一瞬で反フィアーナ派の多数を消し飛ばす。それは、他の神々を驚愕させた。特に、僅かに生き延びた彼等は、大きなショックを受けていた。

 まだ、悲願を果たす手段は残っている。そのはずだった。その悲願は、たった一柱の神によって、全て水泡に帰した。

「まだ生き残ってる奴が居たか。まぁ、ミュールの力を盗んだなら、その位は出来るか」

 アルキエルは不敵に笑う。そして彼等を煽るかの様に、アルキエルは言葉を続けた。

「お前らも全力で来いよ! わかってんだろうけどなぁ。ロイスマリアと切り離された今、原初の奴らと違って、てめぇらにはもう蘇る条件なんてねぇんだからよぉ」
「アルキエル、貴様!」
「生死を賭けた真剣勝負だぜ。俺たち神には死の概念がねぇ。だが、今回は違うんだぁ! 俺もてめぇらもここで消滅すれば、二度と戻って来れねぇ。楽しいだろ! なぁ!」

 ロイスマリアと切り離された。地上の生物が神の恩恵を受けられない。裏返せば、神も地上の生物から信仰を受ける事が出来ない。
 地上の生物が文化を育んだ事で誕生した新たな神は、地上と完全に切り離されては存在する定義を失う。
 
 それは、消滅しても再び蘇る保証を失う事である。
 
 恰好の処刑場に成り代わった神の世界は、反フィアーナ派にとって脅威の空間である。しかし原初の神とて、地上と切り離された神の世界は諸刃の剣となる。

 そもそも、大地の無い場所で大地を司る神が、どうやって復活を遂げるのだ。深い傷を負えば勿論の事、神格を失う事があれば、再び地上と繋がらない限り蘇る保証は少ない。
 何せ、生者からの信仰は途切れており、力の供給は行われないのだから。

 互いに罰を受けるべき。意図せずフィアーナの言葉通りになった。

 存在の消滅。その恐怖こそが、神々の心を支配しようとしている。そして、この状況を待ち焦がれていた存在はいた。

 戦いの神アルキエル。

 それは、二度に渡る生死を賭けた戦いを経て、強さを増した存在。大地母神の力を掠め取り、強力になった反フィアーナ派を、一方的に蹂躙出来る程の存在である。

 神々は、容易に動けなかった。たかが戦いの神と侮ってはいけない。先の出来事が、それを証明していた。
 しかし、原初の神々にもプライドが有る。たかだか、戦いを司る一柱の神に、遅れを取る事など有り得ない。

「風の、一気に片づけるぞ」
「応よ、雨の。おめえらも手を貸せ! 奴は戦だ。長く続けば力の差が逆転しちまうぞ」

 ラフィスフィア大陸を拠点にする風と雨の神が、他の原初の神々を煽動する。そして多くの神々が神気を高める。
 爆発するような神気が、アルキエルの神気とぶつかり合う。広大で揺らぐ事が無い強固な神の世界が、ぐらぐらと揺れた。

「待ちなさい!」

 フィアーナの言葉は虚しく響き、戦いは始まる。
 一瞬の内に、原初の神々がアルキエルを囲む。そして放たれた膨大な神気は巨大な爆発を起こし、衝撃が波の様に空間を歪ませる。
 しかし爆発が治まった時、アルキエルは片腕を無くしただけで笑っていた。予想外の展開に、幾つもの神が驚きを露わにする。

「嘘……、だろ……」

 立っていられるはずがない、それだけの差が有ったはずだ。原初の神々は、唖然とし立ち尽くした。

「逃げなさい!」

 フィアーナの言葉は、届く事が無かった。片腕を無くしたアルキエルが、一瞬で風の神との間合いを詰めて拳を振るう。
 
「風の!」

 風の神は一撃で消滅する。振り返りざまに、アルキエルは蹴りを放つ。そして雨の神も一撃で消滅した。ラフィスフィア大陸でも、特に戦闘に長けた二柱の神が倒された。それも一瞬で。

 神々にどよめきが走る。当然であろう。数十の神が放つ攻撃を受け切った上で、原初の神を二柱も倒したのだ。
 
「こんなもんだったか原初の神はよぅ。だから、セリュシュオネとやりたかったんだ。これじゃあ冬也が来るまでの暇つぶしにもならねぇ」
「あんたの相手は、私がしてあげるよ。私の身内に手を出した責任は、死をもって償いなさい!」
「てめぇじゃ役不足だ、ミュールぅ。てめぇにどれ程の力が残ってるって思うんだ、あぁ?」
「そうよ、ミュール。あんたは下がってなさい。こいつは、私が殺すって言ったでしょ!」
「フィアーナ、あんた!」
「てめぇら二柱でかかって来いよ。そうじゃなきゃあ、また一瞬で終わっちまう。いやここに居る奴ら、全員じゃなきゃ駄目かもな」

 ミュールとフィアーナを相手に、アルキエルは自信満々に答える。
 片腕を失っても尚、アルキエルの神気は少しも失われていない。アルキエルの存在は、神々にとって既に脅威になっていた。

 しかし、フィアーナの闘志を受けて、彼女に賛同してきた神々がアルキエルを囲む。そして、視線が火花を散らす様にぶつかる。
 無暗に突っ込んでは、簡単に倒されてお終いだ。攻撃のタイミングを計る様に、神々は呼吸を整える。

 一方でラアルフィーネは、残った反フィアーナ派に近づいていた。
 当の反フィアーナ派達は、片隅で震える様に固まっている。そんな彼らを見て、ラアルフィーネは、顔を顰めて不快感を露わにした。

「見なさい! これがあなた達が起こした結末なのよ!」
「違う! 我々はこんな結末を望んだ訳ではない!」
「それなら、何を望んだっていうのよ! フィアーナは対話を望んでいた。実力行使をしたのは、あなた達なのよ!」
「しかし!」
「しかし? しかし何? ふざけんじゃないわよ! それで、どれだけの犠牲を出したっていうの! 守りたいものが有ったんでしょ? あなた達は、それを自分達で壊したのよ! それでどんな言い訳をするの? 冗談じゃないわよ!」

 ラアルフィーネは声を荒げた。フィアーナとて、彼女が声を荒げる所を見た事が無い。
 
「消滅したくなければ、協力なさい! アルキエルを止めるのよ!」
「あんな化け物を止められるはずがない!」
「馬鹿な事を言わないで従え!」

 及び腰の反フィアーナ派を見て、ラアルフィーネには怒りが込み上げていた。
 彼らの憤りは理解が出来る。だから、アンドロケイン大陸で生まれた自分の部下とも言える新たな神々が、反フィアーナ派に加わっても何も処罰をしなかった。
 フィアーナやミュールに対しても、肝心な事については曖昧な態度を取った。

 仲間の多くと原初の神が瞬殺された事で、連中は怯えている。そんな覚悟で、混乱を起こしたのか。これだけの混乱を起こして、責任も取れない様な奴には、何も言う資格は無い。
 反フィアーナ派の態度が、ラアルフィーネを激怒させた。
 
 怯えた反フィアーナ派は、ラアルフィーネに逆らう力を持たなかった。震えながら戦いを強制され、アルキエルを囲む輪に加わる。そして、アルキエルはその様子を見て、笑みを深めた。

「ようやく、全員そろったな。さて全ての神と俺。どっちが生き残るか、試そうぜ!」

 アルキエルの神気が膨れ上がる。アルキエルを囲む神々の神気が膨れ上がる。神気がぶつかり合う。全ての神が力を籠めても、アルキエルの神気を圧倒出来ない。
 
 大地母神の三柱を始め、多くの神が更に力を高める。神の世界は、地鳴りの様に音を立て、ぐらぐらと揺れる。
 そして、アルキエルの神気に呑み込まれ、力の弱い土地神から姿を消していく。それでも神々の勢いは止まらない。

 アルキエルの蛮行を許してはいけない。止めねばならない。その意思が力となって、アルキエルを包み込む。しかし、アルキエルは眉を動かす事もない。

 神々の中に絶望が過る。戦いを強制された反フィアーナ派は特に。

 反フィアーナ派は、逃げ出そうとする。しかし、閉鎖された空間で、何処に逃げようというのか。アルキエルの神気は、反フィアーナ派を躊躇なく襲う。
 小賢しい企みで、フィアーナとミュールの二柱から大きく力を奪った反フィアーナ派は、ここに全て消滅した。
 
 数を減らしても、果敢に立ち向かう神々は残っている。しかし、力の差は圧倒的だった。閉ざされた神の世界。消滅していく神々。世界の消滅は、こうして始まった。