神々の世界は騒然とする。そして彼らは知る。既に神の世界が、ロイスマリアとは切り離されている事を。
 一部の神は理解した。『来るべき時が来た』のかもしれないと。また一部の神は、訝しげに目を光らせた。『これから起きる事』を予感して。
 そして、一部の神は声を大にしてフィアーナを糾弾し始める。まるで、『この時の為に準備をしていた』かの様に。

「フィアーナ! 貴様は何をしているのか理解しているのか!」
「そうだ! 神が地上から消えれば恩恵が無くなる。地上は直ぐに荒野と化すぞ!」
「全ての生物を見捨てると言うのか! それでも最高神のする事か!」
「やはり、ロイスマリアは我等が管理せねばならん。フィアーナ! 最高神の座を今直ぐ降りろ!」
「そして我等に権限を渡すが良い。それが最良の方法だ!」
「速やかに権限を渡せば、何も神格を破壊したりはせん」
「お前ら原初の神共は、このまま新な世界を創るが良い。我等はロイスマリアに戻る」

 一柱の声は波及し、あちらこちらで声が上がる。それは、まるで津波の様にフィアーナへと押し寄せる。しかし、当のフィアーナは一切の表情を変えず、声を上げる神々を見続けていた。

「言うに事を欠いて……。あんた等、その言葉をそのまま返してあげるよ!」
「ミュール! 貴様の出る幕では無い! 今はフィアーナに問うておる。すっこんでいろ!」
「すっこんでいろ? 冗談じゃないわよ! 全部、あんた等のせいじゃないの!」
「何を言うか! 原因は貴様ら原初の神々に有る! 災いを齎すのは、全て原初の神だ!」
「ラフィスフィア大陸で、混沌勢を利用し地上に混乱を巻き起こした。次に、ドラグスメリア大陸でも地上に多大なる損害を出した。これでも、言い訳が出来るって? 言ってみなさいよ!」
「なら言わせて貰おう。原初の神は実験と称して何度文明を壊してきた? 我等の比では有るまい? それについて、どう弁明するのだ!」
「それは三法が制定される前の話しでしょ? 今さら蒸し返すの?」
「累々と積み重ねて来た罪が有る。それは、三法が制定されようが消える事は無い! 同盟の士よ、そうは思わんか!」
「そうだ! それに貴様等は、同志グレイラスの神格を慈悲も無く破壊した! 正義を唱え、過ちを正そうとしただけなのに!」
「あんた等、とうとう頭がおかしくなったの? グレイラスが正義? 過ちを正そうとしていた?」
「そうだ! だから我等は、同志グレイラスの意思に賛同した。そして、志を同じくする先達と行動を共にしている! 我等の勢力は、既に原初のそれを超えている! 貴様等! 悪の道は今日この場で潰えるのだ!」
「ふざけんな! その混沌勢を操って来たのはあんた達でしょうが! しかも、こんな何もわかってない若い神を唆して!」  
「唆した? 冗談を言うな。彼等は気が付いたのだ。何が正しいのかをな」
「それで、やっきになって私等の勢力を削ごうとしてたって訳?」
「当然だ。数は力だ。もう、我々はフィアーナには従わない。それは確定だ。故に、ロイスマリアは我等が管理する」

 もう、隠す気すら無いのだろう。反フィアーナ同盟を含めた反フィアーナ派は、堂々とフィアーナの排斥を宣言した。
 互いに主張を譲る事無く、言葉がぶつかる程に声は大きくなっていく。これ以上、話しをしても平行線なのだろう。そもそもの思想が違うのだから。

 ミュールが反フィアーナ派の面々を相手にしている間、フィアーナは無言でそれを見守っていた。

 まだ、話し合いの余地が有ると考えていたのだろうか? それとも、何かこの場を収める案でも考えていたのだろうか?
 恐らくどれも違うのだろう。フィアーナは彼等を見限ったのだから。世界を切り離そうと決意した時に。

 ロイスマリアには、まだペスカと冬也の神格が残されている。二人が復活し真の神となったなら、地上を良い方向へ導くだろう。そして、セリュシオネは良き師となるだろう。
 その時に、古き神は障害となり得る。だから、居ない方が良い。それは、反フィアーナ派も同じだ。

「待ちなさい!」

 その声は、轟々と響く声の渦の中で透き通る様に響き渡る。この瞬間、この場に集められた全ての神々が、フィアーナに視線を向けた。

「私の権限をあなた方に渡すつもりは有りません。これから誕生する新たな最高神に託すものです。それに、この場を戦場にするつもりも有りません。もう、問答も不要でしょう。あなた方は速やかに別の星を探し、新たな生命を創り出しなさい。我々もそうします」
「な、何を言い出す! 出ていくのは原初の神だけでよい!」
「いいえ。我々にも罪が有る様に、あなた方にも罪は有る。全て罰せられなければならない」
「では、ロイスマリアを見捨てると言うのか!」
「いいえ。ロイスマリアは、セリュシオネを中心にして新たに生まれ変わるでしょう」
「ふざけるな!」
「ふざけてなどいませんよ。これは、決定事項です」

 フィアーナの声は、猛る神々を鎮めんとするかの様に静かに響く。そこには、何者の意思も介在させんとする、強い力が籠められていた。

 そして、辺りは静まり返る。

 それだけ、フィアーナの言葉には力が有ったのだろう。反フィアーナ派は、怯える様にして一か所に集まり出す。そして、声を潜めて対抗策を練ろうと話し合いを始めた。

 この瞬間の為に、策を張り巡らせて来た。この場の為に、勢力を拡大し力を蓄えて来た。全ては、フィアーナを初め原初の神々を排斥し、ロイスマリアを手中に収める為に。ロイスマリアを正しき道へ進ませる為に。

 しかし、悲願は潰えようとしている。たった一柱、最高神の言葉によって。

 ここで戦えば、勢力が衰えている原初の神々が劣勢に陥るだろう。しかし、それは既にそれは絶たれた道だ。フィアーナの神意に屈した時に。
 
 フィアーナの決定は覆らない。ただ、それでは目的は達せられない。しかし答えが出ない、言葉が出ない。どう反論して良いかわからない。どう切り崩すのが正解なのかわからない。何を選択すれば正しいのかわからない。

 だからと言って、新たな世界を創る事には従えない。ロイスマリアは自分達が産まれた故郷なのだから。捨てる事など出来はしない。しかし、フィアーナに抗う術はもう無い。

 静まり返る神の世界。そして、決断の時は迫る。

 ただ、忘れてはいけなかった。この場に集められたのは、原初の神々と反フィアーナ派だけで無い事を。そこには、狂気に満ちた目をしている、一柱の神が居る事を。

 やがて、一柱の神が中央へとゆっくりと歩みを進める。そして膨大な神気を解き放つ。それは、辺りを騒然とさせる。

 それは圧倒的だった。フィアーナとは違い、身を強張らせる様な恐ろしさ。

 原初の神々は立ち上がり、臨戦態勢を取る。そして、反フィアーナ派は慄き身を縮こませる。
 そして、一柱の神は傲然な態度で言い放つ。

「やっぱりセリュシュオネは居ねぇのか? そうすると、冬也と小娘はロイスマリアって事だな……。仕方ねぇな」
「アルキエル! あんた!」

 ミュールは声を荒げる。しかしアルキエルは周囲を見渡すと、ミュールを無視するかの様に、一部の神々の下に歩みを進める。

 それはフィアーナの神意に屈し、アルキエルの神気に怯えながら辺りの様子を警戒している反フィアーナ派。アルキエルは、彼らに近づくなり神気を高めて剛腕を振るう。その一振りで、数多の神々を神格ごと消し飛ばした。

 そして、ゆっくりと中央へ振り向くと、怒声を上げる。

「口だけの連中はつまらねぇなぁ! もう駄目だ、飽きちまった。てめぇらの下らねぇ口げんかもよぉ。手っ取り早く殺し合おうぜぇ! 残った奴らも全員、かかって来い! 戦の始まりだぁ!」