たされなかった。冬也と出会うまでは。
アルキエルは神としての長い生涯で、初めて敗北した。敗北して尚、戦いを切望した。言うまでも無い、冬也との再戦を。
神格が消滅した後、アルキエルの自我は消え二度と蘇らないはずだった。
邪神ロメリアが起こした混乱や、ドラグスメリアでの騒乱の末、戦の想念が神を生む。新たに生まれた戦いの神に、アルキエルの自我が宿るとは、アルキエル自身も予想していなかっただろう。
だが、奇跡にも似た現象は現実になった。それは、想いの強さだったのかもしれない。若しくは、怨念にも近い執念が、アルキエルの自我を蘇らせたのかもしれない。
どちらにせよ、アルキエルにとっては願ってもない事だった。
敗北が大きな経験となる。度重なり起きた大きな戦い、その事象が力に変わっていく。更なる強さを得たアルキエルは、冬也との再戦を望んだ。しかし結果は、余りにもあっけなかった。
唯一、自分と対等に戦う事が出来る者が、こんなに脆いはずがない。そしてアルキエルは待った。女神フィアーナの思惑に乗り、存在の消滅を賭けた戦いに臨んだ。
どれだけ反フィアーナ派の連中を叩き潰しても、弱い神々を消し飛ばしても、アルキエルの心は晴れない。
だが、アルキエルの望みは叶った。
今アルキエルは、願って止まない冬也との戦いを行っている。しかし、どれだけ拳を振ろうとも満たされない。
冬也の拳が消滅させる程のダメージを、自分に与えないからか。死と隣り合わせでしか感じない緊張感が、この戦いにはないからか。
冬也は、本気で戦っていない。これだけ冬也の拳で打たれているのだ。本気であったら、自分は消滅していてもおかしくはない。
何故、本気で戦わない。殺そうと思わない。望んでいるのは、殺し合いなのに。それ故わざわざ、恨まれて当然の事をしたのに。
何故だか、アルキエルにはわからない。
「何故、てめぇは本気で戦わねぇ! ここまでやっても何でだ! 殺し合いだろうがぁ! それこそが戦うって事だろうがぁ! てめぇは言ったな、自分が人間だってよぉ。ならわかるはずだぜ。他人を陥れて、裏切って、全てを我が物にするのが人間だぁ! それが性だ! 勝負の楽しさだぁ? 笑わせんじゃねえよ冬也ぁ! もう一度、ぶち殺してやる! そうすりゃ少しは頭もはっきりすんだろうよ」
「目を覚ますのは、てめぇだアルキエル。思い出せよ、お前が何を求めて戦い始めたのかを。忘れたなら、俺が思い出させてやるよ」
冬也の右拳がアルキエルの左頬を捉える。アルキエルは、顔を歪ませて吹き飛ばされる。吹き飛びながらも、態勢を立て直そうとするアルキエルに対し、冬也は踵落としを見舞う。
冬也の踵は、アルキエルの腹部に直撃し、そのまま床に叩きつけられる。勢いをつけて叩きつけられたアルキエルの体は、バウンドする様に跳ねながら何回転もし床を転がる。
そして飛ばされながら、アルキエルは思った。
何故、こんなにも違う。冬也が強くなったのか。いや、神気は俺の方が桁違いに大きい。
覚悟の差か。それも違うはずだ。俺は存在そのものを賭けたんだ。覚悟が冬也に負けているとは、思えない。
なのに何故、俺の拳は冬也に届かない。何故、戦っているのに、満たされない。何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故。
転がった後、アルキエルは直ぐに起き上がる事が出来なかった。神の世界の床など、大して固くはない。衝撃などは微塵も感じない。だが、アルキエルは起き上がれない。
この時、アルキエルには迷いが生じ始めていた。理解出来ない感情が、渦巻き始めていた。
丁度その頃、世界が再び繋がり原初の神々がロイスマリアに戻っていく。冬也はそれを見届けると、アルキエルに言い放つ。
「俺は、てめぇの相手だけしてらんねぇんだ。だから独りで答えを探せ! その迷いの先に何が見つかるのかはわかんねぇけどな。その時にまた相手をしてやるよ」
冬也はアルキエルに背を向けて歩き出す。
隙だらけの、ゆっくりとした歩みだ。しかし、背中越しに襲っても今の冬也に傷一つ付ける事は出来ないだろう。そしてアルキエルは、振り上げようとした拳を静かに下ろした。
冬也が神の世界から消えていく。アルキエルはただ茫然と、冬也を見送った。
冬也が去り、全ての目的は失われた。そして、神の世界は再びロイスマリアから切り離される。
完全なる孤独。
しかし冬也は言った、答えを探せと。せめて、時が来るまで。アルキエルは静かに瞼を閉じる。迷いの中、アルキエルが何を導きだすのか、それは神すらわからない。