反フィアーナ派が消滅しようとも、原初の神々が残っている。彼等は懸命にアルキエルに対抗した。どれだけ攻撃を重ねても、アルキエルは鷹揚として立っているだけ。圧倒的な神気の差に、原初の神々すら膝を突く。
原初の神々を『絶望』の二文字が支配しようとしている。そんな時だった。
神々の世界から、一切の神気がかき消された。そして、ロイスマリアと隔絶した神の世界を外側から強引にぶち破ろうとするかの様に、衝撃でグラグラと揺れる。
やがて神の世界には静寂が訪れる。それまでの戦いが、まるで嘘だったかの様に。
その瞬間、アルキエルは口角を吊り上げた。そして、原初の神々はその驚きに声を発せずにいた。
静寂の中に現れたのは、一人の半神。つい先頃、アルキエルによって惨殺された冬也なのだから。
神格が無事であるならば、復活するのも可能だろう。何せ、遺体はセリュシオネの下へ運ばれたのだから。しかし、なぜ全ての神が出入り出来ない閉ざされた空間に、冬也が入る事が出来たのか。
事態が呑み込めずに、多くの神が呆然としていた。暫しの沈黙の後、ようやく出た言葉は、女神フィアーナの一言であった。
「と、冬也君なの? なんでここに?」
「なんでって、助けに来たぜお袋」
「でもどうやってここに? いや、それより早く逃げなさい!」
「追い詰められて、頭が悪くなったのか? 神の連中が地上に戻らないと、困るんだよ!」
「だからって、どうやってここに来れたの?」
「それは、私から説明してあげるよフィアーナ様」
更には、聞きなれた愛らしくも元気な声が響く。フィアーナは、頭を抱える程に混乱した。そして、冬也は柔らかな笑みを称えて、静かに口を開く。
「ペスカ。無事そうだな」
「ちっとも無事じゃないよ、お兄ちゃん。泣いちゃいそうだったよ」
「そうか。お前を泣かした奴には、お仕置きが必要だな」
見つめ合い、笑みを深める兄妹。だが、その再会を邪魔するかの様に声が響いた。
当然だ、今がどの様な状況だと思っている。世界の終末を賭けた戦の最中なのだ、兄妹が再会を喜ぶ暇など有るまい。
「冬也ぁ~! てめぇを待ってたのに、無視するなんて悲しいじゃねぇかよ! 感動の親子対面と兄妹の再会をさせてやったんだ。今度は俺を相手してくれよなぁ!」
「うるせぇよアルキエル」
「にしてもだ、がっかりだぜ冬也。てめぇはいつまで、そんな脆い肉体に収まってやがる。いつになったら、本気で俺と戦うんだ、あぁ?」
「わかってねぇなアルキエル。そこがお前の限界だ。神という枠に縛られている時点で、俺には絶対に勝てねぇ!」
「なら証明して見せろよ冬也!」
「あぁ。望み通りにしてやるよ」
冬也は神剣を出さずに徒手で構える。慣れない剣や魔法の戦いに置いてこそ、冬也は敗北を重ねた。しかし幼い頃から鍛え上げられた素手による戦いこそ、冬也本来のスタイルである。
相手を制するならば、殺傷能力は必要ない。相手を打ち倒す事が、重要なのではない。勝負において、重要なのは己の心に打ち勝つ事である。
人に勝つ道は知らず、我に勝つ道を知りたり。
古の武人が残した言葉の様に。
アルキエルと相対する、冬也の心は凪いでいた。僅かな波すら起こらず、波紋すら起きず、遥か下の水底まで見える様に透明に透き通り、全てを見通していた。
そして、アルキエルが剛腕を振るう。反フィアーナ派を壊滅させた、暴力的な一撃が冬也を襲う。
しかし冬也はそれを軽々と往なす。アルキエルがありったけの神気を籠めて、蹴りを放つ。冬也はそれも軽々と往なした。
アルキエルは、強烈な神気を体から放ち続けている。冬也の神気は、アルキエルの神気とぶつかり合う事はない。柔らかく、冬也はアルキエルの神気を受け流す。
「冬也! てめぇ、何してやがる! 本気で戦えよ! 馬鹿にしてんのか!」
「まだわかんねぇのか、アルキエル。お前の限界はそこだって言ってんだ」
「ふざけんじゃねぇぞ! 俺がどれだけ待ったと思ってんだ! これは殺し合いだろうがぁ!」
尚も、激しく振るわれるアルキエルの拳。何度放とうとも、冬也に当たる事はない。冬也を傷付ける事はない。
アルキエルの苛立ちは増した。
アルキエルは、己の存在を賭けて神々との戦いに挑んだ。ロイスマリアとの繋がりが途絶え、消滅すれば復活は望めない状態で、神々を相手取り冬也の復活を待っていた。
足りない。アルキエルの戦いに対する渇望は満たせない。それ故に待ち望んだ冬也との戦いである、それなのになぜ。
怒りに我を忘れて拳を振るうアルキエル。だが、冬也には全てが見えていた。拳や蹴りの軌道、この戦いの結果までもが。
「がぁあああ! くそっくそぉおおお!」
吠えても、叫んでも変わる事の無い結果。冬也はアルキエルを憐れむ様に見据える。
「アルキエル。お前も救ってやるよ」
冬也とアルキエルの激しい戦いが続く中、ペスカは生き残った神々を導こうとしていた。
世界が切り離された瞬間に、半ば滅びすらも覚悟せざるを得なかった神々にとって、ペスカの選択は余りにも酷な事だろう。そんな事はペスカとて百も承知である。しかし世界を守るには、神の存在は不可欠である。
「え~っとさ。ここから、みんなで逃げるんだよ。わかる?」
「ペスカちゃん! あなた、自分の言ってる事がわかってる?」
「わかってるよフィアーナ様。寧ろ現実を直視してないのは、フィアーナ様達じゃない。ロイスマリアとそこで暮らす者達を見捨てて、こんな所で何やってんの?」
ペスカの問に、フィアーナはか細く悲し気な声で呟いた。
「そうするしかなかったのよ!」
切実な響きだった。数多の神を世界から切り離し、全ての生者を見捨てて尚、新たな神の誕生に賭ける。それがフィアーナが、悩んだ末に出した答えである。
「簡単に諦めちゃえる程、フィアーナ様達にとって、この世界は軽かったの?」
ペスカの問いかけに、フィアーナを始め多くの原初の神々が唇を噛みしめた。
一から創り上げた世界を、自らの手で崩壊させたくはない。当たり前の事だ。だが、仕方がない。それしかアルキエルや、反フィアーナ派を止める方法が浮かばない。
誰もが納得して、アルキエルと戦っていた。そして、納得して消滅していった。
「勝手に諦めないでよ、神様のくせにさ。生まれ変わったって、同じ世界は二つも無いんだよ! 私はロイスマリアを守るよ、フィアーナ様達はどうなの?」
「ふざけんじゃないわよ、小娘! 私達がどんな思いでここに居ると思ってるのよ!」
堪らず声を荒げる女神ミュール。しかしその声は、ペスカにとって幼児の癇癪にしか思えなかった。
「ミュール様、そんなスカスカの神気で何か出来ると思ってたの? 他のみんなも同じだよ。思い上がりじゃないの? だから、こんな馬鹿な選択しか出来ないんだよ!」
「言いたい放題言うんじゃないわよ! あんたに何がわかるってのよ!」
「あのさ、ミュール様。怒ってるだけじゃ何も始まらないんだよ。それじゃアルキエルと一緒だよ。ロメリアと何も変わらないよ」
「あんなのと一緒にするな!」
「一緒だよ! 一番大事な物を見失って何がしたいの?」
「ふざけるな! 神にもなれない半端者が!」
「少なくとも私は、ここに居る全員を簡単に倒す自信があるよ。いつまで、自分達が上位の存在だと思ってるの? 傲慢だよミュール様」
激高したミュールは、ペスカに殴りかかろうとする。そのミュールを、女神ラアルフィーネが羽交い絞めにして止めた。
「止めなさいミュール」
「止めるんじゃないわよ、ラアルフィーネ!」
「いいから止めなさい! この子の言う事は間違ってない。責任の取り方を私達は間違えた。そう言いたいのよね、ペスカちゃん」
女神ラアルフィーネは、穏やかな視線をペスカに向けた。
「まぁ概ねって感じかな。取り合えずは神の世界から抜け出して、ロイスマリアに戻ろうよ」
「ペスカちゃん。それよりも、あなたと冬也君はどうやってここに来たの? 神は一切通れないはずなのよ。それだけ強固に空間を閉ざしたのよ!」
「やだな、フィアーナ様。忘れたの? 私は神様じゃなくて人間だよ、お兄ちゃんもね!」
ペスカの言葉に、フィアーナは目を丸くした。
簡単な抜け穴である。確かにアルキエルを永遠に封じる為に、神の世界を閉ざし神々の出入りを禁じた。だが人間の体を持つペスカと冬也は、この条件では縛れない。
「はぁ。これ以上、あなた達を巻き込まないつもりだったけど、助けられたのね。ありがとうペスカちゃん」
「それで、ペスカちゃん。どうやってここから出るの。神の世界をロイスマリアと繋げる訳にはいかないわよ」
「ラアルフィーネ様。例えもう一度世界を繋げても、アルキエルはここから出ませんよ。お兄ちゃんが居る限り」
「その為の冬也君って事? 参ったわ」
「そうね、ラアルフィーネ」
フィアーナとラアルフィーネが頷き合う。そして、二柱の女神は原初の神々を見渡した。他の神々も二柱の女神同様に頷いていた。ただ、一柱の女神だけが納得がいかずに、憤りを治められずにいた。
「何を言ってるのよ! アルキエルはどうするの? あいつを消滅させない限り、私は納得出来ないわよ!」
怒りが治まらない。ミュールからすれば、仕方無い事かもしれない。それだけの事を、アルキエルにされたのだ。
報復したい気持ちは、理解が出来る。ペスカは、ゆっくりとミュールに歩み寄ると、優しく諭す様に話し始めた。
「ミュール様、それじゃあ終わらないんだよ怨嗟はね。タールカールの悲劇から何を学んだの?」
「まさか、アルキエルを許せとでも? あんたはアルキエルにやられてビビってるのかい?」
「違いますよ。アルキエルを倒すなんて、今の私達には造作もないです。だけど、倒したら必ず平和が来ますか? 違います、アルキエルは何度でも蘇りますよ。蘇る度に強くなりますよ。その内、この宇宙を滅ぼす位に強くなっちゃうかもしれませんよ。その時ミュール様は、アルキエルを止められますか? 必要なのは報復じゃないんです。アルキエルもあなた達と同じ神なんです」
「敵わないから許せって?」
「そうじゃないです。認めろって言ってるんです。ドラグスメリアは弱肉強食の大地でした。でもちゃんと守るべき決まりが有って、皆はそれを誇りにしてました。だから、余計な殺生が起こらない。わかりますよね? ミュール様が定めた法ですよ」
「それは……」
ミュールは、それ以上ペスカに反論が出来なかった。
我儘なのは、わかっている。だけど、抑えきれない、納得がいかない。そして、理解も出来ない。何故、目の前の娘は殺されても尚、相手を許すと言うのか、許す事が出来るのか。
自分には出来ない、この娘には叶わない。
「強いわね、あんた。私もペスカに従うよ」
そして、全ての神がペスカに同意する。女神フィアーナは、残り僅かとなった神気を解放した。
世界が再び繋がる。それは、ロイスマリアの再生の始まりであった。
原初の神々を『絶望』の二文字が支配しようとしている。そんな時だった。
神々の世界から、一切の神気がかき消された。そして、ロイスマリアと隔絶した神の世界を外側から強引にぶち破ろうとするかの様に、衝撃でグラグラと揺れる。
やがて神の世界には静寂が訪れる。それまでの戦いが、まるで嘘だったかの様に。
その瞬間、アルキエルは口角を吊り上げた。そして、原初の神々はその驚きに声を発せずにいた。
静寂の中に現れたのは、一人の半神。つい先頃、アルキエルによって惨殺された冬也なのだから。
神格が無事であるならば、復活するのも可能だろう。何せ、遺体はセリュシオネの下へ運ばれたのだから。しかし、なぜ全ての神が出入り出来ない閉ざされた空間に、冬也が入る事が出来たのか。
事態が呑み込めずに、多くの神が呆然としていた。暫しの沈黙の後、ようやく出た言葉は、女神フィアーナの一言であった。
「と、冬也君なの? なんでここに?」
「なんでって、助けに来たぜお袋」
「でもどうやってここに? いや、それより早く逃げなさい!」
「追い詰められて、頭が悪くなったのか? 神の連中が地上に戻らないと、困るんだよ!」
「だからって、どうやってここに来れたの?」
「それは、私から説明してあげるよフィアーナ様」
更には、聞きなれた愛らしくも元気な声が響く。フィアーナは、頭を抱える程に混乱した。そして、冬也は柔らかな笑みを称えて、静かに口を開く。
「ペスカ。無事そうだな」
「ちっとも無事じゃないよ、お兄ちゃん。泣いちゃいそうだったよ」
「そうか。お前を泣かした奴には、お仕置きが必要だな」
見つめ合い、笑みを深める兄妹。だが、その再会を邪魔するかの様に声が響いた。
当然だ、今がどの様な状況だと思っている。世界の終末を賭けた戦の最中なのだ、兄妹が再会を喜ぶ暇など有るまい。
「冬也ぁ~! てめぇを待ってたのに、無視するなんて悲しいじゃねぇかよ! 感動の親子対面と兄妹の再会をさせてやったんだ。今度は俺を相手してくれよなぁ!」
「うるせぇよアルキエル」
「にしてもだ、がっかりだぜ冬也。てめぇはいつまで、そんな脆い肉体に収まってやがる。いつになったら、本気で俺と戦うんだ、あぁ?」
「わかってねぇなアルキエル。そこがお前の限界だ。神という枠に縛られている時点で、俺には絶対に勝てねぇ!」
「なら証明して見せろよ冬也!」
「あぁ。望み通りにしてやるよ」
冬也は神剣を出さずに徒手で構える。慣れない剣や魔法の戦いに置いてこそ、冬也は敗北を重ねた。しかし幼い頃から鍛え上げられた素手による戦いこそ、冬也本来のスタイルである。
相手を制するならば、殺傷能力は必要ない。相手を打ち倒す事が、重要なのではない。勝負において、重要なのは己の心に打ち勝つ事である。
人に勝つ道は知らず、我に勝つ道を知りたり。
古の武人が残した言葉の様に。
アルキエルと相対する、冬也の心は凪いでいた。僅かな波すら起こらず、波紋すら起きず、遥か下の水底まで見える様に透明に透き通り、全てを見通していた。
そして、アルキエルが剛腕を振るう。反フィアーナ派を壊滅させた、暴力的な一撃が冬也を襲う。
しかし冬也はそれを軽々と往なす。アルキエルがありったけの神気を籠めて、蹴りを放つ。冬也はそれも軽々と往なした。
アルキエルは、強烈な神気を体から放ち続けている。冬也の神気は、アルキエルの神気とぶつかり合う事はない。柔らかく、冬也はアルキエルの神気を受け流す。
「冬也! てめぇ、何してやがる! 本気で戦えよ! 馬鹿にしてんのか!」
「まだわかんねぇのか、アルキエル。お前の限界はそこだって言ってんだ」
「ふざけんじゃねぇぞ! 俺がどれだけ待ったと思ってんだ! これは殺し合いだろうがぁ!」
尚も、激しく振るわれるアルキエルの拳。何度放とうとも、冬也に当たる事はない。冬也を傷付ける事はない。
アルキエルの苛立ちは増した。
アルキエルは、己の存在を賭けて神々との戦いに挑んだ。ロイスマリアとの繋がりが途絶え、消滅すれば復活は望めない状態で、神々を相手取り冬也の復活を待っていた。
足りない。アルキエルの戦いに対する渇望は満たせない。それ故に待ち望んだ冬也との戦いである、それなのになぜ。
怒りに我を忘れて拳を振るうアルキエル。だが、冬也には全てが見えていた。拳や蹴りの軌道、この戦いの結果までもが。
「がぁあああ! くそっくそぉおおお!」
吠えても、叫んでも変わる事の無い結果。冬也はアルキエルを憐れむ様に見据える。
「アルキエル。お前も救ってやるよ」
冬也とアルキエルの激しい戦いが続く中、ペスカは生き残った神々を導こうとしていた。
世界が切り離された瞬間に、半ば滅びすらも覚悟せざるを得なかった神々にとって、ペスカの選択は余りにも酷な事だろう。そんな事はペスカとて百も承知である。しかし世界を守るには、神の存在は不可欠である。
「え~っとさ。ここから、みんなで逃げるんだよ。わかる?」
「ペスカちゃん! あなた、自分の言ってる事がわかってる?」
「わかってるよフィアーナ様。寧ろ現実を直視してないのは、フィアーナ様達じゃない。ロイスマリアとそこで暮らす者達を見捨てて、こんな所で何やってんの?」
ペスカの問に、フィアーナはか細く悲し気な声で呟いた。
「そうするしかなかったのよ!」
切実な響きだった。数多の神を世界から切り離し、全ての生者を見捨てて尚、新たな神の誕生に賭ける。それがフィアーナが、悩んだ末に出した答えである。
「簡単に諦めちゃえる程、フィアーナ様達にとって、この世界は軽かったの?」
ペスカの問いかけに、フィアーナを始め多くの原初の神々が唇を噛みしめた。
一から創り上げた世界を、自らの手で崩壊させたくはない。当たり前の事だ。だが、仕方がない。それしかアルキエルや、反フィアーナ派を止める方法が浮かばない。
誰もが納得して、アルキエルと戦っていた。そして、納得して消滅していった。
「勝手に諦めないでよ、神様のくせにさ。生まれ変わったって、同じ世界は二つも無いんだよ! 私はロイスマリアを守るよ、フィアーナ様達はどうなの?」
「ふざけんじゃないわよ、小娘! 私達がどんな思いでここに居ると思ってるのよ!」
堪らず声を荒げる女神ミュール。しかしその声は、ペスカにとって幼児の癇癪にしか思えなかった。
「ミュール様、そんなスカスカの神気で何か出来ると思ってたの? 他のみんなも同じだよ。思い上がりじゃないの? だから、こんな馬鹿な選択しか出来ないんだよ!」
「言いたい放題言うんじゃないわよ! あんたに何がわかるってのよ!」
「あのさ、ミュール様。怒ってるだけじゃ何も始まらないんだよ。それじゃアルキエルと一緒だよ。ロメリアと何も変わらないよ」
「あんなのと一緒にするな!」
「一緒だよ! 一番大事な物を見失って何がしたいの?」
「ふざけるな! 神にもなれない半端者が!」
「少なくとも私は、ここに居る全員を簡単に倒す自信があるよ。いつまで、自分達が上位の存在だと思ってるの? 傲慢だよミュール様」
激高したミュールは、ペスカに殴りかかろうとする。そのミュールを、女神ラアルフィーネが羽交い絞めにして止めた。
「止めなさいミュール」
「止めるんじゃないわよ、ラアルフィーネ!」
「いいから止めなさい! この子の言う事は間違ってない。責任の取り方を私達は間違えた。そう言いたいのよね、ペスカちゃん」
女神ラアルフィーネは、穏やかな視線をペスカに向けた。
「まぁ概ねって感じかな。取り合えずは神の世界から抜け出して、ロイスマリアに戻ろうよ」
「ペスカちゃん。それよりも、あなたと冬也君はどうやってここに来たの? 神は一切通れないはずなのよ。それだけ強固に空間を閉ざしたのよ!」
「やだな、フィアーナ様。忘れたの? 私は神様じゃなくて人間だよ、お兄ちゃんもね!」
ペスカの言葉に、フィアーナは目を丸くした。
簡単な抜け穴である。確かにアルキエルを永遠に封じる為に、神の世界を閉ざし神々の出入りを禁じた。だが人間の体を持つペスカと冬也は、この条件では縛れない。
「はぁ。これ以上、あなた達を巻き込まないつもりだったけど、助けられたのね。ありがとうペスカちゃん」
「それで、ペスカちゃん。どうやってここから出るの。神の世界をロイスマリアと繋げる訳にはいかないわよ」
「ラアルフィーネ様。例えもう一度世界を繋げても、アルキエルはここから出ませんよ。お兄ちゃんが居る限り」
「その為の冬也君って事? 参ったわ」
「そうね、ラアルフィーネ」
フィアーナとラアルフィーネが頷き合う。そして、二柱の女神は原初の神々を見渡した。他の神々も二柱の女神同様に頷いていた。ただ、一柱の女神だけが納得がいかずに、憤りを治められずにいた。
「何を言ってるのよ! アルキエルはどうするの? あいつを消滅させない限り、私は納得出来ないわよ!」
怒りが治まらない。ミュールからすれば、仕方無い事かもしれない。それだけの事を、アルキエルにされたのだ。
報復したい気持ちは、理解が出来る。ペスカは、ゆっくりとミュールに歩み寄ると、優しく諭す様に話し始めた。
「ミュール様、それじゃあ終わらないんだよ怨嗟はね。タールカールの悲劇から何を学んだの?」
「まさか、アルキエルを許せとでも? あんたはアルキエルにやられてビビってるのかい?」
「違いますよ。アルキエルを倒すなんて、今の私達には造作もないです。だけど、倒したら必ず平和が来ますか? 違います、アルキエルは何度でも蘇りますよ。蘇る度に強くなりますよ。その内、この宇宙を滅ぼす位に強くなっちゃうかもしれませんよ。その時ミュール様は、アルキエルを止められますか? 必要なのは報復じゃないんです。アルキエルもあなた達と同じ神なんです」
「敵わないから許せって?」
「そうじゃないです。認めろって言ってるんです。ドラグスメリアは弱肉強食の大地でした。でもちゃんと守るべき決まりが有って、皆はそれを誇りにしてました。だから、余計な殺生が起こらない。わかりますよね? ミュール様が定めた法ですよ」
「それは……」
ミュールは、それ以上ペスカに反論が出来なかった。
我儘なのは、わかっている。だけど、抑えきれない、納得がいかない。そして、理解も出来ない。何故、目の前の娘は殺されても尚、相手を許すと言うのか、許す事が出来るのか。
自分には出来ない、この娘には叶わない。
「強いわね、あんた。私もペスカに従うよ」
そして、全ての神がペスカに同意する。女神フィアーナは、残り僅かとなった神気を解放した。
世界が再び繋がる。それは、ロイスマリアの再生の始まりであった。